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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第四章 転生者の物語

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『閑話』 キャラスティの成人祝い

レオネルと出会うちょっと前の時間軸。

 姿見鏡に映るのは誰なのだろうか。


 鏡の中には緩く編み上げた紫紺色の髪を黄金の花で飾り、藤色の生地に金色でレースを捺染したエンパイアラインドレスをまとう女性の姿。ドレスを良く見れば所々に縫い込まれたエメラルドがキラキラと輝いている。

 ふいっと鏡の中の女性が微かに首を傾げると遊び毛から覗いたその耳元には大振りのサンストーンのイヤリングが揺れ、大きく開いた胸元にはガーネットが付いた金のネックレスが光り、左腕にサファイアが付いた金の腕輪、右手首にはアイオライトが付いた金のブレスレットが輝いた。


 ⋯⋯随分と豪華に着飾っている。一見まとまりが無さそうなくらい宝石が使われているがそのどれもが金をベースにしているおかげか宝石同士が喧嘩する事はなく、ただ、ただ、ひたすらに豪華だ。


 そんな豪華な装いに見開かれた瞳はどこかあどけなさを残しつつほのかに艶っぽい。


「⋯⋯誰?」


 思わず出た言葉に準備をしてくれた侍女達から笑いが起きた。


「姉様とても綺麗です!」

「ありがとうマーティン。皆さんもありがとうございます」


 せっかく綺麗にしてもらったのだ、慎重にゆっくりと振り返りお礼を言うとひと仕事完璧に終えた彼女達は満足感からだろう「ほぅ⋯⋯」と息を吐いた後「お綺麗です」と微笑んだ。


「さあ、姉様お手をどうぞ」

「はい。よろしくお願いします。小さな紳士様」


 可愛らしい小さな紳士はエスコートの手を差し出し頬を赤くして「えへへ」と笑った。



 身内だけのお祝いのはずだったのに⋯⋯。


 確かに用意されたドレスと装飾品に少しばかり仰々しい感じはしていた。

 ジャスティンは引き攣りそうな頬をなんとか保たせながら笑顔を張り付け、カミーラは優雅に微笑みをたたえ、祖父母と大伯父は大張り切りでこの宴を取り仕切っている。

 

 ふと、視線を感じて周りをこっそり窺えば満足そうな彼らと視線が合いキャラスティは引き攣る頬を誤魔化して微笑み返した。



──招待したい方はいないの?──


 始まりはトレイル家がお祝いの席を作る場所を貸してくれる事となり、準備を指示していたカミーラの一言からだった。

 その一言にキャラスティは少し考えてからベヨネッタ、アメリアとフレイ、レイヤーとブラント、婚約者候補のエミールを招待した。

 リリックは家族同然として初めから席が用意されている。

 

「ねえ、俺には?」


 招待状をベヨネッタ達に手渡したその日の帰り道。突然、不貞腐れたレトニスにつめよられたのだ。


「レトは、身内みたいなものでしょう?リリーにも渡していないもの」

「身内⋯⋯うん、そう。キャラと俺は家族だ。うん、分かってる。幸せな家族だ。子供だってそろそろ欲しいな⋯⋯でも、夫婦だけでも幸せだと思うんだ。記念日とか二人でお祝いしてさ⋯⋯だから! 俺も招待状が欲しい!」


 身内みたいなもの。そう言ったはずなのに、レトニスの中ではいつの間にか家族になり、子供が欲しいとまで言い出した。

 そんなレトニスを相変わらずだと思いながらも毎日のように妄想を語られると慣れるもので、暴走する妄想を聞き流す術を会得したキャラスティは差し出されたレトニスの手の平へ招待状をふわりと置いた。


「⋯⋯来てくれますか?」

「勿論だ! やったあああっ!」


 叫ぶレトニスに大袈裟だとキャラスティは吹き出した。

 

 しかし──話はそこで終わらなかった──のだ。


 翌日の昼、キャラスティはアレクスに呼ばれ、何かあったのかと生徒会室へ行けばそこは何故か椅子に縛り付けられたレトニスを尋問している修羅場だった。

 

「キャラちゃん酷いよお。何で僕を招待してくれないの?」


 ニコニコとしたユルゲンに今さっき入ってきた扉をパタリと後ろ手で閉められてキャラスティは後ずさった。


「友人を呼ばないとはキャラスティはソレントの雪山に住む氷姫の化身なのか?」


 氷が付く二つ名が似合うのはシリルの方ではないかとキャラスティはその冷気に肩を跳ねさせた。


「昔は二人でお祝いしたと言うのにねえ⋯⋯つれないです「先輩」」


 昔、と言っても姿形、時間軸が違う世界での事だ。「グンジ」の口調でレトニスを煽るテラードにキャラスティは乾いた笑いを溢した。


「キャラは俺が怖くない。と、言ってくれたのにな⋯⋯本当はまだ怖いのだろうか? だから、招待してくれないのだろうか」


 アレクスは眉を寄せて笑うような人だったか? キャラスティの中でアレクスの「王子」としての人物像がどんどん書き換えられている気がする。

 レトニスは元々おかしいが生徒会の彼らはこんな人達だっただろうかとジリジリと迫る彼らにキャラスティは追い詰められた。


──誕生日イベント──

条件:好感度「好き」状態。

イベント発生:ヒロインの誕生日が近付き、攻略対象者に招待状を渡す。

招待状をもらった攻略対象者からプレゼントを貰い、誕生日にそれを身に付けダンスを踊る。

ダンススチル取得。


 久しぶりによぎった「ゲーム」の記憶。今回も正確には誕生日ではないのに「シナリオ」はいまだに修正しようと抵抗するのか。

 でも、今はもう「ゲーム」は怖くない。キャラスティはイベントが発生する事、それはそれで仕方がないと今では思えるようになっているのだから逞しくなったものだ。


「えっと、つまり招待状をお渡しすればレトは解放されるのですか?」

「簡単に言うとね。まあこれはレトニスが俺達に自慢したのが悪いんだけど」

「今キャラちゃんはトレイル邸にいるんでしょ? なのにレトニスがお祝いの招待状貰ったって自慢するんだもん僕も欲しい!」

「聞けばシラバート伯とブラントは招待していると言うじゃないか。なのに俺が招待されていないのは何かの間違いだろう」

「俺達にこんな事をさせたんだ、キャラは俺達を招待すべきだと思うが?」


「お前らっ言ってる事がおかしいだろ!」


 ガタガタと椅子を揺らすレトニスの抗議虚しく四人の手の平が差し出され、キャラスティは「渡さなくていい!」と叫ぶレトニスの声に被せて「来ていただけますか」と招待状を渡した。

 お祝いは明日。忙しいアレクス達に招待状を渡しても急すぎる話だ来てもらう事は難しいだろう。それに、彼らの婚約者候補や上位爵位の貴族達がたかが子爵家の令嬢の成人を祝う席に来る事なんてあってはならないと止めるだろう。

 そうキャラスティは軽く考えたのだ。


「光栄だ」


 レトニスのように叫びはしなかったが、招待状を受け取った彼らは笑顔を輝かせた。



──そして、この状況だ──


 招待状を渡したその日の夜に彼らから贈り物と出席の返答が届けられた。

 エメラルドのドレスはレトニスから。サファイアの腕輪はエミール。アイオライトのブレスレットはシリル。ガーネットのネックレスはテラード。サンストーンのイヤリングはユルゲン。そして黄金の髪飾りはアレクスから。

 いつの間に用意していたのか示し合わせたと察せるその被りのない装飾の品々。届けられたそれらを前にしてカミーラは青ざめていたように見えたが、スッと視線を細め「負けられないわね⋯⋯」と呟きニヒルな笑みを浮かべたのだった。


 そうして仕上がった今日この日のキャラスティ。会心の出来だとカミーラはレトニス達を見回し得意気に口角をあげた。

 贈られた品でキャラスティを飾り彼らを満足させられたのだ。

 その表情はレトニス達に勝ったのだと勝利の笑みだ。

 時々見せるカミーラの可愛らしい意地。彼女の采配で別人のように綺麗になったキャラスティは娘の晴れ姿に感動で涙していたカミーラを思い出し、くすりとした。


「キャラあ。飲んでる?」

「レイヤー様、飲み過ぎです。あちらで休みましょう」

「そんな事ないわよおブラントったらあ心配しすぎい」

「ごめんキャラスティ、少し休ませてくるね」


 順調に少しずつ距離を縮めている二人。一見デコボコカップルに見えるがお似合いだと少しだけ羨ましく思いながらキャラスティは手元のグラスを口に運び続ける。

 このグラスで揺れているのはワイン。キャラスティが生まれた年のもので成人のお祝いで開けようとジャスティンが大切に熟成してくれていた18年もの。恐らく醸造された時は渋くて重かったのだろうが渋味の角が取れ香り高いまろやかなワインに熟成されて大変飲みやすい。


 そうなのだワインはワインでとても美味しい。しかし、キャラスティが飲みたいもの。「それ」はないのかと辺りを見回して其々が好きに談笑するテーブルの先、そこに目的の物を見つけた。


 目標発見! 周囲安全確保!


 頭の中で小さなキャラスティ達が慌ただしく動き出す。

 カミーラはアメリアとフレイと。祖母エリザベートはリリックとベヨネッタと談笑している。

 ふと、ジャスティンと祖父テリイを見れば驚いた表情の後テーブルの先に視線を向けてから苦笑いで頷いてくれた。


 いざ、行かん。


 キャラスティは静かに席を立ち、慎重に歩みを進める。

 興奮からだろうか指先が微かに震え、冬だと言うのに熱って少し暑い。

 もう少し。なんだか気分がふわふわとして人々の声が遠い。

 それにしてもテーブルはこんなに長かっただろうか。


 一歩一歩がやけに重い。やがて、やっと辿り着いた目的地。

 高鳴る胸を押さえて深呼吸したキャラスティは念願の「ビール」へと手を伸ばした。


「危ないっ」

「にゃっ!?」


 手を伸ばしたはず。なのに、ビールが遠くなりキャラスティは後ろに倒れそうになっていたのをレトニスに支えられた。


「やっぱり⋯⋯キャラ、飲み過ぎだ。身体、こんなに⋯⋯熱くなってるじゃないか⋯⋯」

「そんにゃことにゃいよ。ビールまらにょんれにゃいもん」

──そんな事ないよ。ビールまだ飲んでないもん──


 本人はそう言ったつもりだが呂律が正常に回っていない。

 キャラスティもレトニスと同じ。酔っていても顏に出ないタイプ。しかも、自分が酔っている事を自覚できないたちの悪い酔い方をする。にゃいにゃい言う以外はしれっとしているのだから危険だとレトニスは酔い覚ましに果実水を渡そうとするがキャラスティはイヤイヤをしながらそれを拒んだ。

 

「おや、キャラスティが珍しく可愛い素振りをしてるね」


 危険な人物の一人、エミールがキャラスティの手を取るとふにゃりとキャラスティが笑った。


「えみゅーるしゃま、れろがビールをのましぇてくれにゃいんれす」

──エミール様、レトがビールを飲ませてくれないんです──


「あれ? キャラ嬢もしかしてかなり⋯⋯酔ってる?」

「にゃいにゃいと猫のようだな」

「あはっ。なんか可愛いー」

「⋯⋯確かに、可愛い⋯⋯な」


 見かけはいつものキャラスティなのに。まだ何を言っているのか大体分かるが、どんどん呂律が悪化して行く。

 「きゃわいい? にゃいにゃい」──可愛い? ないない──と手をヒラヒラさせるキャラスティにエミールが「これは⋯⋯試されていますね」と零した言葉にレトニス達はお互いを警戒しながら同意する。


「とにかく! これ以上はダメだ。ふらふらしてる」

「しょんにゃことにゃいもんっ──ほりゃ!」

──そんな事ないもんっほら!──


 レトニスを押しのけてクルリと回った──つもりのキャラスティはとっとっと⋯⋯と後ろにたたらを踏んだ。


──トン⋯⋯カチャン──

「ね、らいにょうぶでしょ!」

──ね、大丈夫でしょ!──


 にこやかに両手を広げ、へらっと笑うキャラスティにふっと影が落ちた。「あちゃあ⋯⋯」リリックの呟きが聞こえた気がする。


「キャラスティ⋯⋯」

「あ、おばあしゃま。あり? グラスがらおりぇてましゅ」

──あ、お祖母様。あら? グラスが倒れてます──


 グラスを倒すとはいつも矍鑠としたエリザベートにしては迂闊ではないかとキャラスティは首を傾げる。


「⋯⋯これは、貴女が当たって来たからですよ⋯⋯」

「ごめんにゃしゃいっ」

──ごめんなさいっ──


 キャラスティは成人してまでも叱られてしまうと急いで謝罪するがエリザベートはヒラヒラと扇を揺らし、微笑みをたたえた。

 両親と祖父母が開いてくれた祝いの席だ。カミナリを落とさせ、落とされる。自分の行いで雰囲気を悪くしてしまう。身構えたキャラスティの頬を軽く撫でたエリザベートはニコリと笑った。


「ふふっ⋯⋯キャラスティ。折角の祝いの席。怒鳴りはしませんよ。貴女も成人したのですからね」

「おばあしゃま? っ! いひゃひゃひゃ」

──お祖母様? っ! いたたた──


 ぐにっと頬を摘まれたキャラスティが痛みに悲鳴を上げる。


「⋯⋯キャラスティ、貴女はお酒の飲み方を覚えるまで禁酒です。わたくしがしっかりきっちり教えましょう」

「そんにぁあっ」

──そんなあっ──

「残念だったなあキャラスティ。エリーは厳しいぞ。がははは」

「キャラスティは自分をもっと自覚しないとならないね。私もエリーも可愛い孫娘にお酒で失敗して欲しくはないのだよ」

「すぐ覚えるよ。そうしたら父様と一緒にお酒を楽しもうね」


 ラドルフの大笑いに釣られてテリイとジャスティンも声を上げて笑う。

 何か言ってくれ。泣きそうだ。キャラスティがどれだけ「ビール」を求めていたかを知るレトニスとテラード達は目元を紅くしたキャラスティに見上げられ、彼らは息を飲んだ。


「それ、反則⋯⋯」


 一言だけ発した彼らは視線を外し、キャラスティは誰も助けてくれない絶望に膝を付いた。


「レイヤー様。貴女様も。先程から拝見させていただいておりましたが少々、淑女らしからぬ飲まれ方でしたよ。セレイス公爵には話を通しますので一緒に学ばれてくださいませ」

「ふへえ!? 私も!? なんで!?」

「ウィズリ伯爵夫人、よろしくお願いします」

「ちょっと! ブラント! えっ? 本気? いやああ!」


 とばっちりだと悲鳴を上げるレイヤーに「勿論」だとエリザベートは久々に、しかも公爵家の令嬢に淑女教育が出来るとそれはもう楽しそうに嬉しそうに頷く。


「ほんにょ少しなら⋯⋯」

──本の少しなら⋯⋯──

「ダメです」


 せめて、一口、一口ビールを口にしたい。ダメ元で聞いてみてもスッパリと切り捨てられた。


「そんにゃー!」

──そんなー!──


 待って。やっと飲めると思ったのに⋯⋯。

 目の前から片付けられて行くビール瓶。


 去りゆくビール達がキャラスティに飲んで欲しいと言っている声が聞こえるのに⋯⋯伸ばされたキャラスティの縋る手は虚しく空を切った。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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