255 新学期
新学期が始まった。
いつもの教室、いつものメンバーが揃ったところで、担任がやってきた。
「みなさん、おはようございます。よい年を迎えられましたか?」
担任の一瀬早苗先生は、生徒一人一人の顔を眺めている。
「今日から新学期です。食べ過ぎたり、ダラダラしすぎたりした人は気持ちを切り替えてくださいね」
笑顔でそう告げたあと、先生はこれから判決を言い渡す裁判官のような顔になった。
「それとみなさんにお願いがあります。どうか『クラス替えしないで』という嘆願はやめてください。この冬休み中、嘆願に来られた方が多かったです。みなさんが示し合わせではないことは分かっていますが、本当に止めてください」
訴えかける目で俺たちを眺める。
ここで発表しなければならないほど、やってくる生徒が多かったのだろう。
たしか授業がなくても、先生は学校で仕事をしていると聞いたことがある。
生徒の嘆願を聞くのも仕事のうちだろうが、本来の業務に支障が出るほど来たのかもしれない。
「先生、大変でしたね!」
そんな先生を笑顔でねぎらったのだが、なぜか肩を落としてため息をつかれた。
「……クラス替えは決定事項です。諦めてください」
教室のそこかしこから「ああっ……」と嘆きの声が聞こえた。
この一年、我がクラスはまれに見る団結力を誇った。
クラス替えしたくないという思いも分かる。
「それと宗谷くん」
「はい、なんでしょう?」
「放課後、お話がありますので、職員室に来てください。相談室を予約しておきます」
「分かりました……けど、なんで俺なんです?」
「昨日のことと言えば、分かるかしら?」
クラス中から「ああ~」と納得の声が上がった。
昨日、生配信でポスター販売と起業の発表を行った。
呼び出しは、その件だろうか。
「分かりました。放課後、必ず行きます!」
元気に答えると、先生はいっそう疲れた表情を浮かべた。なぜだ?
「……そうそれと、塚田加代さん」
「はい」
「応援隊のメンバーでしたよね? もう一人は決まりましたか?」
「いえ……まだです」
「応援隊って?」
俺は、隣の淳にそっと尋ねた。
「入試のお手伝い係のことを応援隊って呼んでいるんだよ。各クラス二名が決まっていたんだけど、もう一人は転校しちゃったから」
「へえ? ……ああ、転校って篠さんか」
このクラスには、篠志穂さんという女性が在籍していた。
母親が中央局の中央府に勤めていて、夏休みに転校していった。
夏休みが明けた九月、その姿が消えてはじめて、彼女の転校を知った。
篠さんが入試のお手伝い係、応援隊だったのか。似合っているような、いないような……。
そんなことを思っていると、担任は「そうですか、困りましたわね」と呟いている。
男性以外、委員会や係は決まっていたはずだ。全員、何かの役についている。
余っているのは、俺と淳の二人。そこでふと思った。
もしかして入試のお手伝い係って、おもしろそうかもと。
昨日俺は、受験生にエールを送った。
そう、だったら当日、直接現地で応援してもいいではないか。
「はい、せんせー、俺がやります!」
教室がざわっとした。
「宗谷くん……あの、入試のお手伝い係ですよ?」
「ええ、俺が受験生を応援したいんです。やってもいいですよね」
「えーっと……いけないことは……ない……です……ですけど……えーっと……」
「きゃぁー! よろしくお願いします!!」
「うん。塚田さん、よろしくね」
先生が答えるより早く、塚田さんが立ちあがっ……いや、ジャンプした?
「塚田さん……えーっと、あの……はい、じゃあ宗谷くん……」
「先生、がんばります!」
というわけで、俺が応援隊の新規メンバーに決まった。
数日後、応援隊会議というのがあるらしい。いまから楽しみだ。
昼休み、淳とダベっていると、菊家さんが視界の端に現れて消えた。
これは俺に用事があるときのサインだ。
「菊家さん、なに?」
「あの……よろしいですか?」
「ああ、なにかな?」
「クラスで、記念品の作成をしたいという話がもちあがりまして」
「ん? 記念品?」
「もうすぐクラス替えですので、記念になるものを残したいという話になって、オリジナルのマグカップとかどうかなと……」
「あー、そういうことか。いいんじゃない?」
「そうですか?」
菊家さんがチラチラと淳を見る。
「僕もいいよ。オリジナルマグカップって、どういうの?」
「カップに写真を貼り付ける感じになります。黒板に寄せ書きをしてその前で集合写真とかを考えています」
「おお、いいねえ。そういうのって青春っぽいじゃん」
俺が賛成すると、淳は苦笑して頷いていた。淳も賛成らしい。
「これがサンプルです」
俺と淳は、菊家さんからカラーコピーを受け取った。
大きめのマグカップの側面にいろんな写真が貼り付いている。
思ったより綺麗に印刷されている。
「へえ、サンプル写真もいいねえ。家族とか、ペットの犬とかかな。いいんじゃない? けどこれ、結構高いな。一個2100円もするのか」
印刷は綺麗だが、単価が高い。
注文数によって単価が変わるらしく、三十九人だと『25個から49個まで』の注文単価が適用される。
「あっ、注文単価はこれになります」
菊家さんが指したのは、『50個から74個まで』や、『75個から99個まで』ではなく、『100個から149個まで』の所だった。
「ん? クラスのオリジナルマグカップだよね? そこじゃ、100個以上の注文になるけど」
菊家さんはクラス人数を数え間違っている。
「みんなに聞いたところ、最低でも二個、多くは三個購入するみたいです」
「なんで!?」
「普段用、保存用、予備用あたりじゃないですか?」
「あ~……これにも適用されるのか」
普段使いで欠けたり、汚したりしたら新しいのが欲しくなる。
だが、オリジナルのマグカップでは、同じものを揃えることは不可能。予備を買っておくしかないのだ。
「みんなの注文数はこれからですけど、もしかすると、こっちになるかもしれません」
菊家さんは、『150個から199個まで』の方を指した。
この注文数だと、一人平均三個以上買うことになる。
それはさすがに無駄遣いが過ぎるんじゃなかろうか。
「僕も二個もらおうかな。記念だしね」
淳の班員が強く頷いた。オーケーということらしい。
こういうとき、男性にお金を出させたりすれば、周囲から『甲斐性なし!』と罵られたりする。
そして「代わりに私が」みたいに立候補が乱立する。班員の面目は丸つぶれだ。
ということで、俺も口を出したりしない。
「意外だな、淳はあまり興味ないのかと思った」
「そんなことないよ。さすがに彼女たちのために起業はしたりしないけどね」
昨日の話のことだろう。
「おもしろそうだろ?」
「どうなんだろうね。……でも宗谷くんなら、ありえるのかな?」
今朝教室に入ると、クラスメイトがキラキラした目でこっちを見ていた。
昨日の段階で説明は班員に任せてあるので、俺はニッコリ微笑むだけに留めておいた。
もし大規模なイベントをする場合、彼女たちにアルバイトとして来てもらうこともあるかもしれないし、ある程度の情報提供はしてもいいと班員に伝えてある。
「まずは数回、イベントを成功させないとな」
男性向けイベントを開きたい。そして彼らが持っている窮屈さを取っ払いたいのだが、その前に重大な欠点に気づいた。
成功させた実績が皆無のイベント団体にだれが来てくれるのだろうかと。
まず、経験や実績を積んで、これで大丈夫となったあとでないと、男性向けのイベントなんて開けない。
そこで俺は方針を変更させて、女性に向けてイベントを開くことにしたのだ。
しばらく……おそらく高校在学中は、女性向けイベントが中心となるだろう。
歯がゆいが、こればかりはどうしようもない。
着実に一歩一歩前に進んだ方がいいと思うのだ。
「放課後呼ばれたのも、その件なのかな?」
「昨日のことだろ? それ以外、身に覚えがないから、たぶんそうなんじゃないかな」
そういえば先生に呼ばれていた。
放課後、忘れずに担任のところへ行かねば。




