262 受験前日(1)
二月九日。
午前中の授業が終わるやいなや、担任がやってきてホームルームがはじまった。
「この教室は、明日の入試で使います。机の中や横のフック、それにロッカーに私物は置かないようにしてください。それと今日は一時までに完全下校となります。部活動はありませんし、校内に残るのも禁止です。必ず守ってください」
そう、明日は入試だ。
このことは数日前から言われていたので、ほとんどの生徒は、教室内の私物を部室や鍵付きのロッカーに移動させている。
かくいう俺も、数日に分けて私物を家に持ち帰っていた。
今日の午後は、受験生を迎え入れる準備を行う。
先生たちは、俺たち生徒の相手をしていられない。
ゆえにさっさと帰るよう、口をすっぱくして話しているのだ。
ちなみに俺と塚田加代さんは、午後から応援隊の仕事があるので残ることができる。
「いいですか、一時ちょうどに正門が完全に閉められます。裏門は開いていますが、出入りは厳しくチェックされます。校内に隠れて残っていて、不審者として通報されても知りませんからね。はい、じゃあ、解散です!」
担任はこのあとすぐ、他校へ向かうらしい。忙しいことだ。
「宗谷くん、私たちは会議室に行きましょう」
塚田さんが迎えにきた。
「そうだな。……けどこの入試準備、思ったより大がかりだよな」
教職員は言うに及ばず、俺たち応援隊も全員が事前準備に駆り出されている。
「受験生にとって、ここの合否が人生を左右するから、たった一つのミスも許されないんだと思う」
「まあ、そうだよな。しかし今年は、会場が二つも増えたんだろ?」
これまで受験会場は全部で四校だった。
つまりここ以外にも、近隣の学校を三つ、受験のために借りていたのだ。
これは入試倍率を考えれば、致し方ないこと。
しかし、受験のために学校を三つも借りるのかと思っていたら、今年はさらに二校増えて、六校も使用することになった。
もう一つの共学校である若宮高校は例年通りらしいので、伊月高校だけ、受験者が激増したことになる。
はっきり言って、意味が分からない。
今年はいつになく難関と言われていて、安全圏というのは存在しないらしい。受験はギャンブルかな?
受験生のだれもが戦々恐々としているという。
「私も一年前を思い出すわ。けど、ここまでじゃなかったと思う」
塚田さんは、身体をブルッと震わせた。
応援隊の面々は、会議室に集まってお弁当を食べている。一応、学校側が用意してくれたものだ。
在校生だけでなく、卒業生の応援隊メンバーも全員揃っている。
一足先に食べ終えた、応援隊の隊長が立ち上がった。
「みなさん、食べながらでいいので聞いてください。このあと各自、担当校に分かれますね。一度出発すると、ここに戻ることはできません。忘れ物に注意してください」
「それと本校担当メンバーは、みなが移動している間に本部を設置します。教職員の方は別の準備がありますので、ほとんど見回りに来られないと思います。今年は例年と違って、先生方にも余裕がありません。力を合わせて受験生を迎え入れる準備を完遂しましょう」
各校にも『応援隊控室』と『教師控室』を設置するが、本部があるのは伊月高校だけ。
明日、すべての情報が本部に集まることになる。
本部は校長をはじめ、偉い人たちと事務を担当する人、入試担当者たちが詰めることになるらしい。
本部へは、仕事があるとき以外、教職員すらも入れない。
ちなみに俺は伊月高校に振り分けられたので、本部設置が最初の仕事となる。
そして明日は、保護者の誘導係をする。
「よーし、テキパキやるか」
まずは入試に必要なものをすべて、本部に持ち込む必要がある。
入試当日は、使わない教室すべてに鍵をかける。
職員室すらも施錠するのだ。どの学校でも職員室をはじめとして、音楽室や理科室、視聴覚室などすべて施錠する。
なにしろ、他校を借りる場合、その学校の職員室を使わせてもらうことはない。
ここも同じ条件にしたいらしい。というわけで、いまから荷運びをする。
「塚田さん、印刷機を運ぶから手伝って」
「はいっ!」
本部に運び入れるものは多岐にわたる。
大雨や雪の状況を知るためにテレビとラジオ、学校に連絡が来ることもあるため電話を複数設置する。
他にもコピー機や印刷機など、使うかもしれないものをすべて本部に運び入れる。
入試当日は、ここから一歩も出ることなく、すべての用事が済むようにするのだ。
「なあ、パソコンって、あんなに必要なのか?」
六台くらい置いてあるが、一台あれば十分ではなかろうか。予備を含めても二台もあれば事が足りると思う。
「複数の手段を用意しておくみたい。ほら、交通情報だって、テレビとネットでダブルチェックするでしょ。電話も複数ね。私たちはスマホだけで事が足りるけど、外部から電話があるとき、集中すると繋がらないでしょ」
「なるほど……ずっと話し中ってのはマズいよな」
一本の電話番号で、複数の電話機に対応できる契約があるらしい。一つが話し中でも、空いている電話機が鳴るようにできるのだとか。
たしかに受験生やその保護者が外部から通話してきてずっと通話中だったら困るだろう。
パソコンも、使いたい人が後ろで待っているのは時間の無駄だ。ゆえに複数台必要なのだろう。
三時間もすると、本部はほぼ完了した。
「そういえば、先生方は? 一度も姿を見ていないけど」
「校長室で入試問題のチェックだと思う。明日、各学校へ持っていくもの仕分けね。枚数が足りなかったりすると大変だから、三重のチェックが入るって聞いたし」
「入試問題か……そういえば、そうだな」
「問題を一枚たりとも持ち出せないから、チェックが終わるまでトイレすら行けないって聞いたわ」
明日、各教室の枚数が足りているか、かぞえる時間はない。そのため、今日中にすべて終わらせるのだろう。
「トイレすら駄目なのか。ヤバいくらいに厳重だな」
おそらく問題用紙の持ち出しを防ぐ意味があるのだろう。
教師だって人だ。買収されないとも限らない。
「帯封したら判を押してビニールで梱包するのよ。そのとき特殊なシールで密封するから、一度でもシールを開けたら分かるようになるんだって」
「うわっ、それくらいしないと駄目なのか……受験、マジヤバいわ」
「でね、それが終わったら、受験者の確認カードのチェックするみたい。事前に作成したリストと間違いがないか、しっかり確認するみたい」
「……それ、夜までかかるな」
明日の朝になって慌てないよう、今日のうちにできることはすべてやるのだろう。先生たちの準備も大変そうだ。
「私たちはこのあと、受験に使う教室のチェックね。すべての机の中に手を入れて物が残っていないか確認かな。あと椅子と机にラクガキがないかも。全部のチェックが終わったら、廊下やトイレなどのチェックかな」
「そこまでするんだ……ということは、俺たちもまだまだ帰れないな」
そんな話をしていると、校内放送がはじまった。何だろうと、耳を澄ませていると……
『――受験生のみなさん。こちらは、伊月高校入試対策本部です。本日の受験において、みなさんに連絡があります……』
スピーカーから流れたのは俺の声だった。




