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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第四章 転生者の物語

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そっち!?

 フリーダ王国は信仰の国。


 フリーダの王族はその信仰の指導者であり守護者。

 その為、教会は独立した組織ではなく王家の従属として置かれ、司祭達は王の臣下となる。これにより、王政を取りながらも信仰を維持する事が出来ている。


 フリーダ王国の信仰の対象は自然。

 

 風の癒し、火の恵み、水の命、土の愛。フリーダ国民は生まれた時に、移民であれば国の国民となった時に風火水土いずれかの加護を受けるのだと言う。

 ただ、特別な力がその個人に宿るものではなくほんの小さな加護が得られるだけのあくまでも信仰上の決め事なのだそうだ。


 そして、その加護の最高峰に当たるのが「聖女」。

 聖女は国を癒やし、国に恵み、国に命を与え、国を愛する者。

 それは「聖女」マーナリアの教えから来ている。

 

 レオネルから教えられたフリーダ王国を思いながらキャラスティはそっと隣を窺う。

 緊張した面持ちでぎゅっと拳を握るレオネルがじっと見据えているのは自身の兄であり、フリーダ王国の王太子セルジークだ。

 キュッと結ばれた唇を微かに振るわせるレオネルの手をキャラスティが握れば泣き出しそうな表情で見上げられた。


「今晩は。この度は我が弟が世話になりました──私、レオネルが兄、セルジークと申します」

「キャラスティ・ラサークです」


 レオネルと同じ碧色の瞳を細めた美丈夫のボウ・アンド・スクレープにキャラスティもカーテシーを返す。

 「一曲願えますか」と差し出された手に一瞬息が止まるが努めて微笑みを作りキャラスティはその手を取った。


「光栄です」


 キャラスティは不安気なレオネルに「大丈夫」だと頷くとセルジークにエスコートされホールに進み出た。


 流石一国の王子様。セルジークはおぼつかないキャラスティのダンスを巧みにリードし、優雅に踊っているかのように魅せられる腕前だ。


──うう⋯⋯仕方ないでしょ⋯⋯そんな目しないでよ。


 ただ、クルリと回されるたびに視界に入るレトニスのジト目が気になるが我慢してもらいたい。

 それだけではない。アレクスとテラード達からも同じ様なジト目視線を向けられている気もする。

 何をやらかすのか心配なのだろうが隣国王太子の申し出をキャラスティが断れるはずがないだろう。

 

 そもそもキャラスティはこの場に来るつもりはなかったのだ。

 連日の「聖女特訓」で疲れているし、ベヨネッタやリリック、家族と今日の日を穏やかに過ごしたかった。

 だが、来賓としてフリーダ王国の王太子が来るとなり、「兄と会うのが怖い」と言うレオネルに一緒にいて欲しいと懇願されたのだ。


──レトには悪いことしちゃったかな。


 キャラスティのエスコートを巡ってレトニスは断固として自分がすると駄々をこねた。

 レオネルの側にいてあげたいとキャラスティが窘めてもレトニスは嫌だと泣き、喚き、クローゼットへ閉じ籠った。

 最終的にレトニスの祖父ラドルフとキャラスティの祖母エリザベートの「トレイル兄妹」に大きな雷を落とされた。

 結局、キャラスティはレトニスとレオネル。名前の似ている二人に両脇を挟まれたエスコートを受ける事で落ち着いたのだった。

 

「何か気になる事でも?」

「いえ、申し訳ありません。私ダンスが苦手でして、粗相をしてしまわないか⋯⋯不安で」

「大丈夫、私に委ねてください」


 レトニス達の視線に気付いているのかセルジークはグッとキャラスティの腰を引き寄せた。

 その行動に緊張が走り強ばりそうになるがキャラスティはそのままセルジークに身を委ね、なんとかセルジークの思惑を聞き出せないものかとその碧色の瞳を見上げて思案する。


 今日は「聖夜祭」。そして今は夜会の最中だ。

 二週間前、ハリアード王国特使としてフリーダ王国へ渡っていたエミールからの早馬が告げたのは帰還時一緒にフリーダ王国王太子セルジークが訪れるということだった。


 エミールはフリーダ王妃ハミルネとの面談でフリーダ王国を混乱させている少女はハリアード王国が追っている人物、ランゼだと確信したという。

 エミールがその少女の身柄を引き渡すように訴えるとハミルネ王妃はすぐさまその手配をしてくれた。

 しかし、いざ少女と面会となるとセルジーク達がそれを拒んだ。

 彼らはその少女はフリーダ王国の「聖女」である。そう告げ、いくら友好国であっても「聖女」を簡単に渡すわけには行かないと主張したのだった。

 エミールはここでフリーダ王国と揉める事は得策ではないと機会を窺う事にし、ハミルネ王妃も動いてくれたがその度にセルジーク達が立ちはだかった。


 こうなれば正式にハリアード王国からの要請とする為にエミールが仕方なしに一度ハリアード王国へ帰る事にするとセルジークが「弟を迎えに行く」と言い出した。


 その時、何と白々しいとエミールは思ったそうだ。

 レオネルがハミルネ王妃の書簡をハリアード王国へ運ぶ際に弟のその命を狙ったのでは無いかと。

 そしてエミールは思い至った。

 アレクス達はランゼによって操られていた。セルジーク達も同じように操られているのでは無いかと。


 ただ、アレクス達のように分かりやすい変化が見え無い。ハミルネ王妃が彼らは表面上普段となんら変わりないのに「聖女」が関わると雰囲気が変化する。セルジーク達は元々信心深くはあるが「聖女」に心酔する仕草が見られ「聖女」の言葉しか聞こえなくなるのだと言っていた。


 なるほどランゼは「言葉」でセルジーク達を操っている。そうエミールは推測した。


 セルジーク達はランゼから「言葉」を与えられ、きっかけが起こされた時、与えられた「言葉」を実行するのではないか。

 「レオネルの命を狙え」と「言葉」を与えられたセルジーク達は「レオネルがハリアード王国へ向かう」事がきっかけとなり、それを実行したのではないか。

 だとすればレオネルの命を狙ったのはセルジークの本心ではないという事にもなる。

 

 そんな不確かな「疑惑」を持つセルジークをハリアード王国へ迎えるのは危険だ。


 「ハリアード国王を狙え」と「言葉」を与えられていたら⋯⋯何がきっかけになるかわからない状況では対処のしようがないのだ。

 しかし、友好国であるフリーダ王国の王太子がハリアード王国へ来る事を拒めば外交問題になりかねない。


 そうして、エミールは苦渋の判断を下しセルジークと共にハリアード王国へ帰ってきた。


──「きっかけ」が何なのか分からない以上、慎重に行動してください──


 エミールの言葉を頭の中で反芻しながらキャラスティは分不相応な任を受けてしまったと苦い気分だ。


「改めて、レオネルが世話になりました。特に貴女には懐いているようですね」

「畏れ多い事です。少しでもレオネル殿下のお慰めになっていればよろしいのですが⋯⋯あっ、申し訳ありません」

「そのまま回ってください。受け止めます⋯⋯貴女は愛する弟が認めた女性だ。出会ったのが貴女で良かった」


 ステップを踏み外したキャラスティを受け止め、ふわりと笑うセルジークの笑顔に偽りを感じない。

 同時にキャラスティはランゼの力が「ブローチ」を使った時とは比にならないほど強くなったのだと見せつけられた気分になる。


 本当のセルジークは弟思いの良い兄なのだろう。


 そんな兄弟を引き裂いているランゼの「魔法」に無力なキャラスティがどこまで対抗できるのか。いや、何としても対抗しなくてはならないのだ。

 レイヤーは自己犠牲を許さないと語気を強めたがたとえ負けが決められた運命でもフリーダ兄弟の為にもレトニス達の為にも、この世界を大切に思うグンジの為にも。

 キャラスティとして「サクラギ」として抗わなくてはならないのだ。


──誰かの為だけじゃ無い。私の為にも。


 曲の終わりが近付く。クルクルと回されたキャラスティは回る視界で何処か苦しそうな碧色の瞳を見た。

 なんとか踊りきり歓声と拍手を受けながらセルジークから離れようとしたキャラスティはそのまま腕の中に引き寄せられた。


「レオネルを、頼みます」

「セルジーク様⋯⋯?」

「私は自身の身に何が起きているか分かっています。なのに抗えない不甲斐無さをお許しください。

そして⋯⋯申し訳ありません。私は貴女と踊るよう「言葉」を与えられた。きっかけは貴女とレオネルが「手を繋ぐ」です。「貴女と踊る」これこそが「聖女」の目的、次なる引き金が引かれてしまったのです」


 慎重に動けとあれだけエミールに言われていたのに。

 「手を繋ぐ」たったそれだけの事なのに。

 二重にも三重にも重ね付けられた「言葉」の鍵に「きっかけ」を与えてしまったのだと息を詰まらせたキャラスティにセルジークは弱々しく微笑むと今まで光を帯びていたその碧色が濁り始めた。


 邪悪な光を宿したセルジークの瞳にゾクリとキャラスティの背筋に痺れが走った。


「キャラ! セルジークから離れろ!」


 キャラスティを抱えたままアレクス達に振り返ったセルジークが口角を上げた。その表情は先程までの優しさが消え失せ、禍々しく歪んだ笑みが浮かんでいる。


 すっと右手を上げたセルジークがパチンと指を鳴らすと夜会の会場から全ての音が消え、全ての人の時間が停止した。


 国王、王妃、紳士に淑女、使用人⋯⋯誰もが石膏のように固まってしまっている。

 

「な、に⋯⋯これ」

『ほう、お前は動けるのか。なるほど「聖女」の言う通り邪魔な存在だな』

「ひっ⋯⋯」


 セルジークの手がキャラスティの首を捕らえた。


「キャラスティを放せえっ!」

「レ、オネル様⋯⋯危ない⋯⋯」

『子供に何が出来る』


 セルジークに体当たりしながらも簡単に突き飛ばされたレオネルは倒れ込んだ。

 何故レオネルが動けるのかゆっくりと首を傾げるセルジークの動作に恐怖が湧き上がる。


『ああ⋯⋯母上だな。美しい「聖女」が現れたのにいつまで「聖女」のつもりでいるのやら。年増の「聖女」には早々に引退してもらわねばならないなあ』


 痛みを耐えながら起き上がったレオネルの額には小さな花の紋様が浮かび上がりほのかな光がその身体を包む。それはハミルネ王妃の我が子を想う「庇護」の光だ。


「母上を侮辱するな!」

『貴様に用はない』 


 再び右手を上げたセルジークがパチンと指を鳴らした。


「セルジーク! キャラを放せ」

「レト!」


 彼らの時間が動き出し、駆け寄るレトニスにキャラスティは手を伸ばす。


 一度目は「ゲーム」のイベントで誘拐された。

 二度目は誘拐され、アイランドへ運ばれた。

 三度目は誘拐されるわけには行かない。


 キャラスティは渾身の力でセルジークを突き飛ばし、レオネルの手を取ってレトニスの元へと駆け出した。

 思ったよりも強い衝撃を受けたセルジークは蹈鞴を踏みながら今度は両手を掲げ高らかな笑いを上げた。


『くっくっ⋯⋯はははっ目的は君じゃ無いんだよ?』

「あっ⋯⋯!」


 パチンと弾かれた指の音にキャラスティとレトニスの間に火柱が上がった。


「キャラスティ! こっちだ」

「キャラちゃんこっち!」


 シリルとユルゲンの声に顔を上げると──パチン。

 二人の前に火柱が上がる。


 パチン。


「キャラ嬢! クソっなんだこれ」

「キャラ──っく!」


 テラードとアレクスの前にも火柱が上がり全方位を炎に囲まれたのだとキャラスティはレオネルを抱きしめ、立ちすくんだ。


 パチンパチン。セルジークが鳴らす指を弾く音。

 その音が鳴る度に火柱がキャラスティの行き先を阻む。


 否──火柱はキャラスティとレオネルを囲んだのでは無い。


『一人、二人⋯⋯これで全員だ』


 何本も立ち上がるセルジークの火柱が捕らえていたのは──レトニス達だ。


「兄上!」

『レオネル、お前も一緒に帰るか? コイツらを連れて行けばランゼもお前を許してくれるさ』

「何言ってんだよ! なんなんだよ兄上のこの力はっ⋯⋯」

『俺は火の加護を得てるだろ? ランゼが有効に使えるようにしてくれたんだ。流石、我が「聖女」だ。お前も土の加護を使えるようにしてもらえるぞ』


 押し笑いをするセルジークにレオネルは嫌悪の目を向ける。

 風火水土。フリーダの民はその国内でのみ加護の力を僅かばかり感じるようになる。傷が癒えやすいだとか、火が長く持つだとか⋯⋯それは本当に小さな加護だ。

 そして、その加護は国外へ出ると感じなくなるもの。

 それなのにセルジークはこのハリアード王国で加護の力を「使っている」。しかも強力な。

 これではまるで⋯⋯魔物ではないか。


 パチン。


 セルジークの指が鳴らされレトニス達を囲んでいた火柱が消え始めた。


「キャラスティ!」「キャラちゃん!」

「シリル様! ユルゲン様!」


 シリルとユルゲンが火柱と共に消える。


 パチン。


「キャラ嬢!」「キャラ!」

「テラード様! アレクス様!」


 同じく火柱に囲まれたテラードとアレクスが消えた。


「キャラ火傷するっ離れて!」

「レト! ダメっ! レト! レト!」


 レトニスを囲む火柱がその姿を消そうとする。

 キャラスティは火柱に手を伸ばし必死にその名前を叫んだ。


 パチン。


 その手がレトニスに触れようとした時、彼の姿は火柱と共に消え去った。


『あれ? なんでそんな顔しているのかな? 彼らは元々ランゼのモノだよ。だめだよ人のモノを盗ったら。俺がランゼに返しておくから──じゃあね、悪役さん』


 パチン。


 セルジークが自身に炎を纏い指を鳴らすと、ホールの時間が動き出した。


 パチン。


 最後に鳴らした指の音。

 セルジークは火柱ごと姿を消した。



 レオネルが何かを叫んでいる。

 エミールと王妃クレアが駆け寄ってくるのが見える。

 国王ダリオンが立ち上がり指示を出している。

 騎士達が慌ただしく行き来している。

 貴族達の騒めきが遠くに聞こえる。


「キャラスティ! 一体何が起きたのですか」

「この腕は⋯⋯何があったのです!?」

「エミール様、王妃殿下⋯⋯もうし、わけありま、せん」


 腕がヒリヒリと痛い。心が締め付けられて痛い。


 真っ赤になった右腕をダラリと下げながら俯いていたキャラスティは「自分のせいだ」とエミールに縋り付いた。


 ポタポタと雫が溢れる。怖かった。恐ろしかった。

 けれどもこの震えは恐怖ではない。キャラスティが初めて憎しみを抱いた事への震え。

 自分にこんな感情がある事を知りたくは無かった。

 

 何よりも、キャラスティは無力な自分が悔しくてたまらなかった。

 


 ハリアード王国聖夜祭。

 国の安寧を祝うこの日の夜。

 

 アレクス王子、次期四大侯爵達がフリーダ王国へと攫われた。



セルジーク得意技:指パッチン

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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