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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第三章 「島」と「王都」の物語

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『閑話』幸せを引き継ぐ

 その日のテラードは久々の「何もない日」をゆっくりと起きた。


 キャラスティの行方を探る為の「ゲーム」を再現する日々は思った以上に多忙を極め、立て続けに起こされる「イベント」に疲労と心労は溜まる一方だった。

 「ゲーム」を知る自分がコレなのだから、突拍子も無く我儘に振る舞うランゼに疑問を持ちながらも演じ、付き合っている育ちの良い友人達はもっとしんどい思いをしているのだろう。


 テラードはのそのそと起き上がりサイドテーブルの呼び鈴を鳴らすと起きるのを「待ってました」と言わんばかりに執事のカーユが勢いよく扉を空け放ち、ツカツカと詰め寄って来てテラードは思わず「きゃあっ」と声を上げ乙女のようにシーツを引き寄せた。


「テラード様おはようございます。お疲れとは思いますが些か時間の進み方がごゆっくりのようですね。そもそもテラード様は──」

「悪いがカーユ、ほんっとうに疲れているんだ。珈琲と軽くつまめる物を用意してくれないか」

「直ぐに御用意いたしましょう」

「ブラントは?」

「ブラント様はセレイスお嬢様がお迎えにいらしてお出掛けになってます」


 レイヤーも「ゲーム」再現の為に「悪役」を演じて疲れているだろうにブラントに向ける熱意と体力と精神力に驚かされる。

 彼女とは上級貴族としての付き合いは今までもあったが高飛車に見えるその容姿と「ゲーム」のレイヤー・セレイスの先入観から距離を取った付き合いだった。思い返せばレイヤーは誰とも連まず常に一人だった。あれは「ゲーム」のレイヤーにならないようにと努力していたからだと今は理解している。

 ブラントもなんだかんだとレイヤーに対して興味を持ち始め、上手くいっているとテラードは嬉しく感じていた。

 グンジだった時、初めて最後まで手掛けたキャラクターがブラントだ。可愛いに決まっている。「ゲーム」とこの世界は違う、自分達はキャラクターではないと分かっていても心にあるグンジの感情もテラードのものだ。


 カーユが食事の用意に退出している間にテラードは着替えを済ませ、窓を開け放つと気持ちの良い風が入り込み、見上げた空の晴れ渡った青に安堵した。


「あっ! またそんなガラの悪いシャツをお召しになって」

「休みくらい好きなもの着させてくれよ」


 キャラスティにアロハシャツを作って欲しいと言ってから直ぐにアルバート洋品店から試作品が届いた。大胆に描かれた生き物や植物の柄に持ってきたアルバートは「派手なものが嫌いなはずのキャラがこんな大胆な物を!」と大興奮だったとテラードに思い出し笑いが浮かんだ。


「まあ良いですが。今日のご予定ですけど、午後にトレイル様がいらっしゃるとご連絡がありましたよ」

「レトニスが? ⋯⋯珍しいな。なんかあった──ああ、そう言う事か」


 ほぼ毎日会っているのに改めて訪ねて来る意図は恐らく「ゲーム」と「前世」の事だ。それもどちらかと言うと「前世」を聞きたいのだろう。もう一人、それを知るレイヤーは「ゲーム」を知っていてもキャラスティの「前世」は知らないのだから。


「来たら部屋に通してくれ」

「かしこまりました。因みに、人払いは必要ですか?」

「ああ。そうしてくれ」

「畏まりました」


 カーユは口煩いが多くを語らなくとも察してくれる。それはとても心地よい物。


 テラードが「前世」の話を初めてしたのはカーユだった。

 身体は子供でも「大人」だった記憶があるテラードは後継者教育を軽くこなして行き、大人達はそれを褒める裏側で「不気味な子」だとテラードを忌避していたのだと知り当時専属執事に就いたばかりのカーユに「僕はテラードでもグンジでもあるんだ」と泣きついた。


「テラード様はグンジ様の幸せもお持ちなんですね。素敵な事ですよ」


 カーユが「前世」を信じていていないとしてもグンジの幸せを否定しなかった。それだけで救われたのだった。


「良かったですね。良いご友人が出来て」

「レトニスだけじゃないぞ? カーユにもいつか紹介するよ」


 「前世」でグンジを幸せにしてくれた人の生まれ変わりだとキャラスティをカーユに合わせたい。

 たとえ今世ではテラードを幸せにしてくれなくとも「幸せ」になって欲しい人だと。

 恐らくそれすらカーユは「幸せを願えるのは素敵な事」だと言ってくれるだろうから。


「それでは、お時間までごゆっくりお休みください」

「ありがとう。カーユ」


 部屋を出るカーユに頷いてテラードはソファーに横たわり目を閉じた。



 どれだけ寝てしまったのだろうか。

 テラードが目を覚ますといつの間に来ていたのかレトニスが向かい側に座り本を読みながら寛いでいた。

 真剣な表情で読み進めているがテラードの位置から見えたタイトルに完全に目が覚めた。

──伯爵様の月下に咲く花──

 心に傷を持った美形の伯爵が一人の少女を見染め、監禁して溺愛する官能寄りのロマンス小説だ。

 つい先日出たばかりなのに女性の間であっという間に広がった作品で例に漏れずグリフィス家の使用人の間でも回し読みされ話題になっている。

 侍女達に薦められるがままにテラードも読んでみたがどんなラストだったか⋯⋯。とにかくレトニスには読ませてはいけない気がする。


「⋯⋯レトニス、それ洒落になんないって」

「やっと起きたか。来ると連絡してあるのに失礼な奴だ」


 もそもそと起き上がり、差し出された水を飲みながら起こしてくれれば良かったのにとカーユを睨むが「部屋に通せと仰いました」と返され、レトニスが読んでいた小説もカーユが渡したのだろう「寝坊の仕返し」だとニヤリとされた。

 そのままカーユが退出するとテラードはパラパラと小説を捲るレトニスに声を掛けてその手を止めさせた。


「面白いか? それ」

「わからん。監禁されても普通に窓があるし出入りも自由そうなのにどうして少女は逃げ出さないんだ? 少女の家族も探さないんだろうか。でも、諦めるなんてもっての外だし、手に入れたら離したくない、誰も見て欲しくないずっと自分だけ見て欲しい自分だけのものにしたいって伯爵の気持ちは分かる。ただ、小説では簡単な監禁も現実はそうは行かないよな⋯⋯少女を知る全ての人を消さないと誰かしらが感付くものだろう?」

「凄い語られた気がするが⋯⋯真顔でヤバい事を言うお前、怖いわあ」


 真面目に語られた内容は寝起きには刺激が強かった。誰の事を重ねて見ているのかが容易に分かりテラードは苦笑する。本人は至って大真面目なのだから怖さ倍増だ。「ゲーム」ではレトニスにヤンデレ属性が付いていた。目の前にいるテラードの友人にもその素質はあるようだが何と言うか、敢えて言うなら「礼儀正しいヤンデレ」か。


「それで? 話があって来たんだろう?」

「ああ、うん。キャラの事なんだ⋯⋯テラードは「前世」では、その⋯⋯恋人だったとか」

「⋯⋯そうだよ。返してくれるのか? 「先輩」を」

「キャラはお前の「先輩」じゃないっ」

「分かってるよ」

「悪い⋯⋯教えてもらいたいんだ。知りたいんだ。全部知っていたい。気持ち悪いって思うだろ? 自分だって気持ち悪いと思うさ。でも、不安でどうしようもないんだ⋯⋯」


 レトニスの想いが重いのは今始まった事ではない。「重症だな」とテラードは笑う。


「本人の気持ちは本人に聞けよ。俺はグンジとして、でしか分からないからな」


 珈琲を口にしてテラードはなるだけ通じやすい言葉を選んで「前世」を語り始めた。



──グンジとサクラギは同じ仕事をしていたんだ。サクラギは年上の先輩でな、どこか浮世離れして、他人と線を引いたどこか寂しそうなサクラギにグンジは惹かれた。

そうそう、サクラギは毎日「ビール」が飲みたいと言っていたよ──


「急にキャラが「ビール」が飲みたいと言い出した時は驚いたな」

「仕事終わりはいつもの店に駆け込んでいたよ」


──会社が倒産して、ああ、商会みたいなもんだ。それでグンジは東京、ここで言う王都だな。サクラギは地方へ帰って離れ離れになった。

「前世」では遠くにいる人とその場に居るかのように話ができる便利な物があってそれで連絡を取り合っていたんだ──


「どんな物だったんだ?」

「携帯とかスマホと言って、手の平の大きさで、手紙も声もすぐ相手に届くんだよ。便利だろ?」


──二年ほど離れている間にサクラギは体調を崩して入院してしまって。ん? 医療も技術も発展した「前世」の世界でも治せないものはあるんだ。実はグンジはサクラギを諦めようとしていたんだよ。そんな時送られてきた写真、写し絵だな。その写真に「スノードーム」が写っていて「まだ持っていてくれた」と決心が付き「支えさせて欲しい」って告白したんだ。晴れて恋人になってからの日々は幸せだった──


「恋人⋯⋯」

「「前世」の事だからな? そこ忘れるなよ?」


──グンジは何度かプロポーズしていたんだ。サクラギは病気の事があってだろう返事をくれなかった。それから、サクラギは退院したら「ビール」が飲みたいって言ってさ。グンジも「行きましょう。絶対に」って返したり、なんて事ない普通の日になるはずだったその日、サクラギは可愛がっていたマナと言う少女の妹を庇い階段から転落した。その時の怪我が元で数日後、⋯⋯その一生を終えたんだ。

何故、サクラギが階段から落ちたのか、何故、少女の妹が居たのかグンジは最後まで知ることは出来なかったよ──



「喪失感、それは凄まじいものだったよ。何も考えられない、何も手に付かない状態だった」

「⋯⋯辛かったな」

「そりゃね。でもな、グンジは先輩に「幸せ」にしてもらっていたんだ。側に居られただけでグンジは幸せだったんだよ」


 テラードはこの世界はグンジとサクラギが「会社」が同じだった時に作った世界に限りなく似ている。その「ゲーム」はグンジにとってもサクラギにとっても思い出が詰まった特別な物だと締めくくった。


「作り物だなんて言わないさ。俺はこの世界が好きだからな」

「テラードはグンジの幸せを引き継いたんだな」

「っ──ああ。そうだ」


 カーユと同じ事を言うと、テラードは嬉しさに目を細めた。


「ありがとう。疲れているところに悪かったな」

「お互い様だろう。キャラ嬢を取り戻したいのは俺も同じだよ」

「なあ、テラード⋯⋯お前、まだサクラギさんが好きなんじゃないか?」


 レトニスの性格からすれば聞かれると思っていたがまさかの直球だった。

 真摯に向けられた深緑とテラードのガーネットの原石のような赤茶色がぶつかる。

 真摯には真摯に応えるそれが紳士だ。


「そうだよ。さっきは先輩じゃないと分かってると言ったけど、返して貰いたいね俺に」

「キャラとサクラギさんは違う」

「違わないよ。俺がそうなんだから。全然性格が違うけどたまに先輩だって感じる事がある。それは俺がグンジでキャラ嬢がサクラギ先輩だから分かるんだ」


 「前世」からの関係だと煽られたレトニスが視線を鋭くすればテラードも鋭く見返す。

 互いに睨み合った時間は僅かだったはずだ。

 ふっとテラードが笑い、レトニスも呆れたように苦笑して睨み合いは終了した。


「半分冗談、半分本気だ。今でもサクラギ先輩が好きだ。彼女をキャラ嬢に重ねているのも自覚しているよ」

「俺も返せと言われても返すつもりは無い」

「俺は先輩に幸せにして貰った。だから⋯⋯今度は幸せになって欲しいんだよ」


 それがテラードでもレトニスでも他の誰かでも。ただ、キャラスティにサクラギに幸せになって欲しい。


「お前は幸せにしたいのか? 幸せにして貰いたいのか?」

「両方だよ。幸せにしたいし、俺は幸せになる」

「合格」

「偉そうだな⋯⋯」


 お互いが欲しかった答えを出したと笑った後何気なく同時に外を見た。

 相変わらず青が眩しい晴天だ。


「どこに居るんだろうな」

「無事だと信じてはいるんだ。でも、キャラは自己肯定感が低い分、順応性が高いんだ⋯⋯なんでも「そう言うものだ」と受け入れてしまう。それが心配で」

「ああ⋯⋯分かる」

──サクラギもそうだった。


 テラードは目を閉じて自分だけの「先輩」を想い、レトニスは自分だけの「幼馴染」を想う。


 二人は同じだけれども違う人を想いながら暫く空を見上げた。



 レトニスが帰ったのは夕方になってからだった。

 夕食を誘ったが「じいさんが待っているから」と嬉しそうだったのが印象に残った。

 レトニスの祖父、ラドルフと言えば先日の王宮で対面した時は好々爺とした老紳士だったが、その実は狼の異名を持つ豪傑だ。性格が正反対でもレトニスはラドルフを尊敬し、ラドルフはレトニスを認めている。


「本当に東の一族は仲が良くて羨ましいな」


 そう思えば、サクラギがこの世界のキャラスティに転生したのも理解できる気がする。

 サクラギは家族を何よりも欲しがっていた。

温かい家族に囲まれたキャラスティはサクラギの理想だ。


「俺が「家族になろう」ってプロポーズした時は応えてくれなかったけど」


 分かっている。サクラギは病気の自分をグンジに背負わせたくなかったのだと。グンジはサクラギにちゃんと愛されていた。それだけで十分だと思える。では、何故、グンジはこの世界へ転生したのだろうか。


「⋯⋯幸せを、願う。か⋯⋯」

「どなたかのお幸せを願われているのですか?」


 夕食を呼びに来たカーユに声をかけられテラードは振り向いた。


「ああ、そうだ⋯⋯、そうか」


 グンジはサクラギに幸せにして貰った。だからサクラギに幸せになって貰いたい。

 幸せになったサクラギを見守りたいのだ。


「誰かの幸せを願えるのは素敵な事ですね」

「だろ?」


 やはりカーユだとテラードは満足気に笑顔を見せた。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
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マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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