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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第三章 「島」と「王都」の物語

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祭り上げられた聖女⋯島

 空はどこまでも青く、海もいつもと変わらず輝いているのに心なしかくすんで見えるのはベール越しに眺めているからだけでは無いのだろう。


 キャラスティは溜息を我慢して窓から離れ、代わりに視界に入った鏡に映り込んだ姿に苦笑が漏れた。


──別人のようだわ。


 鏡の中の自身は濡羽色のマーメイドラインを描いたワンショルダードレスに身を包み、その表情は被せられた同じ色のベールで隠され神秘的な雰囲気だ。

 ベール越しにも判るワインレッドの口紅は初めて使う色なのに我ながら似合っているのだから以前ランゼに言われた「濃い色が似合う」は当たっている。おまけに黒と赤のコントラストが妖艶さを演出し、つくづく「本来は悪役」なのだと肩を窄めた。


「ステラ、用意はでき⋯⋯た⋯⋯っ」


 鏡越しにセトが目を見開いているのが見える。セトは口に手を当て何度も瞬きをした後にニッコリと目を細めた。

 セトも盛装姿でこうして見ると庶子とは言え彼も貴族の血が入っているのだと改めて思う。


「驚いた。凄く、綺麗だ」

「本当に? ありがとう」

「本当だよ。儀式の時も綺麗だったけど、今日のステラは儀式の時よりもずっと綺麗だ」


 慎重に振り返ればスルスルと滑らかに裾のオーガンジーが揺れる。

 あえて考えない様にしているがこのドレス、かなり深めにスリットが入っている。雑な動きをしてしまうと丸見えになりそうなのだ。

 正直言えば、恥ずかしい。


「さあ、アイランドの「聖女」様」


 差し出された手を取り、キャラスティが微笑むと満足気にセトは笑う。


──演じ切らなきゃ⋯⋯。


 「島に残る」。

 そう決めたのは自分自身だ。覚悟を決めたキャラスティは前を見据えゆっくりと計画の一歩を踏み出した。



「本当に、それで良いの? 折角のチャンスなのよ?」

「ボク達の事を心配しているのならば、それはステラが気に病むことじゃない」


 ミリアとハカセの気持ちは有難いとキャラスティは首を振り、すっかり女性へと変身したレトニスと頷き合う。


 二人が迎えに来るまでに十分に話し合った。


 隙あらばあちこち触ってくる手を避けながら、気を抜けば抱きしめて来る腕から逃げながら。

 それはとてつもなく大変な話し合いだった。


「帰る事を諦めたわけじゃないのよ。けれど、私はメアリとフラーを置いて行きたく無い。ミリアとハカセ、それから、セトもこのままにして行けない」

「私達の事は良いって! 何度も⋯⋯言ってるじゃ無い⋯⋯」


 眉を寄せながらも嬉しそうなミリアに「素直じゃない」とキャラスティは小さく笑う。


 ミリア達は強がって生きて来た。自分達以外から褒められる事も心配される事も知らず、時には信用した人に裏切られ痛めつけられながら。

 島に来てやっと自分達の居場所を見つけても、その島は貴族の思惑が渦巻いた名ばかりの楽園だった。

 貴族からの呪縛を解きたいミリアとハカセは島の事が公になる事を望み、キャラスティを信じて逃そうとしてくれているが、このまま公になったとして裁かれるのはミリア達だけだ。

 いくら島が貴族の持ち物だとしても、勝手に住み着き、悪事を働いていたと言われてしまえばミリア達は全ての罪を押し付けられ、蜥蜴の尻尾の如く切り捨てられて終わりにされてしまうのだ。


「残念だけど、私が逃げても島は変わらないわ」

「ステラは言ったじゃないっ! 島を出たら、私達がしている事を話すって。ステラは⋯⋯本当は貴族なんでしょ? 貴族だったら⋯⋯」


「ええ、話すわよ。けれど私が言うだけでは国は動かないの。確かに私は貴族だけれど、この島の持ち主の貴族が私の話は「偽り」だと言えば「無かった事」にされてしまう、身分の低い貴族なの。貴族社会にも上下が有るのよ。貴族の世界は身分と体裁と権力が絶対。馬鹿馬鹿しいでしょ?

それに、私の話で国が動いたとして、この島の悪事が公になったとしても裁かれるのはミリア達だけ⋯⋯そんなの私は嫌なの」


 一気に話し終えたキャラスティは果実水を半分口にして「ふぅ⋯⋯」と息を吐いた。


 しれっと貴族社会の愚痴を織り込ませたキャラスティに苦笑したレトニスはミリアとハカセから呆気の表情を向けられ、微笑みを返して話を続ける。


「本当は私も連れて帰れないのは嫌よ。やっと会えたのに置いて行くのはほんっとうに、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないのに、帰らないって言って聞かないの。いっそ縛り上げて連れて帰ろうとしたのだけれど、反対に蹴り上げられてしまって⋯⋯嬉し⋯⋯島に来てから逞しくなったのね」


 こちらも一気に語り終えると果実水を一気に飲み干して「はぁ⋯⋯」と息を吐いた。


 縛り上げるだの蹴り上げられただのとは穏やかではない。あのキャラスティがこんな美人を蹴り上げたとはどんな話し合いをしたのか。

 うっとりと恍惚を浮かべたレトニスと冷えた視線をレトニスに向けるキャラスティを交互に見たハカセが「じゃあどうすれば⋯⋯」と肩を落として零した。


 キャラスティを島の外へ出せば「何か」が変わる。そう考えていたのに。


「私に任せていただけないかしら?」


 困り顔のミリアとハカセの橙色と金色が期待と不安を浮かばせてレトニスを見つめる。


「ステラさんが言った通り貴族には権力を持つ上位と持たない下位があるの⋯⋯私は、その上位になるのよ。私はこの島を持つ貴族と対等に渡り合える人脈があるわ」


 レトニスは上級貴族、キャラスティは下級貴族。

 こんな事で互いの身分差を感じたくはなかったし、そんな事は言いたくも無かったと、内心表情が曇る。

 キャラスティも今までの学園生活で王家と上級貴族との繋がりを持っている。島を出て国王、アレクス、レトニス達四大侯爵家に訴えれば必ず国は動くと説得したが頑なにキャラスティは「レト達が解決して」と島に残る事を曲げなかった。


──島の事、アメリアとフレイの事だけじゃ無いの⋯⋯レト達が、島の問題や偽物の流通⋯⋯ランゼさんの事を解決すれば⋯⋯実績になると思うの──


 エミールから島の偵察を提案された日、ハリアード王国国王ダリオンも同じ事を言っていた。

 皮肉にも貴族である事を窮屈に思っているキャラスティが国王と同じ貴族社会の体質を利用する有効性を理解している。それはレトニスには目が覚めるほどの衝撃だった。


──キャラはいつも、俺の事を考えていてくれていたんだ。


 地位と権力が約束されていてもいつ何処で落とし穴に落とされるかも分からない。その落とし穴は弱点だったり力の無さだったり。

 キャラスティはレトニスの弱点にはなりたく無い、周りに有無を言わせない力をつけて欲しいと想ってくれている。だから好きだとか嫌いだとかの前に「特別じゃない」と常に自ら身を引く姿勢だったのだと今なら分かる。


「ハカセさん、ミリアさん。私はミリアさんを信じてここに来たの。次は貴女達が私を信じてもらえないかしら。無血解決、とは行かないかも知れないけれど⋯⋯」


 無血解決とは行かない。

 ハリアードと周辺国の関係は現在では友好で争いは起きていない。けれどいざ、戦争が始まればレトニスは国を守る為に前線に立つ立場だ。

 穏やかな彼とアレクス達が剣を取る姿と「夢」の傷付いた姿が浮かび、キャラスティが不安からレトニスを見れば「大丈夫」との答えの代わりにぎゅっと手を握られた。


「──信じて、良いんですか⋯⋯」

「お嬢様、お願いします。どうかステラを、ボク達を助けてください」


 ハカセが深々と頭を下げるのに続いてミリアも頭を下げた。




──そろそろ王都に着いた頃かしら。


 セトに付いて港へ向かうキャラスティは空を見上げて一週間前を思い返す。

 島を出ないと告げた時、思ったよりもすんなりと受け入れたレトニスに少しだけ寂しく思ったのは随分と我儘だと自嘲が漏れる。


──必ず迎えに来るから──


 キャラスティはスリットから覗く左足首に着けたアンクレットに視線を落とした。


 レトニスが島を出る時、「お守り」だと着けてくれた深緑の宝石が付いたアンクレット。

 「俺のとペアなんだ」と見せられたレトニスのアンクレットは紫の宝石が付いていた。

 レトニスは驚きと恥ずかしさに硬直したキャラスティを強く抱きしめてから「テラードに教えてもらった」と互いの小指を絡めて「必ず迎えに来る」と約束してくれたのだった。


──ゆびきりげんまん⋯⋯嘘ついたら、針千本⋯⋯。


 キャラスティはそっと小指をを立てて胸に押し当てた。


「そういえば、いつも着けていた髪飾りどうしたの?」


 セトに話しかけられてはっとしたキャラスティは息を飲んだ。


「ほら、銀色で黄色いガラスが付いたやつ」

「それが⋯⋯失くしちゃったみたいで探しているのだけれど。もし見つけたら教えて?」

「そっかあ。見つけたら直ぐに渡すからね」


 振り返らずに答えるセトの表情は見えないが、疑いを持っているようには感じない。

 キャラスティは気付かれないよう、ほっと胸を撫で下ろしてセトに続く。

 太陽に溶けそうなセトの金色の髪がキラキラと何処か儚く揺れてキャラスティは強く決意する。

 セトとハカセそしてミリア。

 やり方は良くないと分かっていてもその方法しか無いと、三人が三人の為に苦しみを背負いながらも強く生きている。

 何かをしてあげたいなどと烏滸がましい事は言えない。それでも彼らの為に、何も出来ないから諦めるでは無く、何かをしたい。キャラスティは再び深く覚悟を決めた。


──誰も「夢」のようにはさせたくない、させない。


 何よりもレトニス達を傷付かせたくはない。その為にも「アイランドの聖女」になる事を決めた。


「ステラにはこれからもずっとここにいて欲しいんだ」


 豊穣祭の最終日、アイランド側でも豊穣の神に感謝する島民だけの小さな祭りが催された。

 その祭には毎年「聖女」が選ばれ、その身をアイランドに捧げる儀式がある。

 今まではミリアが「聖女」の勤めを担っていたがセトの推薦とミリアとハカセのサポートを受けてキャラスティが「聖女」を担う事になった。

 島の「聖女」は島と共に生きる意味を表した何物にも染まらない濡羽色を纏う「黒の聖女」らしい。


──それでこのドレスなのよね⋯⋯ミリアのは絶対こんなデザインのドレスじゃなかったと思う。


 細心の注意を払って小幅で歩く。やっぱりスリットが深すぎる。


──黒の聖女か⋯⋯。


 何の力も無い、何も「特別」では無い「聖女」。

偽りの楽園に相応しい、偽りの「聖女」。


 ランゼに言われた「ヒロインの乗っ取り」。違うと反論できなかったのはキャラスティに自覚があったから。そんな「偽りのヒロイン」の自分にはピッタリの役職だ。

 それでも「聖女」はセトやハカセと共に行動し、島の統治に関われる。

 レトニス達が外側から島の秘密を暴く為に動いてくれる。それならば内側から彼らの役に立ちたいとキャラスティは「聖女」になって欲しいと言うセトの言葉に迷う事なく頷いた。



「ああ、丁度着いた所だね」


 島の港に着くと既に人が集まり待人を今か今かと待っていた。

 キャラスティがわざわざ「聖女」の装いをしたのは島の持ち主である「親方」の出迎えの為だ。

 ハカセが「親方」はセトの父親だと言っていた。

 レトニスはこの島の持ち主は「あの人」だと言っていた。


 セトの父親でこの島の持ち主。

 その人物は偽物作りと人攫いの黒幕だ。


 緊張で身体が震える。


 わっと歓声と拍手が湧き上がりいよいよ「親方」が姿を現した。


──!っ。


 その真っ黒なマントと目元を隠すマスク。歓声の中真っ直ぐに自分達の方へ歩いてくる姿にキャラスティの息が詰まった。

 記憶の男性と目の前の男性が重なる。


 煌びやかなシャンデリア。優雅に踊る貴族達。贅を極めた夜会。「楽しんでいただいておりますか?」記憶の男性が声を掛けた。


 顔を隠していても分かる。彼は気付いている。


──やっぱり⋯⋯ディクス公爵⋯⋯っ。


 動揺を隠し、艶然と微笑んだキャラスティは深々と頭を下げた。


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──────────(・ω・)──────────
もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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