340 パーティへの招待状
~中学 元班員 真琴、裕子、リエの場合~
六月を直前に控えたある日。
珍しく裕子が、真琴とリエを外に呼び出した。
場所は、以前から三人がよく利用している喫茶店。
薄暗い店内と、静かな音楽が三人のお気に入りだ。
「ねえ、裕子。急に呼び出してどうしたの? 最近忙しくて、なかなか会えなかったからいいけど」
夏のイベント準備のため、真琴はマニュアル作りの最中である。
もちろん裕子もそれに携わっているが、最近は会って話すことも少なくなっていた。
「メッセージでも良かったんだけど、ニュアンスが伝わるか分からなかったの」
「ふうん? ……あっ、リエも来たわ」
リエが「やっほー」と、空いている席に座った。
裕子はミルクティ、真琴とリエがコーヒーを注文した。
二人が落ち着いたのを見計らって、裕子は鞄から一通の招待状を取り出した。
「これ、昨日家に届いたのだけど」
「なにその豪華そうな装丁は……家紋入りってまさか」
真琴がロコツに引いた顔をした。
「紫鴎家の家紋ね。そしてこれは、夏のパーティへの招待状」
「紫鴎家って、この前協力してもらった華族の人よね」
「華族から招待状をもらったの?」
「そうなの、リエ。その人が主催するパーティに、私と武人くんが招待されたみたい」
先日、徳操会側の証拠を握るため、太平成就党の本部で生ライブ配信を行った。
リアルタイムでネットに配信されたため、世間を大いに騒がせた。
ちなみに動画は現在、配信停止中である。
これを計画したのは裕子をはじめたとした武人のブレーンたち。
実際にカメラを持って潜入したのは、こちらに協力してくれた一般の人。
潜入した彼女の身の安全を確保するため、また当日何か予想外の事態があったときに対処するため、裕子は紫鴎家に赴いて、人員を借り受けてきたのだ。
野党第一党と高校生の対決。
真正面から喧嘩したら、どちらが勝つのか一目瞭然。
自分たちが潜入するならいざ知らず、協力してくれた相手が敵の本拠地へ赴くのである。
できるだけの安全策を講じる必要があった。
そのため、紫鴎家に借りを作った形になった。
「パーティに出席って、あのときの借りを返してほしいってことでしょ?」
「そうね。けど事はそう単純じゃないから、真琴とリエにも話しておきたいと思ったの」
「裕子、それはどういう……?」
「紫鴎家は先進的な考えを持つ華族であり、器の大きな人だと思うわ。でも逆に……」
裕子は、紫鴎蓮茄と交渉する前に、紫鴎家のことはしっかり調べておいた。
紫鴎家は華族でありながら、静岡県から関西と関東へ商業ラインを持つ商家。
商いの規模は財閥に劣らないことも分かった。
それでいて当主は、娘を特区の共学校へ通わせるくらい柔軟な思考の持ち主。
古い因習に縛られることなく、新しいもの、正しいことを選べる冷静さを持っている。
「ねえ、真琴、リエ。考えてほしいんだけど、もし男性に貸しがあって、近々自分が主催するパーティがあった場合、二人ならどうする?」
「男性に貸しがあって、自分がパーティを主催する場合……?」
「その人と一緒にパーティに出るよ!」
リエが言い、少し遅れて真琴も頷いた。
「そうね。せっかくアピールできる場だし、私もそうするかな」
「そうよね。紫鴎家には武人くんの一つ下に娘がいて、同じ学校に通っているの。それなのに、自分の娘をさしおいて、私まで誘った意味はなんだと思う?」
「あれ? そういえば……武人くんだけ誘って、腕を組んでパーティに出た方がアピールになるわね」
「うん、おかしいよ」
「私は先を見据えたんじゃないかって思ったの」
たしかにパーティで親しくすることはできるだろう。それは貸しを返したことになるのだから。
だがこれで貸し借りなしとなる。
あとは通常の先輩と後輩の関係に戻る。
パーティに招待された他の客は、事の真偽を探る者も出るだろう。
そしてホッと胸をなで下ろすのではなかろうか。なるほど、あれはパーティ一回限りのことだったのかと。
だがもし、武人と裕子の二人を招待したらどうなのか。
「私たちとの関係をアピールできるのよね」
いま、知名度がものすごいことになっているイベント会社と親しくさせてもらっていると大々的にアピールできるだろう。
「娘さん個人ではなく、商売を優先したってこと?」
裕子は頷く。
「いま真琴と私でやっている資材調達もね、紫鴎家に『お任せ』ができてしまうのよ」
現在、マニュアル作りと同時進行で、資材調達における業者選定を行っている。これがまた大変なのだ。
十の資材が必要ならば、十の業者に発注しなければならない。
この場合、業者を選定するまでに、数十の相見積もりを取らなければならない。
もちろん、交渉だって最初は数十の業者と行うのだ。
だがしかし、と裕子は言う。
「紫鴎家がまとめて引き受けられるくらいには、手が広いのよ」
先進的な考えを持ち、権力と財力があり、さまざまな商売に手を出している。
それでいて、自身のことを優先せずに、先のことを見据えて動いている。
「こわっ!」
裕子が何を言いたいのか、真琴は理解した。
「武人くんだけ呼び出して、パーティでだけイチャイチャしてはいお終いの方が怖くないのよね」
「これ、たしかにメッセージだけだと伝わらなかったわよ。……そうか、紫鴎家は今後も、いい関係で互いに利のある商売を続けていきましょうって、メッセージを送ってきた感じかしら」
「私はそう受け取ったわ。おそらくパーティでも商談めいたことが出るのかも。とにかく、一筋縄じゃいかなそうな気がしてきたわけ」
イベント会社を運営するにあたり、あまりひとつの企業と密接にならないよう気をつけてきたが、その方針を少し変える必要が出てくるかもしれない。
少なくとも、その可能性が出てきたと裕子は考えたようだ。
「借りがあるものね。パーティの招待は断れないわよね」
「ええ、しかも私のところに送ってくるあたり、しっかりしているわ」
三人が話し合った結果、パーティへの招待を受けるしかないという結論に達した。
その後、裕子は武人に招待状の事を告げた。
華族のパーティに出席しなければいけないと言ったところ、武人は「マジ? おいしいものが食えるかな」と大喜びしていた。




