267 受験当日(4)
入試でトラブルが起きても、本来はスタッフがちゃんと駆けつけてくれる。
俺が病院から連絡を入れたとき、すぐ来てくれるはずだったのだが、別のところで問題がおきたようで、多少遅れると連絡があった。
「ゆっくりでいいですよ。こっちは急ぎませんので」
こっちはただ、時間を潰しているだけだ。
少女に「任せろ!」と言った手前、患者を置いて帰るわけにもいかない。
もっとも、「ま」までしか聞こえてなかっただろうが。
交代の人が来たのは、正午になろうかという時間だった。
その人にあとを任せて、俺はこっそり帰ることにする。
というのも病室に顔を出すと、普通に起き上がろうとするのだ。
帰ると伝えたら、きっと玄関口まで見送りに来る。病人にそんなことはさせられない。
交代の人は車に乗せてもらって来たので、俺もそれに乗って戻ることになった。
「病院でずっと一人にさせてしまって、申し訳ありません」
ドライバーの人が謝ってくる。
「いえいえ、急なことだったし……病院の方で個室の待合室を使わせてくれたので、こっちは全然問題なかったですよ」
さすが特区の病院。対応はホテルもかくやというような扱いだった。
応接室のような待合室で時間を潰していると、医師や看護師が説明に来てくれるのだ。
患者の家族ではないので詳しい話は遠慮したが、VIP待遇だったように思う。
ただの付き添いなのに。
「それより、そちらのトラブルは終わったんですか?」
「いえ、まだです。警察を呼ぶわけにもいきませんし、試験が終われば解散するでしょう。それを待っています」
「……何があったんです?」
穏やかな話ではなさそうだけど。
聞いてみたら、使用した学校で問題がおきたらしい。
保護者控室で偶然、財産分与を巡って係争中の姉妹が顔を合わせたそうな。ヤバいだろ、それ。
親が亡くなり、娘たちが骨肉の争いを繰り広げているらしい。
この世界には『金持ちの子沢山』という言葉がある。もとの世界の逆バージョンだ。
複数人の子を育てるには、金持ちでなければ不可能。
人口増加という社会貢献でもあるため、金持ちほど子供を持ちたがる。
子供の数でマウントを取ると言えばいいだろうか。あまり良い言葉ではないが。
そんな二人が保護者控室で会ったがゆえに、一触即発。
嫌味の応酬で済めばいいが、実力行使に出ないとも限らない。
応援隊では対処できないため、急遽本部から人が派遣されることになったようだ。南無。
「使用しない教室はすべて施錠済みですから、片方だけ廊下や外に追い出すわけにもいかず、職員が一人ずつ付いていたのです。そのせいで、こちらに来るのが遅れました」
その学校では、視聴覚室を保護者控室に当てていたそうで、できるだけ席を離したらしい。大変だな!
俺が学校に戻ったときにはもう、試験は終わっていて、受験生が帰る頃だった。
応援隊のメンバーは、このあと手分けして片付けに入る。
先生方は集まった答案の処理をするため、教室の片付けは手伝えない。
そりゃ、応援隊が結成されるわけだ。
その間、先生方は何をするかというと、答案を機械に通してナンバリングとスキャニング。その後、受験番号と名前を切り離してしまう。
誰の答案だか分からないようにしてから採点するのだ。それを聞いて「徹底しているな」と思った。
切り離した名前のある方についているナンバリングをパソコンに打ち込んで管理するようだが、これらすべてトリプルチェックするらしい。
各試験会場でそれをするため、教師はいくらいても足らないだろう。
「……というわけで一緒に片付けだね。内橋さん、よろしく」
「こちらこそよろしく、宗谷くん」
俺と一緒に動くのは、卒業生の内橋香奈恵さん。
「内橋さんって、応援隊は長いんですか?」
「二年生のときからやっているから、今回で六回目かな」
「おっ、ベテランですね」
「そうね。いつのまにか古参になってしまったわ……もう六回目かぁ」
内橋さんは、少し遠い目をした。
「そのうち、最古参になるんじゃないですか?」
「ううん、私は今年が最後かな。来年は地方で働くから、もう来られないと思う」
内橋さんは地方の大学に進学し、そっちで就職が決まったらしい。
今回、わざわざ応援隊のために東京に出て来たようだ。
「でもね、地方都市のそれなりに大きな商社に就職できたから、将来は安泰なのよ。これでお金を貯めて、子供を持つことだってでき……あれ?」
内橋さんの目から、大粒の涙がこぼれた。
「内橋さん……」
「ごめんなさい、ちょっと顔を洗ってくる」
「いいですよ。こっちで片付けやっておきますから」
内橋さんはトイレへ駆け出していった。
しばらくして、内橋さんが照れながら戻ってきた。
「ごめんなさいね、席を外しちゃって……」
「いえ、大丈夫ですよ」
彼女が顔を洗いに行っている間に、俺は考えた。
彼女は高校時代といまの自分を無意識に比べて、涙がこぼれたのではないだろうか。
……もちろんいまの境遇に不満はないのだろう。安定の職と言っていたし、ほとんどの女性が特区に住めないのだから不幸とも言えない。
それでも彼女は、涙をこぼしてしまうのだ。
この世界で多くの女性と触れ合ううちに、女心に疎い俺でも、そういうのが分かるようになってしまった。
「タケくん、おかえり。ちょうどいまタケくんの学校、ニュースでやっているよ」
「ただいま、姉さん。そういえば正門にマスコミが来てたみたい」
塀を乗り越えて無人タクシーに乗った場所は、角を曲がらないと正門が見えないところだったから、直接マスコミの姿は見ていない。
俺がどれどれと、テレビを見ていると……。
『今年は例年以上の受験者が集まっており、学校側も対応に苦慮していたようです。中でも注目されているのは、早々と受験を表明した女優の大矢結菜さん。彼女は子役時代から……』
「なにこれ?」
「テレビに出ている有名人が受験したみたい」
「なんでまた? ここ、勉強とか結構厳しいのに」
「そりゃ、共学校だからでしょ。有名人だから男性の伴侶に選ばれる確率は高いけど、共学校なら、自分で見つけることも可能だからね。それとこうやって宣伝しておけば、落とされる心配がないって考えているのかも」
「へえ……宣伝ねえ」
外堀を埋めるってやつか。でも、有名人だからって、入試に下駄を履かせることはないと思うけど……ああ、一芸だと受かる可能性あるのか。
『受験会場に向かう人の流れは途切れることがなく……あれは昨年デビューしたロックシンガーの……』
上着のポケットに両手を突っ込んだ短髪の女性が映った。色白で背が高く、中性的な顔立ちの女性だ。
風船ガムを膨らませて歩いている姿は、いかにもなパンクロッカーを思わせる。
ほかにもどこから仕入れたのか、巨大財閥の跡取り息女や、天才的な前衛画家の息女が受験するらしい。
個人情報は大丈夫なのかと心配になるが、テレビに名前が出るのだから、許可くらい取っているのだろう。
姉が言っていたように、宣伝することで少しでも合格しやすくする作戦なのかもしれない。
「それでタケくん、入試のお手伝いはどうだったの?」
「うーん、まあまあかな?」
「なにそれ?」
「入試の手伝いはあまりできなかったけど、貢献できたと思うよ」
姉は「?」と頭にハテナマークを浮かべていた。
俺は二階に上がった。
スマートフォンが震えたので見ると、応援隊で作成したグループからメッセージが届いていた。
――後日、打ち上げをしませんか?
なるほどと思った。応援隊の面々は各校に散ったので、今日は会えなかった。
片付けをしたあとは解散。学校に残るのは禁止なので、そのまま帰るしかなかった。
「みんなの様子も知りたいし、打ち上げはいいかもな」
俺は「賛成です。みんなでお疲れさん会をしましょう。今度の日曜日、合格発表の日なんてどうですか?」と返信した。
「――うおっ!?」
スカイメッセンジャーを閉じるヒマもなく、画面が「賛成」のコメントで埋め尽くされた。
どうやら、みんなも集まりたいらしい。
――じゃ、決まりですね。場所を探しておきます
発起人の書き込みを見て、俺はメッセージを閉じた。
「今日はいろいろあったな」
華族から一門になれとプライベートな名刺を渡されたし、倒れた女性につきそって病院まで向かった。
テレビでは受験の様子がニュースになっていて、たったいま、メンバーの打ち上げも決まった。
慌ただしい一日だったと思う。それでもやり遂げたあとの疲労感が心地よい。
今日はみんな、後悔しない受験ができただろうか。
もし俺がその一助となれたなら、頑張った甲斐がある。
来年度、後輩が「せんぱい!」なんて呼んでくれたりするのか。なんか楽しみだ。
こうして二月十日の夜は、幸せな気分でふけていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
受験が終わりました。そして今日は、くしくも2月10日。
物語とリアルの日にちがリンクしました。
武人くんは来年度を夢想していますが、プロット的にはまだまだやり残しがあります。時間は飛びません。
しばらくお付き合いください。
それと書籍版の特典SSですが、先日感想で募集した内容をもとに5本作成しました。
この辺についても情報が解禁されましたら、ここでお知らせしたいと思います。
それでは引き続き、よろしくお願いします。




