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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第四章 転生者の物語

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レトニス・トレイル

 恐らく、多分。そう思っていたが予想が当たった。


 キャラスティは真っ暗な闇に浮かんだ扉の前に座り込み、「出て来て」と向こう側に声を掛け続ける。けれど何度声を掛けても、ノックをしても「嫌だ」と返ってくるだけ。

 その声は泣いているのか掠れているようだった。


「ここを出たらキャラが居なくなっちゃう」


 夢の中でも閉じ籠るレトニスに「そんなことはないよ」と言いたいのに言えない。

 だってそれは「ある意味」真実だから。


「顔が見えないのは寂しいよ?」

「俺だってキャラの顔が見たい。触れたい⋯⋯」


 カタンと扉が鳴った。

 レトニスが扉に寄りかかったのだろう。キャラスティも扉に背中を付けて座る。

 レトニスが閉じ籠る度にいつもこうしていた。背中合わせで励ましたり興味を持つようなことを話したり。中々出てこないレトニスを待つ間、眠くなってしまった事もある。あの時は静かになった扉の前に不安になったのかレトニスがいつの間にか出てきてキャラスティとリリックの間で寝ていた。

 大人になった自分達はもうあんな事は出来ないだろう。なんだかとても懐かしい。


「⋯⋯約束」

「約束?」

「お嫁さんになってくれる⋯⋯約束した」

「それは⋯⋯」


──僕、二人を「お嫁さん」にするっ。ずっと一緒に居る!──

──お嫁さんに、なって、くれるの? 約束してくれる?──


 キャラスティ、リリック、レトニス。幼馴染の三人が幼い頃交わした幼い約束。

 大人になるに連れて意味が変わった「好き」の感情。

 キャラスティが目を閉じれば瞼の裏にレトニスの笑顔が浮かぶ。いつからか芽生えたこの感情は恋情と呼ぶものだった。

 自覚した時はとても驚いたものだ。まさか自分にこんな感情が生まれるなんて思いもしなかった。だから戸惑った。苦しかった。どうしたら良いかわからなかった。


 でも、レトニスが王都の学園に通い始めて暫くして「僕」から「俺」と言うようになって理解した。

 僕と言っていた彼は「レト兄様」だった。俺と言う彼は「レトニス様」なのだと。

 だから感情に蓋をし、「なかった事」にしたのだ。

 そこに「前世」の記憶を見るようになりその拒絶に恐怖して距離を取るように⋯⋯そのまま離れて忘れられるように。

 なのに彼はいつもそばに居てくれた。いつでも手を差し伸べてくれた。そして好きだと言ってくれた。嬉しいと思ってしまう自分が浅ましくて恥ずかしい。それでも嬉しかったのだ。

 レトニスに望まれる事は幸せだ。だからこそレトニスには幸せになって貰いたい。


『ふふ、なあんだ分かってんじゃん。あんたじゃ幸せに出来ないの。私だけが幸せに出来るの。さっさと絶望しなさいよ』


 彼女の声が嘲笑う。

 姿は見えないのに耳元で囁く彼女の悪意。

 でもどうして何故か前のように刺さらない。


『あんたが居なくなればレトニス様は幸せになれるんだよ? レトニス様だけでなく、アレクス様も初恋だなんてバカバカしい事言わなかったし? テラード様が努力なんて無駄な事求めなかったし? ユルゲン様は叶いもしない夢なんて持たなかったし? シリル様が悪夢に悩まなかったし? 全部あんたが関わったから苦しんでるんじゃない。ふふ、あんたって悪役どころか「災厄」ね』


 楽し気に笑う彼女の声にキャラスティは小さく息を吐く。

 

 生きていれば、人と関わっていれば、思い通りにならない気持ちを常に抱えるものだ。思いも、悩みも、苦しみも。多くの人がそれらの気持ちに折り合いを付けている。

 それを彼女は知らない。知る由もない。知ろうともしていない。人の不幸を笑い、自分の思い通りにならない事は他人のせいにして攻撃する。


 彼女は「前世」から何一つ変わっていないのだ。


『しんじゃえ』


 ぬるりと首に絡み付く暗闇の触手。それに構わずキャラスティは扉へ語りかける。

 彼女に言われなくても分かっている。分かっていたからレトニスと離れようとしたのだから。だから絶望なんてしない。


「レトは私が居ない方が幸せになれる、早く消えなくちゃって。レトには幸せになって欲しいから、離れなきゃいけないんだって私ずっとそう思っていたの」

「なんて事言うの!? こんなにキャラが好きだって伝えているのに!? 何も伝わってないの!? まさか⋯⋯全く? どうして!? どうしたら伝わるの!?」


 驚愕と絶望。悲しさともどかしさ。唖然と呆然。複雑な感情が混ざり合った表情でレトニスは勢いよく扉を開けるとキャラスティの首に絡まる触手をむしり取りそのまま抱きついた。


「やっと出てき──くきゅっ」

「俺はキャラが好き! 大好き! 愛している! 何よりも! 子供の頃からずっとキャラが大切なんだ! 分かってよ! そばに居てよ! キャラが居なければ⋯⋯俺は幸せになれないんだ!」

「ありがとうレト⋯⋯好きになってくれて」


 ぎゅうぎゅうに締め付けるレトニスの背に腕を回しキャラスティも彼を抱きしめ返す。

 そして呟く「ごめんね」。「居なくならない約束」は出来ないのだ。


『レトニス様! レトニス様は付き纏わられていたの! 幸せは私が持っているの! 悪役が好きだなんておかしいだろ! 消えろ! 消えろ! 悪役のお前は死ね!』

「⋯⋯煩い。消えるのは君だよ」


 すっと目を細めたレトニスが暗闇を睨んだ。

 それは「ゲーム」でキャラスティとリリックを断罪するレトニスの視線。


『なんで! なんで私に向けるんだよ! それは悪役に──』


「煩いって言ったよ何度も言わせないでくれ。それに、品がないのは嫌いだ。俺の幸せはキャラがいる事。キャラが俺のお嫁さんになる事。俺はキャラに冷たい視線を向けられてもそっけなくされても嬉しい。キャラの全てに悦びを感じるんだ。蟻を眺める背中、石を集める手付き、蝉の抜け殻を摘む指先、花を綺麗だと言う表情、可愛かった。ちょっとご機嫌斜めの時は微かに唇が尖るんだ。可愛いだろ? そうそう、キャラは照れると鼻の頭がほんのり紅くなるんだ。うん、可愛いよね。それから新しい服を着た時なんかクルクル回ってね、その裾から脚が覗いたりしてさ、それが可愛いくてどうにかしたくなる。我慢してるけど。後、キャラは気にしてるみたいだけどほど良いんだよ。え? 何がって? それは──」

「レト! それ以上はやめて!」


 暗闇にポンポンとキャラスティ成長期が思い出が浮かびキャラスティは頬を引き攣らせる。これ以上は危険だ。少しずつ成長する思い出と言うよりこのままではレトニスの性癖にジャストミートしたキャラスティを描かれてしまう。

 現にチラリと浮かんだトルソーを抱き枕にしているレトニスにキャラスティと声の彼女は一瞬息を飲んだ。


『キ⋯⋯モ⋯⋯なに、え、何コレ! マジかよ⋯⋯っうわぁぁ』


 闇がレトニスの語りに反応するようにぶわりと膨らみ、バンっと弾けた。


 ⋯⋯彼女の最後の声は明らかに引いたものだった。


──だよね⋯⋯あんなのを見せられたら普通はショック受けるよね⋯⋯。


 一方的に語られ、居た堪れないものを見せられた彼女を気の毒に思う事はないけれど。


「まだキャラの良い所、沢山あるのに」

「良い所⋯⋯そう⋯⋯」


 レトニスの言う良い所とは恐らくキャラスティの知っている「人の良い所」の意味とは違っている。

 レトニスは「好きな人の全てが良い所」というタイプなのだろう。キャラスティは彼の愛情の深さに感謝しつつ、もうちょっと普通の愛情表現をしてくれないかと苦笑する。


「ねえ、キャラ。俺の幸せを願ってくれるなら⋯⋯そばに居て。キャラは相手の幸せの為に引くことが最善だと言うけれど、俺の幸せはキャラが居る事。キャラを幸せにする事が俺の幸せなんだ。俺を⋯⋯好きだと言ってくれるなら居なくなるなんて言わないで」


 眉を寄せた笑顔。そんな顔をさせたいのではないのに。


「私は──」

「俺はキャラを離さないよ」


 ぎゅっと抱きしめられる腕の力強さにキャラスティは目を閉じる。

 彼の気持ちに応えたいと思う反面、応えてはいけないとも思ってしまう。


「でも⋯⋯」

「でもも、だっても、もう禁止」


 レトニスはキャラスティの唇に指を押し当てるとにっこりと微笑む。


「身分の言い訳も無しだよ」


 レトニスの身体が緑を帯びた光に包まれ始めた。

 目覚めの時間だ。


「キャラ、手を出して」


 レトニスの手の温かさに包まれる。大きくて少し固くて、自分とは違う男性の手。

 けれど子供の頃と同じく優しいレトニスの温もり。

 「開いて」と囁くレトニスに倣って両手を開くと「種」がコロンと転がった。


「一緒に砕こう」


 ぎゅっと握られた二人の手の中で「種」は砕け、指の間からサラサラと溢れて消えた。

 それはまるで二人の間に在った何かを浄化するかのよう。


「これまで一緒に居たけれど話していない事が沢山あるよ。だから⋯⋯目覚めたら、沢山話そう。俺の事、キャラの事。約束」

「⋯⋯うん。レト⋯⋯あのね」

「ん?」


 光が一層強くなる。

 キャラスティは顔を上げレトニスを見つめた。


「私はレトが、好き」

「うん。知ってる」


 その完璧な容姿に隠されたあまりにもあんまりなレトニスが好き。

 嬉しそうに「今度こそ」と頬に手を添えたレトニスの影が落ち始めキャラスティは瞳を閉じた。

 けれどそれが触れる直前レトニスの姿は光に溶けてしまった。


「えっちょっと、また!?」


 溶ける瞬間、残念そうなレトニスの声が響き、キャラスティはお互い間が悪い運命だと笑った。


「運命、か」


 レトニスが消えた緑色の光が降り注ぐ空間にキャラスティはポツリと零す。決めたのに「未練はないか」と聞かれたら揺らいでしまうだろう。

 ランゼを止められるのは、止めなくてはならないのはキャラスティだけなのに。


──キャラスティ──


 呼ばれた気がして振り向けば辺りは「いつもの庭」へと景色を変えていた。


──キャラスティ──


 今度はハッキリと。

 キャラスティはもう一度呼ばれて当たりを窺いふと、ガゼボに視線を止めた。


「初めましてでいいのかな?」

「貴女は⋯⋯」


 そこに居たのは黒髪に真っ白なドレス姿の人物が。彼女はキャラスティの記憶にある人物。

 もう一人の自分。

 どこもかしこも自分とは似ていない。けれどその魂は同じだと感じる。


「サクラギさん⋯⋯」


 サクラギは小さく頷き微笑んだ。



 レトニスの額に浮かんでいた最後の「種」が砕けた。黒い靄に意思があるとしたら慌てるかのように勢いよく噴き上げ、これまでにない速さで逃げて行った。

 

「レトニス様⋯⋯貴方一体⋯⋯」


 夢の世界で何があったのか、何をしたのか。執着とも言えるキャラスティへの強い想い。どんなにランゼが入り込もうとしても彼の心からキャラスティが完全に消える事は無かったのだから分かる気がするけれど、悔しそうな表情を浮かべたレトニスの寝顔にカレンは苦笑する。しかし、これで全員の「種」が取り除かれたのだ。

 外は白ずみ始め、あと少しで日の出の時間。間に合ったとカレンは安堵する。


「⋯⋯んん⋯⋯」


 うめき声を零しながら彼らが目覚め始める。

 固い床に寝ていたせいか凝り固まった身体を起こした彼らの眠そうな瞳。

 それは朝が訪れる度に「種」の開花によって曇らされたものではなく、光を宿した澄んだ瞳。


 彼らは「種」から解放されたのだ。


「おはようございます。皆さま」


 カレンの笑顔に彼らは「おはよう」と確かに答えてくれた。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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