魔女とこたつと鍋パーティー・その1
初雪がちらついた日の朝。所長室に呼ばれた私の前で、いきなりアレクシア様の話が始まった。
「今日は鍋を食べるぞ」
「はあ。よろしいんじゃないですか?」
気の抜けた返事なのは勘弁して頂きたい。
こういう場合、高確率で厄介ごとが持ち込まれるのは、最早私にとっては日常である。自然と返事もおざなりになろうというものだ。
「行くのは19時で良いか?」
「はあ。よろしいんじゃないですか? って、えっ? どこに行くんですか?」
「お前の家に決まっているだろうタクミ」
いつ決まったのだろうか。
どうやらアレクシア様の中では既に決定事項のようだ。
「タクミ、冬の暖房器具、あれはもう出したのだろう?」
「あれって『あれ』ですか? 一昨日出しましたけど。えっとアレクシア様? それと今日お食べになるというお鍋とどんな関係が?」
「鍋は『こたつ』と共にあるものだ」
「意味が分かりません」
「私は鍋が食べたいが、私の屋敷にはこたつがない。タクミの家にはこたつがある。実に単純明快な理由だ」
「ますます意味が分かりませんっ!」
──今さらっと『屋敷』とか言わなかったか? まあそれはさておき。
こたつがなくとも鍋は食べれるではないか。実際、普通の食卓テーブルでも食べれるし、ひとり鍋が食べれるお店も存在する。
私がそう主張すると、「チープな食事でも満足でき、その場ですぐに横になれるという、すこぶる怠惰で下品な振る舞いをしても、違和感が全くないところが良いのだ」と大変お行儀の悪い返答が返ってきた。
「動きたくなくなるので怠惰ってのは認めますが、下品ってなんですか! 日本中のこたつ愛好家から大ブーイングですよ!」
「ふん。愛好家がいればだがな」
アレクシア様が笑ったところで、ローガンから疑問の声が上がった。
「タクミ、こたつとはなんだ?」
そう。この世界には、あの素晴らしくも凶悪な『こたつ』が存在しないのだ。
暖房器具として、だるまストーブも石油ファンヒーターも電気ストーブも暖炉もある。暖房器具ではないが囲炉裏も存在する。
だが人を『こたつむり』に変えてしまう『こたつ』はない。
この世界の冷暖房器具はエアコンと床暖房が主流で、エアコンに至っては普及率が百パーセントである。
となれば、なんとなく扇風機もなさそうだが、これは空気を攪拌させるための攪拌機として存在している。
私が特異点から出現したのは冬で、我が家に初期調査が入ったとき、居間にはまだこたつが出してあった。
調査員たちに問われ、「これは暖房器具」だと話し使い方を説明したが、部屋全体を温める方法が主流な中、こたつに入っている部分だけが暖かいという非効率な暖房方法は、彼らの興味を惹くものではなかったようだ。
ところが、このこたつにアレクシア様が興味を持った。
彼女は後日単身で我が家を訪れ『こたつ体験』をし、大層気に入ってしまったようなのだ。
アレクシア様が二度目のこたつ体験を目論んで、我が家を強襲したその日、私はちょうど「白菜鍋」をしているところだった。転移前に近所の農家から頂いていた白菜を、腐らせる前になんとか消費しようとしていたのだ。
招き入れたアレクシア様は、躊躇なく居間に直行すると、そのままこたつに滑り込み、天板の上の卓上コンロに鎮座する鍋を見ると、なんの遠慮もなく箸と器を所望した。
金髪のゴージャス美人がこたつに入って、白菜しか入っていない貧相な白菜鍋を食べる、というシュールな光景に言葉を失ったのは良い思い出だ。
そしておそらくこの体験が、アレクシア様の中で『鍋=こたつ』、あるいは『こたつ=鍋』となってしまったのではないかと愚考する。
うん、やはり訳が分からない。
アレクシア様の思考の謎は残ったままだが、取り敢えずローガンにこたつの形状と、その使用方法などを説明した。
「暖房器具か。だから俺は見たことがないのか」
ローガンが二代目担当官に着任したのは春先で、既にこたつは姿を消していたのだ。
「こたつは分解可能なので、オフシーズンには居間の押し入れに『こたつ布団』と一緒に仕舞ってあります。それを出したので、居間にあった座卓は客間に移動してますよ」
「タクミの家の資料の家財の項目にあった、『寝具付き座卓』というのがこたつなんだな」
「寝具付き座卓……」
いやまあ、こたつに潜り込んだまま寝てしまうこともあるが、そのネーミングは如何なものか。調査員たちは見たままの (この世界の人にとって)分かり易い名前をつけ、『こたつ』という名称は採用しなかったようだ。
しかし『こたつ布団』とは言うが、あれは厳密には就寝するための布団ではない。特にうちにあるこたつは正方形なので、寝具の代わりにはならないのだが。
脳内のこたつ談義は置いといて。
「……つまりアレクシア様は、我が家のこたつで『鍋パ』をお望みということですか?」
「鍋パ? 私ひとりではパーティーにならんだろう。そうだローガン、お前も来い」
「鍋か、いいな。では酒は日本酒だな」
「私はワインが良い。白だ」
「………」
こうして家主そっちのけで、我が家での鍋パーティー開催が決定した。
私が日常的に消費する食料品は、社員食堂の食材発注に便乗させてもらっている。
卵や牛乳など、冷凍保存できないものを中心に、必要なものを纏めて書き留めたものを、食堂のおばさんに提出しているのだ。
外出の制限はないが、買い物の為にスーパーやコンビニに行くとなると、必然的にローガンがついてくることになる。
威圧感丸出しのスーツ姿の偉丈夫を従えた小娘が、その偉丈夫に店内かごを持たせて、食料品コーナーを練り歩く。
当然のように、買い物客の注目を一身に浴びる事になり、ローガンに申し訳ないし私が羞恥心で死んでしまう。実際死にそうになった。
そうは言っても、急な夕食メニューの変更に我が家の冷蔵庫が対応できる筈もなく、いくら恥ずか死にそうになっても、今日の買い出しは必須だった。
そんなわけで早めに仕事を上がった私は、アレクシア様から手渡された軍資金を持って、ローガンと買い物中である。そしてやはり店内かごは彼が持ってくれている。
「アレクシア様はどういった鍋が好きなのかな? 一番無難なのは水炊きですかね、シメは雑炊で」
「そうだな。鍋でいえば、すき焼きやしゃぶしゃぶが好きだが、アレクシアのいう『こたつで食べたい』というのとは違うんだろうな」
「すき焼きだってこたつで食べるけど、チープな食事って言ってましたしね」
アレクシア様の言う『チープ』とは、きっと一番最初の、白菜オンリーの『白菜鍋』の事を指しているに違いない。
あれは白菜の救済措置であって、いつもあんな鍋を食べているわけではない。今日は軍資金も貰っているので、いくらなんでもそれを提供するわけにはいかない。
「アレクシア様が行くお店って、たかが鍋されど鍋って感じで、物凄く高級そうですよね」
「そうだな。何度か牛鍋屋に連れられていったが、確かに老舗の高級店だった」
「へー……」
そんな風にさらっと『高級店でデートしました』発言をされてしまっては、どう返答して良いのか分からない。
私は繁華街の古いラーメン屋と、老舗の高級牛鍋屋を比較しモヤモヤしながら、チープ上等! と、特売の鶏もも肉を、ローガンの持つチープなカゴに突っ込んだ。
我が家に帰り、玄関先で「準備を手伝おう」というローガンの申し出をやんわり断って、私は部屋着に着替えたのち、下拵えに取り掛かった。
アレクシア様の「チープ」のリクエストに応え、材料は白菜・長ネギ・木綿豆腐と極シンプルにした。異論は認めない。
その分鶏肉はもも以外にも手羽先・手羽元と数種類の部位を揃えた。具材がシンプルな分、しっかり出汁を取ろうという訳だ。
安価な鶏肉を使った鍋と侮る事なかれ、水炊きは本格的に作れば、それなりに手間がかかるのだ。
手羽先は先端と手羽中に分け、手羽中も二つに縦に切り分け、カットした鶏もも肉と一緒に、熱湯にさっと通しざる上げをする。
こうすれば鶏肉の余分なぬめりや臭みが取れるのだ。今は亡き祖母直伝である。
その後、我が家で一番大きな鍋を取り出し、そこに鶏肉と生姜、長ネギの緑の部分と水を入れる。灰汁を取りながら煮込むこと約一時間、白湯スープ風の水炊の出汁の出来上がりだ。
あとは野菜をセットした土鍋に、茹でた鶏肉と出汁を注ぎ入れ、火をかけ野菜に火が通れば完成だ。
さすがにポン酢醤油までは手作りしなかったが、一味唐辛子や、塩なども用意し、ご飯を炊きながらアレクシア様とローガンの到着を待つ。
19時ぴったりに玄関チャイムが鳴った。
出迎えた先で、アレクシア様の「来たぞ」の声にからりと玄関を開けると、玄関灯の灯の中、彼女の後ろに呼ばれていない筈の人物の姿を発見する。
その人物は片手を上げて気さくな挨拶を寄越した。
「やあやあ。ボクも『こたつ』を見に来たよ〜」
「……相変わらず軽いですね、先生」
「すまんなタクミ。ここへ来る途中でこいつに見つかってしまってな。こたつは四人掛けだから、ひとりなら増えても問題あるまい?」
「いいでしょ、ボクとタクミくんは友達なんだし。それになんだか良い匂いがしてるねぇ。今日はボク、ついてるなあ」
こたつの定員が何人とかそういう問題ではないし、そして彼とは一体いつの間に友達になったのだろうか。
私の入院中の黒歴史を吹聴してまわっている、自称『友達』のトマシュ・クライーチェク医師は、家の奥から漂う鍋の匂いに鼻を蠢かせて嬉しそうだ。
玄関先で、早く中へ入れろとソワソワしている、アレクシア様とトマシュ医師の後ろで、ローガンがこっそり「すまない」と、声を出さず口だけ動かして苦笑している。
「……お待ちしてました、こたつも温まってますよ。……先生もどうぞ」
私は観念して三人を中に招き入れた。
「楽しみだねえ、アレクシア」
中年のトマシュ医師が、子供のようにニコニコしながら家の中に入っていく。
それにしても、あの唯我独尊傍若無人な、魔女の館の独裁者アレクシア様がすんなり同道を許すトマシュ医師とは、一体何者?




