落ちてきたファンタジー
「ウィッチの癖に不注意極まりねえ。自業自得だ」
「アーチボルド、自分で決断したんだからもう観念したらどうだ」
「くそっ! あんな奴らに任せたのは誰だ」
魔女の館の玄関ホール、優秀な魔男はこの後に及んで不平たらたらだ。
「あ、タクシー来たみたいですよ? アーチーさん、クリスマスが近いんで向こうに着いたらサンタクロースによろしくー」
「クリスマスとなんの関係があんだよ。ジジイに挨拶しに行く暇なんかあるか!」
「あ。いるんだサンタ」
ちょっとした冗談のつもりだったが、どうやらこちらにはサンタクロースが存在するようだ。今のアーチボルドの口振りだと、どうも私の知るサンタとは別物のようだが存在はしているようだ。
「おいタクミ。俺はまだ『鍵』の修復を諦めた訳じゃねえからな。戻ってくるまで大人しく待ってやがれ」
「えー」
そう捨て台詞を残して、アーチボルドはオーロラとサンタクロースの国、フィンランドへ発った。
私は知らなかったが、フィンランドに新たな特異点が発生していたらしい。
少し前から、修復師でゲートの専門家でもあるアーチボルドに、フィンランド政府から召集が掛けられていたようだ。彼は「当分寒い所に行きたくねえ」と公務員にあるまじき発言で、その召集を無視していたというから驚きだ。
その特異点で、ゲートの構築作業中のウィッチのひとりが、特異点に吸い込まれ消えてしまったのだ。
どうやらフィンランドのものは、海外に二種類存在する特異点の『危険なほう』だったようで、アーチボルドは渋々フィンランド行きを決断したのだ。
日本の特異点は『点』というには範囲が広いが、海外のものは小さく限定的で、狂った磁場のせいで踏み入れると気分が悪くなるだけの軽いものと、節操なく異界のものを吐き出す日本のものとは真逆に、生き物を吸い込んで何処かへ飛ばしてしまう厄介なものが存在する。
フィンランドに発生したものは後者だった。
「人がひとり消えちゃったのに不謹慎だけど、特異点って変ですよね。まるで入り口と出口に分かれてるみたい」
アーチボルドの急襲がなくなり静けさを取り戻した資料室で、私が何気なく発した言葉にローガンが反応した。彼は視線で話の続きを促した。
「えーと、海外のものは人が消えちゃうから『入り口』で、日本のはいろんなものが出てきちゃうから『出口』」
「少なくともこちらにある出口と入り口は繋がってはいないな」
「みたいですね。どっちもどこに繋がってるか分かんないし、入ったら出られない出たら戻れない一方通行ですもんね。特に日本の出口は、いつも同じ次元に繋がっている訳じゃ無いみたいだし」
もしかするとまた『日本』に繋がるかもしれないが、今のところ私と同じ世界のものは、人や動物、物質に限らず現れてはいない。
「……タクミのいた世界には特異点はないんだろう?」
「ええ。でも特異点かどうかは分かんないですけど、私の世界にも船や飛行機が消えちゃったとかいう話はありますよ?『バミューダトライアングル』っていって結構有名です」
「船や飛行機か、かなり大きな物だな。そんなものが出現したら大事だ」
「でもそういうお話があるっていうだけで、嘘かホントか分からないですよ」
「こちらでは船や飛行機の消失事例は無いな、せいぜい人がひとりかふたり消える程度だ。出現するもののサイズは色々だが、今のところ一番大きいのはタクミの家土地だな」
「アレクシア様も『こんな大きな物は初めてだ』って言ってましたよ」
とまあこのように、アーチボルトのフィンランド行きに端を発し、特異点やそこから出現するものの話をしていたのがいけなかったのかも知れない。
取り止めのない単なる雑談だったが、私もしくは私たちは、どうやら『フラグ』を立ててしまったようだ。
その日も特に何事もなく仕事を終え、帰宅し玄関を開けたところ、いきなりアルウラネが飛びついてきた。
「わ! 何? どうしたの?」
いつもと様子の違う彼女は、高速で私の足をペシペシ叩き何かキャアキャア言っている。だが私には『アルウラネ語』は理解できないのでさっぱり分からない。
「タクミ!」
いきなり大声で名を呼ばれ、驚いて振り向いた。
「へ? ローガンさん?」
さっき別れたばかりのローガンがこちらに全速力で駆けて来る。
「家から離れろ!」
「えっ? ええっ?」
走ってきたローガンに、訳も分からずいきなり腕を掴まれ、殆ど引き摺られるようにして家から距離を取らされた。
直後、家の上空の何もない空間が割れ (たように見えた)、そこから黒い大きな物体が出現し、屋根の上に落下した。
爆発音にも似た物凄い音をたてた『それ』の所為で、家は土台ごと大きく上下に振動し、その後もう一度大きな音がして地面が揺れた。
あっけに取られている私の目の前で、我が家が大きく揺れ続けている。
以前、当たりの宝箱こと『ミミック』が、屋根の上に落ちてきた時の比では無い。屋根の上には何も見えないが、落ちてきたものの衝撃度合いを表すように、家全体が今もカタカタと微かに振動している。
ぎゅうとローガンにしがみついたままの私も、家と同じようにブルブル振動した。
「な、何がどうなって……」
「タクミが帰ってすぐに特異点の異常が感知された。携帯で指示するより俺が直接ここに来る方が早かった」
「で、でも家の中は安全な筈じゃ」
「この家が出現した時と同じように力場が大きく乱れた。出現する物の質量が同じかそれ以上なら、家が潰れる可能性があった」
「それ、でアルウラネが飛び出してきたんですね」
「キャア」
見下ろすと、賢いアルウラネは私の足にしっかりとしがみ付いていた。
震えていて気がつかなかったが、もう地面の揺れは収まっているようだ。
そっとローガンから離れた私は、彼と一緒にゆっくり家に近づいていった。
「……頑丈なものだ。壁に罅ひとつ見当たらない。屋根瓦も無事だ。『家守』は相当に力が強いようだ」
ローガンが感心している。私も同意見だ。
それにしても一体何が出現したのか、家の正面からは窺い知れない。
図らずも、家守の守りが想像以上に強固な事が証明されたので、私たちは家の中に入りそのまま庭が見渡せる縁側に向かった。
客間の障子をあけ飛び込んできたものは、ファンタジーでお馴染みのドラゴンだった。多分。何しろ私は本物を見た事がないのだ。
「……これって」
「ドラゴンだな」
「やっぱりー!」
Tレックスに翼が生えたようなドラゴンはよくみると傷だらけで、右目に矢が刺さり首のあたりには大剣が刺さっている。
「大きいな。このサイズは初めてだ」
「死んでます?」
私の声が聞こえたのかどうかは分からないが、いきなりドラゴンの左目が開いた。
ゆっくり頭を上げこちらに向け、大きく口を開け周囲の空気を吸い込んだ。その口の奥が何やら赤くなっているし、周囲の温度が上がっているような。
………これは非常に拙いのでは。
隣でローガンが動く気配がした直後、ドンとかバンとか腹に響く音がしてドラゴンの左目に穴が空き、頭の後ろが吹き飛んだ。ローガンが対転移物用の銃で撃ったのだ。
さすがに一発打ち込んだくらいでは、以前の猫又のように爆散することはないが、ドラゴンの頭部を貫通してしまうとは驚きの威力だ。それも恐ろしいが、そんなものを片腕で扱うローガンにもびっくりだ。
ドラゴンは地面に頭を落としそのまま動かなくなった。
半開きの口からは舌だけでなく白煙が出ているので、やはり火を吹く寸前だったようだ。
危機一髪で助かったが、私は腰を抜かしていた。
「ドラゴンの頭を吹き飛ばしちゃうなんて。……ローガンさん、そういう凶悪な銃を隣で振り回さないでくださいよ」
「火を吹かれると拙いと思ってつい。……いや、すまない」
「それは。私もそう思いましたけど、家守の守りは強固で、大丈夫なんじゃなかったんですか」
「そういえば縁側は『濡れ縁』だが、ここも何も通さないんだったな」
「雨戸がないので雨は降り込むけど、害のあるものは入ってきません」
「……そうか」
「……そうです」
なんだかんだ言いながら、二人ともイマイチ家守を信じきれていなかったという事である。
家守が私とローガンのやり取りを見ていたのか感じていたのか分からない。
心なしか家全体がどんより暗くなったような気がしたので、もしかしたら落ちこんだのかも知れない。
ごめんね家守。




