【閑話3】奉活局の二人(1)
「げぇっ……えろえろえろ~~~」
「きゃぁあああ、菱田くんが吐いたっ! 車止めて!」
「無理! ちょうどいま交差点。手で受けとめて!」
「そんな無茶なっ!」
「だったら服でもなんでもいいから。共用の車よ、これ」
「えろえろえろえろ~~~~」
「ひぃいい~~膝に熱いものが……ストップ、車ストップゥウウウ!」
「だから無理だってぇ!」
奉活局の職員西条ケイが運転する車は、右へ左へと蛇行を繰り返しつつ、なんとか路肩に止まった。
後部座席にいた天城早苗は、自らの服で受け止めたキラキラをこぼさないようにゆっくりと車外に出た。
西条は、それをバックミラー越しに眺め、「今回の奉活は中止ね」と呟いた。
その場合、先方にまず中止の連絡を入れ、後日上司とともに謝罪に伺う。
相手がごねた場合、男性社員をいけに……男性社員とともに、ご機嫌伺いに出かけることになる。
そして大抵の場合、そこまでいかないと機嫌が収まらない。
先方は、この日のために社をあげて準備していたのだから、当然だ。
「いつもの謝罪三点セットかぁ……はぁ」
路肩で変な踊りをしている天城をよそに、西条は大きなため息をついた。
後部座席には、青白い顔のまま放心している菱田峰良くん(16歳)がいる。
外にはスーツの上下に大きなシミをつくった相棒。
「彼を送ってくるから、10分ほどここで待ってて」
「ちょっ、まっ!」
「まだ家からそれほど離れてないから、すぐ戻ってこられるって」
西条は返事を待たず、車をUターンさせた。バックミラーに、手を前に突き出した相棒が映るが、あえて見ないことにした。
彼を家に送り届けたあと、泣きそうな顔で佇んでいる天城を拾って、車を奉活局まで走らせる。
甘酸っぱい臭いを少しでも排除するため窓は全開、天城が着ていた上下のスーツは、伸ばしたアンテナにくくりつけてある。
大漁旗のように服をなびかせながら疾走する車が珍しいのか、通行人の指が車の速度に合わせて移動していく。
「菱田くん……要配慮案件ね」
「二回連続で中止じゃ、しょうがないわ」
下着姿の天城は窓枠にヒジを乗せ、窓の外を見ている。
菱田くんは、共学校若宮高校の二年生だ。
彼の誕生日は遅く、16歳になったのは昨年末のことだった。
年明けから奉活が始まったのだが、ここ数回は順調にこなしていた。
だが5月の奉活のとき、問題はおこった。
「やっぱり、あの会社が駄目だったのよ」
「大口の取引先みたいだし、力関係からすると、仕方ないんでしょうね」
「ベタベタ触って、あのオバハンたち……」
西条はハンドルをバンッと叩いた。
奉活先は、男性の意志が最優先となる。
何人たりとも、その意志に介入してはならない……ことになっている。
だが実際は、親の会社やその取引先、親戚などの関係者がいる会社や団体が選ばれる。
一説には、こっそりと大金を用意して、本人か母親を説得するケースもあるという。
それらはみな特区条令違反となっているが、暗黙の了解となっている部分があって、取り締まられたという話は聞かない。
西条も、親や親類の意見が入るのは仕方ないと思っている。
だが前々回の奉活で、彼女たちはやり過ぎた。触りすぎたとも言う。
男性の親が関係している大口の取引先らしい。
少しくらいハメを外しても関係を切れないと分かった上で、無茶をしたのだろう。
西条も天城も、奉活の内容そのものについては、あまり口を出せない。
当日も黒子に徹することが義務づけられている。
ただでさえ男性を導く立場であるのに、職員が決定権を握ってしまったら、いつ、だれが暴走するか分からないからだ。
それゆえ、ギリギリの段階では、手も口も出せない。
あきらかにアウトとなるまで、静観するしかないのだ。
結果、彼はトラウマを抱えることになった。
先月の奉活でも、目的地に向かう途中で気分が悪くなり、目的の建物が見えたところで気を失ってしまった。
そのまま運び込むわけにもいかず、中止にせざるを得なかったのだが、今回もまた向かう途中で「やらかして」しまった。
要配慮案件とは「特別な配慮」が必要な男性をさす言葉で、次の奉活先は奉活局が決めることになる。
実はこれも暗黙の了解となっている部分だが、奉活局と提携している企業や団体がいくつかある。
どうしても年間10回の奉活が不可能な男性専用の「受け皿」だ。
そこには「分かっている」社員しかおらず、ほぼストレスフリーで奉活を終えることができる。
苦肉の策であり、あまり一般に知られるとよくないため、「知っている人はごく少数」のアレだが、次回彼はそこに放り込まれることになるだろう。
「要注意案件になるよりマシでしょ」
「そうなんだけどね。注意までいっちゃうと、社会に出られなくなるし……なんとか立ち直ってほしいわ」
要配慮でも無理な場合、要注意となって、男性自身に不利益が生じてくる。
要注意奉活者を出した段階で、西条も天城もマイナスの査定がくだされる。
「心の問題は、時間がかかるけど……」
「世の女性たちは待ってくれないものね」
成人男性にとって、奉活は義務である。
男性は、幼少時よりさまざまな特別待遇措置がとられており、金銭的援助もある。
それは将来、男性にしかできないこと、女性では絶対に肩代わりできないことをしてもらうためだ。
そのために、優遇措置が与えられているのである。
年間10回の奉活を拒否した場合、その男性には「奉仕活動拒否者」というレッテルが貼られる。
権利を享受しておきながら、義務を放棄したとみなされるのである。
もちろん救済措置はある。
社会だってなるべく「奉仕活動拒否者」を出したくないのだから。
だが、男性が頑なに拒んだ場合、最終的に「奉仕活動辞退者」となってしまう。
彼らは、世間からとても厳しい目で見られる。
男性の将来を考えれば、絶対に出してはいけない。
それは奉活局の担当職員の双肩にかかっている。
「まずは上司に報告。それと今後について相談ね」
「……気が重いわ」
車は奉活局の中に入っていった。
大漁旗をなびかせたまま……。
閑話3をお送りします。
奉活局の人の話と、一般男性を登場させてほしいという声がありましたので合体させてみました。
閑話3は、全3話となりますので、明日と明後日も投稿します。
それと前回書き忘れましたが、レビューをいただきました。ありがとうございます。
読んで楽しんでいただける方が多く、嬉しい限りです。
それでは引き続き、よろしくお願いします。




