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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第四章 転生者の物語

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「ゲーム」と「現実」の答え合わせ

 レオネルがハリアードに来て二週間経った。


 フリーダ王国ハミルネ王妃の書状は無事ハリアード王国国王ダリオンへと渡され、事実確認の為に特使としてエミールがフリーダ王国へと向かった。


 危険が伴う旅だと言うのに心配するキャラスティに「お土産を楽しみにしていてください」と生き生きとした笑顔を見せ、エミールは王都を出立したのだった。

 

──そろそろエミール様はフリーダに着いた頃かな。


 曖昧になっているがキャラスティはエミールの婚約者候補だ。

 別の人を想っているのに候補でいるのは不誠実だと、キャラスティはレトニスを想っている事をエミールに伝えたが、彼は「良いのではないですか」と笑った。

 貴族社会ではよくある事。

 キャラスティがエミールを嫌いでなければ婚約者候補のままでいて欲しいと。彼はそう言った。

 

──良いのかなあ⋯⋯このままで。


 エミールの考えはよく分からない。でも、嫌いではないのは確かだ。


「姉様、姉様っ! これ食べて良いですか?」


 ぼんやりとしていたキャラスティはマーティンのパイを指す声にはっとした。

 

「マーティン。ゆっくり食べるのよ」

「姉様、ポロポロします」

「ほら、膝にナプキンを掛けておこうね」

 

 マーティンは一生懸命にパイを頬張るが膝にかけたナプキンにパイ生地が落ちるのを甲斐甲斐しくレトニスが払う。


 今日は「姉様の学園が見たいです」のおねだりに放課後、いつもの中庭にマーティンを連れて来た。

 そして何故か「マーティンが学園に行くなら自分も行く」と今は王宮に客人として保護されているレオネルもアレクスに連れられてやって来たのだ。


 小さなお客様はとても可愛らしいが、マーティンの手を引くレトニスと、レオネルの保護者然としたアレクスが何故か「父親」の表情をして火花を散らしたのには何の対抗意識だと笑いを誘った。

 

「マーティン、これはこうやって食べれば溢さないぞ」

「はい! レオネル様」

「マーティン、僕様の事はネルと呼べと言っただろう。お前は僕様の側近になるのだから」

「⋯⋯レオネル。マーティンは将来ハリアード国を支える一人だ勝手に臣下にしないで貰いたい」

「僕様は側近にすると決めたんだ。マーティン、お前はフリーダとハリアード、どちらを取るのだ。いや、僕様とアレクスのどちらを選ぶ?」

「マーティン、君は我が国に必要だ」


 レオネルとアレクスに詰め寄られたマーティンは表情をくしゃりと歪めるとキャラスティに抱きついた。

 それもそうだろう。貴族の子供は早熟だと言ってもマーティンはまだ五歳。フリーダかハリアードか選べと言われても選べるわけがない。

 しかも、詰め寄ってきたのはハリアードの王子とフリーダの王子。怯えて当然だ。


「殿下、アレクス様。申し訳ありませんがマーティンにはまだ難しいお話です」


 キャラスティにとっても国を選べと言われても困る話だ。それに、アレクスは大人なのだからレオネルに張り合わないで欲しい。

 キャラスティの腰に縋り付き怯えるマーティンにレオネルが「それもそうだ。すまない」と素直に謝ればマーティンはコクリと頷いた。


「マーティン、そこの花を教えてやろう。冬に咲く花だぞ」

「はい! お願いします」


 意外とレオネルは面倒見が良い。

 二人が花壇に座り込んで話し始めたのを見守りながらキャラスティは頬を緩めた。

 


「さて、始めようか」


 テラードの声と同時に寒いからと持ち込まれた暖房器から薪がパチリと爆ぜた。


「準備オーケーよ。どこからでも打ち込んできて」

「はい。テラード様とレイのノートをこちらの言葉に書き換えて来ました」


 テーブルに三冊のノートが置かれ、三人が頷き合う。

 ここ最近はこうして今までの事、これからの事を話し合うようになっている。


「これまでの事はみんなに話して来たが、そこまではいいな?」

「信じられない部分は残るが、納得している部分もある」

「ああ、俺もアレクスと同じだ」

「僕も。でも信じなくちゃ進まないんだよね」


 アレクス達はキャラスティを迎えに行く「島」への道中、テラードから「ゲーム」の話を聞かされた。

 突然告白された「前世」や「ゲーム」などと到底信じられる話ではなかったが、「ゲーム」として聞かされた出来事が起きた経験と、自分達が振り回された「祝福」と呼ばれるランゼの不思議な魔法。その力を彼らは目にし、身をもって体験して来たのだから信じざるを得なかった。


 そして、それらを知っていたテラード、レイヤー、キャラスティ、ランゼは「日本」と言う世界からこの世界へ生まれ変わった「転生者」だと言う告白には絶句しながらも、ラサーク家の新しい染色技術や織、グリフィス家の新しい石加工技術、セレイス家の王都と地方を結ぶ交通整備方法を顧みてあれは「前世」の賜物だったのだと自身を無理矢理納得させるに至った。


「俺達がその「ゲーム」で攻略対象者だと言うのは正直納得はしていないが」

「そうなんだよねえ。だって僕達がキャラちゃん達を断罪? するなんて馬鹿馬鹿しいもん」

「しかし、彼女達がテラードの言うライバル令嬢と言うものだったら⋯⋯まあ、あり得ないな」


 シリルが「ゲーム」のキャラスティを想像して笑う。同調したアレクス達も「ないな」と笑いを零した。


「でも、ランゼさんが「ゲーム」の「ランゼ」だったら⋯⋯」

「それはタラレバだよ。キャラはキャラ。リリーだってレイヤー嬢もベヨネッタ嬢も。俺達だってそうだ」


 いくらランゼが「ランゼ」だったとしても自分達は作り物ではない。そこに感情がある。


「ねえ、レイ。もう「ゲーム」は終わったのよね?」

「キャラもレイも、皆さんも大丈夫なのよね?」

「そのはずよ。ブローチに影響されたアレクス様達を私達が窘める事はあったけれど、それによってみんなの「好感度」は動かなかった。結果、シナリオが大きく逸れたから⋯⋯強制終了したのかも知れないわね」

「そのブローチは今は俺が持っている。ランゼ嬢の「祝福」に多少の影響は受けても記憶を無くすほど感情を操作される事はこれからはないはずだ」


 リリックとベヨネッタの問い掛けにレイヤーとテラードがノートを捲りながら眉を顰めた。

 シナリオが逸れた。それはランゼの攻略失敗を意味する。


「さて、ここからが本題だ。俺達の「ゲーム」は終了した。けれど、続きがあるんだ」


 「恋ラプ」は続編がある。

 攻略対象者もヒロインも変わるが冒険ものだった続編にはラスボスの存在があった。

 そのラスボス、世界を覆う災厄の正体が問題だ。


「続編はフリーダ王国を舞台としたものだった。ヒロインと新しい攻略対象者が世界を救う冒険をしながら恋愛をする物語。物語の終わりは世界を救うためにラスボス⋯⋯災厄を倒すんだ。その、災厄の正体は──」


 続編のスタートルートは三つ。一つ目はヒロインであるランゼがハリアードで誰かと結ばれたデータを元にしたスタート。二つ目は新しい物語としてのノーマルスタート。

 三つ目がハリアードでランゼが攻略を失敗したルートでのスタートになる。このルートでは災厄の正体が愛し愛される事への憎しみから嫉妬と憎悪に狂ったランゼだと明かされるのだ。


「ランゼ嬢⋯⋯が」

「今のランゼ嬢が災厄に堕ちたと言い切るには早いかも知れないが、レオネル王子がハリアードに来た事とランゼ嬢がフリーダにいる事、限り無く黒に近いと俺は見ている」


 無慈悲にも思えるテラードの言葉にアレクス達は息を飲んだ。


「それって、僕達がランゼ嬢と⋯⋯恋に落ちなかったからって事?」

「言ってしまえば、そうだ」


「しかしっ! だからと言って⋯⋯災厄だなんて荒唐無稽な⋯⋯」

「なあ、シリル、俺達は彼女の魔法を見て来ただろう?」


「⋯⋯っ、俺達がランゼ嬢を⋯⋯災厄にしてしまったと言うのかっ」

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える」


 災厄がどんなものかは分からないが、自分達がランゼと結ばれなかった事で「禍」が起きる。

 アレクス達に漠然とした罪悪感が込み上げた。


「⋯⋯なら、今からでも⋯⋯」

「馬鹿な事を言うなアレクス。それは偽りの愛情だ」

「だが、俺達がランゼ嬢を受け入れれば、その、災厄とやらを避けられるのだろう!?」


「自分が犠牲になれば良いって?」


 声を荒げたアレクスをレイヤーが遮った。


「アレクス様達が「ゲーム」の通りにならなかったのは貴方達に心が有ったから。そうでしょう? それに「ゲーム」の通りになっていたら私もキャラ達も此処にはいない。貴方達に「断罪」されるのだから。邪険にされ、責められてね」

「断罪⋯⋯」


 アレクスの考えも、気持ちも理解出来る。

 それはキャラスティもレイヤーも感じている事。自分達が「ゲーム」のキャラスティとレイヤーではなかった事がランゼを災厄に変えてしまったのだと。


「⋯⋯私は自己犠牲なんてまっぴらごめんよ。キャラにもリリーにもベネにも犠牲になって欲しくない。勿論アレクス様達もよ。だから私は悪役にならないよう頑張って来たの」


「⋯⋯冷静になって良く考えろ。いくら俺達がランゼ嬢を受け入れてもそれは「真実の愛」にはなり得ない。なんの解決にもならないんだ」

 

 キャラスティのノートに目を通していたレトニスが視線を上げた。

 なるほど「ゲーム」のランゼは天真爛漫、自由奔放。愛らしくて攻略対象者に相応しくなろうとする努力家だ。確かに「ゲーム」の通りならば自分達はランゼに好印象を持ったのかも知れない。

 それはキャラスティにも言える事。

 「ゲーム」のキャラスティは嫉妬の末にランゼを虐める悪役だ。「ゲーム」のレトニスが毛嫌いするのも分かる⋯⋯いや、勝気なキャラスティも悪くない。

 特に「レト兄様は私のなの!」この台詞。これは言われてみたい。

 お願いしたら言ってくれるだろうか。レトニスの口元が緩む。


「レト、変な事考えてる」

「いやさ、この「ゲーム」のキャラも悪くないなあって」

「⋯⋯レトニス様のブレなさは、ここまでくると尊敬に値します」

「やっとブラントは俺を認めてくれたか」


 レトニスの頓珍漢な一言といつものブラントの掛け合いに剣呑な雰囲気になりそうだった空気が和らいだ。

 

 アレクス達はそんなレトニスが広げたノートに視線を落として自嘲気味な笑いを零した。

 そう、自分達はそこに書かれている「ゲーム」の登場人物ではない。

 それなのに「ゲーム」とは外れた行動をしたからと後悔する必要はないのだ。これまで自分で考え、選び、行動して来た。そこに後悔は一切ない。

 

「それに、ランゼ嬢だって「ゲーム」とは違っていただろう? ノートに書いてある「ランゼ」とは全然違った。それは彼女自身の問題で俺達には関係のない事だ」


 自分達のようにランゼも「ゲームのランゼ」とは外れた行動をして来た。

 「祝福」と「ブローチ」でアレクス達の心を操作し、アメリアとフレイ、キャラスティを誘拐させた。

 それは攻略と言うより悪戯に人の心を惑わせただけ。挙句には罪を犯した。冷たい事かも知れないが災厄に堕ちたとしたらそれはランゼの自業自得と呼ぶに他ならない。


「そう⋯⋯だな。しかし、災厄とは穏やかではない」

「得体の知れない力と、どう対峙すれば良いんだ⋯⋯」


 問題はそこだ。

 ただでさえ自分達は「祝福」に抗えなかったのだから。


「フリーダには「破邪の弓」がある」


 マーティンに花を教えていたレオネルがいつの間にかテーブルの側に来ていた。

 マーティンはレオネルの護衛ガイルに肩車され、はしゃいでいる。


「我が国は自然信仰の国だ。国に危機が訪れた時「聖女」が現れ、風火水土の力を込めた「破邪の弓」で「禍」を討つと言われている。まあ、今では形骸化したものだ」

「──ああ、これだ。続編で最後に手にする武器「破邪の弓」。これで災厄を討つんだ」


 テラードが弓のスケッチがされたページを開いて見せると「何故知っているのか」とレオネルは目を見開いた。


「ただ、風火水土の力を持つ兄上達が⋯⋯突然現れた自らを「聖女」だと言う女に誑かされてしまい、今フリーダは混乱している。だから、母上の遣いで僕様がハリアードに来たんだ」


 書状を運ぶ。それだけの旅だった。

 しかし兄達は弟であるレオネルを捕らえる為に追っ手を差し向けた。


「殿下、確認ですが、その女の名は?」

「さっきからお前達が口にしている名前だ。女は「ランゼ」と名乗っていた。あいつに微笑まれると兄上達は人が変わってしまう。あいつが現れてから湯水のように浪費し、毎晩踊り狂っている。あんなの⋯⋯兄上なんかじゃないっ」


 レオネルは兄達が好きだった。真面目で気高く心優しい尊敬する兄達の堕ちた姿に絶望しながらも元の兄達に戻って欲しいと願っている。悔し気に拳を握るレオネルから無力な自身への強い憤りが伝わってくる。

 幼いながらも彼は「王子様」なのだ。


「あの⋯⋯烏滸がましい話をしてもいいですか?」


 おずおずと手を挙げたキャラスティに視線が集中する。

 これから話す事は正直言って恥ずかしい。自意識過剰な話だ。


「夢を、見たのですが⋯⋯」


 キャラスティの見た夢。

 それはレオネルと出会った日に見た夢だ。



 闇に包まれたこの「いつもの中庭」でキャラスティはランゼに襲われていた。


 そのキャラスティを守っていたのはアレクス達。

 一人また一人と傷付いて行き、いよいよランゼの白い手がキャラスティの首に伸ばされた時、続編の攻略対象者、レオネルの兄達が現れ、一本の矢と弓をキャラスティに手渡して来たのだ。

 虹色に輝くその弓矢を受け取ったキャラスティはアレクス達とレオネルの兄達に支えられ、その鏃をランゼへと向け、引き絞った弦から矢を放ったのだった。



「恥ずかしい夢ですよね。こんな夢を見るなんて。私なんかが何か出来るわけないのに」


 一回目はランゼの力が見せた夢だった。

 二回目の今回はランゼに「ヒロイン」を奪ったと言われた事が心に残っていたから見た夢なのだろう。これでは続編の「ヒロイン」の座も奪ってしまっているとキャラスティは俯いた。


「まさか⋯⋯キャラスティは「聖女」なのか!?」

「ええっ!? そんな事あるわけないですよ」

「ガイル! 僕様の本を出せ」


 レオネルがガイルを呼んだ。

 マーティンを肩に乗せたまま懐から一冊の本を取り出したガイルの手から奪うようにレオネルが開いたページ。

 そこに微笑む少女が描かれている。


 長いストレートの髪に形の良い瞳。その胸に片翼を象った「ブローチ」を身に付け、優しく微笑むその少女は良く知る人物と瓜二つだった。


「マナ⋯⋯さん」

「マナちゃん⋯⋯」



 フリーダ王国の「聖女」と書かれた懐かしさを思い起こさせる写し絵にキャラスティとテラードは言葉を失った。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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