002 女神に請われました
「中学の三年間、マジで……マジで、モテなかったっ!」
心の底から声が出た。
俺が小学生のとき、クラスの人気者は、コミュ力が高いか、スポーツができるかの二種類だった。
「頭がいい」のがその中に入っていないのは意外だが、テレビに映る日本最高峰の大学生とかは総じて垢抜けていなかったので、「学校の勉強ができる人」は、同世代の女子からしたら、モテ要素には入っていなかったのだと思う。
そして俺がモテたかといえば、否だ。
小学生当時のあだ名は、とっつぁんボーイ、昭和ガンコ親父、ゴリゴリ夫などと幅広い。
そのあだ名で、俺がどんな容姿をしているか、想像がつくと思う。
はっきり言ってこのまま成長したら、俺の将来は暗い。
結婚どころか、女性とお付き合いすることすら一生不可能なんじゃないか。
小学生ながら、本気でそう思った。
「――思えば、アレがいけなかったんだろうな」
当時のつたない頭で、俺はどうすればモテるかを考えた。
出した結論は、「コミュ力は無理だから、スポーツで頑張ればいいんじゃね?」というものだった。
幸い近くに空手と柔道の道場があったので、そこに通うことにした。「強い男はモテる」と信じて……。
「……強くなったよ! 超強くなったけどマジでモテなかったんですけど!!」
ひたすら道場で汗を流し、腕を磨いた中学生時代の俺。
青春をすべて費やしたところで、それを周囲に見せる機会は皆無。
あたり前だ。空手や柔道が日常生活で役に立つことなんてない。
加えて、武道にばかりかまけて、勉強してこなかったツケが受験にまわってきた。
「明日から男子校かぁ……せめて共学校に行きたかった」
受験は失敗。第一志望の共学校に落ちてしまった。「まっ、ちょっと危険かな」とは思っていたのだが。
そして滑り止めに受けた文武別道 (※両道ではない)のむさ苦しい男子校へ行くことになってしまった。
「男子校になんか、行きたくねええええええ!」
魂の叫びが出た。船から見上げるような断崖を前にした黒衣の騎士だって、こんな叫びは出てこないだろう。
『じゃじゃーん、そんなあなたに朗報です!』
頭上から声が聞こえた。
「えっ、だれ?」
『はい、通りすがりの女神で、白穂といいます。あなたはいま、男子校に行きたくない、女性に超モテたいと思っていませんか?』
「思ってるもなにも、いまそう叫んだでしょ。というか、女神? それに……浮いてますね」
『そりゃ女神ですから、浮くくらい何でもありません。繰り返しますが、そんなあなたに朗報です! 女性にモテモテの人と、人生を交換してみませんか?』
織姫のような格好の自称女神が、天井付近に浮いている。なかなかシュールな光景だが、それより気になるワードがあった。
「モテモテの人と、人生を交換する?」
『そうです。わたしの超お気に入りの男子がですね、モテモテの人生は嫌だ。女性にモテない人生を送りたいと言うのです。それはもう、必死に祈ってくるのです。お気に入りの男の子がですよ? そんなに祈られたら、なんとかしてあげたいじゃないですか! ですから、人生の入れ替わりをしてくれる人を探しているのです』
なにそのうらやまけしからん境遇は……だが待てよ。それって裏とか、罠があるんじゃ?
焦っては駄目だ。残り時間が少ないときほど冷静にと、習ったではないか。
「あの、女性にモテモテ……というのは非常に心惹かれる話ですが、たとえば本人や周囲に問題があるんじゃないですか? 病気や借金、もしくは家族環境が最悪とか」
うまい話には裏があるものだ。
とくに初対面の相手にそんなおいしい話を持ってくる場合、十中八九、落とし穴があるはず。
『いえいえ、人生を交換するのは、これから共学校へ通う健康健全な15歳のイケメン男子ですよ。家庭環境は普通ですし、借金どころか金持ちの部類ですね。近所の評判もよく、本人、家族、周囲と問題は何一つ見当たりません。とにかく人生を交換したら、あなたはモテモテです。ただし……』
「ただし?」
『その人はですね、女性から好かれること……いえ、周囲に女性がいることすら不快に感じています。これは心の問題ですので、どうしようもありません。ですからあなたの身体に入れ替わったあとは、生涯独身を貫くことになるでしょう』
「なるほど……」
女性恐怖症みたいなものか。だが、モテる環境そのものが不快だと!? 中三にして体重百キロオーバー、ゲジ眉に四角い顔の俺からしたら、なんとも贅沢な悩みだ。
だがこの身体は、童貞を貫くには最高の環境だぞ。
なにしろ女が寄ってこない。保証できる。言ってて悲しくなってくるが、事実だ。
『それにですね、双方の記憶を保持できますから、入れ替わったあとの生活にも困りません。それとしばらくは、わたしがサポートできます。これはお得ですよ!!』
たしかにお得な話だ。このままだと大学に行ける頭もないし、就職先はこのガタイを生かして警察か警備会社が妥当だ。
ブサイクの範疇から1ミリも出ない俺が結婚できるかといえば、かなり微妙だ。
これから通う男子校で、女子との出会いは皆無。
社会に出てから、少ない出会いをモノにする甲斐性は……うん、ないな。結婚できる気がしない。
「家のことは兄がいるからいいとして……もし俺が入れ替わりを承諾しなかったらどうします?」
『別の方、それも心の底からモテたいと考えている方に、この話をもっていきますね』
なるほど。入れ替わる相手は、俺でなくてもいいようだ。
俺自身、この身体に愛着はある。だが、女神の話も魅力的だ。
モテたい。ものすごくモテたい。
これまでだって、仲良くする男女をどれだけ羨ましく眺めたことか。
一緒に下校するカップルを早足で追い抜かし、道場へ直行する悲しさといったら……嗚呼、思い出したら、涙が出てきた。
そもそも俺は、モテたくて格闘技を始めたのだ。
強くなればモテると考えてのめり込んだが、本末転倒だった。
ガタイばかり立派になっても、これっぽっちもモテやしない。
そんな思考をしていると、女神が『どうします?』と迫ってきた。
「その人物とチェンジすると、モテるようになる?」
『モテます! それは女神が保証します。高スペックの健康体にイケメンの容姿。それに周囲も羨む家庭環境。モテない要素がありません!』
「相手は俺の身体を使って、何をするの?」
『それは分かりませんが、わたしが気に入った子ですよ。悪い子ではありません。きっとあなたの身体のスペックを存分に活用してくれることでしょう。ただし、一生童貞です』
「一生童貞か……それはまあ、入れ替わらなくても結果が……いや、考えるのはよそう」
人生八十年としたら、残りは六十五年。
非モテ街道まっしぐらの俺が生まれ変われる機会は、この瞬間しかない。幸運の女神には前髪しかないのは有名な話だ。
『おっ、決めたって顔をしてますね』
「ええ、決めました。入れ替わりをお願いします。俺をモテ人生に変えてください! 多少不便なことがあっても、気合いと根性で乗り切ってみせます!」
『その言葉を待っていましたっ!!』
どこぞの闇外科医のようなことを言って、女神は俺の頭に手を置いた。
ヒュンとする感覚を最後に、俺は意識を手放した。
女神さん、いきなりすぎやしませんかね?




