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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第四章 転生者の物語

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ユルゲン・ベクトラ

 ヒラヒラと舞い落ちてくる無数の紙。

 一枚、拾い上げ見ればそこに描かれているのはドレスのデザインだ。


 もしかして⋯⋯全てにデザイン画が描かれているのだろうか。手を伸ばしまた一枚掴む。

 今度は普段着のデザインが描かれていた。


 視界を埋め尽くした紙の吹雪。それらが渦を巻き道を作るように開いた先、「いつもの中庭」に楽しそうにペンを走らせる一人の男性が現れた。


──あれは、ユルゲン様。


 熱心に参考にしている本と手元を何度も見比べ納得の行くものが描けたのだろうかペンを置いたユルゲンはそれを掲げて満足気にニンマリとすると荷物を鞄へ乱雑に片付けて「いつもの中庭」を走り出て行った。


「僕、たまにここで服飾のデザインをしていたんだ」


 ニコニコとした笑顔で走り去る自身を見送るユルゲンが隣に現れた。

 フワリと微かに裁縫道具や新品の生地の匂いがキャラスティの鼻をくすぐり何となく懐かしくなる。

 

「出来たデザインはアルバートさんに見てもらっていたんだよ」


 アルバートはキャラスティの叔父。彼は王都の中通りで洋品店を営んでいる。なかなかの人気店なのだと知ったのは最近の事だ。

 ユルゲンはその叔父の店へと通い弟子のような事をしているらしい。


 景色が茶色と黒を基調としたアルバートの店へと変わる。


 デザインを広げ楽しそうに語り合うアルバートとユルゲン。キャラスティは二人の姿が少し羨ましいと目を細めた。


「僕は南の侯爵になる。けれど、夢を持っちゃいけない訳じゃないんだよね⋯⋯そう思わせてくれたのは、キャラちゃんだよ?」


 紙の吹雪が再び景色を変える。

 それはキャラスティがランゼの悪意に飲まれ、どうして上手く躱す事ができないのか、なぜ自分はいつも上手く行かないのかと膝を抱えたあの日の景色。生徒会棟の一室でキャラスティとユルゲンが向かい合っている景色に変わる。

 あの時、服飾の仕事をしたいというユルゲンの夢を聞いた。


 ユルゲンは南を統括するベクトラ侯爵家を継ぐ者。

 彼は個人的な夢は諦めなくてはならないと覚悟を決めていたのに、余計な迷いを与えてしまったと俯き気味になったキャラスティの頬をツンツンと指先で突きながらユルゲンは楽しそうに頬を緩めた。


「あの日、君に夢を話して、やっぱり諦められないんだって分かったんだ。侯爵を継ぐ、夢を叶える。どちらか一つだけを選んでも僕は後悔する。だったら、両方叶えれば良いって」

「そんな⋯⋯わざわざ苦労するような⋯⋯私が選ばせたのですか?」

「んー? キャラちゃんが選ばせたのではなく、僕が選んだんだよ」


 ユルゲンはそう言うと人差し指を立ててクルリと回して見せた。すると再び景色が変わり今度は白を基調とし、所々に橙色の花があしらわれたワンピースを大事そうに手にしたユルゲンの姿が浮かんだ。


「あのワンピースは、姉様が初めて作ったものなんだ」


 嫁いで行くユルゲンの姉、彼女が「夢」を諦め貴族の務めを果たすと置いていったワンピース。

 そのワンピースには自分で作った服を着て自由に生きたいというユルゲンの姉の心が縫い込まれている。


 それを大切に持ち続けていながらもユルゲンは自分も「夢」を諦めようとしていたのだ。

 なのに引き留めてしまったと眉を寄せるキャラスティに「どう言ったら伝わるかな」と笑うユルゲンを見てキャラスティは何とも言えない気持ちになった。


「キャラちゃんとレトニスと三人で街へ出た日、まあ⋯⋯嫌な事あったけど⋯⋯僕は楽しかった。キャラちゃんと出会えたのは幸運だって思ったんだよ。だって、キャラちゃんがアルバート洋品店に連れて行ってくれた。僕の夢がそこにあったんだもん」

「でも、ユルゲン様は侯爵になる立場です」

「なるよ。僕は侯爵になる。けれど諦めない。そしてワンピースを必ず姉様に返すんだ」


 窮屈な侯爵の名を継ぎながらも「夢」を諦めなかったと姉に示したいのだとユルゲンは真剣な眼差しを姉のワンピースへと向ける。


 それは陽気で気分屋の「ユルゲン」という周りの人達が求める姿で守る本当の「ユルゲン」の姿。本来の彼はとても意志が強いのだ。


 だから彼の言葉には力がある。


「応援します。ユルゲン様の夢」

「えー? 応援だけ? 僕の「夢」はキャラちゃんにも助けてもらわなきゃ叶わないんだよ? 逃がさないからねえ」

「ええぇぇ⋯⋯さっきは、私が選ばせた訳じゃないって言ったじゃないですか」

「選んだのは僕。叶える為の手段がキャラちゃんだよ」


 ニカリと笑うユルゲンにキャラスティも「手段って」と吹き出して笑う。

 

「ユルゲン様の望みは、「夢」を持ち続ける事なんですね」


 意志の強い望み。それをユルゲンが持ち続けているのなら「記憶の種」を取り除ける。

 キャラスティはユルゲンを見つめ、そして首を傾げた。


──あれ? 目覚めない?


 シリルが望みを願った時、シリルの目覚めを感じたのにユルゲンからそれを感じられない。


「望み? 「夢」は諦めないよ。けど、望みじゃないかな」

『そんなくだらない夢はユルゲン様の望みじゃない!』


 キョトンとしたユルゲンが「ぼくの望みは──」と口を開く前にまたしても「彼女の声」が響いた。


『ユルゲン様は明るくて天真爛漫でノリが良いの! ユルゲン様と同じ可愛い女の子、私が望みなのよ!』

「あのさあ、夢でまで「僕」を押し付けないでよ。折角キャラちゃんが出てくれた良い夢だったのに」


 払うようにヒラヒラと手を揺らしながらユルゲンは見えない何かに不機嫌な鋭い視線を向けた。


『悪役と見る夢が幸せなはずがない! 私の祝福がなければユルゲン様は幸せになれないの! ユルゲン様は私が好きなの! 根暗なあんたじゃない! 邪魔すんじゃねえよ! 悪役は悪役らしく破滅しろ!』

「悪夢を見せているのは誰? お前には僕を幸せにできないよ⋯⋯僕と、姉様の「夢」を笑ったお前には」


 悪意の罵倒を睨む普段の笑顔が外されたユルゲンの表情は次期侯爵なのだと思わせる厳しくも凛々しいもの。

 キャラスティを庇うように立つユルゲンがふいっと振り返り真剣な表情のままその手を取り穏やかな声色で宣言する。


「僕の望みは、僕が作った服をキャラちゃんに着てもらう事」


 その宣言に、パキンと割れる音。同時に橙色の紙吹雪が「声」を追い払うように舞う。


 紙吹雪が舞う度にユルゲンの描いたデザイン達がポンポンと飛び出した。

 フワフワのフリルが妖精の羽のようなショートドレス。スリットが入った妖艶なロングドレス。繊細に流れるレースが神秘的なブラウス。活動的ながらも可愛らしいツーピース。大人びたスマートなワンピース。

 次々と現れるそれらにキャラスティは目を丸くする。ユルゲンはその一枚を手に取り愛おしそうに撫ぜ、キャラスティに差し出した。


 戸惑うキャラスティにユルゲンがニッコリ笑って促すと、キャラスティの服は差し出されたワンピースへと変わる。

 ユルゲンがクルリと指を回せば姿見が出現し、キャラスティは鏡の中の自分に驚いた。


 鏡の中にはくすみピンクのパフスリーブワンピースを着たキャラスティが驚きの表情を浮かべ何度も目を瞬かせていた。

 それはキャラスティが自分には似合わないと避けていたデザインと色。けれど、くすみを乗せたピンクは甘くなりすぎるパフスリーブを落ち着かせ、スクエアに開いた胸元は大人っぽく魅せている⋯⋯我ながら凄く、似合っていた。


「うん! 絶対キャラちゃんに似合うと思ってた」

「凄いです! ユルゲン様⋯⋯こういうの、着てみたかった」

「ふふっ。キャラちゃんの為にデザインしたんだから似合って当然だよ」


 興奮気味のキャラスティにユルゲンは満足げに微笑んだ。


「これは⋯⋯夢だから。だから、本物のキャラちゃんに僕が作った服を着てもらいたい⋯⋯これが僕の望み」


 照れ臭そうな笑顔を浮かべるユルゲン。その姿がゆっくりと薄れていく。


「ねえ、キャラちゃん。僕と君。似てるね」

「ユルゲン様は賑やかで明るい方ですが⋯⋯本当は静かな時間が好きなんですよね?」

「当たり」


 キャラスティとユルゲン。共に貴族社会を窮屈に感じながらも全てを捨てるほど潔くはない。だから自分を守る為に「貴族」の自分を演じ続けるのだ。


 ユルゲンの描いたデザイン達がふわりと浮かび舞い始めた。

 あれは姉を想って描いたもの。こっちのは母親。その隣に立つのは父親。

 アレクス、シリル、テラード、ブラント、レトニス。それにエミール。

 リリック、ベヨネッタ、レイヤー。フレイとアメリア。

 ユルゲンの描くデザインは全て誰かを想って描いている。いつか形にしてあげたい。きっと似合う。


 見上げたユルゲンが小さく息を吐く。そろそろ目覚めの時だ。


「ああ、残念だなあ。時間切れだ。夢が覚める」


 もう少し夢の世界に居たいと名残惜し気に言うユルゲンにキャラスティは「お目覚めを待っています」とその手を差し出した。

 キャラスティの手を握ったユルゲンは穏やかに笑う。


「ねえ、キャラちゃん。このワンピース。絶対に仕上げてみせる。だから、僕のワンピースを着た君に会わせて欲しいな」

「楽しみにしてます」


 辺り一面が陽の光のような暖かい橙色の光に包まれる。「また後でね」ユルゲンの声がその光に溶けるように響いた。


 キャラスティはユルゲンの手を握っていた手の平に転がる「種」をもう一度握り締める。

 シリルの「種」、ユルゲンの「種」。二つ目の「種」。

 枯葉が砕けるように「種」は手の平を溢れ消滅した。



 ユルゲンの額に浮かんでいた「種」が割れ、黒い霧が窓から逃げてゆく。

 シリルとユルゲン。二人の頬に生気が戻って来た。


 カレンは二つ目の「種」が消滅した事に安堵しながらも鏡に映った黒髪の少女を想っていた。

 

「マーナリア様⋯⋯」


 あの少女は、尊敬してやまない聖女マーナリアだ。

 そしてカレンに湧き上がった感情。それはとても懐かしく、愛おしく。優しい気持ち。


 カレンには「聖女」の力が宿っている。理由なんかないと思っていた。けれど今ははっきりとその理由を理解している。


「私は⋯⋯マーナリア様の生まれ変わり⋯⋯なのね」


 マーナリアが「女神」と崇めた「サクラギ」。それがキャラスティなのだ。マーナリアだった頃の記憶は当然ながらカレンには無いが、感情は「女神」への憧れよりも強い親しみを思い出した。

 それから⋯⋯と、カレンはテラードの側に膝を付いた。

 記憶はない。しかし、彼もマーナリアにとって大切な人だと理解している。


「お兄さん。この世界でもお兄さんはお姉さんの幸せを願っているのね」


 ならばカレンも願う。サクラギの幸せ、キャラスティの幸せを。


「お兄さん。お姉さんが迎えに来たんだよ」


 早く目覚めて。「種」に負けないで。

 カレンはそっとテラードの手を取りそう、祈った。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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