258 姉との話と応援隊会議
「ただいま、姉さん」
「おかえりなさい、タケくん……で、ちょっといい? 話したいことがあるの」
帰宅したら、姉が出迎えてくれた……のだが、俺に話があるという。
「部屋に鞄を置いてからでいい?」
「ええ、リビングで待っているわ」
俺は鞄を部屋に置いて、着替えを行う。
帰宅早々、姉が話をしたがるのは珍しい。何があったのだろうか。
リビングに向かうと、姉はやや気難しそうな顔で立って待っていた。
姉は心に余裕がないのか、身体の前で腕を組んでいる。
あの格好は知っている。女性がイライラしているときの仕草だ。
ああいうときは話しかけてはいけないと本に書いてあったが、もとの世界で俺が女性に話しかけると、相手は決まってあの仕草をした。
どうすればいいんだと、当時悩んだものだ。
「姉さん、座ったら? 話があるみたいだけど、どうしたの?」
「あのね、タケくん。昨日の生放送のことなんだけど……」
またその話か。今日は担任に呼ばれ、家に帰れば姉か。
この分だと、母からも何か言われそうだ。
「もしかして、起業の話?」
姉は頷いた。
「昨日、タケくんは遅く帰ってきたし、今日は始業式だったから話をしなかったのだけど、あれ、公に話しちゃって、大丈夫なの? 私、すごく心配なんだけど」
「えっ? だって、起業は姉さんも反対しなかったよね」
「そうよ。タケくんがやりたいって言うなら、姉としても応援したいじゃない。それに手伝ってほしいって言われたし……私の将来設計……じゃなくて……」
後半はゴニョゴニョして聞こえなかったが、姉が何を言いたいのか分かった。
姉には、こう伝えてある。「会社経営に余裕ができたら、俺の会社で働かない?」と。
設立すらしていない会社の話で、姉を縛るわけにもいかない。姉にも将来ってものがあるのだ。
また、鬼が笑うほど先の話を前提にして、姉と約束するのも変な話だ。
ゆえに約束しただけに留めた。
会社が順調にいったら、姉だけでなく、萌ちゃんと咲ちゃんとも一緒に仕事したい。
もちろん彼女たちの意思が最優先だが、就職先の候補に入れてほしいのだ。
姉は少なからず、期待してくれていたようだ。
「俺的には、公にした方が動きやすいと思ったんだけど……?」
知名度があるとないとでは、会社の運営がずいぶんと違う。
どう考えても世間に認知された方がいいのだが、姉と俺の考えで、すれ違っている部分がありそうだ。
「私はタケくんが表に出ないんだと思ってたの」
「……ん?」
「イベント会社をやりたいって言っていたでしょ。企画とかする会社だと……タケくん企画力あるし、まさか大々的に起業を発表するとは思わなかったって言うか」
「ああ……そういうことか」
たしかに俺は、姉にイベント会社をつくると言った。
そして世に多くあるイベント会社は表に出ない。裏方だ。
たとえば町内会で催し物をする場合、お金を出すのも、主体的に動くのも町内会だ。
演歌歌手を呼びたいとか、最後に花火を打ち上げたいとか、そういう希望が出たとして、町内会では技術も知識もコネもない。
そこで登場するのがイベント会社だ。
予算の範囲内でさまざまなイベントの提案をして、催し物を成功に導く。
催し物にやってきた人たちは、そこにイベント会社が介入しているか知らないし、知る必要もない。
姉が思い浮かべたイベント会社がそれだ。
そしてこの世界で男性は稀少。
あまりに稀少であるため、もし男性が会社をつくるとしても、表に出ない方がやりやすいだろう。
自分で興した会社であれば、芸能人のように引退とかできない。
それゆえ裏方にまわるタイプの会社を選んだのだと、姉は思っていたようだ。
ところが昨日、俺が大々的に発表してしまった。否が応でも注目は避けられない。
裏方だと思っていた会社経営が、先陣を切ってしまったのだ。さぞかし姉は驚いたことだろう。
というわけで俺は説明した。
持ち込まれた依頼をこなすのではなく、自分でイベントをおこしていきたいこと。
その過程で信頼できる人を集めたいこと。それが第一歩だと。
人が集まったら、イベントを特区外まで手を広げていきたい。
そう言って説明した。とにかく説明した。
俺は、昨晩からずっと、姉を心配させてしまったようだ。
社会に出たら、「相手は分かってくれるはず」というのは通用しない。
家族でさえこうなのだ。俺は、相互理解が大切だと痛感した。
数日後、応援隊の会議が行われた。
俺は塚田加代さんと一緒に向かった。
俺が会議室に足を踏み入れたら、周囲のざわつきがすごかった。
制服を着ている人と着ていない人がいる。そして全員が俺に注目している。
「このたび応援隊に入りました、一年一組の宗谷武人です」
如才なく挨拶をしたつもりだが、騒がしさは収まっていない。ちゃんと俺の挨拶を聞いてくれただろうか。
「宗谷くんですね。応援隊の隊長をしています三年二組の関名聖といいます。一組のメンバー変更は聞いています」
「あっ、そうですか。どうも、よろしくお願いします」
「すでに春と秋に一回ずつ会議がありました。今日で三回目です。ようやく欠員の補充が決まったと思ったら、男性だったので驚きました」
「そうだったんですか」
「塚田さんには再三増員をお願いしていましたが、メンバー集めに苦労していたようです。担任の先生に介入してもらって決まったと伺いましたけど」
「そうですね。ホームルームのときに話があったんで、俺が立候補した感じです」
「そうですか。会議のメンバーは、宗谷くんの参加をいま知った人がほとんどです。少しだけ騒がしいと思いますが、そのうち慣れると思います。……では、本日の会議を始めましょう。まずは以前お配りしたメンバー表にある一年一組の篠志穂さんのところに、宗谷武人くんの名前を書き加えてください」
みな素直にメンバー表の書き換えを行っている。こっちをチラチラ見ている人も多いが。
隊長の関名さんは、かなりやり手な気がする。リーダーシップを執るのに慣れている。
みんなが作業している間に、塚田さんにさっきの話について聞いた。
どうやら彼女は、個人的にメンバー集めをしていたようだ。
だが、部活や委員会、アルバイトなどで忙しい。
そもそも委員会のかけもちはできない。
そんな感じでメンバー探しは難航していたようだ。
自分では見つけられないのでと担任に相談し、あのような形になったという。
「本日の議題は、当日の配置決めです。机上にある資料を見てください。空欄になっているのが、まだ決まっていない箇所です。私は本部待機、執行部は各受験会場に均等に割り振られています。空いているところの希望を……っと、まずは男性の希望を聞いた方がいいですね」
関名さんが俺を見た。そういえばこの世界は、まず男性に希望を聞く。
変に遠慮すると話が進まないし、俺が先に決めちゃった方が、みんなが安心する。
「俺ですか? どこがいいかな」
できるだけ受験生の顔を見たい。とすると……。
「この受付ってのを希望します」
そう言った瞬間、関名さんの頬が引きつった。




