249 姉と初詣
一月三日の早朝。
俺はいま、姉と一緒にお出かけ中だ。といっても、目的地は神社だが。
初詣は女神のいる祠で済ませた。
今回は姉の頼みで、合格祈願に付き合う形だ。
「タケくん。はぐれたら駄目だから、もっとこっち寄って」
姉が腕を絡めてくる。というか、俺の腕に寄りかかってきた。
まるで恋人同士のデートだ。姉はニコニコしているので、まあいいかと思う。
電車を下りて、初めての町を歩くことしばし。
参拝客が列をなしているのが見えた。どうやら目的の神社はその先にあるらしい。
「タケくん。一番うしろに並ぼうか」
俺は頷いた。
晴れ着を着ているのは全体の三分の一程度。どちらかといえば、みな動きやすい格好をしている。
ちなみに姉もカーゴパンツにコートだ。正月らしくない。まあ、受験生だし、そんなものだろう。
「しかし三日にもなって、神社が混んでいるとは思わなかったな」
「そうね。早く家を出てきたけど、あまり意味がなかったみたいね」
テレビで特集されるような密集ではないが、こんな小さな神社に行列とは驚きだ。
列に並んだまま境内に入ったが、そもそも神社自体が小さなものだった。
「姉さん、ここって、有名なところ?」
言われるまま支度して家を出たので、神社についてまったく知らない。
「そうね。受験生が特区外から訪れるくらいには有名かしら」
「そうなんだ。じゃ、学問の神様とかで有名なんだね」
もとの世界だと、太宰府に左遷されて怨霊と化した菅原道真公が有名だ。
この神社もそういった人……この世界だと女神を奉っているのだろう。
そう思ったのだが、姉の表情がおかしい。
「姉さん……?」
「ん……ああ、この神社の由来ね。それは……まあ、別に……あまり学問とか、関係ないかな?」
「……?」
ちょっと、何言ってるか分からない。
今日は合格祈願に来たはずだ。学問と関係ない神社とはこれいかに?
「ここの神社、見るからにぼろ……古い建物だよね」
どこで女神が聞いているか分からないので、言葉を選ぶ。
言うなれば、歴史を感じさせるたたずまい。
だが、単にお金がないのでは? としか思えない外観だったりする。
境内は狭い割に、売店が多い。つまり多くの参拝客を当て込んでいるわけだ。
なんというか、相当ちぐはぐな印象を受ける。
ちなみに俺はいま、帽子にサングラス、それにマスクをして変装している。
家を出てからここまで、男と気づかれたことはない。
「えっとね、ここを管理している人の苗字が落内さんなのよ。十年くらい前かな、ネットでそれが知れ渡って、一気に合格祈願の神社に格上げされた感じ? もとは普通の神社だったみたい」
「へえ~……落内さんのねえ……ん? 『おちない』さん……『落ちない』さん……落ちないから合格ということ?」
「有り体に言うと、そうかな」
「ダジャレじゃん!!」
御利益ないだろ、それ!
当然ながら、御利益の程は不明だという。なぜ姉は初詣先をここに選んだのか。
特区外には、ちゃんとした合格祈願に相応しい神社があるようだが、泊まりがけの旅行になるため、行くことができないという。
神頼みのために、俺を置いて出かける姉ではない。
特区内で済ませるとしたら、ここしかないのだと。
「タケくんと一緒なら、どこでも同じよ。御利益なら、タケくんが一番だし」
どうやら姉は、俺に神頼みするらしい。
軽い調子で姉は話していたが、実際に参拝する段になると、真剣に拝んでいた。
そんな姉を横目で見つつ、俺も真剣に姉の合格を祈った。
参拝を終えて、神社の境内をブラブラと歩く。
時刻は朝の九時をまわったところ。
空いているであろう早朝にと思って出てきたのだが、思ったより参拝客が多く、少し疲れてしまった。
「姉さん。帰り、どこか喫茶店でも寄ろうか」
「ほんと? じゃ、駅前に行きましょう!」
駅までピッタリと俺に張りついた姉は、上機嫌で鼻歌まで奏ではじめた。
俺と喫茶店に入るのが、そんなに嬉しいのか。
年末は死にそうな顔をしていたが、どうやら復活したようだ。
姉が選んだ店は、駅前にあるチェーン店『ヨネダ』。
朝からやっていることと、メニューが豊富で、しかもお財布にやさしいかららしい。
「ふう~……やれやれだったね」
じっと行列が進むのを待っているのは退屈だった。そのせいか、精神的に疲れたのだ。
「ちょっ、タケくん。帽子取ったら……」
「大丈夫だって」
もういいだろうと思って、帽子とサングラス、それにマスクを外した。
席は半分も埋まっていなかった。特区内だし、問題ないと思う。
甘味と抹茶セットを注文し、ほっとひと息つく。
「ねえ、タケくん。お客さんの注目集めてるよ」
小声で姉が忠告してくれる。だが待ってほしい。このくらいの注目は日常茶飯事なのだ。
「この程度なら、注目されてるなんて言わないから」
「そ、そうなの? 我が弟ながら、手の届かないところに行っちゃった感じなんだけど」
「いや、半分くらい冗談だよ。けど俺の場合、どこに行っても注目されるから、いちいち気にしていられないんだ」
この時期、特区外から来ている人も多いだろう。生まれてはじめて男性を生で見たなんて人もいるはずだ。
ついつい目で追ってしまうなんて人がいても、仕方ないと思っている。
「男性の出生率が下がったから、地方の女性は大変よね」
姉も、ここにいる人たちの一部は、地方から来ていると思ったのだろう。
地方の女性は、男性と知り合える確率はほぼゼロ。
男性ゼロ理論にあるとおり、夢も希望もないのだ。
周囲数十キロメートルに男性は一人もいないのだから、出会えるはずがない。
それゆえ、俺の動画を楽しみにしてくれている女性が大勢いるわけで……。
「そういえば、明後日……」
「ん? タケくん、どうしたの?」
「明後日、スタジオの予約が取れたから、ポスターの写真撮影に行ってくるよ」
学校案内パンフレットの写真を担当してくれたカメラマンの人が乗り気で、スケジュールを空けてくれた。
というか、強引に空けたんだと思う。
特区内で彼女が納得できる撮影所を押さえようとしたのだが、時期が悪かった。
ネームバリューのある特区での撮影。
しかも正月の晴れ着の撮影予約がかなり入っていた。
運良くキャンセルが出たとかで、五日にポスター撮影ができることになったのだ。
その連絡が年末に来ていた。
「そうなの。がんばってね。また高校の班員の人に来てもらうの?」
「いや、今回は俺一人だよ」
普通に撮影するだけだし。
そう思ったのだが、姉は油の切れた人形のようにぎこちなく首を傾けた。
「タケくん……どういうこと?」
「えっ? 高校の班員って、特区の外に住んでいるし、わざわざ来てもらうの、大変じゃん」
「だって、撮影で着替えとかするんでしょ?」
「そうだね。何パターンか、撮影するみたい。全部任せてあるけど」
餅は餅屋だ。俺はお任せしている。
「私……心配で、勉強が手に付かなくなりそう」
「いや、そこまで心配するもんじゃ……」
「私、勉強が手に付かなくなりそう」
「…………」
俺は折れるしかなかった。




