当たりとハズレ
特異点と呼ばれるこの場所に突如出現した、庭付き平屋建ての古い日本家屋。祖母から譲り受けた築五十年のマイスイートホームである。
異なる次元の何処かの日本から、家屋を土台ごと移動しただけの我が家だが、どういうわけか電気・ガス・上下水道など、これまで通り何不自由なく使えている。
家の境で配管も電線も断ち切られ、外部と繋がっている様子もないので、エネルギーの供給源が何処なのかはさっぱり分からないし、尾籠な話しになるが汚水の類がどこに流れているのかもさっぱりだ。
とにかくそれらのライフラインが断たれない限りは、この家の維持管理も含め、私がここで暮らす事に誰も異存はないようだ。
当初この家を接収し、研究調査の為私以外の誰か──こちら側の人間──を住まわせようという話はあったようだ。
だが私の許可なく屋内に侵入できないどころか、掛矢と呼ばれる大槌や金槌、ハンマードリルを使っても玄関や壁に穴ひとつ開けられず、その計画はやむなく断念したらしい。
……簡単に蹴破れそうな、あの弱々しい玄関引き戸がそんな強固なものだったとは。
というか、いつ誰が試したんだろう。やり方が乱暴すぎて普通に酷い。
そんなわけで、風雨に強いどころではなく、象が踏んでもトラックが突っ込んでも壊れそうもない我が家は『化け物屋敷』と呼ばれている。
そもそも化け物屋敷とは化け物が棲む家のことだ。暗に私のことも化け物と思っているから故のネーミングかもしれないが、それならばなおさら酷い呼び方である。
誤解のないように言っておくが、異次元から来た『甲種人型特殊転移物F』とはいえ私は普通の人間だ。
結構打たれ強いかも知れないが、金槌で殴られたら物理的に死ぬ。確実に。
そこのところをしっかり周知ご理解願いたい。
そんな堅牢で頼もしい我が家で、私は夕食を摂りながらDVDを見ている。
DVDはよくある勧善懲悪の時代劇だが、いかんせん俳優陣がほぼ『外国人』である。
私の常識に照らせば『外国人』だが、彼らは全員日本人でセリフも全てちゃんとした日本語だ。
……うん、大変シュールだ。
因みにこのDVDはローガンからの借り物 (私物)だ。
この世界での私にはネットの使用制限が掛けられている。その為、映像配信サイトを利用できない。──というかアンテナの仕様が違うのか、そもそもテレビが映らない。
私が「娯楽がない」「感動が欲しい」「映画が観たい」等ぼやいた所、何故か彼から差し出されたのがこのDVDだった。
ハードボイルド系の青い目をした美丈夫なローガンと、チープな時代劇と組み合わせの妙にしばし固まり困惑したが、彼がプライベートな趣味嗜好の一端を見せてくれた事が嬉しくもあった。
物語は終盤に入り、オレンジの丁髷頭で緑の目をした将軍が日本刀を振り回し暴れている。
私は蜜柑色の派手な将軍を見ながら、「おおぅ」とか「ほえー」とか奇声を発しつつ、シュールな時代劇を鑑賞していた。
ちょうど身分を隠した将軍様が、狼藉者を袈裟懸けに切り伏せた時、大きな音とともに家が揺れた。
また地震か?!
どきりとしたが家の揺れは一度限りで、時間差でどしんと地響きがした後はそれきり揺れは起こらなかった。
どうやら、何処からか『何か』が屋根の上に落ちたが、『何か』は頑丈な屋根を突き破ることなく、そのまま屋根を転がり庭に落ちたようだ。
家を揺るがすほどの重量のある『何か』が、上空から『落下してきた』あるいは『出現した』なら、研究所の方でも当然察知しているだろう。だが私は念の為、緊急連絡用に貸与されている携帯電話に手を伸ばした。
ワンコールで即座に繋がり、相手が応じた。
「あ、ローガンさん、今何かが落っこちて来ました」
『こちらでも把握している。無事か?』
「はい。ご存知の通り我が家は頑丈なので平気です。その何かは屋根に当たってから庭に落ちたみたいですよ」
『今から調査員と一緒にそっちに向かう。五分で着く。家から出るなよタクミ』
「了解です」
電話を切ったあと、流しに食器を下げテレビの電源を落とし、そろりと縁側に出る。
夜の庭には常夜灯のような明かりが設置されているので、月のない夜でも真っ暗闇になることはない。今は落下物──恐らく転移物──の出現により、常夜灯が明るい夜間照明へと切り替わり、ナイターができる程の明るさになっている。
そんな庭を見やれば、縁側から五メートルほど離れた場所に、長方形の木製の箱が転がっている。
「……うん?」
長方形の箱と言ったが、ワイン樽を横にして半分に切ったような本体にかまぼこ型の蓋が乗っかり、その蓋には鍵穴がある。所謂宝箱の様な形をしているのだ。
宝箱は人ひとり入れそうな程の大きさで、かなり重量もありそうだ。
成る程、これならさっきの大きな音や振動も肯ける。
その宝箱をじっと見ていると、直ぐにでも駆け寄ってがばりと蓋を開けたい衝動にかられる。
まるで宝箱が「ほ〜ら開けてごらん」と誘っているみたいな錯覚に陥るが、今回の転移物はどう見ても乙種──無機物──だ。当然無機物に意思などない。
「あの形のせいかな。いかにも『宝箱』だもんな〜。何が入ってるんだろ? 開けてみたいなあ」
手をわきわきさせながらもじっと我慢する。
たった二回だが、私がこの庭で遭遇した転移物は触手だらけの猫又や人面ヤスデなど、碌でもないものだったからだ。
うんうん唸っていると、玄関の方でがやがやと人の気配がし始め、間も無くピンポーンと玄関チャイムが鳴らされた。
誰が来たのか問うまでもなかったが、魔女様に「危機感がない」と初っ端に嗤われて以来、いきなり玄関扉を開けるような真似はしないよう心掛けている。
「ローガンだ」
だよね〜と思いつつからりと玄関を開けると、仏頂面のスーツ姿の美丈夫が目に入った。ローガンは夕方別れた時のそのままの格好で、どうやらまだ仕事中だったようだ。さすが社畜オブ社畜。
そんなローガンの後ろには、防護服に身を固めた調査員たちの姿が見える。彼らは防護服だけでなく、私には用途不明な機器を抱えている。
「どうぞ庭へ入ってください。家から数メートルの所に木箱が出現しています」
家の中へ入るのとは違い、庭へは誰でも自由に入ることができる。
なので、わざわざ玄関で対応する必要はないが、家に入った者が近くて数メートル、遠い場合は地球の裏側まで弾き出された前例があるので、庭に入る時も念の為に皆私の許可を求めるのだ。
「失礼します」
先発隊の彼らは私にペコリと頭を下げ、家の横を周り庭へ向かって行く。防護服の中からちらちら私を伺う調査員もいて、その目には怯えが浮かんでいる。大丈夫ですよの意味を込めて笑顔を浮かべれば、私の顔を見た相手は益々怯えてしまった。何故だ。
私は心の中で涙した。
全員が庭に集合した。
宝箱を目撃した調査員たちはどよめき、何やら話し始めた。中のひとりが持ち込んだ機材の中から長い金属の棒を取り出し、宝箱の周囲の地面に突き立て始めた。しかし生い茂る雑草が邪魔をし、作業が上手くいかないようで何やら悪態を吐いているのが聞こえる。
うう。ごめんなさい。
あるがままの姿が気に入っている庭だけど、やはり除草しなければいけないのかもしれない。
私が心の中で謝罪し葛藤している間も、ローガンは縁側近くに立ったまま、注意深く調査員たちを見ている。
一体全体彼は何をそんなに警戒しているのだろう。
「見るのはいいが、くれぐれも庭に降りるなよ?」
「降りませんよ。それよりあの宝箱、何が入ってるのかな? ここで開けたりしますかね担当官殿」
「……」
あれ? 返答がない。今はお仕事タイムの筈。
「担当官殿?」
「……さっきからタクミが宝箱と呼んでいる『あれ』を開けるなら、隔離室へ持ち帰ってからだ。当たりか外れか分からないし、もし大当たりだった場合、こんな広い場所で中身をぶち撒けられたら回収に苦労する」
「??」
若干不服そうなローガンから発せられた言葉の中に、何だか変なワードが色々と聞こえたような。
首を捻って考えていると、突然ローガンが調査員たちに向かって叫んだ。
「おい! 動くぞっ!」
「うご? ひええええっ!」
私は思わず悲鳴を上げた。
雑草に隠れて気がつかなかったが、宝箱からいつの間にかにょっきりと足が生えているのだ。四隅に一本ずつ、合計四本の人間の生足のようだが、どう見てもおっさん仕様で大変気持ち悪い!
曲がっていた膝の部分がググッと伸び上がり、重そうな宝箱が地面から持ち上がる。
調査員が最後の金属棒を地面に突き立て、慌てて宝箱から距離をとった。
「そいつは『当たり』だ! 気を付けろ!」
おっさんの生足が生えた宝箱の何が『当たり』なのか、その理由を是非とも聞いてみたかったがそれどころではない。僅かに開いた宝箱の蓋から、何かがぬるりと這い出ようとしているのだ。
「起動させろ蓋が開くぞ!」「早くスイッチを入れろ!」
その声と同時に、宝箱の周囲に刺された金属の棒が輝き放電を始めた。金属の棒から放たれる稲妻の様な放電同士が結びつき、ぐるりと柵の様なものが完成する。さらに金属の棒から伸びた上がった稲妻が上空で一つになり、あっという間に電気でできた鳥籠の様なものが完成した。
四つ足の宝箱は籠の中でうろうろし、足のひとつが電柵に触れた。
『Z&%VOG#&RV〜!!』
判別不能な叫び声を発した宝箱はその場にひっくり返った。その衝撃でぱかりと蓋が開き、中身がでろんと出てしまった。
私はそれをしっかりと目撃した。
「……あれが『当たり』ですか?」
「そうだ。乙種 (無機物)に擬態している甲種 (生物)だ。電柵に触れて臓器が出たが、暫くすれば元に戻る」
「臓器…。あの吸盤の無い水蛸みたいな? あれは本体ではなく内臓?」
さしずめ相手を威嚇して内臓を吐き出す海鼠、もしくは刺激を与えられたアメフラシが紫の汁を吐き出す様なものだろうか。
ぬめっとした軟体動物の様な内臓とやらはなかなかにグロテスクだが、ひっくり返った宝箱で蠢いているおっさんの生足のインパクトの前には霞んでしまう。
「因みに『ハズレ』は一体どんなものなんですか?」
「普通の箱だ。中に宝石の類が入っている」
「……Oh」
私の基準では、そちらの方が『当たり』ではなかろうかと思うのだが。
後に判明した事だが、当たり外れは魔女様基準だった。甲種に擬態する乙種そのものが珍しいのだという。
では『大当たり』とは一体どんな物なのか。
普通の『当たり』でアレである。ローガンに尋ねるのが恐ろしい。
出現しないことを切に祈る。