196 体育祭(5)
体育祭の二日目。
多くの生徒と保護者が見守る中、午後の競技が始まった。
保護者が観戦していることもあって、昨日よりも盛り上がっている気がする。
そんなグラウンドを横目に、俺は二人三脚の決勝が行われる場所まで急いだ。
二人三脚……昨日は3位で予選を通過した。
本当は4位だったのだが、2位が失格となったため、繰り上がりで決勝進出できたのだ。
俺と藤原明日花さんのペアは、最後の3レース目。
集合場所に着くと、藤原さんはもう来ていた。
「せっかく決勝に残れたんだ、がんばろうぜ」
「ハイッ!」
うん? 今日は、緊張していない?
というか、目がメラメラと燃えている。
練習と予選はガッチガチに緊張していたのだが、心境の変化があったのだろうか?
藤原さんの視線を辿ると、観客席のある一角に固定されていて……そこに望遠付きのビデオカメラを構えた女性がいた。
「あの人は……藤原さんのお母さん?」
「はい。一世一代の晴れ舞台だから死ぬ気でやりなさいと、母は昨日、お百度参りをしてくれました。だから今日は、死ぬ気で走ります!」
「お百度参り……」
「母の心遣いを無下にできません!」
藤原さんはこぶしを固く握り、母親に向かって力強く頷いた。母親も頷き返している。
「ああ、うん。がんばろうね」
修羅がいた。修羅の母娘がいた。
緊張とか、そんなチャチなものは、この母娘にとってお呼びでなかったようだ。
前の競技が終わったので、グラウンドの中、所定の場所で待機する。
「それじゃ、足を結ぼうか」
「はいっ!」
元気のよい声が返ってきた。昨日と打って変わって、藤原さんは頼もしい。
藤原さんは、家で大型の狩猟犬を飼っているという。
毎朝、登校前に散歩へ行くのだが、なぜかそこで犬が全力疾走するのだとか。
小さい頃からそれに付き合わされ、陸上の中距離走が得意となったようだ。
毎日犬と併走しているなら、俺と呼吸が合わせられないはずはない。(勝手な妄想)
緊張さえしなければ、ちゃんと結果を残せるはずだ。
「よし、俺たちの番だ」
身体を寄せ合い、スタートを待っていると、やたらとギャラリーが騒がしい。
騒がしいどころか、悲鳴まで聞こえる。ロス暴動かな?
――パーン
俺たちは同時に結んでない足からスタートできた。
これでタイミングを微調整すれば、二歩目をスムーズに出すことができる。
「よし、最良のスタートだ」
流れるようなスタートが決まった。
あとはスピードに乗るだけ。
俺たちの歩幅は、ほとんど差がない。気にするのは、足を出すタイミングだけでいい。
もう、互いに「一、二、一、二」とかけ声をかけなくても問題ないほどに、息が合っている。
これまでで一番の速度で、俺たちはゴールまで駆け抜けた。もちろん一位だ。
「きゃあああ、やりましたよ!」
藤原さんが、あの胸部装甲を押しつけてきた。ぼよんがぼんだ。たわわでぼよん。
コレはやばい。どうするの? もちろん「やったな!」と抱き返すでしょ。
二人で抱き合っていると、うるさいまでの観客のボルテージがさらに上がった。
「やっぱり!」「やりやがった!」「狙ってやがったぞ、あのアマッ!!」「やると思ったんだ!」「うらやまけしからん代われ!」「「「「もう、離れろぉぉおおおおおお!!」」」」
なんか離れろとか聞こえるが、いま離れたらヤバい。俺がヤバい。
前屈みで歩くことになる。
蕩けた顔をうずめてくる藤原さんには悪いけど、このままの姿勢で移動させてもらおう。
緊急避難だし、許してほしい。
このあと俺は、1位と書かれた旗のもとまで、藤原さんとカニ歩きで移動した。
競技が終わり、グラウンドから退場するや否や、藤原さんは「ここでドロンします!」と指で印を組み、そのままダッシュで走り去ってしまった。
なんだったのだろうか?
二日目が終わり、家に帰った。
すでに母と姉は戻っており、途中で買ってきたと思われる豪華な食事が食卓に並んでいた。
「ただいま」
「おかえり、タケちゃん。今日はがんばったわね。タケちゃんの好きなもの、いっぱい買ってきたわ」
「ありがとう、母さん」
肉類を中心としたガッツリ系のケータリング料理が並んでいる。
油物が多いが、この辺は俺がよく食べるからだろう。母と姉はあまり食べない。
「お母さんは仕事みたいだけど、私は明日も応援に行くね」
姉はスマートフォンで動画を見ながらそんなことを言った。
明日は、美奈代さんが萌ちゃんと咲ちゃんを連れて見に来てくれる。
「それじゃ、明日も気合い入れなきゃだね……それで、姉さん。何見てるの?」
聞こえてくる歓声からすると、今日撮影したもののように思えるが。
「もちろん、タケくんの勇姿を見てるのよ」
やはり体育祭のときに撮影したものらしい。俺がどれどれと覗きにいくと、ちょうど騎馬戦で大将同士の一騎打ちをしている場面だった。
「敵の大将が強かったんだよね」
3年の雲井春海さんとハチマキを取り合ったが、決着はつかなかった。
動画で見ると、彼女の動きがよく分かる。
俺はハチマキを取ろうと、彼女の頭部ばかり見ているが、彼女は違う。
俺の動き全体を俯瞰して見ているのだ。どうりでフェイントが通用しないと思った。
「この人……引き分けを狙っていたのね。ハチマキを取りに行くようにみえて、その実、重心は動かしていないもの」
「……ほんとだ。積極的に戦っているだけに見える」
動画で確認すると分かる。雲井さんは、明らかに時間切れを狙っていた。マジか、欺されたわ。
開始直後で味方の大将がやられ、こっちが不利になった。
その時点で数の差があったのだ。俺が敵の大将を一人倒したが、その時点で残った騎馬の数に差が付いていたのだろう。
雲井さんはそれを知っていて、残り時間を判断した上で引き分けを狙った。
力では女性は男性に勝てないから、少しでも勝率の上がる戦法に切り替えたのだ。
彼女は体育祭の実行委員長だし、騎馬戦の時間も知っているはず。
つまり、すべて彼女の手のひらの上だったのだ。
「これは午後の二人三脚だね」
藤原さんと一緒に走る俺の姿が映っている。
1位でゴールし、その場で抱き合った姿ももちろん映っている。
その後、抱きついたままカニ歩きで移動している姿はなんとも間抜けだが、下半身が大変なことになっていたのは、気づかれてなかったと思う。
ホッとして動画を止めようとすると、まだ続いていた。
「……?」
しばらくすると藤原さんが、もの凄い速さでカメラの前を駆け抜けている。縮地かな?
少し遅れて、大勢の女子が藤原さんを追いかけていた。「待てぇ!」「捕まえろ!」「ゴルァ!」という声が入っている。
「そういえば、ドロンするとか言ってたけど、藤原さんって人気者なんだな」
さすが陸上部中距離の選手。カモシカのような走りだ。
「……そ、そうね。ある意味人気者……かしら……ね?」
なぜか、姉の歯切れが悪かった。




