魔男と門の話・その3
「アーチボルドは『修復師』だ」
「修復師、ですか? 魔男、ウィッチなのに?」
修復師と聞いて思い浮かぶのは、歴史のある絵画や彫刻、現代美術作品などの修復を仕事としている保存修復師だが同時に、教会の宗教画が元の絵とまったく違う仕上がりになってしまった、という海外のニュースも頭に浮かんだ。
仮にも国家公務員待遇のアーチボルドが素人紛いの修復師だとは思わないが、どうにも胡散臭さが拭えない。
「一括りにウィッチといっても、その能力に応じ担う仕事は様々なのだ」
「そーそー。でも殆どはアレクシアのような武闘派だけどな。いでっ!」
アレクシア様は笑顔で再びアーチボルドの脇腹を抓った。
「誰が武闘派だ。私はウィッチの中では穏健派だぞ。ただ単に相手に『YES』と言わせる交渉術に長けているだけだ。だから今この地位にいるのだ。了解したか? ん?」
「分かった! 分かったよ!!」
あれ?
アレクシア様は日本語が不自由なのだろうか? 穏健派って聞こえたが。
恐らくアーチボルドの話が正解で、交渉術も今のように話術だけで済まないのだろうと得心した。
──と思っているのは内緒だ。
私の考えていることがバレたら怖いので、さらりと修復師について説明を求めてみる。
「それでその修復師って何をするんですか?」
「文字通りゲートの不備を見つけ修復するのだタクミ。世界に点在する特異点にゲートを設置し鍵を掛け封印してはいるが、それは恒久的なものではない。よってメンテナンスは不可欠だ」
「成る程」
規模は小さくとも、磁場や次元を歪めるほどの力を持つ特異点。
その影響を受け続けるゲートは、時間が経つと共に封印が緩んだり、ゲートそのものが劣化するのだとアレクシア様は話す。
そんなゲートのメンテナンスを請け負っているのが『修復師』と呼ばれる者たちのようだ。
「アーチボルドは若輩だが、優秀な修復師なのだ」
「へー。アーチーさんて意外と凄い人だったんデスネー。ビックリー」
「おうよ! ってなんか引っかかる言い方だなおい」
出会い頭に因縁をつけられデコピンまでされた事で、私の中のアーチボルドの印象は最悪なので仕方がない。文句を言う前に自分の行動を改めるべきである。
私の上辺だけの胡散臭い賞賛の言葉に、アーチボルドは「まあいいや」と話を続けた。
「その優秀な修復師の俺様から見れば、あの家は何か変だ」
優秀とか自分で言うな。
おまけにオンボロだのペラいだの、麗しの我が家を散々貶した挙句に今度は「変だ」ときた。
ムカつくのでアーチボルドの印象を『最悪』より更に下方修正する事にした。
はて、最悪の下を表す言葉はなんだろうと考えていると、当の本人とばちりと彼と目が合った。
「つーことで今直ぐあの変な家の中を見せろ、タクミ」
「は?」
「大勢で押し掛けて再調査されるより、俺ひとりだけの方がマシだろ」
「そりゃあまあ……」
そう言えば、先程アレクシア様がそういう旨の話をしていたなと思い出した。
「えーとアレクシア様、因みに私に拒否権は」
「ない」
「デスヨネー」
往生際悪く「嫌だ」と仄かしたものの、アレクシア様にバッサリ切り捨てられた私は、彼女の雷 (物理)が落ちる前にあっさりと白旗を上げた。
研究所を出て五分も歩けば、アレクシア様特製の塀が姿を現す。
塀は我が家をぐるりと取り囲むように立っているが、野生動物を捕獲する箱のような鉄の檻とは違い、上空は開放されている。
塀の一部にはかけている部分がありそこが特異点への入り口になっていて、その欠けた部分からは家の正面の一部と玄関が見えている。
甲種の転移物を逃さないための塀がこんなに隙間だらけでいいのかと、アレクシア様に聞いてみたことがあるが、彼女は無言のまま意味深な笑顔を返すだけだった。
魔術などからきしな一般人の私はそれ以上は追求しなかった。断じてアレクシア様の笑顔が怖かったからではない。
後から知った話だが、何もない上空にも見えない何かがあるらしく、特異点に出現した転移物は飛んで逃げることも叶わないという事だった。
……つまり飛ぶようなナニカも出現るということらしいが、これまた追求するのは止めておいた。
さて、急なお宅訪問の申し出ではあったが、私があっさりと承諾したのには理由がある。
前回の一件 (急な某国要人のお宅訪問)を踏まえ、『四角い部屋を丸く掃く』状態ではあったが、日頃から掃除や整理整頓は心懸けるようにして「急な来客ばっちこい!」だったからだ。
……本音を言えば、今も家の中に見知らぬ他人が踏み入れる事に少なからず抵抗はある。だが『甲種特』の私にはそんな些細な事もおいそれと拒否出来ないのが現状だ。
こうやってひとつまたひとつと、この世界で『仕方がない事』が増えていくのもやはり『仕方がない』のだろう。
カラカラカラカラ。
日本家屋の玄関引き戸が軽快な音を立てて開いた。
「……鍵もかけてねえのかよ」
私の手によっていとも簡単に開かれた扉を前に、アーチボルドが絶句した。
アレクシア様は他に予定があるという事で、我が家にやってきたのはローガンとアーチボルドのふたりだ。
「そりゃあまあ、誰も入れませんからね〜。鉄壁の防御ですよ」
ふふんと嗤うと、アーチボルドは苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
アーチボルドのあの性格からすると、今朝の特攻時には恐らく引き戸を打ち破る勢いで叩いたり蹴ったり、相当乱暴な事をしたに違いない。全く無駄な事をしたものだと思う。
以後はこれを教訓にし、報告書という取扱説明書にきちんと目を通していただきたい。
「どうぞ入ってください」と私はふたりを招き入れた。
玄関を上るとすぐ右手に、現在は物置きになっている四畳半の部屋がある。玄関からまっすぐ伸びる廊下は途中で分かれ、左に折れると縁側に行き当たる。
そのまま進むと行き止まりだがその手前、右側にテレビの置かれた八畳の居間がある。居間の奥が六畳の台所でそこには四人掛けのテーブルがあり、DVDを見る時以外は大抵はここで食事をしている。その台所の奥に風呂場がある。
居間の対面、廊下を挟んで左側は八畳の客間で、襖を隔てて八畳の奥の間があり、そこは私の寝室になっている。奥の間には二畳分の床の間と仏壇があり、祖父母と両親の位牌が安置されている。
客間と奥の間は縁側に面しており、縁側は『濡れ縁』なので、ここは障子とサッシの二重構造だ。それを開け放てば庭が丸見えになる。
そして縁側の突き当たり、玄関の真反対の位置にトイレがある。
近代の住宅では中々お目にかかれない間取りだと思う。
何しろ築五十年。
浴室は後から増設したので、水回りの関係で台所と隣り合わせになり、必然的に脱衣所兼洗面所も台所の扉ひとつ隔てただけの場所にあるという、トンデモ間取りになっているのだ。
因みに濡れ縁なので縁側は雨戸も何もなく、アーチボルドが「スカスカだ」と文句たらたらだったのも肯ける、田舎の古い家にありがちなセキュリティ皆無なものである。
奥の間まで案内したところでアーチボルドがぽつりと言った。
「なあ。家の中に転移物が現れたことはねえのか?」
「ないですよ。一番新しい奴はどこからか屋根の上に落っこちて、そのまま庭に転がり落ちちゃいました」
「アーチボルド、その時現れたのは『ミミック』だ。無傷で確保したから研究所の隔離室でまだ生きている」
「当たりの箱か」
前回出現した宝箱の形をした転移物。
宝箱には当り外れがあり、当たりは乙種 (無機物)が甲種 (生物)に擬態しているということから、ミミックと呼ばれている。
箱からでろりと内臓をはみ出させた、おっさんの生足を生やした宝箱を思い出し、それがまだ生きていると知らされげんなりする。
「後の二件は庭ですね」
と言うことで私たちは玄関から庭へ回った。
アーチボルドはそのまま雑草だらけの庭にさくさく踏み入れていく。彼が辺りを見回しながら庭の端まで行って帰って来るのを、縁側でローガンと一緒に待った。
戻ってきた修復師アーチボルドが神妙な顔をして言う。
「どうやらここがゲートなのは間違いなさそうだが、ウィッチ製の以前の鳥居と微妙に気配が違う」
「違う?」
「ああ。元の鳥居以外の何かを感じる。やっぱこの家は変だぜローガン」
「鳥居を分離できないのか? 分離したゲートそのものなら修復は可能だろう?」
「分離は無理だな。鳥居は元々魔力で出来てるんだぜ。その魔力は家と庭が吸収しちまってる」
「そうか」
「それにしても『鍵』はどこだ? ゲートの情報は『鍵』の中にあるんだが、その在り処が分からねえからなあ。鍵がねえと修復師にはどうにもできねえよ。……あ? ちょっと待てよ」
何か思いついたのか、アーチボルドは会話の相手をローガンから私に移した。
「そういやタクミはこの家と一緒に出現したんだよな?」
「そうだけど」
「最初っからお前の許可がねえと家には入れなかったんだよな」
「うん」
「……ところでタクミは魔女なのか?」
「へっ?」
「俺が渡されたタクミの資料にその記載はない。血液やDNAも普通の人間と同じだった。そもそもタクミの世界に魔女は存在しないぞアーチボルド」
「魔女が建てた魔女の家じゃねえのか。そういやさっき大工が建てた家だつってたな。うーんまあいいか。取り敢えずタクミ」
アーチボルドが笑顔を浮かべ、ポンと私の肩に手を置いた。
「お前は門番になったんだな」
「はあ? なんですかそれ」
「何がどうなってんのか分からねえが、家に内包されて特異点から出現したお前は、この家の一部と認識されたんだ。それでお前はこの家の『鍵』になった訳だ」
「えっ⁈ 認識って誰に?」
「そりゃあ鳥居にだよ」
「鳥居って鳥居ですよね? 『物』ですよね?」
「特異点から出現した家が鳥居本体の力を吸収した。その家と一緒に出現したお前はゲートの『鍵』の力を吸収したんだな。鍵を持ってるから『門番』だ」
「ちょっと! 無視すんなっ!」
「だから門番の許可がないと扉が開かねし中にも入れねえ。例え入れたとしても、ゲートの要の鍵のタクミに何か不都合があればゲートから強制排除される。まあこの辺はタクミがどうこうよりゲートの力を吸収した『家そのものの意思』を感じるが、まあそんなとこだ。うんうん辻褄は合ってるな」
「何ドヤ顔で悦にいってんのよ! 家の意思って何? 家は家だよね?」
「知るかよ。異界にはミミックみたいな生き物だって存在してるじゃねえか」
「ミミック……。えっ何? 我が家ってそうなの? 私は当たりの中身なの? 内臓なの⁈」
「しっかりしろタクミ。タクミは内臓じゃない、ちゃんと人間に見えるぞ」
ありがとうございますローガン。でもそれはあまりフォローになっていないような……。
「まあなんにせよお前が『鍵』なのは間違いねえ。そんでゲートの番人、つまり門番って事だな。おお! すげーなあお前、かっけー!」
「門番? 何それっ! 褒めてる? その顔は褒めてないよね⁈ 明らかに面白がってるよね⁈ 」
「おう。面白えから後でお前を調べさせろ」
「やだっ断るっ!」
来たばかりの頃、検疫と称してあれやこれや散々やられたのだ、あんなのはもう二度とゴメンだ。
アーチボルドは満足そうだが、鍵だの門番だのとんだ厨二設定で、ご都合主義にも程があるではないか。
あまり人扱いされていなかった甲種人型特殊転移物Fな私が、遂に『鍵』認定されてしまった瞬間である。
だがそんなことよりも。
家が意思を持っている、という仮説の方が果てしなく気になるんですがっ!




