199 体育祭(8)
昼休みが終わり、午後の競技がはじまった。
俺たちのクラスは勝ったり負けたり。
決勝に進出する選手は優秀な人ばかりなので、そこで勝つのは大変だ。
他の1年のクラスに比べれば、俺たちはかなり健闘していると思う。
「さて、学年選抜リレーか」
学年選抜リレーは、タイムのいい順に各クラスから2名が選抜される。
1年1組からは俺。そして山上夜見さんが出場する。
山上さんは陸上の短距離を得意としているが、同じ陸上部からかなりの選手が選抜されていて、2年、3年と優秀な選手が揃っているとのこと。
このリレーで勝つのは、かなり難しいだろうと言っていた。
「ポイント競技じゃないんだし、気楽にいこう。その上でベストを尽くそう」
山上さんは三番手で、俺はアンカーだ。トラックを半周して次の走者にバトンを渡すため、山上さんとは開始位置が違う。
「宗谷くん、アンカーがんばってね」
「ああ、俺だけ一周だからな。ここはヒーローにならなきゃ、男じゃないぜ」
「ヒーロー……?」
いま気づいたが、この世界ではヒーロー……つまり、英雄になると宣言する男性はほとんどいない。
もとの世界で「ヒロインになる」と言った感じだろうか。
よく分からないが、山上さんには響かなかったようだ。
「頑張るから、見ててよ」
「うん。期待している」
アナウンスが流れ、選手は準備をはじめる。
トラックの内側から1年、2年、3年と並ぶが、すぐにレーンは意味をなさなくなる。
バトンタッチのときは、速い者から順に内側のレーンを使い、順次入れ替えていく。
――パーン!
合図とともに、各学年の第一走者が一斉に走り出した。
先頭は3年生で、そのすぐ後ろに2年生がついている。
1年生の代表は、二人からやや離されて、次の走者にバトンを渡した。
リレーは総合力の勝負である。速い者が一人いた程度では、勝敗は変わらない。
「……意外と善戦しているな」
もっと離されるかと思ったが、そうでもない。最下位なのは変わらないが、十分逆転を狙える位置だ。
いい走者がいても、トラック半周ではさほど差が縮まらない。
結局、差を縮めては離されるを繰り返してアンカーの番まで来た。
「ならば、俺がヒーローになる」
3位のままバトンをもらい、2位の選手を追いかける。
相手もアンカーを任されるほどだ。簡単には追いつけない。だが……。
「俺より速いやつなどいない」
絶対に追いつけると思えば、追いつける。
スタミナが切れかけるが、そこは踏ん張って、最後のスパートをかけた。
2位との差がグングンと縮まる。2位を走っている選手は、ペース配分を間違えたようだ。
トラック一周は400メートル近い。100メートルや200メートルのペースで走ると、後半は息切れしてしまう。
徐々に相手との距離がなくなり。
「うぉおおおおおっ……」
身体にムチを入れ、さらに加速する。心臓がバクバクいっているが気にしない。
相手が俺に気づいて振り返った。
ぎょっとした表情を浮かべている間に、俺は2位の選手を抜き去ってゴールした。
「やった……」
1位には届かなかったが、なんとか面目を施すことができた。
「「「宗谷くん!?」」」
走りきったあと、力が抜けてヨロけた。
リレーを一緒に走った選手たちが俺を支えてくれる。すぐにクラスメイトも走ってくる。
「大丈夫、ちょっとヨロけただけだから」
気が抜けて、足下がおろそかになっただけだ。
だが、俺の抗議は聞いてもらえず、大勢に抱えられるようにして保健室へ連行された。
勝利の余韻は……味わうヒマがなかった。
結局、そのあとずっと保健室に軟禁されてしまった。
ここはクーラーが効いているので、外に出るなというお達しだ。
「もう大丈夫なんだけどな……」
外では応援合戦がはじまっている。
午後の競技で俺が出場するのは、最後に行われる長距離走のみ。
それまでここで休んでいてもいいのだが、身体がなまってしまう。
「だめですよ」
出て行こうとすると、校医にそんなことを言われた。
軽い熱中症の可能性があり、二、三時間は涼しいところにいた方がいいらしい。
「でも、最後の競技は参加してもいいですよね」
「……ええ、仕方ありませんが」
出るのは禁止されたが、出場の許可が得られたのでよしとしよう。
体育館では、ポイント競技であるバレーボールとバスケットボールの進行が遅れているらしい。
それぞれがコートを半分使っているようだが、この競技は毎年遅れ気味になるという。
観戦に行きたいのだが、先生が許してくれない。
それとそろそろ、長距離走の準備をしたい。しかたないので、裏技を使うことにする。
「先生、俺の熱を確認してください」
俺は校医の手を額にあてた。
「宗谷くん!?」
「熱が下がったと思いません? 心臓も、ほらっ」
校医の手を胸に当てる。
すでに身体は冷えており、心臓も通常の鼓動を刻んでいる。
「あのね……」
「どうです? 問題ありませんよね?」
重ねて問うと、校医は目を逸らし、静かに頷いた。
校医から許可が出たので、ようやく保健室を出ることができた。
「宗谷くん、大丈夫なの?」
クラスメイトたちが保健室の外に集まっていた。
「全然、問題ないって。本当は、保健室にいる必要もなかったんだ」
「でも……」
「俺としては、ちょっとヨロけただけだよ。まあ、最後の持久走のために休息したって感じかな」
「最後って……あれ?」
「そう、5000メートル走」
「もしかして宗谷くん……リタイヤしないの?」
「もちろん。まあ、見ててよ」
引き留めるクラスメイトをなだめすかして、俺はグラウンドに向かった。
毎年、5000メートル走は、生徒の希望者が少ない。半分は一般の人が参加するのだ。
今年はチケットを入手するのが大変だったし、どんな人たちがいるのか分からない。
一般の参加者は朝に受付をして、昼までに抽選結果が決まる。
年によって違うが、大学や社会人で活躍している人も参加したりするらしい。
男子高校生が応援する中でトップでゴールするなど、望外の喜びなのだろう。
「だがしかし、今回は俺がいただく」
ずっと休憩していたし、体調は万全なのだが、いかんせん5000メートルで競争したことはない。
密かに1位を狙っているが、どうなるかは未知数。
この大トリの種目で有終の美を飾りたいものだ。
「さて、身体を温めるか」
昔は運動前にストレッチをしている風景をみかけたが、実はあれ、あまりよくない。
静的ストレッチは運動前に適さないというのが、最近の定説だ。
身体を温めるには動的ストレッチがいい。
たとえば野球選手が練習をはじめるまえに結構ハードな運動をしている。あんな感じだ。
俺が柔道や空手をしていたときは、練習前に動的ストレッチ、練習後に静的ストレッチをしていた。
しばらく身体をほぐしていると、アナウンスが流れた。
――5000メートル走に出場する生徒、一般参加者は待機場所に集合してください
「よし、いくか」
さて、どんなライバルがいるのやら。
集合場所にいる生徒は、半分より少ないだろうか。
一般の参加者は知り合い同士で話をしている。まさか常連?
「……ん? マジ?」
集まった中に成人男性がいた。
一般男性がこういうイベントに参加するなんて珍しい。
だがその男性を見て、俺は納得してしまった。実行委員長と親しく話していたあの男性。おそらく、雲井さんの父親。
どこで着替えたのか、Tシャツにジャージ姿になっている。やる気だ。
周囲の女性たちがチラチラと見ているのがなんだかおかしい。
視線に晒されても本人はまったく気にしていないようで、スタートを今か今かと待っている。
「俺も普段、あんな風に注目を浴びてるのか」
最近、視線があっても、ほとんど気にしなかったが、周囲に結界に似た雰囲気が張り巡らせている。
好奇な視線もあれば、狂気な視線もある。二十代後半っぽい女性は、これからレースがはじまるというのに、もう息を荒らげている。
大丈夫だろうか。俺が心配することじゃないけど。
そして男子がなぜああも視線に敏感なのか分かった。
物心ついたころから、あの視線に晒され続けていれば、嫌にもなる。
「俺はまだ半年くらいだしな……」
これまで育った常識も違うし、あまりにモテなかった反動で、注目されると「嬉しい」と思ったりする。
この世界では、女性をよく肉食獣やピラニアにたとえたりする。
俺はなんて失礼なんだと思ったが、多感な時期に欲情する女性を見たとしたら、トラウマになることだってあるだろう。
そう考えると、あの男性は、女性の視線が集まる中でも堂々としている。
環境が良かったのか、よい相手に恵まれたのか、周囲の理解があったのか。
「それでは準備してください」
実行委員が、俺たちを誘導していく。
スタート地点まで歩くと、周囲はすでに盛り上がっているようで、うるさいほどの歓声が飛び交う。
「位置について……よーい……」
――パーン
50人が一斉に走り出した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あと2話で、本章が終了となります。
その後は、適宜閑話を投稿しつつ、次章を書き上げていく予定です。
よろしくお願いします。
そして今回、またレビューをいただきました。
ありがとうございます。
2軒目のレビューですね。
こうやってレビューが増えてくると、楽しんでもらえているんだなと、めちゃ嬉しくなります。
引き続き、感想、レビューは受け付けておりますので、よろしくお願いします!




