今回の婚約破棄は私が仕込みました。
「コーラル・フレデイン!俺は貴様との婚約を破棄する!!!!」
はあ、なんて残念な語彙力。まあ、端的でわかりやすいし、その不愉快な声をこれ以上聞かなくて済むからいいけど。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」機械的な声で言う。
「何でおまえはそんな興味がなさそうなんだ!」
だって興味ないもの。あなたのことなんて私の脳に一ミリも記録されてないわ。名前も忘れたわよ。
「いつもそうだがおまえは可愛げが全くない!それに比べてクレアは可愛らしい。干からびた元婚約者と違ってな!」
「はあ?コーラル様が干からびている?何をおっしゃっていますの、王太子殿下!コーラル様のお姿はまごうことなき天使のようでしょう!その翡翠色の澄んだ瞳!雪のように白い肌!流れるような銀髪に——」もうやめてよ。なんの恥辱プレイだ。
「何を言う、おまえは確か——」なんて残念な記憶力。婚約者の名前を忘れた私が言えることじゃないけどね☆
「カモミール・プレイシス様ですわ、殿下。それより、話を逸らさないでくれません?なぜ婚約破棄なのです?」馬鹿っていうのはすぐ話を逸らすんだから。「それは性根の腐ったおまえごときがこの国の国母になるなどあり得ないからだ!」
「と言いますと?」
「俺と親しくしているという理由でこのクレアを虐めたからであろう!」そう言って馬鹿男、失礼、王太子殿下は隣にいる令嬢を愛しげに見つめる。
うげっ、吐きそう。キモチワルイ。
「具体的には?」
「わ、私!教科書をコーラル様にビリビリに破かれましたっ」元凶来たー。
「コーラル様がそんな事する訳ありませんわ」確信を持って言い放つ少々キツイ顔立ちの令嬢はガーネット様だ。
やっぱクレア様へのうらみは少なからずあるんだわ。まあ、ふつーに考えてあの子ほどうざいのもなかなかいないわよね。
『私がちょっと男の人に好かれてるからって辛くあたるのは間違ってます…!』
『男の子は皆さんみたいにお高く纏った人は好きじゃないんです。私みたいに愛嬌がないと…』
自意識過剰な人間って本当にこの世にいるのね。知らなかったわ。ってそうじゃなくて!
「で、でも!私の教科書はビリビリで…きっとコーラル様がやったのです!」
なんとまあ。証拠がないのによくそんなことを言えたものね。
「証拠は?なぜそんなことを私がしたというの?」「おまえがクレアに嫉妬したからだろう!俺がおまえに興味がないから!」いやいや、あなたのことなんて興味ないわ。一ミリも。
「御言葉ですが、殿下。はっきり言って私はあなたに微塵もの好意も興味も抱いたことがないのです。名前だって分かりませんわ!」
「な、何を言うか!おま、おまえ!――」また話が脱線しそうだわ。
「証拠は?あるのですか?」
「ああ、ある!」別の声が聞こえて来ましたわ。この声はエルヴァイアス様ね。
インテリメガネ風イケメン、エルヴァイアス様のごとーじょー。
一言申すとすれば、その靴の音、うるさい。もう少し静かな奴に変えなさい。
「防犯用の水晶におまえの姿が映っていた!おまえは2年B組の教室に向かっている。クレアの教科書がある教室だ。反論はあるか!コーラル・フレデイン!」
「大有りですわ。よくそんなに曖昧なことを…。2年B組の隣は図書室でございましょう?わたくしは図書室に向かっていたのです。図書室の水晶を確認してもらえば分かりますわ。まだ何かありますの?」ため息混じりに問う。
「ああ、ある!」第3の敵、とうじょう。ケルアレン様ね。あの厳つい感じのイケメン。
「「ケルアレン様!」」ガーネット様の悲鳴とクレア様のワクワク声が重なる。
そうそう、ケルアレン様はガーネット様の婚約者だっけ。ガーネット様が慌ててケルアレン様を引っ張る。「やめてくださいまし。そんな女、庇わないでください!その女、あと何人の男に通じているか――」
「うるさい!あっちにいけ、このお高く纏った気味の悪い女め!」
きもいのはおまえのほうだろ。ガーネット様が放心状態じゃない!地獄に落ちろ、このゴリラ。
カモミール様がフォローに入ってくれたわ、できる女は違うわね!
「で?とっとと言ってくれます?わたくしこんな茶番に付き合っている暇はないのですよ」わたくしは忙しいのです。お喋りしている時間なんてありませんわ。「ちゃ、茶番!?」
「し、失礼な!」本当のことでしょう?
「せ、先週、クレアがあなたに水をかけられたと!」「それだけですか?目撃者は?」
「クレアだ!」
「当事者以外ですわ」
「そ、それは…」
「水ならかけられてもドレスに染みはつきませんから、自作自演にはもってこいですわね」
「お、おまえはクレアがやったと言っているのか!」「だってわたくしはその時カモミール様とガーネット様とお茶会に参加していましたもの」
「ほ、他にもある!」第4の声の登場。
「クレアはおまえにひどいことを言われたと言っていた!それにおまえは他の令嬢にかけあってクレアを仲間はずれにした!あとは――」
「黙りなさい。あと何個くだらないことを言う気なのです?証拠もないことをペラペラといつまでもしゃべって…もう飽きましたわ」急に調子が変わった私を見て王太子達は目をキョロキョロさせる。その様子を見て私はため息をつく。
そして声高らかに言う。「メレニアハーバー帝国の第一皇女、コーラル・メレニアハーバーの名においてウェルズディアム国王太子を廃嫡とし、第2王子のフリージア・ウェルズディアムを王太子とする!なお、廃嫡された王太子は国外追放。ならびに、元王太子を誑かした罪で男爵令嬢クレアも追放とする!これでこの件は終了します。何か不満があれば今この場で言うこと。」ぜーはー。結構肺活量いるわね。
「ちょ、ちょっと待った!おまえは誰なんだ!?」「わたくしはコーラル・メレニアハーバー。メレニアハーバー帝国の第一皇女です。この国に身分を隠して留学にきていましたの。で、あとは?」
「おまえに殿下を断罪する権利はない!」「ありますわ。これをご覧になって?」そう言ってこの国の王の署名入りの紙を見せる。
『わたくし、セバル・ド・ウェルズディアムは王太子ロナルド・ウェルズディアムを廃嫡し、国外追放とすることを認める。また、今回の婚約は無効とする』「ね?」私は意味有りげに笑う。
「まだ信じられないようでしたらあなたも一緒に国外追放、させてあげますわよ?」私は元王太子とクレア達に向かって優雅にお辞儀をして見せる。
「では皆様ご機嫌よう」
「おい待て!貴様!覚えてろよ!」奇声が聞こえたが、私は足取り軽くその場を後にする。
「本当にありがとう、3人共!一生感謝するわ。おぞましい運命から逃れられたんですもの!」私は王太子の婚約者だった時には考えられないほどの柔らかい笑みを浮かべる。
「全く。何で死刑にしなかったんです、コーラル。あいつの絶望的な顔が見たかったのですけど」そう言い放ったのはどこか見覚えのあるインテリメガネ風イケメン。その端正な顔に不快・不満を浮かべている。「まあエル。そんなこと言わないでよ。あの男は今までずっと贅の限りを尽くしてきたんだからいきなり市民として生活なんて出来ないわ。すぐ飢死するわよ」
「それに餓死が一番辛いだろ、死に方の中では」そう言ってニヤリと笑うのはフリージア。つまり、今の王太子である。
「…できればあのクソには目の前で苦しみながら死んで欲しかったのだが」ボソッと呟くのはこの国の王女がどんなに頑張っても堕とせなかった公爵令息、エアリアル。
「まあ、エアリアル!なんてことを言うの!あの面を見ただけで吐き気がするのよ?もう2度と見たくないわ!」
エアリアルと話していると、エルヴァイアスとフリージアの笑う声がする。
「それにしてもコーラルの計画は完璧だったな!まずエルヴァイアスがあのクソと豚女をくっつけて」
「その後はエアリアルが豚女の悪評を流しまくり、」「俺が豚女の自尊心を煽って」
「最後にコーラルが逆断罪!」
「いや〜あれは一生ものの思い出だな!というか、エルヴァイアス本当はあの豚女に手を出したんじゃないのか?」
「僕は本当に本当にあの女には手を出してないですから!本当ですから!」
「ほんとか?演技にしてはよくでき――」
「あのムカつく声を聴くと吐き気がするんですよ!香水臭いし、馴れ馴れしいし――」
「もうやめてやってくださいよ、フリージア殿下。エルヴァイアスが我らの姫にぞっこんなのは承知でしょう」エアリアル、我らの姫って…。
「エルヴァイアスだけじゃないだろう?俺ら全員そうだろうが」あのですね。さらっと言わないでください、そんなことを。
「で、結局誰を婚約者に選ぶんです?」エルがギラギラした目で見つめてくる。
「コーラル。君が言ったんだよね?王太子と婚約破棄してから考えるって」
「誰にするんだ?これ以上は待たせるなよ」美形による三段攻撃…尊い。そして身の危険を感じる。
「げ」令嬢らしからぬ声が出た。
「ちょーっと待って欲しいかな?」
「「「コーラル!!!」」」
「ひぃ!ごめんなさい」
「あの後あなた達はピーピーギャーギャーうるさかったのよね」男児2人の母となった私は、夫・エアリアルと懐かしい思い出を話していた。
「そんなこともあったな、懐かしい。」エアリアルは目を細めて笑っていた。笑いの余韻が消え、部屋がゆったりとした静けさに包まれる。
「コーラル、愛している」唐突に発せられた愛の言葉に少し驚き、嬉しくなる。
「私もよ、愛しいエアリアル」そう言ってエアリアルに抱きつくと、エアリアルはちょっと目を見開いてから抱きしめ返してくれた。優しい温もりが伝わってきて落ち着く。
「そういえば、エルヴァイアスとカモミールさんの娘さんが5歳になるから、誕生日パーティーに参加して欲しいとエルヴァイアスが言っていた。」
「何をあげれば喜ぶのかしら。うちは男の子だけだから分からないわね」
「そうだな。女の子もそのうち欲しいからコーラルには頑張ってもらわないと」
そんな会話をしているうちに少し眠たくなってくる。欠伸を噛み殺す私の髪をエアリアルはそっと撫でてくれる。
「おやすみ、コーラル」
愛する夫に子供、大切な友人に囲まれて私は幸せ者だわ。夢へと落ちていく私は、そんなことを思った。
〜END〜