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228 12月の奉活

 12月の上旬。

 待ちに待った奉活の日だ。


 今日は、特区を中心にイベントを企画・運営している会社『見楽来(みらくる)企画』に赴く。

 引率はいつもの西条ケイさんと天城早苗さんだ。


「ども、今日もいい天気ですね」


 もう慣れたものなので、軽く挨拶して車に乗り込む……前に、少しスキンシップを図ろうと思う。

 この前、女神に言われたアレだ。


 この前、家に帰って反省した。

 この二人も、奉活局職員という肩書きではなく、ちゃんと一人の女性として見てあげたい。


 奉活の初回時、「奉活局の人間はあくまで黒子です」と言われた。

 彼女らは、女性らしさを仕事に持ち込まないようにしているのだ。自身を律していると言える。


 それゆえ、奉活中はほとんど口を挟めない、挟まない。ただ見守るだけだ。

 そんな仕事を毎日続けているのは大変だろう。


 手を振ったり、握ったりするだけじゃなく、少しサービスしてみたい。

 嫌がられたらちゃんと謝って、「もうしない」と約束するつもりだ。


 俺は西条さんの手をガシッと握り、グッと引き寄せ、サッと腰に腕を回してから、ガバッと抱きしめた。

 ガシッ、グッ、サッ、ガバッだ。


「ひぅわっ!?」

 するとどうだろうか。あれだけ個を殺していた西条さんが可愛い声をあげた。


 よし、ここまでは順調。あとは嫌がられるかどうかだ。

 俺は抱きしめた腕の力を緩めないまま、言葉を紡ぐ。


「西条さん、一ヶ月ぶりですね。会えて嬉しいですよ」

「そ、そ、そそうやさま……ちょっ、これは……」


「俺からの親愛の情です。もう少しこのままいいですか?」

「いや、それはこまります。は、はやく、はなれてください」


 舌っ足らずで、目がぐるぐる回っている。

 なんか西条さん、可愛いな。


「離れるんですか? それは俺も困るなぁ。何しろ俺は、周囲の女性すべてを幸せにしたいのに……俺に抱きしめられたら不快ですか?」

「だれかに、み、みられたら……」


「簡単な質問ですよ。俺に抱きしめられて、不快ですか?」

「ふ、ふかいじゃないです。ありがとうございます。ひぃいいっ……」


 不快ではないらしいので、もう少し強く抱きしめたら、か細い悲鳴をあげた。

 写真に撮られたら、西条さんは失職してしまうかもしれない。ここまでにしよう。


「俺は女性を幸せにしたいだけですし……このままだと、だれかに見られる可能性がありますね。残念ですけど」


 腕の力を緩めると、西条さんは素早く身を離し、フー、フーと荒い息で威嚇してきた。のら猫かな。

 西条さんは、不快じゃないらしい。うん、よかった。


「さて、残るは……」

 天城さんの方を向いて、両腕を広げる。


「…………」

 怯えた天城さんの表情が、なんだかそそる。


「俺は、周囲の女性をみな幸せにしたいのになぁ……幸せにできるかなぁ」

「…………」


 腕を広げたままにしていると、天城さんは観念したのか、俯きながら近づいてきた。

 もちろん優しく受け止め、強く抱きしめた。


「ひぃいいい」

 耳元で「大丈夫。だれも注目していませんから、しばらくこのままで」と囁くが、天城さんに届いたかどうなのか。


 まあ、何というか、あれだ。

 天城さんの柔らかさを十分堪能したあとで、俺は力を緩めた。




「……あと5分で目的地に着きます」

 車内には、微妙な空気が流れている。


 二人とも朝の出来事は、一言も話さない。なかったことにしたいのかもしれない。

 来年の奉活担当者は、西条さんと天城さんを指名しよう。おそらく通るはずだ。


 毎月スキンシップを図り、彼女たちから自主的に「幸せです」と言わせてみたい。

 できるだろうか。もし無理でも、女性を幸せにするのは、なにもスキンシップだけではない。


 いろいろな手を模索して、俺の理想を広げていければと思う。


 車は、会社の駐車場に入った。

 玄関に横付けしないのは、会社が大通りに面していたからだ。


「では行きますので、付いてきてください」

 天城さんが静かに先を促した。スキンシップしたのに、距離が開いた気がする。なぜだ。


「ようこそいらっしゃいました。私は社長の菱島(ひしじま)紗亜弥(さあや)と申します。奉活先に我が社を選んでいただき、まことにありがとうございます」


 流暢(りゅうちょう)な日本語だが、外見は完全に欧米人だった。

 名前もサーヤとか、そんなのかもしれない。


 年齢は母と同じくらいだろうか。ブロンドの髪は地毛だろう。瞳も青いし。

 美人の娘さんとか、いないだろうか。ちょっと期待したい。


「はじめまして、宗谷武人です。イベント会社の見学は初めてです。今日はよろしくお願いします」


「宗谷様の活動にプラスになればよろしいのですけれども」

 菱島社長は、俺が動画活動をしていることを知っているようだった。さすがイベント会社社長。アンテナが高い。


「そうですね。しっかり吸収したいと思います。案内よろしくおねがいします」

 こうして俺の奉活ははじまった。




 社長自ら社内を案内してくれるらしく、俺はウキウキしながら社長のあとについていく。

「ここは事務室の中でもスケジュール管理をメインにしている場所です。壁のディスプレイが、現在進行形で書き換わっているのが分かりますか」


「おおっ……もしかして、オンラインでデータを同期してます?」

 ディスプレイには、さまざまなスケジュールが並び、たしかにいま、一つが書き換わった。


「はい、その通りです。現場に出ている社員たちが、クライアントからの要望を書き入れたり、スケジュール変更を反映させたりしています。いちいちパソコンの画面を開かなくても、ここですべての進行を確認することができるのです」


 うちの母がやっているやつのイベント版だ。

 人が少ない。だが現実は待ってくれない。では、どうすればいいか。


 その答えの一つが、このオートメーション化だ。

「これはいいですね。進行がひと目でわかる」


「はい。イベント業は、クライアントとのやりとりで変更が多々出てきます。だれが最新の情報を持っているか分からないなんてことになったら大変です。こうしてだれでも最新の情報を自動的に取得できるのは大変便利です」


 次は会議室に案内された。

 新規イベントの会議中らしい。部外者が入ってよかったのだろうか。


「いまちょうど、企画会議をしているところです。クライアントに提案する企画を詰めています」

 ホワイトボードには、『サマーイベントin海浜(かいひん)公園』と書いてある。


 いま、季節は冬。

 ところがここでは、夏のイベントの企画会議をしている。


「ずいぶんと季節を先取りしますね」

 半年先のことを話し合っている。


「そうですね。イベント会社としては、どれだけ多くの企画を提案できるかが鍵となります。そのためには、多くの人の意見が必要なのです。同時に、いい案はすぐに出てくるとは限りません。じっくり時間をかけて練ることも必要です」


「なるほど……」

 思いついたことを提案するのではなく、ここで十分議論されたことを相手に伝えるのか。イベントと言っても、奥が深いな。


「これまで多くのイベントを成功させてきたんでしょうね」

 俺がそう言うと、社長は苦笑いして首を横に振った。


 どゆこと?



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― 新着の感想 ―
[一言] どう見ても抱きしめ「られてる」からセーフ! セーフです! というか振りほどいた方がヤバそうだからセーフです! 警察「ステンバーイ……ステンバーイ……」
[一言] こういうのでいいんだよおじさん「こういうのでいいんだよ」
[一言] 男性側から迫られたのでセーフです! って言い訳通るかなあ……通らんやろなあ 見つかったらヤバいですねえ
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