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198 体育祭(7)

 裕子は言う。

「さっきの百メートル走も、数え切れないほどのカメラが回っていたわ。押し合いへし合いで殺気立っていたし、あれだけ伸ばし棒が乱立した体育祭も、過去にないんじゃないかしら」


 どうやら俺は、相当な数のカメラに狙われていたらしい。まあ、俺を撮る分にはまったく問題ない。

「ん? そうだ、写真だよ。せっかくだし、みんなで写真撮ろうぜ」


「えっ!?」「ここで!?」「いまの話の後で!?」

 真琴、裕子、リエが顔を見合わせる。そんな驚くような提案か?


「スマホ持ってきてるよな。撮ったのはあとで送ってくれ……あーっ、ちょっとそこの。写真撮ってもらえますか?」

「よろこんでっ!」


 近くにいた女性に声をかけると、二つ返事で了承してくれたけど、居酒屋の店員かな?

 裕子が「しょうがないわね」とスマートフォンを渡し、俺たちは四人一緒とか、ペアで何枚も写真を撮った。


 途中で気づいたが、写真を撮ってくれる女性の後ろで何人もの女性たちがカメラを構えていた。

 一応隠す動作はしているのだが、なんというかバレバレだった。


 女性にお礼を言ったら、一緒にいいかと言われたので、ツーショットで撮ることにした。

 その後ろの行列はなに?


「そろそろクラス全体競技の時間か……じゃ、俺は行くけど、またな」

 俺はアナウンスに従って、集合場所まで急いだ。




 最終日に行われるクラス全体競技は、和気藹々(わきあいあい)としたものだ。

 保護者や一般招待客に見せるためのものだし、男子だって参加している。


 観客の目を楽しませるのが一番の目的なのかもしれない。

 笑い声と悲鳴が交互にあがるとても楽しい競技だった。


 このクラス全体競技が終わると、昼食の時間となる。

 真琴たちと昼休みを過ごそうかと思ったが、遠慮されてしまった。


 俺の親友である淳を紹介しようと思ったのだが、その話をしたところ、裕子がものすごく微妙な顔をし出した。

「何か問題でもあるのか?」


「私たちはいいんだけど、おそらく会わない方がいいと思うの」

「……?」


 不思議そうな顔をしていたからだろう。真琴が説明してくれた。

 簡単に言うと、淳の周囲にいるであろう「取り巻きの女子」が面倒らしい。


「さっきもね、揉めてるところに出くわして……あれは怖いわ」

「あの人たち、拳で喧嘩してたよね」


「拳で……喧嘩?」

 三人は頷いた。夕日を背に、番長同士の一騎打ちを思い浮かべるが、そういう話ではないのだろう。


 どうやら一般招待客が、男子学生に色目を使ったとか使わなかったとかで言い合いとなり、そのまま殴り合いに発展したようだ。

 殴り合いって……世紀末かな?


 今日は一般招待者が学校内にいることで、男性の班員が予想以上にピリピリしているらしい。

「そういうことなら、また今度かな。機会はあるだろうし」


 淳がいいと言っても、周囲の女性が嫌がることも考えられるし、この案はなしになった。


「どうしようかな……そうだ、萌ちゃんと咲ちゃんたちに会いに行くか」

 昨日、美奈代(みなよ)さんは仕事があって来られなかった。


 その分、今日、萌ちゃんと咲ちゃんを連れてくると言っていた。

 逆に母は仕事だ。なぜ休日に出勤するのかと思ったが、社内のシステムをチェックするのは、休日の方がいいらしい。


「よし、萌ちゃんたちを探しに行こう」




 昼休みの時間は雑然としていて、花火大会がはじまる直前のような雰囲気だ。

 この中から二人を探すのは難しいのだが、実はだいたいの居場所を把握している。


 ピロティの脇に地域交流室というのがあり、隣のPTA室とともに、今日は一日中解放されている。

 今日一日、地域交流室は休憩室になっているのだ。


 俺は待ち合わせ場所として、その地域交流室を指定しておいた。

 昼休みなら、そこにいるだろう。


「あっ、いたいた」

 特徴的なTシャツを着ているから、すぐに分かった。というか、クラスの女子と一緒にいた。


「萌ちゃん、咲ちゃん」

 呼びかけると、二人は俺を見つけてパッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。うん、うちのイトコたちは可愛い。


「お姉さんたちに遊んでもらってたのかな?」

「「はいっ!」」


 二人とも元気よく返事をする。『走思走愛』Tシャツの肩口に宗谷萌と宗谷咲と刺繍されているから、だれの身内かすぐに分かったのだろう。


「イトコの相手してくれて、ありがとうね」

「いえいえ、とんでもないです」


 聞いたところ、トイレで萌ちゃんたちと偶然会って、休憩室まで案内したらしかった。

「萌ちゃんたちも、待たせてごめんね。ほんとは、一緒の競技があればよかったんだけど」


 最終日は残念ながら、萌ちゃんたちと参加できる競技はない。

 最後の長距離走だけは一般と合同だが、さすがにそれに参加してもらうわけにもいかない。そもそも抽選らしいので、運がからむ。


「お兄さんを見てるだけで楽しいです」

「来て良かったです」


 見ているだけで楽しいだなんて、なんて健気なのだ。ウルッときてしまう。

「そうだ、一緒に写真を撮ろうか」


 生徒はスマートフォンの持ち込みは禁止だが、萌ちゃんは持ってきているはずだ。

「わたしたちが撮ります」


「ほんと? じゃ、お願いしようかな」

 萌ちゃんたちとの写真を何枚か撮ってもらった。


 そこでふと、あることを思い出した。

 萌ちゃんたちと動物園に行ったときに聞いた話だ。


 友達の中に『弟』のいる子がいて、自慢ばかり聞かされると。萌ちゃんはすごく嫌がっていた。

 子供とはいえ……いや、子供だからこそ、マウントを取ることもあるだろう。


 無邪気に悪意なく、人を傷つける言動をしてしまうのだ。


「萌ちゃんたちみたいに、人の心が分かるといいね」

「……?」


 俺と一緒に暮らしている萌ちゃんだが、その子に言い返したりしないらしい。

 男性と一緒に暮らしていると、人前で言うべきでないと思っているのだ。


 美奈代さんの教育もあるだろう。それは正しい。

 だから俺は思う。あえて、言おう。


 マウントを取るような子には、ちゃんと心の痛みが分かるようになってほしい。

 いまならまだ間に合うのだから。


「萌ちゃん、咲ちゃん。こっちにきて」

 俺は二人を抱き寄せた。


 密着して、仲のよいところをアピールした写真を撮ってもらう。

 最初は身体を硬くしていた二人だが、慣れてくると体重をあずけてくれるようになった。


 クラスメイトが「尊いわ」と言いながら、シャッターをきる。

 俺が萌ちゃんと咲ちゃんのほっぺにキスした写真も撮った。


 お礼にと、二人が俺の両頬にキスしてくれた。

 ここで撮った写真を萌ちゃんがマウントづくりに使うか分からない。


 自慢ばかりする子をヘコますかどうかは、知らない。

 これらの写真は、この日、この場所でしか撮影できないもの。いわばメモリアルだ。


 あと何年かしたら、彼女たちも成長し、恥じらいを持つようになり、同じことをしてくれなくなるだろう。

 だからこの写真は、俺の宝物になると思う。


 あとで送ってもらったら、現像して写真立てに入れて飾ろうと思う。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供は良いもんですな
[一言] かっこいいお兄ちゃんとの記念写真 それでいいんよなあ
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