214 観光へ
現在時刻は、午後4時。そろそろ暗くなってくる時間帯だ。
仲居さんと観光名所を巡ってくると言ったら、警備の人たちが慌てはじめた。
各所に連絡し、「一時間以内でお願いします」と念を押された。
行って帰ってくるのを含めると、一時間は短い。近所をチョロッと回る程度か。
警備の人は「なぜこんな時間に」と仲居さんを睨んでいるが、トーカちゃんは「わたし、関係ありませーん」と、すまし顔をしている。
俺は浴衣姿のまま、トーカちゃんは仲居さんの格好、つまり着物姿だ。
旅館を出たら、前後左右に四人の警護がついた。
いつものフォーメーションだが、せっかくの観光地巡りに無粋だ。
「そこまで厳重じゃなくてもいいのにな」
「いまの時代、一生に一度のチャンスとばかりに、接触を試みる女性もいるからね」
「あー、やっぱりいるんだ」
「一人が成功すると、私も私もって群がってくるわよ。そうなるともう、何がなんだか」
旅の恥はかき捨てとばかり、抱きつきにやってくるらしい。当然全方位からだ。
おしくら饅頭状態になったら、どこにも逃げられないと言われた。
たしかに逃げられないな。そのまま将棋倒しになる未来が見える。
「つまり、最低限のガードは必要なわけか」
「未然に防ぐためにも、あった方がいいと思うわね」
浴衣にサンダル姿で通りを歩くと、周囲にいる観光客のみなさまが二度見してくる。
フラフラと女性が近寄ってくることもあるが、警備の人が睨んで散らしている。
もちろんこういうときは、アレしかない。リア充爆撃だ。
俺はトーカちゃんの腕を掴んで、俺の腕にからめた。
「……いいの?」
「もちろん」
身体を密着させ、周囲に親密さをアピールする。
爆発しろと言わんばかりに舌打ちされるのかと思ったら、すごく羨ましそうにこちらを見てくる。みなさん、欲望ダダ漏れじゃないでしょうか?
リア充感を前面に押し出し、通りを歩くことしばし。
土産物屋街を抜けると、急に視界が開けた。
「ここが鬼怒楯岩大吊橋よ」
「おお、なんか見たことあるかも」
吊り橋だ。しかもかなり長い。
下を流れるのは、おそらく鬼怒川。
「ここって、ドラマのロケに使われたりするのよね」
「それで見たことあるのか。橋の反対側は、どこに繋がってるの?」
「向こう側は、国道があるだけね。行ってもあまりおもしろいところじゃないかな。そのかわり、橋の真ん中だと鬼怒川がよく見えるわよ」
「なるほど、名所は橋の上なのか。よし、行ってみよう」
大吊橋というだけあって長い。
走っていきたくなるが、警備の人がいるので、自重するしかない。
吊り橋は、飛び跳ねながら渡るものだと昔の偉人が言っていた(謎)が、他の観光客の迷惑になるので止めておこう。
トーカちゃんと腕を組みながら、橋の中央まで行く。
「どうかしら?」
「いいね。ここから川を見ると、流れに沿って視界が開けるのが分かるね」
「よい眺めよね。今日は川の水も、いい色出しているわ」
上流で雨が降ると、ここは一面、泥水で覆われたりするらしい。
雨が降らなくて良かった。今日の川の水は深くて濃い青だ。
「写真撮ろうよ……っと、スマホ部屋だ」
「わたしが持ってるわ」
トーカちゃんが、帯の間からスマートフォンを取り出した。
「それじゃ、だれかに撮ってもらおう」
護衛の人たちにお願いして、橋の欄干を背にして、何枚かの写真を撮ってもらった。
「あとで送ってくれる?」
「ええ、いいわよ」
写真を撮り終え、もとの場所へ戻る。
着の身着のままで来てしまったので、財布を持っていない。土産物屋は素通りするしかない。
ブラブラと町中を歩いていると、老人が目立つことに気づいた。
「若い人が少ないね」
「ここは観光地といっても、若者に人気があるわけじゃないから」
「そうなんだ。でも栃木といったら……そういえば、日光って近いの?」
「日光は中禅寺湖のあたりね。ここは鬼怒川でもかなり北の方だから、国道を南に下って、しばらくいった先を右折する感じかしら」
「遠い?」
「まあ、そこそこ……かな」
同じ栃木県内にあると言っても、ちょっと寄り道というわけにはいかないらしい。
「明日の帰り道、さすがに寄るのは無理か。またいつか、奉活で来てみたいな」
奉活で毎月どこかへ行けるんだ。いつか行く機会はあるだろう。
「タケくんって、本当に変わっているわね」
「そう?」
「普通そういう発想しないもの。さっき歩いているときにさ、観光客が寄ってくるかもって話したでしょう?」
「最終的に逃げられなくなるやつ?」
「うん。なぜそうなるかというとね、わたしたちはゼロパーセントなの」
「えーっと……?」
確率の女神の話かな?
「男性が妻を持つ人数が平均3.5人。わたしたちの世代に限定すると、だいたい286人に1人ね。でもこれは数字のマジック。田舎に住むわたしたちはゼロパーセント。出会う機会すらないのよ」
男性は特区から出たりしないからゼロパーセントだと。
確率は、すべて同じ条件下でこそ意味があるわけで、いびつなサイコロを使えば、出る目の数は偏る。
特区の目が出やすく、その近郊に住む人たちの目が出にくい。
そして田舎住まいは、可能性は皆無と言いたいのだろう。
いま俺が浴衣とサンダル姿で温泉街を歩いているが、それは確率の例外。
奉活局の人が口を酸っぱくして言っている、「何があるか分からない」は、一生に一度かもしれないチャンスなら、あとのことを考えず欲望のままに突っ走る女性が出てもおかしくないのだと。
「……というわけで、わたしはすべてを諦めてここに来たんだけど、タケくんに会えて本当に嬉しかったわ。ハイ、育成員のマネごとはここでおしまい。ここからは、仲居に戻ります」
トーカちゃんは俺の方を向き直り、手を下腹に添えて綺麗にお辞儀をした。
いつの間にか、旅館についていた。




