175 写真到着
善は急げということで、担任の一瀬早苗先生に「奉活のカタログ見せてください」と言いに行ったら、ものすごく変な顔をされた。
普通は散々催促されてから、嫌々来るらしい。
脇目も振らずに特区外の分厚いカタログを見ていたら、担任はさらに顔を歪めた。
「東京と神奈川以外は少ないですね」
「そりゃ……もしかして宗谷くん、いま見ているの栃木県のページなのだけど」
声が震えている。
「……あー、ないか」
鬼怒川の『上月旅館』はカタログに載っていなかった。
「ちなみに聞くけど……何をしているのかな?」
「なにって、温泉を探してるんですけど」
「温泉?」
担任は首を傾げている。温泉だけじゃ、通じないだろうか。
「奉活で温泉に行きたいんですよ。ちょうど関谷さんの親戚が温泉旅館を経営しているらしいので、そこにしようかと思ったんですけど、載ってないんですよね」
タウンページと同じで、これの登録は無料だったはずだ。
載っていないということは、申請していないのだろう。
「ここに名前がない場合、奉活先に指定できないですよね?」
「管理番号がないから無理ね」
「そうですか。ちなみにここに載せるには、何が必要なんです?」
「この学校もやっているけど、申請書類の提出で、簡単な審査があるわ。一度だけ現場を訪れて施設を確認するの。トイレが二箇所ない場合、結構大変だって聞いたことがあるわ」
女性用トイレしかない場合、一つを男性が使う日だけ貸し切りにするらしい。
奉活の日にトイレを男女共用にするのは不可。
男性が用を足している間に誰かが来たら大変なことになる。
そういうこともあって、一度現場を見て審査する必要があるようだ。
ただし審査は一度すればそれでよく、施設の変更などがあった場合、変更届を提出する。
視察の必要が生じる場合は、再度チェックが入る仕様になっているようだ。
「そうなんですね。他には?」
「税金をちゃんと納めているかを確認されるわね。ペーパーカンパニーみたいに名前だけで、実態がないと困るでしょう?」
「それは重要ですね」
「あと、奉活担当責任者を決めて、年に一回、講習会参加が義務づけられているわ」
参加費は2500円とそれほど高くない。だが、地方だと東京に出てくるだけ大変だという。
「なんか登録するだけで大変そうですね」
「男性を呼ぶのだし、それくらい普通ではないかしら」
そんなものだろうか。なんにせよ、カタログに載っていないのなら、仕方がない。
とりあえず奉活先の決定は保留にして、教室に戻った。
関谷さんがチラチラ見てきたので、「残念だけど、載ってなかったよ」と教えるとまた「はうわぁ」と崩れ落ちていった。
やっぱり、足腰に難があるんじゃなかろうか。
家に帰ると荷物が届いていた。中身はアルバムだ。
「この前の写真か」
姉と中央駅に行ったとき、写真館で撮影したやつだ。コスプレ写真ともいう。
「へえ……なかなかよく撮れているな」
ページをめくると、まず目に飛び込んできたのが真っ赤なドレス。姉が着ていたものだ。
明治時代を思わせる鹿鳴館の建物が背景となっている。
背景はスクリーンの映像だったはずだが、こうして写真でみると、まったく違和感がない。
この世界の技術はすごいものだ。
俺は隣で、将軍服姿。正直、姉の派手さには負ける。
しかも姉は、まるで花が咲くような笑顔を浮かべている。
この笑顔。よほどドレスの写真がお気に召したようだ。
他のページには城をバックに殿様とお姫様の写真があった。
人気の時代劇ドラマがあるらしく、それを模した衣装だとか。
時代劇の撮影っぽい雰囲気が出ているが、衣装はそれなりに金のかかったものなのだろう。ちゃちなイメージはあまりない。
ペアの写真と個人の写真がうまく散りばめられていて、一冊のアルバムにうまくまとめられている。
「たしかページ数によって値段が違うんだったよな」
現代風の写真もあった。シャツに薄手のジャケットを羽織った俺が、クールに流し目を決めている。
姉はお嬢様然としたワンピース姿。現実とはありえない写真だからこそ、いいのかもしれない。
撮影代とアルバム代はすべて姉が出したので、いくらかかったのか知らない。
だが、このアルバム……三冊も必要か?
「まったく同じものが三冊……閲覧、保存、布教用? まさかな」
どこかで聞いたことのある台詞が頭をよぎった。
というわけで夕方、姉が学校から帰ってきたので、聞いてみた。
「私とタケくん。それから、萌ちゃんたち用よ」
「なるほど」
それぞれ一冊と、萌ちゃんと咲ちゃんたち家族に渡すわけか。
自分の写真を渡すなんてどんなナルシストだよと思ったが、実際に渡してみると、ものすごく喜ばれたので、これはこれで有りなのかもしれない。
これはもしかしたら、萌ちゃんたちを連れて、写真館に行ってもいいかもしれない。
ちなみに母はうらやましそうにみていたが、毎日顔を合わせている息子の写真をもらって嬉しいのか?
「ねえ、タケちゃん。もしかして芸能界に入ろうとか、思ってる?」
母にそんなことを聞かれた。
なるほど、これまでの活動を見ていたら、そう考えるのも不思議ではないかもしれない。
「いや、そのつもりはないよ。自分の好きにできそうもないし。実はそれほど興味がないんだよね」
バラエティ番組に出て愛嬌を振りまくのはどこか違う気がする。
かといって、俳優になって演技するのもどうなのか。
ありのままの自分が出せればいいが、そんな仕事ばかりではない。
自分の時間も減るだろうし、正直、芸能界に魅力を感じないのだ。




