007 俺の決意
夕食を終えて、部屋に戻った。
後片付けは姉さん、それに萌ちゃんと咲ちゃんの三人でするらしい。
自室を見回したが、シンプルなものだ。
この部屋にはあまり物がない。ベッドと勉強机以外には、ハーフサイズの本棚が一つだけ。
別に極貧生活しているわけではないし、親が買い与えてくれないわけでもない。
どうやら無趣味で、物欲もなかったようだ。
押し入れにある小さなタンスに私服が入っているが、持ち物といったらそれだけ。
「物事にあまり興味がなかったみたいだな」
部屋で大人しく本を読んでいる記憶が一番多い。
本棚を覗いたが、そこにあったのは、俺にとっては難しい内容の分厚い本ばかり。
それを除けば、写真集があるくらいだ。
海や山といった、自然の風景を写したものが多い。
女神は登山家になって幸せな一生を送ったと言っていたが、本当はこの世界でも、写真集にあるような場所に行ってみたかったのではなかろうか。
だが、特区を出ればそこは女性しかいない。
気軽に「ちょっと旅行に」というのは難しかったのだろう。
行けない場所の写真集を眺めるのは普通のことだ。
そうすることによって、自分の心をごまかしていた可能性もある。
ペラペラと写真集をめくっていると、もとの世界で見覚えがあった景色がいくつか出てきた。
こういうのを目にすると、やはり並行世界でも、ここは日本なんだと思えてくる。
この身体の持ち主は、どんな気持ちで写真集を眺めていたのだろう。
記憶に感情が再現されないので想像するしかないが、おそらく今すぐにでもリュックひとつもって、家を飛び出してしまいたかったのではなかろうか。
この女性ばかりの環境から逃げだし、思う存分、自然の中を旅してみたかったのかもしれない。
「……ん?」
ふと俺は考えた。
この男女比が狂った世界。俺はいままでこの身体の持ち主、つまり男性側から物事を考えていた。
だがこの世界で、圧倒的に多いのは女性だ。しかも若い女性。
その女性たちの心境は、一体どんなものなのだろう。
『モテモテの人生ですよ』
女神はそう言った。
モテるのは当たり前だ。男性は極端に少ないのだから、よりどりみどり。モテない方がおかしい。
では女性はどうか?
生存競争でいえば、ほとんどの女性が敗者側に回る。つまりモテないのだ。
「世の中の多くの女性はモテない……だと!?」
ただの事実だが、俺はそれを理解して愕然とした。
何しろ俺は、もとの世界でモテなかった。まったくモテなかった。
だからモテない者の気持ちはよく分かる。痛いほど分かる。
スッと男女の輪に入り、気の利いたセリフを吐いて好感度を上げるイケメンを見て、臍をかんでいたのだ。
世の女性たちはみな、あの時の俺と同じなのだ。
一般的な男性は、この身体の持ち主と同じく、女性に対してかなり消極的。
ガツガツ行く必要がないばかりか、面倒事はごめんとばかり、距離を取りたがる者がほとんど。
まあ、女子校に一人だけ行かされた男子の境遇を考えれば、気持ちは分かる。この社会でそれを非難するのは酷だろう。
そんなこともあって、世の女性たちは本当にモテない。
男性受けのする容姿をしていてもモテない。
努力を欠かさなくてもモテない。
外見や内面、いくら自分を磨いてもモテないのだ。
世の男性たちは、彼女たちがいかに努力しているか知っているだろうか。
たとえ知っていたとしても、それが当然のことと考えるだろう。
当たり前だ。
彼らは一度たりとも、モテなかったことなど、なかったのだから。
「そうか……モテない者の気持ちが分かる男って……俺しかいないのか」
これは社会が悪い。社会が悪いが、それでもモテない女性は救われないままだ。
これに気づけたのは俺だけだ。
血の涙を流すほどモテたいと思っていた俺だけが、彼女たちの気持ちを理解できる。
――だったら、何をすればいい?
決まっている。自分がしてほしいと思っていたことをしてあげればいいのだ。
女性から話しかけてもらえなかった俺。
――だったら、俺が女性に話しかけてあげよう。
女性と一緒に登下校するのは夢だった。
もとの世界では、絶対に実現しない夢だった。
――だったら、俺がそれをやってあげよう。
コミュ障? 女性と話したことがない? それがどうした。
コミュ障上等。失敗したっていいじゃないか。
俺だったら、女性から話しかけられただけで嬉しい。
そう、ここにくる前、女神に言ったじゃないか。
モテるためには何でもするって。
多少の不都合があったって、気合いで乗り切ると啖呵を切ったじゃないか。
「……よし、決めた!」
明日は高校の入学式だ。
できるだけ女性と話していこう。
俺がしてほしかったことを女子たちにしてあげよう。
彼女たち全員を幸せにすることは無理だろう。現実的ではない。
だけれど、俺の手の届く範囲なら、可能じゃないか?
そう、できる範囲だけでもいいのだ。
俺が彼女たちを笑顔にしよう。
それこそ、俺がこの世界に来た意味なのかもしれない。
俺はこの身体で悔いのない人生を歩んでいきたい。
それには、俺と俺の周囲の女性たちを幸せにすることで叶えられるのではなかろうか。
「よぉし、やるぞぉ!」
そうこれは復讐だ。モテない男の復讐。
他の男性たちがしないなら、俺が多くの女性を幸せにしてやる。
俺は立ち上がって、握りこぶしを天井に向けて突き出した。




