異次元Gとの遭遇
私は普段から細かい事にあまり頓着しない性格だと思う。
そうでなければ、こんなファンタジーな目に合いながら大した疑問も抱かず、のほほんと生活していけるわけが無い。
だがいつものほほんと流されてばかりいる訳ではない。
「いくら呑気者でも幽霊屋敷で熟睡できる程図太くない。ついては真偽が判明するまでホテル住まいを要求する! マンスリーマンションでも可。家賃は研究所持ちでヨロシク」
──実際はもっとやんわりとした言い方ではあったが、アレクシア様に住処の変更を求めてみたのだ。我ながらかなり図々しい『お願い』だと思う。
ところがというかやっぱり、アレクシア様には鼻で嗤われ「何を今更」あっさり却下されてしまった。
「何が憑いていようがお前に危害を加えるものではなかろう。何も問題ないではないか」
「そうだな。タクミにとってあの家より安全なところはないんじゃないか」
「ええーっ?」
大抵は私の味方をしてくれるローガンも、今回ばかりはアレクシア様と同じ考えのようだ。
しかし、家に憑いているものが身内の幽霊とか霊魂とか (それもちょっとあれだが)以外の『何か』だった場合、それが精霊だと言われても得体の知れなさ具合は猫又や人面ヤスデと変わりない。
「でもですね物理的に安全でも、精神的に安全ではないというかぁ。それに憑いてるのが悪霊とか悪い精霊とかだったら、危害を加えられるって事があるかもしれないじゃないですかぁ。怖いですぅ」
私はそれはもうしぶとく食い下がった。
「タクミ」
「ひゃい?!」
「私が問題はないと言ったのが聞こえなかったのか?」
アレクシア様の液体窒素並みの視線を浴びた私は瞬時に凍りついた。
甲種人型特殊転移物Fなどという御大層な分類名が付いているが、中の人は日和見主義で小市民な一般人だ。
なので『長いものに巻かれる』のは得意である。魔女アレクシア様はその『長いもの』の最たるものなので、私はそれはもう十重二十重にぐるぐるに巻かれた。
因みに『見て見ぬふり』や『臭い物に蓋』『現実逃避』なども大の得意なので、アレクシア様の瞬間冷凍から解凍された私は、今まで通り築五十年の我が家 (幽霊屋敷の疑いあり)に住み続けている。
さて住み続けて一週間。
確かにアレクシア様の言う通り問題は無かった。何かに危害を加えられる事もなくこれまで同様夜もぐうすか熟睡していた。
だが私は今、縁側に立ち竦んでこれまでの人生についてぼんやり考えている。
ある日突然異次元の日本で暮らす羽目になり、変なものたちと遭遇し、特異点と呼ばれるその『異次元ポケット』を塞ぐために魔女が設置した門の門番だと言われ、最後の聖域だと思っていた我が家に幽霊屋敷疑惑が浮上し、修復師としてやってきた魔男アーチボルドが赴任初日で何処かへ飛ばされて行方不明。
それだけでもうお腹いっぱいなのだが、欠伸をしながら縁側に出てみれば庭に黒くないアレが大量発生している。
いや、現在進行形で増殖中なのである。Gが。
とにかくデカい。
確か南米に生息する最大種でも十センチほどではなかったろうかと記憶しているが、それなのに目の前の『それ』は手のひらほどの大きさがある上に、何故か鈍色をしている。メタルGだ。はは。何の冗談だろう?
見ればメタルな中に金色に輝いている個体が一匹混ざっている。
あれはもしや金? いや金塊に違いない絶対あれは金塊だ。
金塊にしてはさっきからずっとガサガサ動き回っているのが難点だが。
それともこれはこの世界における金のエ◯ゼル銀のエン◯ル的なもので、集めれば何かいいもの貰えるのかも知れない、のか?
羽根じゃなくて触覚が生えているが。そして形はもろGだ。
………Gなのだっ!
長いものに巻かれることには特に思うところはない。だがさすがに目の前のこの状態は『見て見ぬ振り』も『蓋』もできない。朝日を受けたメタルな『それ』はピカピカ輝きながら激しく自己主張し、私に現実逃避することを許さない。
しっかりと現実を受け入れた私は、朝っぱらから半泣きで携帯電話の短縮ボタンを押した。
「出たっ! いっぱい出てるっ! ピカピカのがっ! ぎゃああああああ! 飛んだっ! 飛んでるぅぅ!!」
『落ち着けタクミ。こちらでも把握済みだ。既にそっちに向かっている』
ローガンは言葉通り五分足らずで防護服の一団を引き連れて庭に現れた。
電話口での私のあまりのパニック具合に、ローガンは敷地内に踏み入れる時の通常手順をすっ飛ばし、庭へ直接侵入することに二の足を踏む調査員たちを強引に引き入れたようだ。
調査員たちが怯えるのも無理はない。つい最近我が家に調査に訪れたアーチボルドが、何処かへ弾き出されたばかりだからだ。
それでもさすがに調査員たちはプロフェッショナルだ。彼らは庭を一瞥し状況を把握すると、持参した道具の中から柄杓様の何かを取り出し、転移物なメタルGをがっさがっさと掬い始めた。飛び回る個体は虫取り網で捕獲している。
捕獲しているものの正体を知らなければ、昆虫採集をしているように見えるだろう。
「ロロロロローガンさん! なんですかなんですかなんなんですかアレ! 私の知るアレと似てますけど大きいしピカピカだし大群だしっ!」
「大丈夫だタクミ、あれに害はない。ただのゴキブリだ」
「Oh……。せっかく暈した言い回しをしてたのに、ズバッと明言してくれちゃってどうもですっ!」
捕獲したものは調査員たちによって、四角い金属の箱に無造作に放り込まれている。
箱には何か仕掛けがあるようで、入れられた奴らは中でガサガサ音を立てているものの這い出してくる気配はない。
どうやら生け捕りにしているようで、中には金塊、もとい金ピカのGを手掴みしてる研究員もいる。
「あんなもの集めてどうするんですか。あやつらは害虫ですよね?」
「何でも食う悪食な種だから益虫とは言い難いが害虫じゃあない」
「何でも……嫌な予感しかしないので何食べるかは聞きませんよ?」
「賢明な判断だな。あのゴ、転移物からは希少金属が採れるんだ」
「へー」
「今別容器に入れた色違いの個体は犬猫並みの知性があって、好事家のペットとして喜ばれる。以前某国要人に『土産』を持たせただろう? ああいった使い方をすることがあって、研究所でも何匹か飼い慣らしている個体がいる」
「ああ人面ヤスデですね。あれは標本でしょう? これは生きたままでペットに? うへぇキモい」
「懐くらしいぞ。タクミも一匹飼ってみるか?」
「全っ力でお断りします!」
特異点名物のお土産だとしてもいらんわ! 手乗りGとか冗談じゃない。
何とも衝撃的な話である。
金ピカGは金塊ではなかったものの、それなりの価値があるのは確かだったようだ。しかしこの世界の蒐集家たちは趣味が悪いと思う。
鳥肌のたつ二の腕を摩りながら「うへえ」とか「柄杓、あれ齧られてませんか?」などと言いつつ捕獲の様子を眺めていると、不意にローガンが口を開いた。
「タクミ、捕獲作業はまだ暫くかかるぞ」
「そうみたいですねー」
「今のうちに着替えてきたらどうだ?」
「へっ?」
「頭。鶏冠ができてるぞ」
「!」
社畜なローガンは朝早いというのにいつものスーツ姿だ。
私はといえば寝起きにGの強襲を受けたせいで着替えておらず、若干年季の入ったヨレヨレのパジャマ姿のままだった。頭に手をやるとローガンの指摘通りボサボサで寝癖がついている。どうりでおでこがすうすうすると思った。
なんてこった。私はこの姿を大勢の野郎どもの前に晒していたのだ。
一瞬で顔に熱が集まったのが分かった。
「………じゃあちょっと失礼します」
その場から脱兎の如く逃げ出したかったが、極力何でも無い風を装って奥の間へ引っ込んだ。ゆっくり襖を閉めてから敷きっぱなしだった布団の上に突っ伏し、己の女子力の無さを心の底から嘆いた。
ローガンに寝起きの姿を見られたことよりも、彼に真顔で寝癖を指摘された事の方が恥ずかしかったのだ。
「くそうローガンめ。言うに事欠いて乙女の寝癖を鶏冠ってなにさ。しかも真顔で言うな真顔で! 転移物も転移物だっ! 寝起きに強襲するなんて、なんて気が利かないんだちくしょー!」
散々理不尽な悪態を吐いた後、我に返ってふと考える。
そういえば。
転移物の出現が私が家にいる時に限られているのは何故だろう。私が家の鍵とか門番だとか言われたことに関係があるのだろうか。
因みにその仮説を唱えたアーチボルドからまだ連絡はない。
念の為彼の無事をもう一度祈っとこうと思う。