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西瓜と猫又

 

 雲ひとつない、目に痛いほどの青空。立っているだけでじんわりと汗の滲む夏の午後。


「平和だぁ」


 拠所(よんどころ)無い理由でこの場所で暮らし、転職する羽目になって約半年。

 美しくも鬼畜な上司から、久しぶりの連休をもぎ取った私は、平屋建ての古い日本家屋の縁側で、夏の定番の西瓜(すいか)を齧っている。


 滴る甘い汁に気をつけながら三角形の先端をしゃくりと齧り、口に残る黒い種をぷっと庭に飛ばす。行儀が悪いがそれを咎める者はいない。


 しゃくり。もぐもぐ。ぷっ。


 小さな種は地面に着く前に見えなくなった。

 縁側の向こうに広がる無駄に広い庭は雑草だらけで、風が吹くと微かに緑の匂いがする。


 私のお目付役の担当官殿は、庭を見る度「少しは手入れをしろ」と苦言を呈す。「仮にも国有地なのだから」とも言うが、それだけだ。彼は決して強制はしない。


 この庭は私の家ほどではないが、彼らにはアンタッチャブルな不可侵領域で、国有地だと謂えど、私の許可なく手を出すことができないのだ。

 自分のテリトリーを侵されるのを嫌う、私の気持ちを(おもんばか)って、とかではなく、()()()に。


 担当官殿は『雑草』と一括りにするが、細く伸びた茎に紫の小さな花を咲かせるものや、地面を這うように成長し黄色や青い花を咲かせるものもある。季節によって様々に姿を変える雑草だらけの庭は、それがまるでひとつの生き物のようだった。

 私はあるがままのこの庭の風景が気に入っている。


 私が理由を説明すると担当官殿は「そうか」と言うが、数日するとまた同じ苦言を呈す。



 あまりにも同じやりとりが続いたある日、私は美しくも邪悪な上司に、「担当官殿は若年性アルツハイマーではないのか」と疑問をぶつけてみた。出会ったばかりの頃の遠慮はとうに無い。この上司相手に遠慮していては、骨の髄までしゃぶられてしまうことを、私は早い段階で悟ったのだ。

 

 堂々と胸を張り、至極真面目に先の発言をした私に対し、上司は「あいつはお前を心配しているのだ」と苦笑した。

 雑草駆除と心配の因果関係は分からないが、担当官殿はボケてはいないと言うことのようだ。


 そのやりとりを、食えない上司はそのまま担当官殿に伝えたようで、次の日「心配などしていない」と仏頂面で言われてしまった。


 担当官殿は初対面の時から仏頂面で、四カ月たった今でもそれは変わらない。

 与えられた任務、もしくは得体の知れない私が気に入らない為だと思っていたが、そうではなく年がら年中あの顔らしい。

 

 そう言われてよく観察してみれば、こちらが話しかければ答えてくれるし、先の苦言のようにあちらから話しかけてくれたりもする。

 お勤めご苦労様です、と麦茶を勧めれば遠慮なくおかわりを所望し、茶菓子を出すと口の端が少し上がる。


 今日私は休日だが、私の担当官殿に休みはない。

 職場では私と席を隣にし、あの仏頂面のまま、何かとサポートをしてくれるのだが、私が休みの日には、必ず様子見にここへ顔を出す。


 お目付役という名の『監視役』なのだから、仕方がないといえば仕方がないのだろうが、とんだ社畜である。

 今日もそろそろ顔を見せる筈だが、暑さに負けた私は彼を待たずに西瓜に齧り付いていたのだ。




 上司の邪悪な笑顔と担当官殿の顰めっ面を思い出しながら、最後の一切れになった西瓜を手に取り、その天辺を齧ろうと口を開けた時、広い庭と外界を区切る塀の近くに何かが落ちた。


 漫画の書き文字のように()()()と大きな音を立てたそれが何なのか、落ちた場所が縁側から遠い上に、背の高い雑草のせいで窺い知れない。


 目を凝らしていると、何かが落ちた辺りの雑草ががさりと音を立てた。

 雑草を揺らしながら姿を現したのは茶色い猫だった。だがごく普通サイズの成猫で、あんな大きな音を立てる質量はない。


 そもそも何処から落ちてきたというのか。


「あー…」


 これは話に聞いていた『アレ』である。ある意味私の『お仲間』とも言えるかも知れない『アレ』。


 私はこの後に発生するであろう、様々な面倒ごとを想像し溜息を吐いた。



 ()()()()を揺らしながら縁側のすぐ側まで来た『それ』は、その金の双眸を煌めかせるとひと声鳴いた。


 にぎゃあああおう


 その赤い口腔にはサメのような歯がぞろりと並んでいた。







 特異点。



 私の上司ことナイスバディの『魔女様』はそう言った。庭を含むこの家があるこの場所は、以前から時折変なものが出現していたのだそうだ。


「お前のように家ごと現れた()()は初めてだ」


 初対面時、魔女様は愉快そうに笑っていた。


 そう。

 私もその「変なもの」のひとつなのだ。






 さてどうしよう。

 私は特異点から現れたものを初めて目撃したのだ。



 それまで週一でぽこぽこ特異点に出現していた、色々なモノ(生物も無機物もあるのだそうだ)が、私が現れた後ぱったりと現れなくなったようだ。

 ()()()()()()()魔女様たち研究員は、特異点にでんと居座る日本家屋や雑草だらけの庭を調べた。


 その結果、これまで出現したことのない大きな質量を持つ家土地が、特異点の『蓋』の役割を果たしているのではないか、という結論に至ったようだ。それを証明するかのように、この半年間、一度も『何か』が現れることはなかった。



 何もない空間から突如現れた、このサメの歯を持つ猫又のようなモノは多分、というか確実にこの世界の生き物ではない。しかも見かけだけでなく何やら邪悪な気配もする。



「お前はお前の家の中に居る限り安全だ」


 とは魔女様の談だ。

 実際この世界の者は私の招きがない限り、家の中に踏み込むことはできない。だが、果たしてこの世界のものでない特異点から現れたものに、この家がこの世界で発動させている不可侵領域なる、結界もどきが作用するのかどうかは分からない。怖いもの見たさと単純な好奇心で、猫又から目が離せない。

 このサイズなら家に入り込まれても、あの歯に気をつけてさえいればどうということはないだろう。

 

 縁側からじっと金の双眸を眺めていると、急にその形が変化し始めた。


 成猫サイズからドーベルマンサイズまで大きくなり、身体のあちこちから触手が伸び始めた。可動域限界まで開かれた口から覗くサメの歯は、ハリネズミの針が起き上がるように立ち上がっていく。

 

 にぎゃああおうぅうぎゃああああおおおう



「げっ」


 私は西瓜を放り投げ縁側に尻餅をついた。

 巨大化したのもさることながら、単純に造形が気持ち悪い。


 イソギンチャクのように触手を揺らし、涎を垂らしながら『それ』が飛びかかってきた。

 飛んできた西瓜を無視するあたり、どうやらこの猫又は肉食のようだ。元々猫は雑食だし、そりゃあ西瓜より肉だろう。腹が空いていれば私だって肉を選ぶ。


 いやいやそういう問題じゃ無い!



「タクミ!」


 怒声と共に銃声が響き、巨大化した猫又が弾け飛んだ。猫又は飛び上がった姿勢のまま横殴りにされたように、その胴体部分を弾けさせながら私の視界から消えた。


 妖怪というか化物も、当然血肉を持つ『生物』なので、退治されたからといって煙のように消えてしまうわけではない。


 数秒後びしゃりと湿った布を叩きつけたような音がして、猫又は触手だか内臓だか判別つかないものを庭に撒き散らしながら、地面に落下し息絶えた。見る見る血溜まりが広がり、それらが炎天下の中、早速臭気を放ち始める。


「大丈夫か?」


 相変わらず仏頂面のままの担当官殿がこちらに歩み寄る。

 彼の手には、そのすらりとした見た目に不釣り合いな、ごつい銃が握られている。


 社畜な彼はこの暑い中スーツ着用だ。ご丁寧にネクタイまで締めている。栗毛に青い目、この世界では一般的な色味の美丈夫である。


 玄関でピンポン連打したが応答がなかった為、ぐるりと回って庭までやってきたようだ。



 物静かな文官である筈の、担当官殿の意外な一面に驚くべきか。

 というかそのごつい銃はいつも持ち歩いているのだろうか。彼の不興を買わないように、細心の注意を払うべきかも知れない。

 

 半年ぶりにカルチャーショックを受けたが、それどころでは無い。


「大丈夫じゃないです」


 縁側近くの大惨事を見下ろしながら、私は彼に負けない仏頂面で答えた。

 死骸の後始末やら事情聴取やらで、私の連休がわずか半日で終了することが決定した瞬間だからだ。


 私が庭に放り出した西瓜に蟻達が集まり始めた。『アレ』は一体どれだけの血液を保有していたのか、血溜まりはまだ広がり続け、蟻塗れの西瓜に到達しそうだ。

 

 さわりと風が吹き雑草が揺れた。

 生と死の混在する庭の中、自分の身体に残る西瓜の甘い香りと臓物の匂い、そこに僅かな火薬の匂いが混ざる。



 暫くの間、私は西瓜が苦手になった。




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