287 ポスター販売(3)
○上月旅館の仲居 山崎冬花の場合
「……これで良し!」
山崎冬花は、旅館のエントランス正面に飾られている彼の写真の脇に、くだんのポスターを貼った。
「ごくろうさま。これはいいわね。いらしたお客様の目を絶対に引くわよ」
女将が満足そうに頷く横で、冬花はガラス戸を閉め、鍵を掛けた。
ガラス製の大きなディスプレイには、以前は旅館の来歴を示す展示物が並べられていた。
だが今は違う。奉活でやってきた宗谷武人に関するものが、それに変わったのだ。
旅館前で撮った集合写真や、奉活中の写真。
撮影した映像から切り抜いた写真などがパネルとなり、いくつも並べられている。
今回、それらの隣にポスターを貼ったわけだが、盗難を考えれば、そうせざるを得ないのである。
「女将さん。先ほど、タケくんにメッセンジャーで確認とりましたけど、旅館の宣伝に使ってもいいそうですよ」
「それは朗報ね。……リーフレットを作り直した方がいいかしら」
「この前、作り直したばかりですよね」
旅館を宣伝するためのリーフレット(三つ折り)は、町の観光協会や、提携しているお土産屋などに置かれている。
奉活が終わったあと、旅館の宣伝に使ってもいいという許可を得たので、以前のリーフレットはすべて破棄し、新たに作り直したのである。
「でもやっぱり、このポスターも入れたいじゃない」
せっかく、宣伝に使ってもいいと言っているのだからと女将は言うが、冬花はゆっくりと首を横に振った。
「これからきっと、タケくんグッズはどんどん増えていくと思いますよ。そのたびに作り直したら、大変じゃないですか」
「そうかしら……でも、そうね……だったらせめて、ウェブサイトの画像だけでも入れ替えましょう」
「それはいいですね。男性の姿を宣伝に使える数少ない旅館ですし、定期的に画像を変えれば、ネット上でも注目されるんじゃないですか?」
「そうよね。ウェブ担当者とちょっと話してくるわ」
女将は、上品な早歩きで行ってしまった。
それを見送りつつ、冬花はあらためてポスターを眺める。
「まさか、あのときの男の子がねぇ……」
いまだに信じられない冬花である。
小学生のとき、補助要員として小学一年生の男の子の面倒をみた。
できるだけやさしく、いいお姉さんであろうとつとめた。
そのときの男の子がまさかこうして、目の前のポスターになるとは思わなかった。
本当に人生は、分からないものである。
「いつか、恩返ししたいなぁ……」
武人と冬花は、たった一年間の関係である。
普通の男子ならば、そんなわずかな邂逅、幼少時のことなど歯牙にもかけないだろう。
覚えてくれるだけで奇跡。親しく接してくれるなんて、期待するだけ無駄なはずだった。
だからこそ、冬花は「もらいすぎ」だと思っている。
奉活が大成功したのも、昔の知り合いである冬花がいたからだと思われている。
そのおかげで、旅館内における冬花の地位は上がった。
彼との仲介役をやっていることもあり、女将とも普通に話せるくらいには認められている。
だからこそ、この境遇を当然と思わず、自重しようと思っているし、いつか彼に、これまでの恩を返したいと考えている。
冬花は、ポスターの正面に立ち、背筋を伸ばしたまま一礼すると、そっと合掌するのだった。
○とある情報弱者の場合
「……はぁあああ!?」
彼女はパソコンのディスプレイに向かって、盛大に疑問の声をあげた。
久しぶりに大きな仕事が終わり、束の間の休日を楽しんでいたところだった。
最近ずっと職場で根を詰めていたため、新しいものを何一つ吸収できていなかった。
それではいけないと、SNSのトレンドに上がっているものを上から順番にクリックしていったのだが……。
そこで彼女は、『ポスター』のタグに紐付けられた男性の写真を見つけてしまったのだ。
変な声も出ようというものである。
「これは通報ね」
男性の肖像権は、かなり厳密に管理されている。
無許可で男性の写真を載せた場合、即削除の措置が採られる。
もし、肖像権を侵害された本人が不快感を示した場合、罰則まで用意されている。
罰則で一番軽いものでも、特区へ入れなくなったりするのだ。
彼女はさっそく通報しようとサイト名を確認したところ、そこに奇妙な一文を見つけた。
――本サイトに掲載してある男性の写真は、すべて本人の許可を得ています
そう書いてあるのだ。
「たまにいるのよね。こうやって予防線張る奴が」
そう思ったが、念のためと思い、画像検索をかけてみると、似たような画像がぞろぞろと引っかかった。
「ナニコレ……!?」
訳が分からない。みなが結託しているのか、揃って騙されているのか。
中にはポスターと並んで写っているものもある。
違法な行為をするのに、顔出しするだろうか。
不審に思った彼女は、次々と画像があるページを見ていく。すると……。
――ポスターお買い上げありがとうございます。これをネットなどに掲載するのは問題ありません。どんどんやっちゃってください。そして宣伝してください。よろしくお願いします。(武人)
そう書かれたカードを掲げて写っているものもあった。
「……マジで?」
どうやら自分が仕事にかまけている間に、世間はとんでもない方向へ舵を切ったらしい。
一体何がおきたのか。
時系列を逆から辿っていくと、大凡のことが分かった。
「マジなの……」
まるで篤志家のような男性が、自らの写真を女性たちに気前よくさらけ出してくれたのだ。
急いでその販売先を見に行ったが、もちろん売り切れ。
再販はないのかと調べていると、乗り遅れた女性たちの怨嗟の声がそこかしこにあった。
さもありなん。知らなかった自分が悪いのだが、買いそびれてしまった。
そして我が物顔でポスターと並んで写っているものを見ると、手に入らなかったゆえに、言い知れぬ怒りがこみ上げてくる。
醜い嫉妬とは思うものの、こうなるともう、感情がコントロールできないのだ。
「ハイ! やめやめ……」
見ても面白くないのだから、情報をシャットアウトした方がいい。
彼女はパソコンの電源を落とした。
「でも……さっきの……あれ」
男性本人から、ネットに掲載していいという許可を得ていたわけだが、それでも噛みついている人たちがいた。
SNSやブログなどの投稿者に、集団で心ないコメントを投下していたのだ。
中には「絶対に特定してやる!」と鼻息荒く書き込んでいる者もいた。
「あー……やだやだ」
負の感情に当てられた彼女は、お気に入りの音楽でも聴いて、ゆっくりしようと思うのであった。
ちょうどあと、三週間で発売となります。
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