門番の魔女、爆誕!?
「わああローガンさん! ローガンさんっ! ローガンさぁぁん!」
私は絶賛パニック中だ。何故なら庭に転移物が溢れかえっているからだ。
原因は絶対アレだ。アレしか考えられない。
このあいだヤンキーな修復師が私の身体を弄くり回したせいだ!!
そのせいで不具合のあった門の鍵が本格的に壊れたのだ!
転移物の出現が止まらない理由は、特異点の門が開きっぱなしになっているということ以外に考えられない。
「弄くり回すとか妙な言い方すんなっ! 俺様は鍵を展開しただけだっ!」
パニックで心の声が漏れ出していたようだ。
元凶のアーチボルドが顔を赤くして抗議しているがそれどころではない。異空間から垂れ流し状態の転移物に埋もれて、庭にいる筈のローガンの姿が見えなくなりつつあるからだ。
続け様に低い銃声が響いているので、ローガンも対転移物用の凶悪な銃で対処しているのだが、いかんせん次から次へと転移物が出現しているので一向に数が減らないのだ。
「あああああローガンさあああん!」
というわけで冒頭に戻るのである。
「どーしよどーしよどーしたらいいの!」
幸いこんな状態でも『家守』の護りは強固なようで、転移物は家の中にまでは入ってこないし、家の中に出現することもない。
安全な縁側でうろうろじたばた、その私の足の間をアルが葉を揺らしながらちょろちょろしている。私がパニクっているのでアルもパニックになっているのだ。踏んじゃったらごめんっ。
「ねえ! どうすれば止まるのこれぇ! ねえってば!」
アーチボルドの胸倉を掴んでガクガク揺さぶったが、帰ってきたのは「知るかっ!」という返事。その怒声に私が虐められてると感じたのか、アルが私の足下から離れアーチボルドのふくらはぎをガジガジ噛んでいる。いいぞもっとやれ。
庭いっぱいの転移物は甲種(生物)八割、乙種(無機物)二割で、その二割の乙種転移物が視界を遮っていた。その遮っているものの中に、見たことのある形のものが混ざっている。
あの『いかにも』な形は宝箱だ。乙種なら『はずれ』で宝石満載。甲種なら『当たり』で、当たりのくせに中身はデロデロニョロニョロした内臓の擬態生物で、私的には少しも嬉しくない代物だ。縁側からではあれが乙種なのか、乙種に擬態する甲種なのかは判別できない。
その宝箱の上で「にぎゃあ」と啼くのは猫又だが、以前見た個体の倍以上ある。金ピカのGもイナゴのように飛び回っているし、見たこともない一反木綿のような平たい何かが上空に伸び上がり、何かに阻まれて地面に落下している。
飛行能力のある転移物がぶつかっているのは、あれらを特異点の外へ漏らさないために施されているという、我が家全体を囲むアレクシア様の魔法の柵だろう。
転移物出現時にローガンと行動を共にしている、防護服姿の調査員たちも当然来ているが、庭を埋め尽くす転移物の数に恐れをなし、後方支援に終始している。後方支援といっても家の横の通路に例の電磁網を設置して、庭にいる転移物が玄関に回り込まないよう警戒しているだけだ。
つまりローガンはたったひとりで膨大な数の転移物を相手にしているのだ。
しかしローガンに任せっきりにしている調査員たちを責めることはできない。防護服を着ているとはいえ、彼らは研究所に勤める国家公務員なだけの普通の人間なのだ。異常な状況に尻込みしても仕方がない。
それに引き換え、普通の人間じゃない変な力を持っている魔男のくせに、アーチボルドの役立たず!!
「タクミてめえこの野郎! ウィッチつっても俺は頭脳労働専門の修復師だっての! バットで殴られてもピンピンしてるようなローガンと一緒にするな!」
また心の声が漏れていたようだ。
「いくら頑丈な守護者でもこれじゃあ無事じゃすまないよ! 死んじゃったらどうしよう! うわあああんローガンさあん!」
「縁起でもないこと言ってないで何とかしろ!」
「うぇっ? 何とかって?」
「比喩でも何でもなくお前自身が鍵だろうが! 魔術でも呪文でもいいから鍵を掛けろ! 門を閉ざせ!」
「できるならとっくにやってるよっ。私は一般人だから魔法は使えないのっ! 呪文だって知ってるのは『開けごま』くらいだよっ。門を閉じる呪文なんか知らないよっ!」
アラジンで有名なその言葉が、果たして本物の呪文かどうかは分からない。
とにかく呪文といえばそれくらいしか知らないのだがそれを唱えたとして、これ以上門を開いてどうするのかという話だ。
「『閉じろごま』だ」
「はあっ?!」
「だから『開けごま』の反対は『閉じろごま』だっつってんだろ!」
「……ええ〜?」
「お前っ、なんだよその顔はっ!」
「だってアーチーが言うことなんだもん胡散臭い」
「もん、じゃねえ可愛くねえんだよ! 早いとこ唱えてみろこの馬鹿」
「いだだだだ!」
ぎゅうとアーチボルドに鼻を摘ままれた。
「くぅ……! 閉じろごま!!」
私は羞恥心をかなぐり捨て、鼻を赤くしたまま両手を庭に向け大声で叫んだ。イメージ的には、手からナニカを発射する背中に亀のロゴが入った服を着た人物である。
変化を待つこと数十秒──。
その間に、何もない空間からおっさんの顔が付いたデカい竈馬が出現し、ローガンはついに大量の転移物の影に隠れて姿が見えなくなった。
──いくら待っても私の手からは何も出ないし何の変化もない。当然だ。
「………やっぱ止まらねえな。ぷふっなんだよその格好」
「むきーっ!!」
許すまじアーチボルド!!
ぼすぼすアーチボルドの腹を殴っていると、ふわりと金木犀の香りがして横合いから声がかかった。
「お前たちには緊張感というものはないのか」
そういうアレクシア様にもさほど緊張感は感じられなかった。
特異点観測研究所所長の魔女アレクシア様は、比喩ではなくここの支配者だ。アレクシア様は自分の興味を惹いた何かがあった場合以外は、転移物が出現しても現場へ足を運ぶことはあまりない。
今回はさすがに普段とは違う騒ぎのため、所長室から出向いてきたようだ。
「アレクシア様!? どうやって中へ?」
「玄関からだ」
その答えに驚いた。
なんとアレクシア様は、開いたままの玄関扉から入ってそのまま縁側までやってきたというのだ。
私はずっと縁側でわあわあ騒いでいた。そのため当然家に入る許可は出していないので、鉄壁の守りを誇り『家と家主しか護らない』と豪語する家守が簡単に侵入を許すはずがない。
首を傾げている私に、アレクシア様は何でもないように宣った。
「無理矢理こじ開け押し入った。まあ力技というやつだな。家守にしてみればレイプされたようなものだろうが、非常事態だ我慢しろ」
最後のセリフはおそらく家守に向けたものだ。しかし。
「家守をレ?! ええっ?!」
なんとなくアレクシア様の言いたいことは分かるが、ただ、何というかもっとこう、無断侵入とか不法侵入とか他の表現方法があるのではと思わなくもない。確かに家全体が薄暗くなり、じとりと湿度が上がっているような気もする。
もしかして家守、泣いてる?
微妙な顔をしている私とアーチボルドを無視して、アレクシア様は庭に向かってローガンを大声で呼ばわった。
「ローガン! 何をもたもたしている!」
ぴたりと銃声は止んだがローガンからの返事はない。
「やるぞ! 備えろ!」
縁側周辺の空気がパリパリと音をたて、私たちの吐く息が白くなった。
アレクシア様が繊手を振ると、キンと硬い音とともに身体の芯まで凍るような冷気が渦巻き、庭全体が一瞬で凍りついた。彼女の発した冷気は上空にまで及び、飛び回っていた様々な種類の転移物がぼとぼとと落下していく。一反木綿のような平たい何かは、凍った地面に落下した衝撃で粉々に砕け散ってしまった。
「……酷え。ローガンごと凍らせやがった」
アーチボルドが白い息を吐きながらぼそっと呟いた。
「この程度で守護者に障りがあるわけなかろう。とはいえ、早く氷の中から出ないと風邪くらいはひくかもしれんな」
「えっ!? 大変! ……ぎゃっ!」
慌てて庭に飛び降りた私は、カチンカチンに凍った地面でど派手にすっ転んだ。縁側でアーチボルドが腹を抱えて笑っている。ちくしょう。
思いっきり打ちつけた尻を半泣きで摩っていると、呆れたような声でアレクシア様が言った。
「何を遊んでいるタクミ。ローガンは放っておいてもそのうち自力で出てくる。お前には他にやるべきことがあるだろう」
「はへ?」
あちこちからカキンコキンと、何か硬いものがぶつかりあうような音がしている。目を凝らせば、少しずつ氷の塊が増えているような──。
「今出現している転移物は出てくるそばから凍っているが、耐寒性に優れた個体も存在する。それに」
アレクシア様が空を指した。そこはなんとも形容し難い色合いに変化し始めている。
「質量の大きなものが上から落ちて来れば、いくら頑丈な守護者でもひとたまりもあるまい」
「え」
私の身体が震えているのは決して寒さのせいばかりではない。
「タクミ。門を閉じるのが鍵であるお前の仕事だ」
「そ、そんな無茶な! だって魔法の呪文だって効かなかったんですよぉ」
「『閉じろごま』な。ぷふっ」
「アーチーうるさいっ!」
「ごまなんぞ効くか。魔法も魔術も要は気合と根性と想像力だ」
「ええ〜っ?! アレクシア様ってばアーチー並みに胡散臭い発言っ!」
「何だとお!」
「いちいちやかましいぞアーチボルド口を閉じろ!」
ギッとアーチボルドを睨みつけた後、アレクシア様は私の肩を掴んで顔を覗き込むようにして話し始めた。
「昔は普通の人間だったかもしれんが、複雑な魔術式と魔力の塊である鍵と一体化している今のお前はもはや魔女と大差ない。ごちゃごちゃ言わずにやれ! 気合を入れろタクミ!」
「ひょえええ」
体育会系魔女アレクシア様の青い目が金色に光った。
空は禍々しさを増し、大きな亀裂が走り何かが出てくる気配がする。怖い。色んな意味でガクブルである。
「タクミ門を閉じるんだ。閉じて鍵を掛けろ」
「……閉めて鍵をかける……」
魔女になってしまったかどうかはひとまず置いといて、私はダメもとと覚悟を決めて目を閉じ門をイメージする。背中に亀の人物をイメージしながら、大声で『ごま』を唱えるよりよっぽどマシだ。くそうアーチボルドめ、また思い出したぞ。
門。
正門裏門大手門。
しかし我が家に門はない。なので頭に浮かぶイメージが曖昧だ。
うちにあるのは吹けば飛ぶような、ごく簡単な作りの昔ながらの引き戸だけだ。
だが軟弱な引き戸も家守のおかげで最強だ。アレクシア様は力技で突破したが他の者は──ローガンでさえ──私の許可がなければ入れない。
鍵は私。
家の引き戸を閉めしっかりと内鍵をかける。こうすればもう誰も何も中には入れない。
カチリと私の中で音がした。
ハッとして目を開ければ、ばちんと大きな音がして空から何かが落下するところだった。
地上で凍りついた転移物の塊が砕け散った。落下したものが激突するのとほぼ同時に、ローガンが内側から砕いたのだ。
ローガンが凍って砕け散った転移物の間から、スーツについた氷粒を払いながらゆっくりこちらに近づいてくる。さすがに顔色が悪い。
庭はさっきまでの騒々しさが嘘のように静まり返っている。
ほっとした私は座り込んで顔を顰める。さっき強打したお尻が痛いのだ。
痛むお尻を庇い土下座状態になって呻いていると、ローガンが私の腕を取って立ち上がらせてくれた。
「どうやら収まったようだな」
「そうみたいです。ローガンさん大丈夫ですか」
「問題ない。それより何があったんだ?」
転移物と一緒に氷に閉じ込められていたローガンは、私とアレクシア様のやりとりを知らないのだ。
「……えーっと、後で説明します」
事後処理のため、調査員たちがわらわら庭に入ってくる。アレクシア様の冷気も消え、カチカチに凍りついた転移物が早くも溶け出している。
門が閉じた時空から落ちてきたのは、成人男性がすっかり隠れてしまうほどの『大きな手』だった。その手の持ち主 (本体)がそのまま落ちてきていたら、ローガンは確実に下敷きになっていただろう。ほんとに危機一髪だったのだ。門を閉じることに成功してよかった。
「ほらみろ。気合と根性と想像力で間違いないではないか」
「……そデスね」
アレクシア様は得意げだが私はいまいち不安だ。
まあひとまず転移物の出現が止まったので良しとしよう、うん。
「後は自在に開閉ができればいうことはないな。精進するんだな門番の魔女」
あ、あれ?
前にも何か似たようなことを言われたような気がする。修行とか修行とか修行とか。
い、いやだあああああ!!!
タイトル回収(笑)




