264 受験当日(1)
二月十日。
今日は、伊月高校の受験日だ。
昨日、応援隊準備のため遅くまで学校に残って作業した。
卒業生の先輩方と話し、彼女たちがいかに高校生活を大切に思っているのか分かった。
彼女たちは、この男女比がぶっ壊れた世界で、高校時代の思い出を胸に生きている。
昨日、彼女たちの話を聞いて、一層団結が強まったと思う。
「おはよー!」
応援隊の控室に行くと、ほとんどのメンバーが来ていた。
「宗谷くん、おはよう。今日は正門前にマスコミの取材が来るんですって。学校に連絡があったみたい」
「そうなんだ。受験生へのインタビューとかかな」
「だと思う。取材の人たちは敷地に入れないからね」
警備員が目を光らせているから、今日の出入りはかなり厳しくチェックされるはずだ。
俺もチェックされた。今日はそのくらい厳しいのだ。
塚田さんと雑談をしていると時間になり、全員が立ち上がった。
「さあ、今日はがんばるぞ!」
応援隊は全員、左腕に腕章、首にはネックストラップをつけている。
俺の場合、腕章に『保護者誘導係』と書かれている。
全員が控室を出て、各自の持ち場に向かった。
俺はポケットから予定表を取り出し、このあとの確認をした。
正門をくぐった受験生たちは、まず受付に向かう。
受験生は諸注意が書かれた用紙、保護者は『保護者カード』とプリントを受け取る。
保護者カードは、敷地を出るまでずっと、胸のところに付けておく必要がある。
プリントには注意事項の説明と試験の時間割、それに学校の地図が載っている。
保護者控室は、校舎の一番端っこにある教室を二つ潰している。
保護者は、中庭の一角以外、立ち入り禁止。窮屈だが、これは仕方がない。
試験を受けている生徒がいる廊下をウロウロされたら困るし、カンニングが疑われたら困るのは受験生だ。
無謀なことをしないよう、俺たちは試験中も目を光らせていなければならない。
俺の持ち場は、保護者控室へ向かうルート上。
試験が始まるまで、俺はずっと校舎の外にいなければならない。冬の朝は結構冷え込むので、使い捨てカイロを懐に忍ばせていたりする。
「さて、そろそろ受験生がやってくる時間だな」
手持ち無沙汰でブラブラしていると、塀の向こう側が騒がしい。塀を超えた先には歩道があるはずだ。
「今日! キミたちは、この日のために準備してきた!」
「「「「はいっ!」」」」
「……ん?」
叫び声が聞こえた。
「受験勉強は苦しかったか?」
「「「「はいっ!」」」」
「友達と遊べないのは辛かったか?」
「「「「はいっ!」」」」
「だがキミたちはどんな誘惑にも負けなかった。努力してきたのだ!」
「「「「はいっ!」」」」
「キミたちの苦労は、今日報われる」
「「「「はいっ!」」」」
「自信を持ってほしい! キミたちはやり遂げたんだ!」
「「「「はいっ!」」」」
「……あ~、これ、塾の激励かな?」
伊月高校進学専門塾とかあると聞いたし、どこかの塾の教師が、受験生をここまで引率して、激励しているようだ。
「でもなんで大声? 自分を鼓舞するだけでなく、周囲を威圧する効果を狙っているとか?」
ここまでハッキリ聞こえてくるのだから、相当な大声だ。
マスコミも来ていることだし、塾の宣伝も兼ねているのかもしれない。
帰ったら、ニュースでも見てみよう。
「周囲の迷惑ならない範囲で……っと、保護者がやってきたな」
中年の女性が、周囲をキョロキョロしながら歩いてきた。
「おはようございます。受験生のお母様ですね。控室はこの先になりますので、案内します。こちらへどうぞ」
「はい、おはよう……おは?」
「どうしました?」
「は、は、は……はい!?」
「はい!?」
女性は、両手を口に当てて固まってしまった。
そこで俺は気づいた。この人、保護者カードを持ったままだ。
これはちゃんと胸につけなければならない。
「保護者カードは、胸のところにお願いします。あっ、俺がつけておきますね」
女性から保護者カードを受け取ると、胸のところにクリップで挟んだ。
これはクリップと安全ピンの両方がついているので、汎用性が高いのだ。
「そ、宗谷様……」
「はいそうですけど、どこかでお会いしました?」
「ど、動画で……む、娘といつも……は、拝見しております」
「ああ、そうですか、ありがとうございます。娘さん、ウチを受験してくれたんですね」
「はい、はい……はい」
女性は感極まったのか、涙をこぼしながらコクコクと頷いている。化粧が崩れるんじゃ?
立ち話をしている間に次の保護者もやってきた。
俺は女性の手を引いて、保護者控室まで連れて行った。
その後、ポツポツと他の保護者がやってきた。
保護者誘導係は二人でやっている。だがなぜか、俺のところばかりやってくる。
控室まで誘導する間、軽く雑談するのだが、聞いてみると、他県からやってきた人も多い。
東京以外だと神奈川、千葉、埼玉が多い。一人、静岡からやってきた人がいた。どうやって通うの?
感激して握手を求められたり、一緒に写真をねだられることもある……のだが、今日は娘さんの受験だよね?
ちょっと意外だったのは、母と同年代のはずだが、俺のことを知っている保護者が多い。
動画をはじめてまだ半年くらい。それほど目立った活動はしていないと思っていたが、何気に知名度が高い。
「そろそろ校内放送が始まる時間かな」
試験開始十五分前になった。俺が録音したあの音声が流れる頃である。
左右を確認しても、保護者の姿はない。一段落ついたようで、もう一人の誘導係も戻ってきている。
駆け込んでくる受験生もいるだろうが、それほど多くないと思っている。
やってきた保護者は全部で六十人ほどだった。
外で時間を潰して、試験が終わった頃に迎えに来る保護者もいるだろう。
試験が始まっても十五分間は、遅刻した生徒や保護者のため、ここに残っていなければいけない。
それが終わったら、校内で待機だ。
その後の役目は、保護者が校舎内をウロつかないように廊下の端で立っていること。
時計で時間を確認していると、校内放送が始まった。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「はい?」
先ほど俺が保護者控室に誘導した女性だ。
服のセンスがひとつ抜けていたので覚えていた。
「少し話をしましょう?」
「あの、そういうことは……俺はいま仕事中ですので」
「これが流れている間だけでいいわ」
女性は上を指さす。校内放送のことだろう。
「はあ。いいですけど、なんですか?」
高級そうな生地のスーツ、さりげなく身につけているアクセサリ。
このままフォーマルな場に出ても溶け込めるような服装だ。
相当な金持ちだと思う。
「やっぱりアナタ……動画で見るより、いい男ね。惚れ惚れしちゃうわ」
「えっと、話ですよね。手短にお願いします」
「せっかちね」
「話がないのでしたら、控室へお戻りください」
「……ねえ、まだ後ろ盾ないでしょ? 私のところに来ない?」
「それが話ですか?」
「ええ、家族揃って面倒見るわよ。これでも、もと侯爵家なの。そう言えば分かるかしら?」
「いえ、分かんないです」
この人は華族のようだ。ちなみに俺の返答に、この人はずっこけかけていた。
「いまの若い子は、華族の歴史は習ってないのかしら」
「かもしれません。華族の歴史はちょっと、記憶にないですね。もっとも……興味がないから覚えていないだけかもしれませんが」
記憶にないのは本当だ。
女性は少し悩んだあとで、「時代の流れは残酷だわ」と呟いていた。
いつも思うが、華族の人って、歴史とか、来歴とか、いつもそんなのを気にしている気がする。




