ヤンデレ×ヤンデレ、ファイッ!
北方に位置する皇国の外交官僚ニコライが、赴任先である南国の令嬢カルメンにプロポーズをしたのは彼が任期を終えて祖国へと帰る少し前のことである。
故郷に比べて大らかで開放的な女性が多い中、物静かで伏し目がちなカルメンはニコライにとっての癒しであった。
そう伝えるとカルメンは、
「あなたの知る私の口数の少なさは、失言をしないように、との臆病さからくるものです。気持ちが盛り上がれば、きっとうるさくなりますよ」
と困ったように笑う。伏し目がちになるのは陽光の眩しさに弱いだけだとも付け足しながら。
けれどもそんなことを言われたってニコライは盛り上がっちゃっているんである。
臆病? 思慮深いの間違いでは? 陽光の眩しさ? 北国ならギラギラの太陽を拝もうったってそうはいかない。俺の国に来ちゃいなよ! ってなものである。
何と言ってもニコライはカルメンのお顔が好きだった。できることなら一日中眺めていたいくらい好きだった。
だからニコライはカルメンを連れて帰国したい。そのためにはまず彼女から色好い返事をもらわなければ、と気合いを入れたところであっさりと承諾された。
えっ、いいの本当に? ハラショー!
カルメンの血縁者は年の離れた兄だけだという。
二人はカルメンの兄夫婦に挨拶を済ませると、陸路と海路を使い二ヶ月ほどかけて皇国への途をたどる。
いくつもの国境をまたぐこともあり、寄り道をしなくてもそれだけの期間が必要なのだ。
これが一人の旅路ならば、しかも失恋後であったならばどれだけのつらさであったのか。少し想像しただけでもゾッとしたニコライだったが、現実は愛しいカルメンとの二人旅。目に入るものすべてが素晴らしい。宿で出てきた、欠けた皿に横たわる鰊ですら輝いて見えた。味はイマイチだったのが残念だ。
そんなニコライの道中の楽しみの一つがカルメンとの会話だった。
空を見ては語り、海を見ては語り、花を見ては語り、お互いの鼻を見ても語り。ちなみにカルメンはニコライの鼻の高さが絶妙で好きだと言ってくれた。褒められたニコライの鼻が少し高くなってしまったけれど、これも落ち着けば元に戻るだろう。今は浮かれニコライになっていても許してほしい。
二人は皇国へは港から入国することにしている。
旅の最後は客船で、ニコライは頑張って一等客室のチケットを用意した。後から二等客室の方が揺れが少ないことを思い出し、初めて船旅をするカルメンにはどちらが良かったのだろうか!? と慌てたけれど、幸いにしてカルメンは船酔いはほとんどしない性質のようだった。
「おーい港が見えて来たぞー!」
甲板から大きな声がした。
客船の前方に見えるのは、皇国最大の港湾都市。
そこには色とりどりで独特の尖塔を持つ建物や、巨大な円柱型の記念碑などが立ち並ぶ。
船首甲板に集まった人々に混じり遠くの街並みに目をこらすカルメンと、それを眺めるニコライ。
「あれがあなたの故郷ね?」
「気に入りそう?」
「ふふ、まだあんなに遠くに見えてるだけなのに分かるものじゃないわ。でも」
横に立つニコライの耳元に口を寄せ、囁くようにカルメンは続けた。
「大好きになりたいと思ってます」
うわあ……!
ニコライは鳩尾の奥あたりから湧き出るゾクゾクするものを幸せな気持ちで味わった。
これからはこの国で彼女と暮らしていくのだ。
故郷の景色が目の前に広がることで、対比させるようにニコライは南国を思い出す。
乾いた空気に陰影のはっきりした景色。石と赤いレンガの街並み。雲のない空の下に一面の向日葵。皇国にはないものばかり。
カルメンが、来たことのない国に身を移す覚悟はいかばかりだったのか。
南国に赴任していた頃、彼女がニコライを憎からず想ってくれていることは知っていた。
けれどもなぜ自分について来てくれたのか、決め手は何だったのか、ふと気になったので聞いてみる。
「知らない国に行くのも良いかと思って」
浮かれニコライは愛ゆえにという返事を期待していたが、返って来た言葉は思い描いていたものとは異なっていた。
海風に黒髪をなびかせ前方を見やる彼女の横顔が眩しい。
ここでニコライの心に微かな不安が芽吹く。新しい世界を求める性質があるならば、いつか彼女は自分の元を離れていってしまうのではないか。
帰国後ほどなくして、ニコライとカルメンの婚礼の儀は宮殿内の礼拝堂で行われた。
これは国外での任務を無事全うしたニコライへの褒賞で、皇族のために作られた場所に招待客として身を置くことのできる誉に参列者たちは喜んだ。
自然、異国からやってきた花嫁に好感を持って接することとなり、いらぬ心配をしたニコライがカルメンに張り付くことになったり。勿論、それがなくてもカルメンの隣を離れるつもりはニコライにはなかったけれど。
だってこの日の彼の心の中は、
この人が! この美しい女性が! カルメンが! 俺の花嫁なんですよー!!!
……と、幸せの絶叫のしっ放しだったのだから。
とはいえこれでもニコライは出来る男なのである。内心がどうあれ心の叫びは外には漏れていない。はず。
そうして美しい花嫁カルメンと出来る花婿ニコライは温かな祝福の元、婚儀を終えた。
二人が帰るのは宮殿からほど近い場所にある一軒家。
ニコライは職務の功績による一代貴族となり、小さいながらも屋敷を与えられたので独立した若夫婦として新生活を送ることになったのである。
さて、そして夜である。初夜である。
ニコライは紳士なので、南国にいる時から皇国へやって来てここに至るまで、カルメンに対して口付け以上のことはしていない。紳士なので。紳士なので。
緊張しながら寝室の扉を開けたニコライは、窓際で庭を眺めるカルメンに目を奪われた。
「ニコライ」
満月を明日に控えた月の光は微笑むカルメンの輪郭を淡く浮かび上がらせ、神秘的な一枚の絵画のよう。
この人が俺の。
この時、ニコライはカルメンが自分の伴侶となったことをはっきりと実感した。日中、荘厳な礼拝堂で誓いをたてられた神様の立場について議論の余地が生まれた気もするが、今ようやく。
ニコライは大きな歩幅で部屋を横切り窓際まで近づくと、たおやかなカルメンの手をとった。
「カルメン」
口元に手を持ち上げ指先に口付け、次に両手でカルメンの頬を包み口付けを交わす。何度か繰り返す内に酩酊感がニコライを襲う。
「ようやく……君が手に入った気がする。このまま君が逃げられないように閉じ込めてしまえたらいいのに」
言いながら頰にあった手はカルメンの首筋へと移った。カルメンは微かに首を傾げる。
「なぜ私が逃げるなんて話になるの?」
「君がすごく魅力的だから……今日だって俺との結婚式だっていうのにどれだけの人が君に魅きつけられていたと思うの。奪われてしまう前に君の足の自由を奪ってしまおうか」
そこまで聞いてカルメンの目が輝いた。
「素敵!」
「えっ」
「あなたそういうタイプの愛情表現をする人だったのね!」
「えっ?」
カルメンは己の首にかかったニコライの手を外して握りしめると、勢いよくぶんぶんと上下に振り回す。
「その気持ち、分かる分かります好きな相手は自分のものだって実感が欲しいし奪われたくない絶対に! あなたは私のもの、私はあなたのもの。その確信を持って生涯を送りたいって願うのは自然なことよねニコライ! やっぱりあなたって素敵な人ね」
こんなに一気に喋るカルメンを見るのは初めてで、ニコライは「あ、ありがとう……?」としか言えない。
カルメンは感情の昂りを胸に抱きしめるように両手を組み合わせると、滔々と口から言葉を溢れさせていく。
「ああ、生まれてこのかた自分の愛し方が重すぎるんじゃないかと悩んでいたけれど思い切ってあなたについて来て本当に良かった……! 故郷で大っぴらにするには周りに同意を得られそうな人はいないし、いつも誰かをどのくらい好きになってもいいのか分からなかったけれど、国元を離れて私のことを知らない人ばかりの場所なら少しくらい嗜好をにじませたっていいんじゃないかしらと期待していたの」
「う、うん?」
「それでねニコライ」
両手の指先を口の前で合わせてカルメンはニコライを見上げた。
「ウッ」
あざとい上目遣い……!
ニコライはふらつきながら胸を押さえる。
今目の前でにぎやかに喋るカルメンは、好きになった時の物静かな彼女とはかけ離れているのにどうしたわけかこの彼女もたまらなく可愛く見えるから困る。……いや困らないか!
こころもちモジモジしながらカルメンは言葉を続ける。
「あのね、あなたは好きな人と離れたくなくて閉じ込めちゃう系の愛し方をするみたいだけれど私も好きな人とは片時も離れたくないの、というか愛する人とはひとつになりたいの」
「ひとつに」
もはやニコライはタジタジである。
寝室でひとつになりたいと言われて艶っぽい話のはずなのに、なぜだか背筋がヒヤリとしてニコライはカルメンから一歩退いた。
カルメンはにこりと笑う。
「あなたの一部を食べさせてちょうだい。そうすればあなたは私とひとつになって、ずっと一緒にいられるわ。全部が欲しいなんて言わない、一部でいいの。ねえ、どこだったら許してくれる?」
食べやすそうなのは……、と呟きながら向けられた視線の先が自分の足の間だったことに恐怖を感じてニコライはもう一歩後退った。情けないけれど、小さく「ヒェッ」と悲鳴が出てしまったが仕方がない。股間大事。
「ニコライ、あなたは私のことを好きでしょう?」
「ああ、好きだ、愛している」
「あなたが安心するなら私の足の自由はあげる。腱を切るとかそういうことでしょう? だから……ね?」
首を傾げながらカルメンは紅い唇で蠱惑的な弧を描く。「ね」に込められた意味が重い。
ニコライはニコライで「なるほど交換条件……!」なんてつぶやき始めた。
二人はお互いに手の届かない距離を保ちながら少しずつ室内を移動する。
隙を見せるとやられるのではないか、しかし自分も襲いかかりたい。そんな心理が二人の両手を肩あたりの高さまで上げさせ、そして視線は決して互いの目から外さない。
その様子はさながら威嚇し合うコアリクイのようである。
じり……じり……。
彼と彼女の初夜はこうして更けていったのだった。
結局ニコライは髪の毛の先で許してもらいました。カルメンの足は無事です。




