消えた男と魔女の思惑
「──成る程、話は理解した」
組んだ両手に顎を乗せ、某アニメで見た事のあるポーズのアレクシア様は言う。
「だがローガン、タクミがゲートの鍵で門番だという仮説を立てた当のアーチボルドは何処へ行ったのだ?」
ローガンの報告で所長室の温度が下がっている。
アクレシア様がまた怒りの雷 (物理)を落としそうで気が気ではない。
以前彼女の雷の被害にあった床はきちんと修繕されてはいるが、所長室の真下の第二仮眠室に仮眠中の人が居ないことを祈っとこうと思う。私にできる事はそれくらいだ。
「不明だ。一応敷地内を捜索させてはいるが、恐らく近くには居ないだろう。遠くへ飛ばされたとしても携帯で連絡できる筈だが今の所それもない」
「ふむ。では携帯が使えない場所にいるのかも知れんな。一体何処に居るのやら。なあ? タクミ」
アレクシア様の視線が突き刺さる。
「何処でしょうね〜。あはははは (怖い怖い怖い)」
取り敢えずへらりと笑って誤魔化す。
同時に、淡々と報告をしているローガンの背後に隠れるようにゆっくりと回り込み、出来るだけアレクシア様の視線&威圧から逃れようと試みる。しかし視線は避けられても部屋全体に広がる威圧はどうしようもない。平気なローガンを尊敬する。
そもそもアーチボルドの行方不明は私のせいではない。寧ろ『口は災いの元』が発端の出来事ではないかと思う。
早い話アーチボルドは、自分の立てた『家が意思を持っている』という仮説の犠牲になったのだ。
さて時間は少し遡る。
トンデモ仮説をぶち上げ、人を鍵扱いした上に門番なる厨二設定まで提唱し、私を散々揶揄った修復師アーチボルド。
「そのうちこの家にも脚が生えるかもな、おっさんの。ははウケる」
挙げ句の果てに、彼は笑いながら築五十年のマイスイートホームを『ミミック』扱いしたのだ。
アーチボルドは庭に私とローガンを残したまま「喉が渇いた何か飲ませろ」と上から目線で茶を所望し、さっさと縁側から再び我が家に上がり込んだ。
そんな偉そうにしなくてもお茶くらい出すわいと思いつつ、ローガンとアイコンタクトをして私も縁側に目を向けた。
ところが縁側から上がり込みほんの数歩進んだ所で、突然アーチボルドの姿が消えたのだ。
「ふへ?」
一瞬何が起こったのか理解できず、思わず変な声が出てしまったのは仕方がないと思う。
これまでも家に立ち入った人間が消えてしまう事例はあったが、その場合は必ず当該人物と私は『同時に家の中に存在』していた。
研究員たちが色々検証した結果、私が害意を感じると結界的なものが発生し、その結界が当該人物を強制排除するのではないかと結論付けられていた。
だがつい今し方アーチボルドが室内に踏み込んだ時、私は庭に立ったままで縁側に触れてもいない。
こんなことは今までなかった。表情筋の死滅しているあのローガンでさえ、驚きの表情を浮かべているのがその証拠だ。
では遠隔操作的に家が私の気持ちを感じ取って結界が発生した?
いやいやそれはない。
確かにアーチボルドの発言で混乱し若干イラッともしていたが、それは彼特有の軽口だと理解していた。彼は悪意を持っていなかったし、私も何某かの害意を感じていた訳ではない。
従って私の意思は何処にも介在していない。
他の原因としては、アーチボルドが我が家を化け物扱いした事くらいしか思い浮かばない。彼の発言を聞き咎めた家が機嫌を損ねたと言うのであればだが。
つまりアーチボルドは彼の仮説通り、『家の意思』によって何処ぞへ弾き飛ばされたと考えるのが妥当な状況なのだ。
うん。やはり私に責任はない、と思う。
ひとまず責任逃れの大義名分ができたと縁側で安堵している私を尻目に、ローガンはあちらこちらに連絡を入れ始め、アレクシア様にも報告しなければ、という事になったのだ。
そんなこんなで私が原因ではないものの『家に意思がある』という事が確定した瞬間でもあるので、それはそれで頭が痛い問題ではある。
それにしてもアーチボルドはどこへ消えたのか。電波が届かないところとはどこだろうか。
「まあアーチボルドは腐ってもウィッチだ。通信不能でも以前の『ヤマダ』と違って、自力でなんとかするだろう」
アレクシア様が何ともドライな発言をしている。
『ヤマダ』とは琥珀の王子様こと太郎・キンブリー・ヤマダの事だ。彼の色仕掛けにまんまと引っ掛かった私としては、記憶から消し去りたい黒歴史である。
着の身着のまま (カメラは持っていた)地球の裏側まで飛ばされた王子は、パニックに陥って状況を把握・説明できず、帰国に漕ぎ着けるまで大変だったらしい。
帰国後はアレクシア様の洗礼を受けもっと大変だったらしいと聞いている。
「それよりも問題は家だな、門番殿」
「やめてくださいよぉ。家が問題って、アレクシア様も我が家が『当たりの宝箱』と同じものとか思ってるんですか?」
「さすがにそれはないだろう。お前の家が無機物の『乙種転移物』であるのは間違いない。だが何かが憑いている可能性が出てきたのが問題だ」
「つ、憑いてる?」
「アーチボルドは元々の鳥居とは気配が違うと言っていたのだろう? ことゲートに関しては敏感な修復師の発言なら間違いはない。アーチボルドは馬鹿だが優秀な男だ」
「……馬鹿なのに優秀なんですか?」
「自分で家に何某かの意思を感じると言っておきながら、その家の機嫌を損ねるような発言をしたのだぞ。それで弾かれてしまうなど馬鹿ではないか」
いまいち考えが足りんよな、とアレクシア様は可笑しそうに言った。
「お前の家は以前から何かと規格外だとは思っていたが、時空を超えた影響だとばかりは言えないようだ。魔女の創ったゲートの魔力を吸収したものの正体が霊的なものか精霊の類かは分からんが、あの家に何かが存在しているのなら、それらと意思疎通を図る手段を模索せねばならん」
「だがタクミは普通の人間だぞアレクシア。霊媒師や魔女の真似事が出来るとは思えんが」
「やって貰わねば困る」
疑問を口にしたローガンに、アレクシア様がキッパリ言い切った。だが彼女のその言葉は私に向けられたものだ。
「今回のアーチボルドの件は別にしても、あの家はタクミの物でありタクミの指示にしか従わんだろう。それに上手くいけば特異点そのものをコントロール出来るようになるかも知れんではないか。ふふふ」
アレクシア様が『悪い魔女』の顔になっている。
特異点そのものをコントロールする。
家の『何か』と意思疎通を図るというよりも、恐らくそちらの方がアレクシア様の本当の目的なのだろう。
特異点から出現する特異物は、異次元の研究の対象物というだけでなく、国の財源でもあるのだから仕方がないのかも知れない。
しかし。
「……あのうアレクシア様、ローガンさんの言う通り私には霊能力も魔力? もありませんけど」
「『為せば成る』という言葉を聞いた事はないかタクミ。お前には魔女の素養がある (多分)と以前話をしたではないか。心配ない良い導師をつけてやる (から死ぬ気で修行しろ)」
幻聴だろうか。笑顔のアレクシア様から何やら不穏な心の声が聞こえたような……。
「えと拒否権は」
「ない」
「デスヨネ〜」
私とアレクシア様の毎度お馴染みのやりとりである。
我が家のお化け屋敷疑惑が真実味を帯びた上に、門番に続き『霊媒師』もしくは『魔女』とかいう新しい厨二設定が私に追加されようとしている。
そもそも霊能力とか魔力って修行で身につくものなのだろうか? っていうか『修行』って何⁈
……白装束で滝行をする自分の姿を連想し、私は深い深い溜息を吐いた。




