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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第三章 「島」と「王都」の物語

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「アイランド」のお祭り⋯島

 太陽が水平線へ沈み、橙色から少しづつ群青色へと染まる世界に波の音と虫の音が響く。


「うん。今日も大丈夫」


 アイランドに連れて来られて一ヶ月半。

 キャラスティは夕方から夜に向かう、その僅かな時間帯の島を丘の上から眺めるのが好きになっていた。



「ただいま。遅くなってごめんね」

「お帰りなさい。ほら、座って」


 「少し出てくる」と言ったキャラスティを待っていたのはアメリアとフレイ。「お腹が空いた」と急かしながら二人がテーブルに並べているのはアイランドに来たばかりの頃から見れば少しだけ上達した料理。

 キャラスティは野菜とチーズのギョウザ、アメリアは麦飯とキノコの炊き込み、フレイはトマトベースの野菜スープ。料理を持ち寄っての食事も島に来て好きになった事柄の一つだ。


「さあ「ステラを励ます会」を始めるわよ」

「そんな大袈裟な。そんな会じゃないでしょう」

「分かってるわよ。でも励ましたいの。セト達はまだだけど先に始めていましょう」


 意図的ではなかったにせよキャラスティはミリアから向けられた嫉妬に最悪な形で仕返しをしてしまってから妙に絡まれていた。

 家の周りに枯れ葉を撒かれたり、お風呂の焚口に石を詰められたり、仕事道具を隠されたり、聞こえるように「悪女」と噂話をされたり⋯⋯辟易したキャラスティが話をしようとしてもミリアに逃げられてしまっている。


「ミリアさんの気持ちを軽々しく口にした私も良くなかったのよ。その内飽きるわよ」


「ステラが良くても僕が許せない」


 キャラスティのたまに見せる「どうでも良い事」への興味の無さは相変わらずだとアメリアとフレイが笑う背後のドアが開きセトが声を上げた。


「ステラが許しているんだからセトが口を出すものじゃないだろ。そもそもセトが迂闊にステラを褒めるからミリアが嫉妬しているんだ。はっきり態度を示さないセトが原因なんだぞ」

「言ったよ。ミリアは妹だと思っているって」

「お前も大概無神経だな⋯⋯大体、妹だとかって、火に油を注ぐ行為だろ」

「そこまで! 取り敢えず座って」


 険悪ほどではないが、後ろに続くハカセがセトと言い合いを始めそうになる気配にキャラスティは慌てて二人を引き離した。

 セトとハカセは仲は悪くないのにいつも突っかかり合っているのだ。


「二人ともノックもせずに入って来るのは礼儀がなってないわよ」

「ステラも、いくら此処が安全な所だとしてもかんぬき錠はかけないと無用心よ」

「あっ! ほら、これ差し入れ──ってステラはまだ飲めないけれどメアリとフラーはイケるよね」


 今度は小言が始まりそうな流れにセトが慌ててテーブルへドカリと置いた葡萄ジュースとワインに「まあっ」「あらぁ」とアメリアとフレイは目を輝かせた。


「ボクはこの持ち運びが出来る窯で焼いた焼き魚だ! 驚け! ここに火種を入れると上下にある銅線が熱され──」

「お魚がふっくらしてる! 美味しそう」

「⋯⋯最後まで聞いてよ」


 ハカセの発明品に興味はあるがそれ以上に魚の焼けた美味しい匂いの魅力が勝った。

 今夜の「励ます会」はアメリアとフレイの意向で本当は「ステラ瓶の出荷を祝う会」なのだ。


「それにしても驚いたわ。「ステラ瓶」が商品になるなんて。おめでとうハカセ」

「セトが親方に売り込んでくれたのが大きいよ。感謝してる」

「⋯⋯ハカセが素直なのは気味が悪いな」


 数日前にハカセが「出来た!」と持って来た「ステラ瓶」は当初、商品としては首を傾げる出来だった。


 島では元々陶器瓶を花瓶や水差しの用途で作っていたが、特に特色のあるものではなく職人達の習作としての色が強かったと言う。

 それをハカセは陶器瓶の底を切り、中に銅製の容器を嵌め込み、切り取った底に保温用の焼き石を入れる引き出しを付けて再び底に接着するやり方で「ステラ瓶」を作った。


 見かけは悪いがそれでも保温の発想は悪くないとセトが親方に掛け合い、追加で作った試作品が島の外へと持ち出された。

 それから直ぐに商品としての生産が始まり、今回出荷されたのは改良され引き出しが一体化された物だ。


「ステラの「説明書」の案も良かったんだ。使い方が分かれば知らないものでも「使ってみよう」ってなるからね」

「流石ボクの助手だ。発明品を理解している。関心だ」

「僕はステラがハカセの助手だなんて認めてないけど」


 キャラスティは「説明書」の言葉にドキリとした。

 二人が認めてくれるのは嬉しく思うがキャラスティにとって使い方の説明や発明品の理解は二の次三の次だった。

 良くしてくれる二人を裏切っている。そう思わなくもないと、キャラスティの胸は痛む。


 キャラスティは「ステラ瓶」の試作品が島の外へと持ち出されると聞き「ある思惑」を持って「説明書」を提案し、自ら作ると手を上げたのだ。


 セトとハカセが良い案だと賛成してくれたおかげで担当になったキャラスティは表紙装飾に描いた花の花弁を一枚、二枚と描き分けて花弁の数を取り出すと浮かぶ数字「111291034504 」と「228191334412」を隠した。


 それを「あ行」は「1」、「か行」は「2」、「さ行」は「3」⋯⋯の様に当て嵌め、「あ段」が「1」、「い段」が「2」、「う段」が「3」⋯⋯と、行と段を組み合わせて読めば「アイランド」と「キヤラステイ」の文字が現れる。


 勿論、日本語の五十音と数字はこの世界に存在しない言語だが、日本で「ポケベル文字」と呼ばれた変換で込めたメッセージは「伝えたい人以外」誰にも読めない点はやってみる価値があった。ただ、隠したメッセージが読み取れる「伝えたい人」の手元に届くかは賭けだ。

 危険なのはランゼに知られる事だが「アイミ」だったのだから世代的に「ポケベル」を知らないだろう。これも賭けではあった。


「ステラ? どうかした? ぼんやりして」

「もしかして一人だけワインが飲めないの拗ねているのかしら」

「ステラが成人する時はまた皆んなでお祝いしよう」

「助手の成人は喜ばしい事だからな」


 和やかな笑みを向ける人達に何となく後ろめたさを感じながらキャラスティは「楽しみにしてる」と笑い、セトとハカセに感じる罪悪感は心の中だけに留めた。



 賑やかな食事がひと段落付き、手分けしての後片付けを終え、初代「ステラ瓶」で保温していた食後のお茶でたわいも無い話をしていた時だった。

 風で窓が揺れるのを見たセトがポツリと溢した言葉にキャラスティ達は興味の視線を向けた。


「そろそろアイランドのお祭りだ」

「もうそんな時期か」

「お祭り?」

「三人は来たばかりだから初めてだね。アイランドは秋口にお祭りがあるんだ」


 キャラスティの居る「アイランド」は小さな島々の総称で、生活するこの島と、もう一つ、リゾート地としての「アイランド」があるとセトは言う。

 リゾートアイランド側では秋を迎える時季に「豊穣祭」が行われる。こちら側のアイランドの人々が唯一、島を出られる期間がその「豊穣祭」だとハカセが付け足した。


「豊穣祭にはお貴族様や裕福な平民がこぞってやって来るんだ。僕達もホテルの準備だったり、食事の用意だったりの手伝いに行くんだよ」

「毎回遊んでる貴族の傍らこっちは仕事で祭りどころじゃ無いけどな」

「そんな事ないさ、休憩時間でお祭りを回る事はできるよ」

「豊穣祭⋯⋯楽しそうね」


 もしかしたら。と期待が膨らむ。

 多くの人が来るのであれば知っている人が居る可能性があるのではないか。

 キャラスティ自身は学園の外での活動に殆ど参加していなかったが、アメリアとフレイはお茶会にも夜会にも家の取引の関係で参加していたのだから彼女達を知る人の確率は高くなる。

 不確かな「説明書」に望みを賭けたが、もしかしたらそれよりも確実にキャラスティ達が島にいる事、攫われた人達が島に居る事、アイランドの事を誰かに知らせられるのではないか。


「楽しいよ。豊穣祭は自然の神からもたらされた恵みに感謝するお祭りで、神の前では身分は関係ないって事から祭りを開催している間はみんな仮面を着けるんだ」

「服装で貴族か平民かなんてすぐわかるけど仮面を着けている間は等しく神の子って事だ」


──仮面⋯⋯顔が分からないじゃない。

「⋯⋯あれ? どうしたの?ステラ」


 心を読まれたかの様な話に息を飲んだキャラスティをセトが覗き込んだ。人懐っこいニコニコとした笑顔でもその青緑の瞳は冷気を含んで「期待など無駄だ」と語る。

 冷え冷えとした瞳から視線を外す事が出来ないキャラスティはそのままお茶を一口飲み込んで「人が多いのは怖いな」と困り笑顔で笑って見せた。


「おい、セト見過ぎだ。ボクの助手を怖がらせるな」

「だーかーら、助手なんて僕は認めていないって。ほら、怖がらないで。僕達も一緒だし、仮面で顔も見えない。怖い人も居ないよ。ステラは何の心配もしなくていいんだよ」

「ええ。頼りにしてる」


 誤魔化し切れていないのは分かっている。それ以上セトが何も言わないのに安堵するが、水分が通った筈なのにカラカラに乾いて張り付いた喉をキャラスティは無理矢理コクリと鳴らした。



 今夜は三人でお泊まり会をするのだと告げれば自分も泊まると駄々を捏ねたセトをハカセが引きずって「豊穣祭の事は改めて教えに来るね」と帰って行った。

 「ステラ、発明品の感想を聞かせろよ」と置いて行かれた手持ち窯を台所に運ぶキャラスティに漸く安堵の息が漏れた。


「ヒヤヒヤしたわね」

「ごめんなさい⋯⋯」

「でも、そろそろ限界かも知れないわね」


 アメリアが果実水に視線を向けて「そうね」と溜息を吐いた。セトだけではなく島の人達からも「効果」を試される機会が増えている。


 フレイが果実水に含まれる薬草を調べて分かったのはその薬草の成分は適度な濃度と量であれば精神の鎮静を促がす薬になり、高濃度且つ、大量に摂取すると恐怖心を無くすだけでは無く、猜疑心も無くし飲み続ける事で考える力を衰えさせるものだという事だった。


 配られる果実水には薬草の成分が中濃度程度含まれている。それを薄めて飲んでいる三人は来たばかりでまだ効果が薄いと思われていたが誤魔化しが効かなくなって来ていた。


「取り敢えずは豊穣祭で外に行けるのだから希望はあるわ」

「ええ、私も薬草の中和剤の開発を急がないと」

「私は⋯⋯なんだか足を引っ張るばかりね」


 アメリアとフレイは情けないと笑うキャラスティの手を取りギュッと握った。


「ステラは必ず島の外へ王都に帰れるわ」


 キョトンとしたキャラスティに二人は寂し気に笑う。


「レトニス様達よ。彼らはちゃんとステラを探してくれているわ」

「少し、羨ましく思う事もあるの。だってステラはレトニス様達の「特別」なんだって分かっているから」


 「特別」ではない自分達は探されていない。口にはしなくとも彼女達から諦めを感じ取ったキャラスティは握られた手を強く握り返した。


「そんな事を言わないでよ。メアリとフラーが居るから耐えられるの。私だけなんて嫌。私は「特別」なんかじゃない。レト達だって二人をちゃんと探してる。私は三人で帰りたい。だから「特別」だなんて言わないで⋯⋯」

「ステラ⋯⋯。ねえ、歓迎パーティーを覚えてる? 私達ずっと気掛かりだったの⋯⋯あの時はごめんなさい」

「そんな些細な事。そんなの気にしていない。二人は友達思いだって知っているもの」


 キャラスティはランゼに「友達」と言われながらも攫われて来た。それはランゼに「ゲーム」を攻略する上で邪魔な存在だと敵視されていたからだ。ランゼに思うところはあっても二人には恨み辛みなど持っていない。

 けれどアメリアとフレイはランゼを「友達」だと思ってパーティーで守り、交流して来たのに裏切られた。信じていた「友達」に裏切られ、攫われ、探してもらえていないのかも知れない不安と絶望にキャラスティよりも深く傷付いている。


「三人で帰るの。絶対に」

「ええ、そうね。帰ってランゼさんに一言言わないと気が済まないわ」

「一言じゃ済まないわよ? 引っ叩いて性根を正さないと」


「それが友達でしょ?」とフレイは涙笑いを見せた。


 その晩、三人はアメリアがお揃いだと作ってくれたパッチワークキルトケットに早速包まり、胸に溜め込んだ互いの気持ちを笑いながら、たまに泣きながら夜通し語り合った。


────────────────────


 キャラスティの家を後にした二人が特に会話をする事なく分かれ道に差し掛かった時だった。


「じゃあな」

「──ハカセ。話がある」


 嫌な予感がする。セトから「話がある」と言われる時は碌な事では無いとハカセは警戒する。

 「何だよ」と振り向き、手にしたランタンに照らしたセトの顔は歪んで見えた。


「ステラ達から目を離すなよ」

「何でだよ」

「彼女達、果実水の効果が薄過ぎる。アレに気付いたんだろうな」

「だとしても、「島」に合わせているんだから良いだろ」


 ハカセもアイランドの性質を知っている。島民の殆どが不本意で連れて来られている事も、果実水でコントロールし易くしている事も。

 キャラスティ達は果実水を使わなくとも島のルールを守っている。ルールを守っているのなら果実水を使わなくとも良い。出来れば使いたくない。それがハカセの意見だ。


「僕とお前は自分の意思でここに居る。けど彼女達はそうじゃない。僕はステラを逃したくないんだ」

「一目惚れしたから? そんなのステラに押し付けるものじゃないだろ」

「それだけじゃないよ。お前だってステラに居て欲しいだろ? 彼女達の果実水はもっと強めなければ⋯⋯」


「親父さんがそうしろって言ったからか?」


 セトにふっとランタンの火を消され月明かりだけになった。


「親方は⋯⋯僕にこの島をくれるって言ったんだ。この島は僕の島だ」

「親方、ね」

「⋯⋯お休み」


 アイランドはセトが父親から与えられたセトの楽園。


 振り返らずに帰る幼馴染の背中をハカセは見送る。

 その背中を無邪気に追い掛けて叩けたのはいつ頃までだっただろうかと寂しくも懐かしい想いがハカセに込み上げた。


「ボクも、アイランドは良い島だと思うよ」


 けれども、この島は人を攫って来てはコントロールし、偽物を作らせている。赦されてはならない事を行なっているのだ。

 ハカセは島がそんな事をしなくても良くなるように、島が自分達独自の品物を作れるように、島がこれ以上道を外れる事が無いように⋯⋯ 「ハカセはいつでも帰って良いよ」と言われながらもセトの楽園を良くしたい、守りたい、ただそれだけの想いで色々な発明をしては呆れられる事を選んだ。


「ボクだってステラ達には居て欲しい。けど、ステラは此処にいる事は望んでいない。ボクは、ステラに居てもらいたい気持ちより⋯⋯セトの楽園を良い所にしたい気持ちの方がずっと強いんだ」


 セトが見えなくなりハカセはキャラスティの家を振り返った。窓から漏れる暖かい光にチクリと胸が痛んだ。

「セトの初恋は応援してあげたいけど」と呟いてハカセは月明かりを頼りに自分の進むべき方向へと歩き出した。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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