006 一家団欒
夕方、ポーンと電子音が鳴り、壁のディスプレイが自動的に映像を表示した。
「母さんが帰ってきたのか」
家の周囲は常にカメラによって監視されており、敷地内に動きがあるとリビングや寝室などに通知がいく。
もとの世界では火災報知器の設置が義務づけられていたが、この世界ではそれに加えて、監視システムの導入が義務づけられているようだ。
「ただいま帰ったわ」
母が玄関口に現れた。
母の姿は記憶の通りなのだが、実物はとても若く見える。
薄手のブラウスの上にジャケットを羽織った姿がよく似合っているし、本人のスタイルもよい。
母も姉も美人で、自分の家族というのが信じられないくらいだ。
いまこれは、女優が演じるホームドラマのワンシーンなのだと言われても、信じてしまいそうだ。
「「おかえり、母さん」」
俺と姉が玄関まで出迎えた。
「あら、タケちゃんも戻ってたのね。明日は入学式でしょ。ほらっ、鯛を買ってきたのよ。見てみて」
母は一抱えもありそうな発泡スチロールを俺に手渡した。
蓋を開けると、真っ赤な鯛が中央に鎮座していた。一尾丸ごととは豪快な買い物だ。
「もしかして、捌くの?」
姉がおそるおそる母に聞いている。さすがに姉でも、鯛を捌いたことはないのだろう。もとの世界でも、鯛を捌ける十代はほとんどいないと思う。
「もちろん、私がやるわよ。今夜はお刺身と鯛こくがいいわね。あとはそうね……鯛飯にしましょう」
「鯛づくしだね」
「たまにはいいでしょ。今日はいいお味噌を使うわよ。腕がなるわ」
母が台所へスキップする勢いで入っていった。
母が料理している記憶はいっぱい残っている。ただ記憶はあくまでそのときの映像でしかないので、いくら記憶を探っても、味覚までは再現されない。
母は料理が上手いらしく、ちょっと楽しみだったりする。
俺は鯛を抱えたまま、台所に向かった。
「ねえ、美奈代はまだ?」
「いつもどおりの時間じゃないかな。帰ってきたのを見てないわ」
「まあ、そうよね。ちょっと連絡を入れて……それと、萌ちゃんと咲ちゃんは?」
「帰ってきてる。いまは部屋だと思うけど」
「じゃ、二人が夕ご飯を食べる前に、一声かけておいてくれる? こっちで一緒にタケくんのお祝いをしましょうって伝えて」
母は腕まくりしつつ、スマートフォンを操作している。
美奈代さんというのは母の妹だ。
中央府にある広報局勤めらしいが、詳しい仕事内容は俺の記憶にない。
萌ちゃんと咲ちゃんは叔母さんの娘で、この春からそれぞれ小六と小四になる。
この家はキッチンがふたつあるので、二人は普段、そっちで食べている。
母の家事能力は存外高いらしく、あっというまに鯛料理を完成させてしまった。
姉は台所をウロウロしていただけで、あまり役に立っていなかった。
「美奈代から返信が来たわ。仕事が抜けられないみたいだから、先に食べててって」
「叔母さん、いつも忙しそうね」
「特区に住むっていうのは、そういうことよ」
母が悟ったように言う。
特区に住めるのは超特権階級だ。代わってほしい人はいくらでもいる。
叔母のように小さな娘を抱えている母親は、娘の将来のためにも、無理してでも特区で暮らそうとする。
生き馬の目を抜く世界で働くのだ。定時上がりは難しいのだろう。
「こんばんは、ご相伴にあずかります」
「お招き、ありがとうございます」
「萌ちゃん、咲ちゃん、いらっしゃい。さあ、座って。今日はタケくんの入学祝いよ」
「武人おにいちゃん、ご入学おめでとうございます」
「ありがとう。萌ちゃんも今度六年生だね。来年は中学校の入学をお祝いしようね」
「はい」
俺がそう言うと、萌ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
雑談ではなく、こういう社交辞令的な話ならば普通にできる。
ただし、小さな女の子が好みそうな話題となると、さっぱり思い浮かばない。
彼女たちは何が好みなのだろう。
「お兄ちゃん、おめでとうございます」
「咲ちゃんもありがとう」
雑談を諦めて、咲ちゃんの頭を撫でる。
すると咲ちゃんは少し驚いてから、にへらっと笑った。
それを姉が微笑ましそうに眺めている。
二人ともかわいい。もう一度、言おう。この二人、めっちゃかわいい。
こんな恵まれた環境なのに、この身体の持ち主はここから逃げ出したくてしょうがなかったらしい。
所が変われば、考え方も変わるというのは本当だ。
この世界の日本の人口は約5000万人で、男性はたった20万人。
つまり男性は、250人に1人しかいない。
しかしこれは、ある意味正しくない。数字のギミックがあるのだ。
とある理由により、俺の世代だと男性の数はもっと少なく、1000人に1人くらい。
老人たちは数十人に一人の世の中で暮らしていたらしいが、そんなもの今は昔。
現在では、夢幻のごとく扱われている。
そんな状況下の社会であるから、男女ともに、とても生きづらい。
この狂った男女比のせいで、しなくてもいい苦労をみな背負い込んでいるのだ。
「萌ちゃん、おいしい?」
「はい。とてもおいしいです」
萌ちゃんが礼儀正しくハキハキと答えるのは、そう躾けられているからだろう。
妹の咲ちゃんも、四年生とは思えないほど大人しく食事をしている。
こんな小さな子供たちですら、なるべく男性を不快にさせないよう、気を遣っているのが分かる。
もっと俺から話しかけてみたいが、こういうときの話題が思い浮かばない。
「この鯛飯、おいしいね」
仕方なく、母に話を振った。
「そう? よかった。下味をつける時間がなかったから、ちょっと不安だったの」
「十分おいしいよ。それに大勢で食べると、よけいおいしく感じる」
「まあ」
俺の一言で場が和んだ。
このあと母親の手料理に舌鼓をうちつつ、食事を終えることができた。
話こそ弾まなかったが、萌ちゃんと咲ちゃんも楽しい一時を過ごせたのではないだろうか。
情けないことだが、これが俺の限界だ。
だが見ててほしい、そのうちもっとうち解けて、自然に話せるようになる……はずだ。




