イタコのドロシー・その1
霊媒師。
私の知る日本では『スピリチュアリスト』などと、スタイリッシュな呼ばれ方をすることもあるが、占い師や手品師と同じような扱いで市民権を得ているとは言い難い。
だがこちら側の日本では霊媒師も魔女同様『公務員』扱いだ。
所変われば、どころか次元そのものが違うので今更だが、何だか変な感じだ。
「貴女が『甲種特』? 初めましてイタコのドロシーよぉ」
はあっ?!
──と言いかけて、すんでのところで息を止める事に成功した。危なかった。
それほど目の前の人物が強烈だったのだ、色々と。
ドロシーよぉ、はピンク頭だ。ツインテールじゃないのがせめてもの救い、いやボンバーヘッドなのでちっとも救われていない。
しかもストロベリーブロンドとかいうレベルではなく目に鮮やかなピンクで、アニメの魔法少女でもここまで鮮やかなピンクの髪はいないのではなかろうか。目が痛い。
「は、初めまして、タクミです」
しかも………イタコ?
イタコといえば、あの恐山で有名な『口寄せ巫女』のことを指すのではなかろうか。口寄せ巫女といえば老女のイメージだが、目の前のドロシーは二十代、せいぜい多くても三十代前半にしか見えない。
それだけでもうお腹いっぱいだが、翡翠の目をしたドロシーは『ゴスロリ』だ。
ピンク頭でゴスロリの、イタコ?
いくらなんでも設定を盛りすぎではなかろうか。
語尾にハートマークが付いていそうな自己紹介をされ、目が点になった私を責めないで欲しい。
今回我が家に『その筋の専門家』の調査が入ることになり、やってきたのが強烈なインパクトを持つドロシー嬢な訳だ。
「……あのうアレクシア様、」
「心配は要らん。見た目はアレだが本物だ。しかもかなりの歳で経験は充分積んでいる」
「やあねぇ。あんただって相当な歳でしょう? 魔女アレクシア」
「私は見たままの年齢だ。貴様と違ってメスはどこにも入っておらん」
「女性に対して雌だなんてお下品ねぇ。まあウィッチだから仕方が無いわね。おほほほほほ (コロス)」
「雌雄の雌と、美容整形に使う刃物を勘違いするほど耄碌しているとは困った。しかし相変わらず珍妙な格好だな、貴様にはよく似合っているぞ。 (シネ)」
こ、怖っ!
ふたりとも笑顔のままだが、何やら物騒な副音声が聞こえたのはきっと気のせいではない。
「そもそも幽霊屋敷っていうなら私たちの管轄よ。『視せて』って何度頼んでも聞いてくれないから、ここへこうして足を運ぶまでに七面倒くさい書類を山ほど書かなくちゃならなかったじゃないの」
「何故私が貴様の『お願い』とやらを聞いてやらねばならんのだ。お役所仕事に書類はつきものだろうが馬鹿め」
「いやあねえオトモダチでしょ私たち。年寄りは頭が硬くっていけないわぁ」
「誰が友達だ」
挑発的な態度を崩さないドロシーのせいで、アレクシア様から冷気が漂い始めた。このままでは応接室が凍ってしまう。
何やらいわくありげな様子が気になり、隣のローガンにこっそり尋ねてみる。
「ローガンさんローガンさん、魔女と霊媒師って仲が悪いんですか?」
「いや、そんなことはない」
「すげえ悪いぜ」
「どっちなんですか。てかなんでアーチーさんがここにいるんです?」
「暇だし面白えから」
「………」
南極から帰ってきたその日に、私を強襲しアルウラネに齧られた修復師アーチボルドはそう言ってへらへら笑っている。
散々私を怖がらせた挙句、この無責任を体現したような優秀なヤンキー修復師様は、ゲートの情報が詰まった『鍵』と私が分離しない限り修復などやりようが無い、と悪びれもせず言った。
結局アーチボルドは『家に意思がある』という自分の仮説を、その身をもって証明しに来ただけのようなものだ。
ふざけんなとかザマアミロとか色々言いたい事はあったが、どうしようもないものはどうしようもない。
まあそれはいいのだ。いや仕事しろよとは言いたいが。
そもそもゲートの修復を生業とする修復師のアーチボルドには、今現在ここに仕事は無い。
にもかかわらず、彼はずっと所員宿舎の空き部屋に居座り、地下二階にある資料室にやってきては私の仕事の邪魔をするのだ。
ストーカーか。
「イカサマ野郎がどんな判断を下すのか興味がある」
「このクソガキ、霊媒師がイカサマですって?」
「違うのかよババア」
ホントなんでここにいるのよアーチボルドっ!!
「あのえっと、イタコっていうことはドロシーさんも死者の声が聞けるんですよね? 私の世界にも霊媒師や口寄せ巫女はいましたよ。日本国民なら大抵知ってて魔女より有名です!(多分)」
我ながら何ともわざとらしいヨイショだ。そもそもあちらは魔女が存在しない世界なのだ、知るも知らないもない。
くう。何故私がこんな太鼓持ちのようなことをしなければいけないのか。
うん知ってるアーチボルドのせいだ。
「あらうふふ。ミディアムは色々な音を聞くことができるのよぉ。死者は勿論、人ならざる者である妖精や精霊の類の声もね。ウィッチなんか彼らとまともに会話も出来ない癖に、一方的に召喚して力技で使役するしか能が無いのよ。野蛮よねぇ」
「何言ってやがる。話し合いっちゃ聞こえは良いが、言葉の裏が読めねえ『お花畑の』ミディアムはころっころ騙されるじゃねえか。そのせいでこれまで何度とんでもねえ事件が起きたやら」
素晴らしい笑顔でメンチを切るゴスロリドロシーとヤンキーアーチボルド。
「アーチボルド」
それまで静観したままだったローガンが口を開いた。
「ウィッチに能力差があるのと同様、ミディアムもピンからキリまで存在している。アレクシアの言う通り霊媒師ドロシーは少なくとも『キリ』ではないし、これまでミディアムが引き起こした事件に責任はない」
「ちぇっ分かってるよ」
「ローガンの言う通り責任はないが、そいつがいけ好かない女なのは変わりない」
「何ですってえ!? その言葉そのままそっくりお返しするわっアレクシア!」
わああヤメテー! タクミのライフはもうゼロよっ!
頭の中に『虹の彼方に』が流れているが、行き先は素敵な都ではなく築五十年の古い平家の日本家屋だ。
アレクシア様は別件があるとの事で所長室に残ったままで、機嫌の悪いままのドロシーを丸投げされた私には彼女を『ヨイショ』する気力は残っていない。私の担当官であるローガンは当然として、アーチボルドも当たり前のようについて来た。
虹の彼方の平穏は望めそうもなく、私は溜息を呑み込んで彼女を我が家へと案内する。
「……あら? 歌が聞こえるわ」
「ああそれは多分彼女で……何やってんの?」
からりと扉を開けると、アルウラネが私のスニーカーにすっぽり入り込んで、ゆらゆら歌っているのが目に入った。
「♪~♪♪~~♪」
「『船の歌』ね」
「凄い! 分かるんですか?」
「もちろんよ。遊んでるのかしらね」
「遊んでるみたいですね。『船の歌』ってことはスニーカーを船に見立ててるのかな?」
「面白いわ。アルウラネって『魔女の霊薬』の材料でしょ? 抜かれた後もこんなに元気なものなの?」
「いや。そもそもが植物だから放置していれば枯れて干からびると思うが、タクミは花瓶に挿しているんだ」
「アルウラネを花瓶に? 育ててるの?」
「育ててるというかまあ成り行きで。あ、それでこの間『植物の活力剤』ってのを花瓶の水に混ぜてみたんですよ。ゆらゆらが二倍速になって面白可愛かったです」
「けっどこが可愛いんだか。そいつ凶暴じゃねえか」
「それはアーチーさん限定です」
家の中に入らず玄関先でやいのやいの話をしていると、それまでご機嫌で歌っていたアルウラネの動きがピタリと止まった。