004 そしてスタートラインに立つ
「それで、俺の生活をサポートしてくれるんですよね」
世界が違えば、勝手も違う。
いくらこの世界の記憶があっても、わずかな差異が致命的な結果を招くことだってある。
それに俺は、コミュ力が高いわけでもない。知識不足からいろいろやらかしそうな気がする。
『サポートですね! それはもちろんです。バッチリフォローしますよ。なにしろわたしが力を取り戻したのも、武人くんがこの祠の手入れを欠かさなかったからです。大船に乗ったつもりでいてください』
女神がどんっと胸を叩く。
「それはありがたい」
『ですが、わたしにもどうにもならないことがあります。それは何といいましょうか。女神パワー?』
「女神パワー?」
なんだそれは。
『わたしは人々から忘れ去られた古い神ですので、武人くんに放置されてしまうと死んでしまいます』
「ウサギかっ!」
『似たようなものです。ですから定期的に掃除に来てください。それとお供え物もお願いします。その二つさえ守ってくれれば、対価としてわたしの助言が得られます』
「サポートを受けるのに必要なのが定期的な掃除とお供え物? それだけでいいの? なんかこう、存在を世間に知らしめて、女神信者を増やすとか」
『わたしは疫病神として奉られていますからね。この科学技術が発達したいまでは、わたしの力は必要ないでしょう。武人くんを幸せにするくらいがちょうどよいのです』
「それでいいなら、そうするけど」
慎ましやかだな、女神パワー。けど疫病神って……。
『わたしはここから離れられませんが、森羅万象を通して、世界を知ることができます。きっと役に立つアドバイスができるでしょう』
なるほど、さすが女神。『さすめが』だ。それは非常に助かる。
「そういえば、俺の身体に入った方はどうなったの? 突然入れ替わって混乱しているんじゃない?」
残された記憶からすると、事情も一切説明せずに入れ替わっているのだが、大丈夫なのだろうか。
『もちろん、それはサポート済みです』
「サポート済み?」
『はい、向こうでわたしが事情を説明したら、とても喜んでくれました。わたしもずっと彼を陰ながら見守っていたんです。いい人生でしたよ。高校、大学とワンダーフォーゲル部に入って山々を歩き、卒業後は登山家として活動。多くの山を制覇して、幸せな一生を送ったといえます』
女神がドヤッとした顔をした。
「ちょっと待て! なんでもう人生を終えてるの? 時間軸とかどうなってるわけ?」
『そりゃ女神ですもの。わたしは空間と時間には縛られません。というわけで彼は、向こうで幸せな一生を送りました。もとに戻りたいって言っても、もう無理です』
「それは別に……まあ、俺の身体で幸せな人生を送れたんだったら、それでいいけど」
俺だって、こっちで幸せになればいいわけだし。
しかし登山家か。入れ替わらなかったら、そういう道もあったんだろうな。
一生、女性と縁がなかっただろうけど。
『それで何か質問とかありますか? 初回限定で、何でも答えますよ』
質問か。何かあるだろうか。いっぱいありそうな気もするし、取り立ててない気もする。
「そういえば出会ったとき、白穂って名乗っていたよね。それに疫病神って……一体何の神様なの?」
知らない神様の名前だったので、ちょっと気になっていたのだ。
『しいて言えば、豊穣の女神でしょうか。いまから千年くらい前に、とても大きな飢饉があったのです。日照りで田んぼの水がカラカラに乾いて、稲がみんな真っ白になってしまったんですね。そのとき、この周辺に住んでいた人たちが唯一、緑の多かったここに祠を建てて、わたしを奉ったのです。水不足によって枯れ果てた稲のことを白穂といいまして、それがわたしの名の由来です』
「ん? 飢饉を鎮めるために奉った感じ?」
『そんな感じですね。長い年月が過ぎて治水が進み、飢饉の存在が忘れ去られました。もちろんわたしの存在も。ですがつい最近、武人くんの尽力によって、わたしは力を取り戻したのです』
「なるほど……信仰が力になるのかな」
掃除とお供えが必要と言っていたし。
『そういう認識でもいいです。お供えはおいしい食べ物でお願いしますね』
なかなか欲に忠実な神様だ。食欲というところは、飢饉が関係しているのだろうか。
「それで質問を思い出したんだけど、高校で俺は、女性にどういう態度を取ればいいのかな? これまで女の子と喋ったこともないんだけど」
急にモテると言われても、どうすればいいのか分からない。
『普通に接してあげればいいと思いますよ。多くの女性たちも、それを望んでいますし』
「普通にって、いままで本当に女子と話したことないから、その普通が分からないんだけど」
情けないことに、事実だ。
女子もそれが分かっていたのか、俺と会話したくなかったのか、イエスノーで答えられることしか聞いてこなかった。
四角い顔に太い首、毛むくじゃらの二の腕、がに股の中学生に、好き好んで雑談するような女子はいなかったってことだ。
それに俺から話しかけたらどんな反応がおこるか、これまでの経験で嫌というほど分かっている。
女子と雑談に興じた経験すら皆無なのに、『普通に』接することができるだろうか。
『話しかけなくても大丈夫です。目があったら笑いかけて、手でも振ってあげればいいのです』
「手を振る……それならできるかな」
女子との会話は、この環境に慣れてからでもいいだろう。
慣れてから……うん、ゆっくり行こう。
俺はいま、スタートラインに立ったばかりなのだ。
焦る必要はまったくない。
そう考えると、少しだけ希望が見えた気がした。




