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魔男と門の話・その1

 今朝は何やら職場が騒がしい。

 職場とは魔女の館などと呼ばれたりすることもある、特異点観測研究所である。


 その正面玄関に複数の所員が集まり、何やら話し込んでいるのだ。


「……おはようございまーす…」


 私の挨拶に目礼で返す人無視をする人など様々だが、取り敢えずターゲットは私ではないらしい。

 集団を横目に建物に入ったが、廊下ですれ違う所員も何やら落ち着きがない。



 資料室に到着した私は、既に出社していたローガンに尋ねてみた。


「おはようございます。玄関の人集(ひとだか)り見ました? あれ一体何なんですか?」


「おはようタクミ。あれは単なる野次馬だ。今日付でアメリカからここに配属される所員を待ってるんだろう」


「……マジですか? 結構フリーダムですよね〜ここの人たちって。で、野次馬するほど凄い人なんですか、そのアメリカの人」


欧米(あっち)で有名だが、凄いというより色々目立つ変わった人物だな」


「へー」


 職場で芸能人の『入り待ち』みたいな事をやるってどうなの? と言いたいところだが、研究所には既に魔女様やローガンの『ファンクラブ』のようなものがある。


 ……うん、入り待ちくらい普通かな。


 私は思わず遠い目になった。

 喜ぶべきか悲しむべきか、どうやら私は確実にこの世界に馴染みつつあるようだ。


 

 研究所も一応官公庁ではあるが、何せここのトップは唯我独尊のゴージャス美魔女アレクシア様だ。

 彼女は『三十路を過ぎても美しい女性を指す造語』の美魔女ではなく、正真正銘の()人な()()である。


 豪胆な独裁者の魔女アレクシア様は、自らの(しもべ)たちが仕事をこなしてさえいれば、下僕の些細な行動など痛くも痒くもないのだろう。なので研究所の社内規則は意外と緩いようだ。


 その新しい所員がどの部署に配属されるのか知らないが、この世界の公務員人事など私には預かり知らぬことで、何ら関わりのないことだろう。



 ──と思っていたのだが。








 だん! と音を立て、男の大きな掌が壁に叩きつけられた。所謂(いわゆる)『壁ドン』である。



「てめえ、ゲートの上にあんなもんおっ立てやがって何の真似だ」


「ひゃっ、は、はい?」


 私は何故か女子トイレの前で、見知らぬガラの悪いヤンキーに絡まれている。但しこの場合のヤンキーとは不良の別名ではない。


 現在進行形で私に大変嬉しくない壁ドンを披露しているのは、正真正銘の『Yankee(ヤンキー)』だ。といっても純血種の日本人が少ないこちらの日本では、彼のその見た目だけで米国人(ヤンキー)かどうかは判別不能だ。



 ダークブロンドにブラウンの瞳。目鼻立ちのはっきりしたワイルドなイケメンだが、何しろ大層ガラが悪いヤンキーなYankeeなのだ。


 噂に聞く『壁ドン』をされても少しもときめかないどころか、カツアゲされているような錯覚に陥っている。有り金全てを献上して、早くこの場から去りたい気持ちで一杯になっていたが、生憎トイレから出たばかりでハンカチしか持っておらず私は途方に暮れていた。

 仕方がないので、ビクビクしながら視線を動かし『ヤンキー』を観察する。


 第二ボタンまで外したシャツから覗くシルバーのネックレスも大概だが、主張の激しいピアスを着けているのでチンピラ臭が半端ない。


 社内規則に続き服務規定はどこに行ったのか、フリーダムにも程があるぞこの職場。

 国家公務員というより、アンダーグラウンドの構成員にしか見えない男を前に、私は頭を抱えたくなった。

 研究所所員全てを知っているわけではないが、少なくとも所内でこういう種類の人間には遭遇したことがない。


 ……あれ? もしかして。


 確かに目立つし、お堅いイメージの公務員にしては変わっている。もの凄く変わっている。

 もしかしなくても、やはりこの男がアメリカからやって来た所員なのだろう。

 何ということでしょう。ヤンキーは米国人(ヤンキー)だったのだ。



 人種がはっきりしたところで、この事態が改善されるわけではない。

 資料室があるフロアは、特に用のない所員が立ち入る事は稀だ。大声を出せば資料室内にも聞こえるだろうが、間が悪い事に担当官殿は離席中で、このフロアには本当に誰もいないのだ。


「お、お言葉ですが、あの家は私が建てたものではなく、五十年前に大工さんが建てたものでして」


「馬鹿か」


「ぃだっ!」


 私の額に男のデコピンが炸裂した。痛い。


「いつ誰が建てたかなんぞ聞いてねえ。あんなもんで中途半端にゲートを塞ぐなって話だ」


「ゲ、ゲート? 特異点のことですか?」


「あ゛?」


 両手で額を押さえた私に覆い被さるように男が凄む。凄まれても困る。我が家の出現のことを非難しているのは分かるが、それは不可抗力である。理不尽だ。おでこが痛い。


 

「何をしている」


 おお! 鶴の一声ならぬローガンの素敵ボイス!


 節子さん (ドリルさん)に絡まれていた折には役たたz、いや不在だったイケメンヒーロー枠のローガンが颯爽と登場し、私は歓喜した。ヒロインなら感涙を禁じ得ないだろう。

 ローガンに後光が射しているようで眩しくて涙が出そうだ。──実際に私は半泣きだった。



 ヒーロー (ローガン)の声掛けに、ヤンキー男の壁ドンの拘束が緩んだ。

 その隙に男の腕の檻から(うなぎ)の如くするりと抜け出した私は、素早く安全地帯に回り込んだ。『ローガンの後ろ(あんぜんちたい)』に隠れた私は、男をびしりと指差し告げ口をした。


「担当官殿! セクハラ野郎です!」


「なにがセクハラだ、貧乳はお呼びじゃねえ!」


「ひ、ひんにゅ…?!」


 酷い。確かに事実だが酷い。


 更なるセクハラ発言で罪状を増やしたヤンキー男は「ようローガン」と片手を上げて見せた。どうやらふたりは顔見知りのようだ。

 だがローガンは特に表情を変える事なく、いつもの仏頂面で男の素性を明かした。


「タクミ、こいつが今朝話していたアメリカから出向してきた所員だ。ああ見えても奴は『ウィッチ』だ」


「はいっ?」


 この世界で『ウィッチ』というのは魔術を操る人間の総称で、その呼び名に男女の区別はない。私が『転移物』あるいは『甲種特』と呼称されるのと同じようなものだ。


 しかし私の中でウィッチというのは『魔女』を指す言葉で、魔女とは即ち女性の魔法使いのことだ。


「魔女の反対……魔男(まおとこ)?」


「そうだ」


 ローガンは私の発言を肯定した。微かに口の端が持ち上がっていて、面白がっているのが分かった。

 私も何だか可笑しくなり魔男に背中を向けた。肩が震えたが、取り敢えず笑い声を漏らさずにすんだ。だがどうやらバレバレだったようだ。



「くおら貧乳! 何笑ってやがる! ローガンてめえもいい加減にしろよ」


「いい加減にするのはお前のほうだアーチボルド。何故こんな所にいる」


「何故も何もあるか。久しぶりにゲートの様子を見に行けばオンボロな家が建ってやがるし、ゲートを作り替えたのかと思ったがどうも様子が違う。ペラそうな扉は蹴破れもしねえし雨戸も何もねえスカスカの縁側から入ろうとしたが駄目だった。そこの女の仕業だろうが」


「オンボロとかペラいとか大きなお世話です! 大槌やハンマードリルでも穴が開かなかったんだから、ヤンキーのタイマンが通用するわけないですよーだ!」


 担当官殿の後ろから「バーカバーカ」と煽ってやる。アーチボルドにじろりと睨まれたが、生憎ちっとも怖くない。いざとなったらよろしくお願いしますマイヒーロー・ローガン。他力本願万歳。


「アーチボルド。こちらからの報告書を読んでいないのか?」


「……」


 ローガンに呆れたような声音で問われ、アーチボルドはふいと視線を逸らせた。なんて分かり易い。


「……変わったものが現れたって話は聞いた」


 アーチボルドはデスクワークが苦手そうな『如何にもな風体』をしているだけあって、文章を読むのも苦手なようだ。そのような人物がどうやって公務員試験を突破したのか謎だが、彼はウィッチなので無条件で採用されたのかもしれない。



 その時チンと軽い音を響かせ、アーチボルドの背後、フロアの奥のエレベーターのドアが開い「あ」


「あ?」


 カツン、とヒールの音がフロアに響いた。


「着任の挨拶もせずにここで何をしているのだアーチボルド」


 ひやりとした冷気とともに『魔女の塔』の絶対権力者が降臨した。

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