025 噴水公園へ(3)
芝生を抜けた先に、色とりどりの花の園が見えた。
近寄ってみると……。
「……チューリップ畑?」
あたり一面にチューリップが咲き誇っていた。
「ここは『チューリップまつり』の会場ね。来月までやっているわ」
「へえ……チューリップなんて、久しぶりに見たかも」
小学生のころ、花壇にチューリップの球根を植えて、観察日記をつけていたことがある。
開花時期は、たしかに今頃だった気がする。
「ここに二万本のチューリップがあるみたい」
「二万本か。だれが数えたんだろうな。……ん? 赤と黄色はよく見るけど、あそこに黒いのがあるぞ」
「ほんとうね。黒いチューリップなんて珍しい」
「チューリップの基本色は9種類だったかしら。存在しない色は青ね」
「さすが裕子」
「ん? 存在しない青ってのは、聞いたことがある。たしか青バラも存在しないんだよな」
「ええ、バラもそうね。色を構成する色素の中に青がないので、自然界には存在しないんですって」
「とすると、チューリップも同じ理由かな」
「おそらくそうだと思うわ」
やはり裕子は博識だ。
チューリップ畑の中を歩いていると、どこか別の世界に来たように感じる。いやこの前、別の世界から来たんだけど。
「あっちはなんだ? まだ花が咲いてないみたいだが」
「ええっと……菖蒲があるみたい。開花はこのあとね。6月頃からぼちぼちですって」
「なるほど、そうやって準備しているのか」
春の花はここで、夏の花は向こうと、飽きさせない工夫だろう。
「ん? あっちに人だかりが……揉め事かな?」
二十人ほどの女性が、二手に分かれて睨み合っている。
こんな花畑の中で敵意満々とは無粋だが、真ん中にいるのは男性。これってもしかして……。
「もがっ!」
真琴がリエの口を塞いだ。裕子に視線を移すと、「チューリップってキレイね」と目を合わそうとしない。
「なあ、裕子。あれ、なにやってんの?」
名指しで質問したら、一瞬だけウッと詰まったあとで、説明してくれた。
「男性は二十代半ばに見えるし、ここでデートすることになったんだと思う。潜在的に派閥があって、男性はそれに気づかなかったか、あえて一回で済まそうとしたのか分からないけど……」
「対立が表面化して、一触即発?」
裕子が頷いた。
この世界、男女のデートは一対多が普通だ。だから、複数人の女性を誘うのはまったく問題ない。
あの男性は誘ったメンバーに問題があったのだろう。いや、二十代半ばというのがヒントなのかもしれない。
「あそこまで大きくなる前に、どこかに庇護してもらえばよかっ……ぐぇええ」
鶏が絞められた声が聞こえた。あえて、そちらには目を向けないでおく。
権力かコネを持った女性に仕切らせれば、ああなることはなかったのだろう。
本当に好きになった相手を数人、そばにおく許可さえもらえれば、幸せに生きられるのだから。
あの男性は問題を先送りにして、今日、決定的な瞬間を迎えたのかもしれない。
「ね、ねえ……あそこで休んでいかない?」
真琴が指したのは、チューリップ畑の中にある東屋だった。
一見すると、花の海に浮かぶ、小さな船のようにも見える。
「そうだな。行ってみようか」
先客がいたが、俺たちがいくと、中にいた女性は、その場を譲ってくれた。
もちろん俺は笑顔で礼を言った。
それだけで相手はよい気分で去っていくのだから、男って便利だ。
「なんでもない公園だと思っていたけど、なかなか手間と金をかけてるな」
少し広い公園だと思っていたが、全然そんなことなかった。かなり人の手が入っていると思う。
「そう? 特区の公園って、どこもこんな感じだと思うけど」
「そうなんだ……」
どこから維持費が捻出されているのだろうか。特区外からかもしれない。
もちろん、特区外の人たちだって、申請書さえ書けばここに来られるのだから、別段問題はないかもしれないが、富の集中に怒り出す女性はいないのだろうか。
「それにしてもチューリップはキレイね」
「チューリップに囲まれた中で休憩なんて、はじめてだな。これって、毎年やってるのか?」
「そうね、ここ数年はやっていたと思う。来年やるか分からないけど、行政に聞いておこうか?」
「いや、そういうのは来年になって考えればいいから」
そこまでする必要はない。
来年やっていたら、またくればいいのだ。
「あら、若い男の人。私たちもお邪魔してよろしいかしら」
女性の二人連れが現れた。二十代後半か、三十代前半くらいだろうか。
なんとなくだが、分かってしまった。特区外から来た人たちだ。
ビシッとしたスーツに大きなカバン。少なくとも近所住まいではないだろう。
「申し訳ありませんが、ここは狭いので、遠慮してもらえますか。私たちもいま来たばかりですので」
「でもほらっ、端っことか空いてるでしょ。私たちは静かにしてるから」
「そうよ。オバさんたちにだって少しくらい、目の保養させてくれたっていいわよね」
強引に東屋の中へ入ってきた。
たしかに少し詰めれば、二人が座る場所はある。
だが真琴は、強引に入ってくる二人に対して毅然とした態度を失わなかった。
「この東屋から、出て行ってください。いまので、意思表示は終了です。次は緊急アプリを立ち上げます」
真琴は、スマートフォンの画面を相手に見せた。
緊急アプリとは、特区内において男性に何かあった場合に使われるものだ。
俺のスマートフォンにも入っている。
ボタンを押した直後から、位置情報だけでなく、会話もすべて、中央府の治安維持局に送られる。
真琴は親指をスマートフォンの画面に近づけ……。
「い、いやね。ちょ、ちょっとした冗談よ」
「そうよ、冗談を真に受けちゃって……行きましょう」
二人はそそくさと東屋から出て行った。
緊急アプリが起動されたあとで、男性に対して不当な接近が認められた場合、二度と特区に入ることができなくなる。
この場合、真琴が誤解のないよう、事前に拒絶の意思を伝えたため、おそらくこちらの言い分が通る。
女性二人は不利を悟って、撤退したわけだ。
「……まったく、こっちが未成年だからと思って、舐めてかかったみたいね」
「こっちはどれだけ準備と対策を練っているのかも知らないくせにね」
真琴と裕子が恐ろしいことを言っている。
なんだろう、その準備と対策って。聞かない方がいいのだろうけど、気になる。
「あの人たち、特区外から来たんでしょ。それもたぶん、何時間もかけてきたんじゃないかな」
リエの推察に頷けるものがあった。
あの大きなカバンは、旅行のついでに……いや、特区に来るために、はるばる旅してきたのかもしれない。
もとの世界でも、アイドルのコンサートや、サッカーのアウェイ試合にファンが遠征に出かけることがあるし、目的地が特区という旅行もあるだろう。
「つまり、ここの常識を知らなかったってわけね。……はぁ」
裕子が呆れている。
特区に来るなら、事前に情報くらい仕入れておけと言いたいようだ。
「ごめんね。大人の女性に近寄られて、嫌だったでしょう? 今度からもっと気をつけるね」
「真琴のせいじゃないし、俺は大丈夫だよ」
それより、よくぞ言い切ってくれたという気分だ。
おそらく同年代の男子は、ああいった大人の女性に近寄られるのを嫌うのだろう。
淳なんか、絶対に嫌いそうだ。
「でも奉活に行くと、ああいう人たちを相手にしなきゃいけないんでしょ?」
「リエッ!!」
裕子がリエの頭を小突いた。
ゴチンと痛そうな音が響いた。




