タクミとドリルアタック
もそもそとカツ丼を食べていると、目の前のテーブルに誰かが座った。
食堂の隅、観葉植物の影に隠れるようなそこは、食堂の職員が交代で休憩を取るような場所で、椅子が二脚の小さなテーブル席だ。
お昼時の社員食堂はそれなりに混んでいるが、相席をするほどではないし、食堂の職員は、『甲種特』の私と一緒に食事をすることはない。
口の中のものをゴクリと飲み込み顔を上げた。
目の前で揺れる縦ロール。総務課の『ドリルさん』だ。
ちなみに本名は知らない。その素晴らしい縦ロールに感心した私が、勝手につけたあだ名だ。
彼女だけでなく、彼女のお仲間たちがテーブルを取り囲むように立っている。上から見下ろされて大層居心地が悪い。
今日はひとりで昼食だ、ということで四人掛けの席を遠慮したのだが、この席をチョイスした自分の失策を呪った。
私が職場でひとりきりになる場所は限られ、時間もそう多くないが、最近は時折こういった事態が発生する。
当初、『甲種特』が自分たちと同じ職場で働くことになる、と知った所員たちは恐怖した。
得体の知れない『甲種特』そのものが恐ろしかったというのもあるが、例の琥珀の王子様事件で魔女様が直接動いた為、私は彼女のお気に入りだと判断されたようだ。
怜悧な美貌にいつも微笑を浮かべ、どこか他人を見下しているような魔女様が気に入るのならば、『甲種特』には何かがあるのではないか。
もしかすると、魔女様と同じような力を持っているのではないかと勘違いされ、担当官殿以外は誰も私に近寄らなかった。
そんな風に恐怖の対象だったが、私のメッキは割とすぐに剥げた。
こちらに馴染んでいない分、しょっちゅうミスはするし、失敗をすると、誰かれ構わずコメツキバッタのようにへこへこ頭を下げる。寝癖頭のまま遅刻すれすれに職場に飛び込んで、担当官殿に叱責されているかと思えば、魔女様に耳を引っ張られ、ベソをかきながら所長室に連行される。
そんな私を目撃するものが増え、『甲種特』は『乙種転移物』である持ち家から離れれば、なんの力もない小娘なのだと、あっという間に知れ渡った。
すると今度は嫉妬ややっかみの対象になった。
ゴージャス美女の魔女様や、仏頂面の残念イケメンの担当官殿はすこぶる人気があり、ファンクラブ紛いの物まで存在するのだ。
この『ドリルさん』たちもそういった人たちだ。彼女らは、魔女様や担当官殿に『優しくかまわれる』私が癪に触るらしい。
『優しい』というところに突っ込みたいが、そこは認識の違いというやつだ。
「あんた、ミスター・ローガンに何したの」
しかし見れば見るほど凄い縦ロールだ。ぐるぐるしている。
これは地毛なのだろうか。
だとすれば、セットにどれくらい時間がかかるんだろう。
水に濡れるとロールが解けるのだろうか。
しかし社会人でこの髪型はいかがなものか。この研究所勤めということは、『ドリルさん』も国家公務員の筈。凄い、ドリル公務員か。何をドリルんだろう。
チョココロネのような縦ロールが回転し、アスファルトを穿つところまで想像してしまったのが拙かった。
「……ぶっ。……げほっ、し、失礼。ぶふっ」
「汚いわね」
「ごめんなさい」
「ミスター・ローガンのあれ、あんたが原因なんでしょう? 四六時中一緒にいて、手足のようにこき使うだけじゃ物足りず、傷つけるなんてどういう神経してんのよ!」
いつもは担当官殿と昼食を摂る私が、食堂でひとりきりなのを見かけ、チャンス! とばかりに突撃してきたようだ。
ちなみに件の担当官殿は、今日はギプスが取れる日だそうで、昼休憩を利用して病院に行っている。半休を取らないあたり、社畜の鏡のようなお人である。
「はあ、すいません」
あの怪我の半分は、SPをぶん殴った担当官殿の自業自得なのだが、すごい剣幕で一気に捲し立てられ、取り敢えず謝罪する。
訴訟大国である欧米の影響が色濃いこちらの日本では、『あやまったら負け』なのはわかっているものの、居丈高に迫られると、つい謝罪の言葉が口を吐いてしまう。
悲しい小市民の性質である。
「何よその気のない謝罪は」
「ミスターにチヤホヤされてるからって調子に乗るんじゃないわよ、何の能力もない癖に」
「食事や飲み会に誘っても『タクミの世話が忙しい』って断られるし。あんた仕事以外でもミスターを振り回してるのね! 一体何様のつもり?」
『ドリルさん』のお仲間が口々に私を責め立てる。どうやら担当官殿は、彼女たちのお誘いを断る口実に私を使っているようだ。なんて事だ。
言うに事欠いて『世話』とは何だ『世話』とはっ。
「確かに迷惑はかけてるけど、担当官殿の任務が『甲種特』の監視なのはあなた方も知ってるでしょう? そんなに気に入らないなら、我々の上司である魔女様に言ってくださいよ」
「なんて生意気な!」
「とにかく目障りなのよあんた。何の役にも立ってないんだから、あの化け物屋敷に引っ込んでなさいよ!」
言いたいだけ言うと、『ドリルさん』はドリルを揺らしながら去っていった。
死ぬかと思った。笑いを堪えすぎて腹筋が痛い。
私が頑なに担当官殿の名前呼びを拒否するのは、この辺の事情もある。
今でさえこの有り様なのに、名前を呼び捨てにしようものなら、もっと具体的な被害が出そうで恐ろしい。何せ『甲種特』は意思疎通ができるだけの、ただの無力な小娘だと知れ渡っているのだから。
魔女様に至っては論外だ。あの人にはここの所員にとどまらず、男性の信奉者がそれこそあちらこちらに山のようにいるのだ。
女性のちまちました嫌がらせなら大したことはないが、男性の力技で何か仕掛けられたら、私には争いようがない。
しかし。
こういう場面ではお約束の展開として、イケメンヒーロー枠の担当官殿が颯爽と登場し、ヒロイン (私)を庇うなり何なりするものではないのだろうか。
私は現実世界の無情を感じながら、すっかり冷えてしまったカツ丼に箸をつけた。
私の仕事場は『資料室』だ。資料倉庫ともいう。
日がな一日ここで資料を整理しながら、この世界のことを学び、更には向こうの世界とこちらの世界がどう違うのか、様々な歴史資料を見ながらそれのチェックもしている。
特に歴史に造詣が深いというわけではないので、あやふやでいい加減なものだが、それでも今まで知的生命体と呼べる転移物が現れていなかったので、研究者にはとても興味を持たれている。
パソコンの使用は資料の閲覧のみ許可されている。ここで私が使用するパソコンは、リモート管理・監視されているので、SNSや掲示板の類にはアクセスできない。
ノックの後にドアの開く音がして、病院の受診を終えた担当官殿が姿を現した。
「今帰った。変わりはなかったか?」
「お帰りなさい。特に何もないです。それよりどうでした? 夏だし、ギプス外すと臭かったでしょう?」
「臭くない。筋力低下が気になるだけだ」
担当官殿はいつもの仏頂面のまま右腕を摩った。
三角巾に吊られていた痛々しいギプスはなくなり、肩に羽織っていた上衣に腕を通していて、いつもの社畜スタイルに戻っている。
担当官殿はそのまま右手を握ったり開いたりして、上腕の筋肉の動きを確かめている。
その姿を見て安心すると同時に、ドリルさんの言ったことを思い出し、何だか無性に腹が立ってきた。
「あ、そうだ担当官殿」
「何だ」
「今度から飲み会を断る口実に、私を使うのはやめてくださいね」
担当官殿の動きがぴたりと止まった。
「仕事中ならいざ知らず、アフターファイブに『お世話』はされていないので。お願いしますよミスター・ローガン」
私は魔女様に負けないくらいの邪悪な微笑みを浮かべて、担当官殿をちくりと刺した。
いい大人なんだから、自分の尻は自分で拭っていただきたい。
社畜な担当官殿は『ドリルさん』との飲みニュケーションもしっかりとこなすが良いよ!
ふんだ。