001 高校生になる俺の日常
「ねえ、宗谷くん。もうすぐ初めての奉活なんだよね。なんか、宗谷くんが特区外の奉活を選んでいたって聞いたんだけど……」
少しだけ甘ったるい声で話しかけてきたのは、同じクラスの八幡朱実さん。
特区内に住むかなりいいとこのお嬢様らしく、普段から彼女の周りに自然と人が集まっている。
「そうだけど、なんで知ってるの?」
すると教室の後ろから「やっぱりそうなの?」とか「ええっ? あの噂って本当だったんだ」「またしても特区外なの?」「宗谷くんって、もしかして勇者!?」という声が聞こえてくる。
奉仕先を決めたのは昨日のこと。噂として流れるのが早すぎるが、これはまあ、仕方ないこと。
それより大事なことがある。俺は教室を見回したが、案の定、班員の姿はどこにもいない。
それぞれが、どこかで足止めを食らっているのだろう。
フォーメーションに不慣れな特区外とはいえ、うまくスキを作り出したものだ。
教室にいる女子全員が俺に注目している。いや……唯一、篠志穂さんだけは、「興味ありません」とでもいう風に本を読んでいる。
ちなみにいま八幡さんとの会話に出てきた奉活という言葉だが、これは『男性奉仕活動』の略称で、俺のような共学校の男子生徒が、会社や女子校などに出かけていって激励したり、対話したり、一緒に食事したりすることをいう。
刑務所に芸人が慰問に行くらしいが、それと似たようなものと思ってほしい。
この世界は男女比がぶっこわれていて、男性はかなり稀少な存在だったりする。
しかもその稀少な男性はみな、特区の中に住んでいる。
特区外では、未確認動物ほどではないが、都市伝説として語られる程度には、珍しい。
そんな場所へ俺が出かけていくのだから、八幡さんや周囲の女子生徒の反応も当然かもしれない。
だが、特区外では社員の士気向上のためにも、自社へ訪問してもらうのが経営者の切なる望みだったりする。
そんな喉から血を吐かんばかりの欲求を国が制度化したのが『男性奉仕活動』、いわゆる奉活である……らしい。
事実、奉活を希望するのは、特区内よりも特区外の方が圧倒的に多い。
「あのね。昨日、職員室で宗谷くんが分厚い資料から選んでいたのを見た人がいて……ご、ごめんね。み、みんな聞きたがっていたから……不快にさせてしまったら、あの……」
俺が考え込んでいると、八幡さんの顔色が青くなっていった。
「いや、ぜんぜん構わないよ。別に隠すことでもないし。でも、あれを見られてたんだね。やっぱり資料の厚さで分かっちゃうか。まあ……俺が特区外の奉活を選んだのは事実だよ。初めての奉活だから、勝手が分からないし、今回は三ヶ所ほど回ることにしたんだ」
「ええっ? 三つも!?」
八幡さんは、もともと大きな目をさらに見開いている。驚きすぎじゃないか?
「うん。今月表彰される清掃業者と、母さんの会社と取り引きがある運送会社、それにちょっと興味があったんで、特区外の女子校を選んでみた感じかな」
――ガタッ
何人かの女子が一斉に椅子から立ち上がった。フラッシュモブの練習かな。
「そ、宗谷くん……じょ、女子校も行くの? だって特区外だよ?」
八幡さんは相当動揺しているのか、小声で「なぜ、なぜ? わたしたちは」とつぶやいている。
「特区内の女子校は、なんとなく予想がつくからね。外を選んだのは……怖いもの見たさ?」
そう言って笑うと、八幡さんは「信じられない」という顔をした。
生まれてこのかた、特区内からほとんど出たことがない八幡さんからしたら、人外魔境に出かけるようなものなのかもしれない。それはさすがに言い過ぎか。
けれどこのクラスの半数は、特区外から通ってきているのだ。八幡さんは、あまり不必要なことを言わない方がいいと思う。
この八幡さんとの会話に何度も出てくる『特区』だが、これは男性が優先的に住める地域のことで、正式名称は『男性特別居住区域』。もっとも、こんな長ったらしい言い方は書類の中でしかお目にかかれない。
特区には男性とその家族の他に、八幡さんの家族のように、特別に選ばれた女性たちも住んでいる。
特区内に住めるのは一種のステータスだが、税金その他でかなりの負担を強いられることになる。特区に住み続けるのは大変なのだ。
そもそも住める条件が厳しいし、希望したからといって、おいそれと住めるものではない。また、住んだら住んだで、維持していくのが大変。
住みたいけど住めない。住めないけど住みたい。それが特区なのだ。
八幡さんはショックのあまり、ヨロヨロとした足取りで席へ戻っていった。
「……ふう」
八幡さんとの会話を終えて一息つくと、隣の席の久能淳がねぎらうような、それでいて同情するような目を向けてきた。
「大変だね」
「クラスの女子に注目されるのは慣れているよ。それより淳だって、十六歳の誕生日がきたら、奉活に行くんだぞ」
「……そうだよね。憂鬱だなあ。でも僕は特区内だけにするよ。外に出てトラウマを植え付けられたら嫌だし」
美少年顔の淳だが、愁いをおびた表情もよく似合っている。
「そこまで外を怖がる必要もないと思うけどな……まあ、徐々に慣れていけばいいさ。さしあたりは、特区外から来た女子と普通にしゃべることからかな?」
俺がからかうようにいうと、淳は「あの鼻息荒い人たちの前に立つのはまだ無理」と首を横に振った。
淳の言いたいこともわかる。
男性に免疫のない女子生徒の中には、緊張のあまり過呼吸を起こす者もいる。そこまでいかなくとも、鼻息が荒くなったり、鼻血が出たり、目が充血したりするのはよく見られる光景である。
「こっちから声をかけると、感極まって泣き出しちゃう子もいるからな。しばらくは俺が淳の避雷針になるから、何かあったら俺に丸投げしていいぞ」
「うん、いつもありがとう」
淳は、女子には決して見せない無防備な笑顔を俺に向けた。周囲から「うっ、鼻血が」とか、「尊い」「あの笑顔、いただきました」という言葉が聞こえてくる。
「でもさ、いくら嘆いても世界は変わらないだろ? だったらいまを受け入れて、楽しく過ごそうぜ」
淳の肩を抱き寄せると、周りから「キャーッ!」と黄色い声が上がった。もちろんわざとやったのだ。
いくら嘆いても、世界は変わらないというのは嘘だ。なにしろ俺は、その世界が変わった体現者なのだから。
俺はこの男女比がぶっ壊れた世界ではなく、男女が同数だった世界から、女神に請われてやってきた。
「淳、俺は本当に、ここに来て良かったよ」
しみじみとそう言うと、淳が「そんなに共学校が良かった?」と聞いてきた。
俺は曖昧に頷きつつ、ここへ来ることになった経緯を思い返した。




