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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第三章 「島」と「王都」の物語

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疑惑の点と線⋯王都

 反省会という名の会合を終えてレトニスが帰宅したのは九時過ぎだった。


「お帰りなさいませ」

「遅くまで悪い。お祖父様は?」

「居間でお帰りをお待ちです」


 キャラスティが誘拐されたと知らせを受けたラドルフは急遽王都に駆けつけ「見つけ出すまで帰らん」と、王都のトレイル邸に滞在を決め込んでいる。

 レトニスが思い描いた「一人では無いトレイル邸」には違わないが、居て欲しい人が居ない不安はラドルフが居る安心を素直に喜ばせてはくれなかった。


「帰宅の挨拶をして来る」


 早寝早起きがモットーのラドルフには遅い時間まで起きているのは辛いだろうと、脇を抜けるレトニスにエガルは「酒臭い」と眉を寄せた。「そんなに飲んだつもりは無い⋯⋯」と首を傾げるレトニスに溜息を吐いたエガルはさっさと上着を取り上げ、小さな抵抗を見せる主人を浴室へと押し込んだ。


 水音が聞こえ始め、素直に湯を被っているのを確認してエガルは安堵の息を吐く。


 一見背筋を伸ばし、ケロリとしているが、あの様子だと無意識にかなりの量を飲んでいる。

 顔に出るタイプなら限界を超えていると周りが判断できるものだが、レトニスは顔に出ないタイプだ。


 元々レトニスは付き合いで嗜む程度だったのがここ最近は「眠れない」と毎日グラスを傾けている。

 何杯かグラスを空けて漸くベッドに倒れ込み、酔いに任せて眠れている様子だった。


 無理矢理眠ろうと毎晩一人で物思いにふけながら飲む姿はエガルしか知らないし、それを咎めるつもりもない。

 だからこそ酒に溺れぬようレトニスの舵取りをするのはエガルの仕事だ。


「坊ちゃんのやりたい様におやりください」


 後を湯殿番に任せエガルはレトニスの帰宅を知らせにラドルフの元へ向かった。



「ただいま戻りました」

「いつまで待たせる。この不良孫が」


 やっと帰宅の挨拶に来たレトニスにかけた言葉だけを聞けば不機嫌そうではあるがラドルフの表情は穏やかだ。

 湯上りでさっぱりしたレトニスをソファーに座らせ自分が飲んでいたワインを勧めようとボトルにかける手を止めて「お前はもう十分に飲んで来たな」とラドルフ自身のグラスに注ぎ煽り飲む。


「飲みすぎるなよ⋯⋯じいさん」

「やっと「じいさん」と呼んでくれたな。まあ、たらふく飲んで来たお前に言われたくはないな」


「酒くらい好きに飲ませろ」とラドルフは豪快に笑う。ただ、レトニスと同じ深緑の瞳は心から笑ってはいない。


 ラドルフが若い頃はその整った容姿と破天荒な中身のアンバランスさに周囲の人々は振り回されたと聞く。その反動か祖母も両親も使用人達でさえもレトニスを品良く育てる事に躍起になり、その努力の末レトニスは穏やかで品の良い青年へと成長した。


 レトニスは性格こそ似てはいないが外見だけならばラドルフの若かりし頃に瓜二つと言われ、ラドルフの息子である父親とも当然そっくりだと言われればそれだけトレイルの血が濃く自分に継承されているのだと認めざるを得なかった。


 レトニスがその血を重く、疎ましく感じているとしても。


──トレイルに生まれなければキャラは俺から離れようとしなかったのかな。


 トレイルが特別な侯爵家で無ければ、自分がトレイルの名を持っていなければ、「前世」と「ゲーム」などと馬鹿げた話が無ければ⋯⋯。

 避けられる事も、馬鹿げた「ゲーム」を行う人物によってキャラスティが居なくなる事も無かった。

 タラレバを求めて悶々と考え込むのはレトニスの悪い癖だ。

 今にもクローゼットに閉じ籠ろうとソワソワしているレトニスの考えを読んだラドルフは呆れ気味に苦笑いを零した。


「まったく、お前はキャラスティの事になるとヘタレだな。温室で育て過ぎたか⋯⋯これでは可愛い妹孫を任せられんなあ」


 レトニスは言われなくても分かっていると不機嫌にラドルフを見る。そんな孫の反応は予想通りだとラドルフは揶揄う様に笑い、胸元から紙の束を取り出しテーブルに放り投げた。


「お前はトレイルである事を勝手に窮屈に思っているだけだ。トレイルに反発して昔から出来るのに出来無いふりをする⋯⋯トレイルだからこそ、出来る事がある」

「⋯⋯これは?」

「お前達が「寵愛」している娘の家の情報だ」


 「寵愛」の言葉にレトニスから冷めた笑いが漏れた。キャラスティの行方を探る為に自分から近付いたとしてもそんな言葉を使われるのは気分は良くない。

 レトニスは思わず睨んでしまったがラドルフは悪びれもせずニヤリと口角を上げた。


 ラドルフはレトニス達が何も言わなくとも思惑を察しセプター家を調べていた。

 ラドルフの調べによるとセプター男爵家は輸出入の仲介を商売としている商会を運営している。

 そのセプター商会をフリーダ王国から拠点を移す手引きをしたのはディクス公爵。それらに関してはなんの疑惑もなく、問題はセプター商会の利益の出方。

 ハリアード王国に来てからのセプター商会は順調に利益を上げ、半年足らずで高額納税者の一人となっていた。


 ラドルフが引っ掛かったのはその短期間での成功だ。


「セプター商会は利益率が異様に高い。気になったのは正規品の購入量と輸出入量に大幅な差が出ている点だ──これがどう言う事か、お前はどう見る?」

「⋯⋯レプリカ⋯⋯違法複製品を正規品として輸出入している、ですか」

「そうだ。複製品が何処で作られているのかは調査中だ」

「そんな場所が有るのなら、もしかしたら、そこにキャラが⋯⋯今まで行方不明になった人達がいるのかも知れません」

「ほう⋯⋯何か掴めたのか?」


 新しいボトルを開けたラドルフが身を乗り出す。

 現役を退いて尚、影響力を持つラドルフの瞳は好奇心と威厳を持ちその眼力は衰えを知らない。

 その瞳を昔は怖いと感じていたものだったが常に見守ってくれている優しさを含んでいると知る今はラドルフの存在が頼もしい。


──トレイルの血が継承されているのならいつかは、じいさんの様になれるのだろうか。


 先を急かすラドルフにレトニスは「ノース」での会合を話し始めた。



 「大物が釣れる」とは一体どう言う意味だと全員がテラードに詰め寄りたいのを抑え、ジリジリとした空気が支配した。


「⋯⋯お前ら少し肩の力を抜け」

「良いから、早く話せ」

「早くっ話しなさい!」


 レトニスとレイヤーに迫られながらテラードは内ポケットから取り出した物をテーブルに置いた。

 それはオーバルブリリアントにカットされたテラードの髪色に近い赤茶色のガーネットが付いたペンダントトップ。

 いち早くペンダントトップを取り上げ真剣に見入ったのはブラントだった。

 珍しく眉間に歪みを作りルーペを取り出して全方向から観察し、ブラントは怒りを浮かばせた視線をテラードに向けた。


「テッド兄、台座にグリフィスの紋章があるけどこれをグリフィス家は宝石として承認しているの?」

「まて、まて! まさかそんなわけが無いだろっ」

「だよね。イミテーションが悪いとは言っていないからね。ガラスの加工だって立派な技術だから。でもこれは「本物」として並べられていたんでしょう?」


 グリフィス家が統括するハリアード王国西側は抱える鉱山から採取された鉱石の加工が主な産業だ。

 テラードは「前世」の記憶を元に試行錯誤し、いままで見向きもされなかった鉱石に利用価値を見出したり、宝石に生まれ変わらせるなどの加工技術を確立しつつある。その一つである石灰石は保存材として加工し、市井に広がっていても、宝石は高価で簡単には手の出せない代物のままだった。

 そこで、テラードはキャラスティとレイヤーに相談を持ちかけ二人は「気軽に使えるファッションジュエリーが欲しい」と声を揃えた。

 確かに「前世」の世界では樹脂やガラスでも映えるアクセサリーが店頭に並んでいたとテラードはイミテーション部門を立ち上げ、加工ガラスを宝石に見立てた比較的手にし易い安価な商品を展開し始めた。

 今はイミテーションでもいつかは「本物」を。

 そんな意味を込めてイミテーションにはグリフィス家の紋章に「星」を付け足しているが、テラードが取り出したガーネットのペンダントトップにはグリフィス家の紋章はあっても「星」がついていなかった。


「これは「イミテーション」の偽物だ」

「店には言わなかったのか?」


 アレクスが身を乗り出してテラードに詰め寄った。偽物が「本物」として売られている。他国にハリアード王国の品として同じ事が行われていたらハリアード王国の信用は無くなり、国内でも国民の信用を失ってしまう。


「聞いたさ。店主は「本物」だと。証拠にグリフィス家の紋章が有るってな」

「⋯⋯放って置けない話だ」


 溜息を吐き座り直したアレクスが「それで?」と先を促す。


「それでランゼが「おじ様の所は何でも作ってるのよ。お父様はここによく来るし、おじ様の所で仕事をする人も斡旋しているの」ってな」

「届けが出ているセプター商会の業種は輸出入仲介だ。人材斡旋業は届けられていない」


 アレクスはセプター商会の業種に目を通している。

 ハリアード王国は王国内で商売をする際には業種登録をする事が決められている。抜け穴を使っての無許可営業が無いとは言えないが基本は国から営業許可を貰わなくてはならない。

 国民がちゃんと納税を行う様、管理する為に決められた法だ。


「俺はセプター家はどんな仕事なのか聞いたよ。そしたら「私はそんなの知らなくて良いの。けど、お父様は私の為に何でもしてくれるわ。邪魔なものは消してくれるし」⋯⋯ランゼはそう言ったんだ。そこで時間切れ。「ブローチ」の効果が切れる時間をランゼも測っているんだろうな。あっという間に彼女は走り去ったよ」

「邪魔なものを⋯⋯消す」

「⋯⋯それで消したと言うの!?」


 リリックとベヨネッタが息を飲み青ざめた。

 そんな二人に気遣いの視線を向け、シリルとユルゲンはアメリアとフレイが攫われた日の事で思い出した事が有ると口を開いた。


「あの日、意識の奥で残っていたキャラちゃんの名前、あれは「次はキャラスティね」って言っていたんだ」

「ああ、ぼんやりとした中で聞いたのはその言葉だった。忘れないよう抵抗したのに⋯⋯思い出す前に⋯⋯」


 シリルとユルゲンは悔し気に零した。

 二人は己の不甲斐なさに苛まれていた。自分達が居ながらアメリアとフレイが易々と攫われ、防げたかも知れないキャラスティまでも攫われたと。

 謝ろうとする二人に「不思議な「魔法」の影響下にあった自分達にはどうしようもない事だ」とレトニスが落ち着いた声で諭す。

 キャラスティがランゼによって攫われたとほぼ確定したにも関わらず、彼女に関して盲信的なレトニスが冷静なのは意外だとテラードは視線を向けるがそれに対しても彼は穏やかに微笑んだ。


「テラード、ありがとう。全部が全部では無いかも知れないけれど、この国で起きている「人攫い」にセプター商会が関わっていると見て良いだろう。ならば、セプター商会の裏を取る」

「ランゼの口振りだと店で堂々と「偽物」が売られているのもセプター商会は無関係では無いだろうな」

「その「偽物」を作っているのは「おじ様」って言う人の工場なんだね」

「セプター商会と「おじ様」は浅くは無い関係なのだろう。「おじ様」の偽物工場に攫った人を送り、偽物を作らせている」

「つまり、「おじ様」を押さえれば行方不明者達の居場所が分かるって事だな」


 互いの意見を纏め合う五人をレイヤーは楽し気に眺めてリリックとベヨネッタに振り向いた。


「真面目にしている時はやっぱりそれなりにイケメン揃いよね」

「⋯⋯レイヤー様そんな事考えていたんですか」

「大捕物は彼らに任せて、私達はしっかりサポートしなきゃね」

「そうね。頑張りましょうリリー。⋯⋯リリー?」

「⋯⋯そうね」


 珍しくぼんやりしていたリリックはパシパシと頬を叩き、不敵な笑顔を浮かべて「手加減なしで行くわよっ」と気合を入れ周りの笑いを取った。



 それから直ぐに会合は解散となり、レイヤーはテラードとブラントが送り、レトニスはリリックとベヨネッタを寮へと送り届けてからラドルフが待つ家へと帰宅した。



「ふむ⋯⋯セプター商会が「偽物」で暴利を貪っているとお前達も考えたか。それでその「おじ様」だが、お前の事だ、誰だか予想は付いているんだろう?」

「俺は⋯⋯ディクス公爵だと考えてます」


 ハリアード王国へセプター商会を連れてきたのはディクス公爵だ。レトニスには忌々しい思い出だがそのディクス公爵家で開かれた夜会でランゼはバルド・ディクスのエスコートを受けていた。

 男爵位の令嬢が公爵のエスコートを受けるにはそれなりの繋がりがあると考えられるだろう。

 彼らの罪を暴けばキャラスティを攫われた人々を取り戻せるのではないか。

 そう語るレトニスにラドルフが険しい表情を見せた。


「たかが子爵の娘の為にトレイル家が公爵家を相手取る。その意味を理解しているか?」

「勿論だ。ただ、爵位もなく権力もない若輩者の俺達じゃ揉み消されておしまいだろ? アレクス達だって無事じゃ済まない。でも、じいさんなら対等に立てる」


 ラドルフはレトニスを睨む。

 ラドルフもセプター商会とディクス公爵家の関係を疑っていたし、そこに達した孫を嬉しくも思う。

 ラドルフに可愛い妹孫を取り戻す覚悟は出来ているが自分の孫が覚悟を持たないのならトレイルの血筋を絶やすわけに行かない立場上、キャラスティを諦めさせるつもりだった。


「⋯⋯ラドルフ・トレイル様。どうか、お力をお貸し下さい」


 頭を下げる孫にラドルフは「面白い」と目を細めた。


「俺になんの得がある?」

「少なくとも退屈はさせません。トレイルの名も守れます」

「その程度の得か⋯⋯つまらん。もう一声だ」


 意地悪気にニヤリとしたラドルフに「また悪ふざけが顔を出した」とレトニスは苦笑する。

 自分の祖父は昔から捻くれている。

 協力すると明言しなくとも悪戯っ子の様な輝きが瞳に宿ったラドルフは荒事を楽しむ。

 それがレトニスの祖父ラドルフだった。


──つくづくこの人と血が繋がっているのが不思議だけど。


「⋯⋯分かりました。腰のマッサージ一ヶ月でどうですか」

「お前にマッサージされても面白くないわ。そうだなあ、リリックとキャラスティに一ヶ月俺の相手をして貰うかな。長い事会っていないからなあ」

「はぁあ? どうして二人にじいさんの相手をさせるんだよ」

「嫌なら良いぞ? ん? どうする?」


「⋯⋯分かったよ。けど、二人が嫌がったら諦めろよ」


「嫌がるもんか。俺の楽しみの為にキャラスティを早く取り戻さねばな」

「キャラはじいさんの楽しみの為に取り戻すんじゃない⋯⋯知ってるくせに⋯⋯」


 ラドルフはワインを二つのグラスに注ぎながら「取り戻す目的は同じだ」とレトニスにグラスを渡し、満足気に自身のグラスを差し出すと、むくれ気味に差し出して来るレトニスのグラスにカチンと鳴らした。


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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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