19.5 それぞれの一日(※ 伊月高校1年1組女子から抜粋)
――とある特区外生の場合
入学式を終えて家に帰ったのは、午後一時ちょうど。
「おかえり、お昼できてるわよ。それで入学式、どうだったの?」
玄関を上がり、パタパタとキッチンへ行くと、母親が食器の後片付けをしていた。
「ごめん、お母さん。それより緊急会議! みんな集めて」
「どういうことよ」
「すぐにみんなの力が必要なのよ!」
「そ、そう……分かったわ。みんな呼んでくる」
娘の勢いに押され、母親はゆっくりと頷いた。
少女の家は商売をやっているため、すぐ家族が集まることができた。
「どうしたんじゃ? 食後のお茶が冷めてしまうじゃろ」
祖母がよっこいしょと、居間の畳に正座する。
「おそーい、みんなご飯、食べちゃったよ」
「お姉ちゃん、お昼まだだよね」
高二と中二になる姉と妹はすでに帰宅して、お昼まで済ませていた。
近所の学校に通っているため、午前中には家に帰ることができたようだ。
「いま話すから……ちょっと待って、気持ちを整理させるから」
話す前に少女は一度、深呼吸する。
それを祖母、母、姉、妹の四人が黙って見つめる。
「……あのね。明日、学校で一年間の班が決まるんだけど、男子は二人、班は八つなの。六つの班が溢れるんだけど、同じクラスになった男子は、わたしたち特区外生の中から、班員を選ぶって言ってくれたの!」
「特区外から? すごいじゃない」
母は興奮している。
「でも、倍率高いんでしょ?」
姉は冷静だ。
「お姉ちゃん、選ばれる自信あるの?」
妹はもっと冷静だ。
「それでね。選考基準は、自己紹介文を提出して、それを読んで決めるって言うの。だからお願い。みんなの力を貸してっ!」
少女の言いたいことはすぐに伝わったらしい。さすがは家族だろうか。
「自己紹介文を読んで決めるのか。わしらが、手分けして書けばいいんじゃな」
「お母さんは、そういうの得意よ」
「私だって妹のことはよく見てるから、いくらでも書けるわよ」
「わたしも手伝う!」
「ありがとう。どんなところを見てくれるか分からないから、いろんなことを書けるだけ書こうと思うの」
「どれ……いま一時か。七時間くらいなら、ぶっ通しで書けるわよ」
「手分けして、孫のよいところを列挙すればよいのじゃな」
「何が琴線に触れるか分からないのだから、いろいろ書いておいた方がよさそうね」
「筆跡がみんな違うとアレだから、私がパソコンにまとめるよ。プリントアウトすればいいよね」
「そうと決まれば、お店はいま閉めてくるわ」
「お母さん、ありがとう」
「いいのよ。それより、わが家の団結をみせてあげましょう」
「よっし」
「それがよかろうの」
「がんばるー」
こうして、まるで私小説と見間違うばかりのものができあがり、彼女はそれを持って、翌日登校した。
――とある特区内生の場合
「特区外生のみとは言っていましたけど、それは方便の可能性があります。もしくは明日、考えを翻すかもしれません。お母様、ライターの手配はどうなっています?」
「問題ないわ。最高のゴーストライターを用意したわ」
「それでこそお母様です」
「プロの校正者も雇いましたので、問題ないでしょう。アナタは清書をがんばりなさい」
「はい。やる気のあるところを見せるには『手書き』ですね」
「そうです。しかしその男性は、自己紹介文で、何を見るか分かりますか」
「そこは何も言っていませんでした。ですので、出しゃばったことは書かず、やる気のありそうなところを前面に押し出してみようと思います」
「それがいいでしょう。中学のときは、不甲斐ない男子ばかりでしたが、その子は随分と骨のあること言うものですね。ですが特区で生きていくには、確かな基盤を持った家の庇護下に入るのは普通」
「はい、お母様。といっても、彼は浅はかな考えで述べたのではない気がします。あえて特区外生に目を向けさせて、自身の価値を確認しているのかもしれません」
「なんにせよ、その方はどの程度でした?」
「私としてはA……いえ、Aプラスを与えてもいいかと」
「さすがは伊月ですね。ゴーストライターにはがんばってもらいましょう」
「はい」
こうしてプロの書いた自己紹介文が出来上がり、彼女はそれを持って登校した。
――とある印刷屋の場合
「社長、そんな急に印刷が入っただなんて……もう夜ですよ」
「いいから、手を動かしな」
「いくらウチが弱小印刷屋だからって、夜に搬入してきて、朝までに豪華装丁の冊子にしてくれなんて……しかもたった一冊なんでしょ? そんな依頼、断ればいいのに」
「ガタガタ言うな……断れなかったんだよ」
「社長が? いつも気に入らない客を怒鳴り返す社長が?」
「二回も社長って言わなくていいよ。けどな、親子そろって地に額がつくほど頭を下げられちゃ、断るなんてできやしねーって」
「なんですか、それ」
「断ったって、きっとずっとそのままだったぞ、ありゃ。……まあ一世一代の晴れ舞台なのかもしれねえ。そんなときは野暮なこと言わずに、黙って引き受けるのよ」
「そんなもんですかねえ。……で、何を印刷するんです?」
「自己紹介文だ」
「へっ?」
「来たのは親子だったが、あれは娘の方らしき自己紹介が書かれていた」
「なんですか、それ」
「だからアタシだって知らねえよ。けど、人生をかけてでも悔いのないものなんだろ。いいから手を動かせ。最高の一冊を作ってやるんだ。いいな、骨を惜しむなよ」
「分かりました。朝までですよね。最高の一冊に仕上げますってば」
こうして夜は更けていく。
――菊家友美の場合
「あら、もう勉強してるの?」
「母さん……起きたの?」
「もう少ししたら、夜シフトだから。ねえ、入学式の日くらい、勉強は休んでもいいのよ」
「これは勉強じゃないから……それより母さん」
「なに?」
「産んでくれてありがとう」
「なに、あらたまって。こっちこそ、産まれてきてくれてありがとう。他のお家と違って、全然手をかけられなかったけど、まっすぐ育ってくれて嬉しい。自慢の娘だわ」
「母さんには感謝してるの。いつもがんばってくれて」
「そんなこと全然ないわよ。セールスの仕事のときは身体壊しちゃったし、次に働いたレストランは経営不振で解雇されちゃったもの……でも、いまの職場はとてもいいところよ。工場長も朝と夜のシフト入れてもいいって言ってくれたし」
「24時間稼働の工場だものね」
「そのおかげで、あなたを伊月高校に通わせられるんだもの。こんな賃貸アパートに住んでいる娘が、特区内の共学校に通えるなんて、夢のようだわ」
「そうね……夢みたいよね」
「だからあなたは、家のことを気にせず、学生生活を十分に満喫しなさい。高校の三年間はあなたが思っているよりも短いの。本当に一瞬。儚く消えていく煌星と思いなさい。これは先達からの忠告よ」
「はい、分かりました」
「よろしい! じゃ、私はシフトに行くから、早く寝るのよ」
「うん。母さんも身体に気をつけてね」
「大丈夫よ、まだ若いんだから」
母を送り出したあと、彼女は書き上がったばかりの自己紹介文を眺める。
「…………」
一瞬、眉根を寄せたあと、おもむろに最初の数行を横線で消した。
そして新しいレポート用紙を取り出して書き始めた。
――私には夢があります。それは母に楽をさせるという夢です。
彼女の自己紹介文は、そう始まっていた。




