お友達?
「キャラスティは絶対赤系だって!」
「⋯⋯そ、そう、なのか⋯⋯な」
「そうよ! 色だって薄いものより濃い色の方がいいわ。赤ならワインレッドみたいな? それからこの間思ったのだけれど、ドレスのデザインもデコルテが大きく開いてる方が似合うわよ。コレとか」
ランゼが指差す先にはガッツリと胸元が開いたレッドカラーのドレス。キャラスティは自分の胸に視線を落として「無いわ⋯⋯」と心の中で呟く。
メリハリボディのモデルが身に着けたそのドレスはレイヤーとベヨネッタなら様になるだろうがキャラスティでは胸がカパカパになるだろう。
「如何にも悪や⋯⋯じゃなくて、キャラスティって感じだもん!」
──悪役って言いそうだった。
「⋯⋯ランゼさん、もう少し、トーンを下げて欲しい。響いちゃってる」
「口うる⋯⋯じゃなくて、キャラスティと話せるのが楽しいんだもの!」
──口うるさいって言った⋯⋯。
臨時休校明けのサロンに、はしゃいだ可愛らしい声が響き渡り格好の噂のネタになっていた。
片方はある意味学園内で有名な桃色の少女。
片方もある意味名の知れた紫紺色の少女。
チラチラと向けられる視線にキャラスティは気が気ではないのにランゼの方はお構いなしにドレスのカタログを楽しそうに捲っている。
──なんでこんな事になってるんだっけ⋯⋯。
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昨晩訪ねて来たランゼは開口一番「キャラスティの事、勘違いしていたの」と言い出した。
呆気に取られて反応が出来ないキャラスティに構わずランゼは話し始め、如何にランゼが夢と希望を持ってハリアードに来ただとか、ランゼは愛されなくてはいけないだとかランゼ主体の話を一方的に捲し立てられ、その辺りの記憶はキャラスティに殆どない。
話が「攻略対象者」達の事に移った辺りから意識は戻ったが、これが散々な言われようだった。
学園に入る前の出来事はアレクス達がキャラスティなんかと居るのは「可哀想」だ。付き纏われているのだから助けなくてはと思ったらしい。
色々思い込みが激しいランゼに、アレクスからは「都合が良い」と、テラードには「酒場に連れて行く」と、シリルには「側室候補を守る」と、ユルゲンには「僕も出かけたい」と連れ出され、レトニスに至ってはあの頃には既に「好意」を向けられていた。と、反論しようとしたが、思い返せば中々の嫉妬案件だとキャラスティは閉口した。
そんなキャラスティを気にする事なくランゼが続けた内容は心が抉られまくった。
アレクスは王子様なのにキャラスティなんか連れては品格が疑われる。
テラードとシリルに守られるのはキャラスティには似合わない。
ユルゲンは全く好みじゃないキャラスティを連れ歩く事は苦痛だったはずだ。
レトニスに至っては幼馴染だからキャラスティを見捨てられないだけだ。と。
「キャラスティって「平凡」じゃない?みんな身の程知らずだって言っているわ」
「言っている」とはランゼの「瞳」と「ブローチ」の影響を受けた状態での発言だと分かるが、自分に品格が無い事も、守られる儚さも、可愛さも、人に「好意」を持たれる自信も無いのを自覚していても他人に言われると人並みに落ち込むものだ。
「それなのにキャラスティったら事ある毎に攻略⋯⋯じゃなくて、みんなの邪魔するし。この間の夜会とか失敗したかと思ったわ⋯⋯ヒロインは私なのよ?」
──ランゼさん、ヒロインって言っちゃった。
ランゼの超持論に感情が追い付かずにキャラスティは絶句する。
「でね、キャラスティがアレクス様達に迷惑を掛けないように私が友達になってあげるわ」
「はへ?」
「だってえ、キャラスティは悪や⋯⋯じゃなくて、えーと⋯⋯そう! みんなに釣り合わないでしょう?」
ランゼの言葉の端々には悪意が込められているのは間違いない。
明るく宣言しているがここまであけすけに悪意を向けられ、そこまで嫌いなのに何故「お友達になってあげる」と思ったのか⋯⋯。
ふと、まさかキャラスティにも「前世」の記憶があると知っているのかとランゼを窺うが所々に「ゲーム」通りになっていない苛立ちを感じるだけで、気付いているとは思えなかった。
ランゼにはなんらかの魂胆が有るのだろうが反対に「ゲーム」通りに動いていないキャラスティ達「悪役」の魂胆を探ろうとしているのでは無いか。
──アレクス様の攻略は「悪役」の誰かと親友にならないといけなかったわね。でも、ランゼさんには「ブローチ」があるのだから⋯⋯そうだ「ブローチ」。
ランゼと関わらないに越した事は無いが、隠せていない悪意はあるにしても表面上は友好的に向こうから近付いて来たのだから、「友達」になればランゼの「ブローチ」を近くで観察することが出来て、おまけにアレクス達が「魔法」の影響受け、失態を行う前に止める事が出来るのではないか。
「決まり! じゃあ話は終わり。明日から宜しくね」
逡巡するキャラスティに言いたい事は全て言ったとランゼは応接室の扉を豪快に開けて振り返らずに帰って行った。
開け放たれた扉の勢いに驚いたベルトルとランゼとの会話中話せた言葉は「はへ?」だけだったと唖然としたキャラスティは暫く顔を見合わせた。
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突然の訪問から一夜明け、今朝からずっと「べったり」との表現がぴったりなまでにキャラスティはランゼと過ごしていた。
「ねえっ! もう、聞いてる? これから誰か誘って街へ行かない? って言ってるのにキャラスティって本当ぼーっとしてるのね」
「えっあの、私、午後は選択科目あるから⋯⋯」
「えっー! 勉強したって意味ないじゃない」
「それに、アメリアとフレイの事もあるでしょう? ランゼさんだって心配じゃ、ないの?」
二人の名前が出るとランゼは笑顔を貼り付けじっとキャラスティを見据えた。
ランゼの笑顔は、口元はピンク色の弧を描き可愛らしいが、細められた瞳の奥は獲物を見つけた獣がいつ襲いかかるか機会を窺うように鋭い光が灯っている。
その光に思わず背筋に痺れが走った。
「⋯⋯心配してるわよ? そんな事より、今の「お友達」はキャラスティよ?」
「そんな事⋯⋯あの、それじゃ失礼するわね」
「つまんない子ね⋯⋯仕方ないわ、明日は付き合ってもらうからね」
違和感のある笑顔。キャラスティに刻まれたランゼの笑顔は邪悪そのもの。
コロコロ変わる表情も笑顔も可愛らしいものなのに向けられたランゼのねっとりとした視線は足元から苦手な物が身体を這い上がってくるかのような悍ましいものだった。
──向けられる悪意が怖い──
キャラスティはランゼの瞳に飲み込まれていた。
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「キャラ、ちゃん? 大丈夫?」
涙はもう出ていないが赤くなった目尻は泣いていたと分かる。
生徒会の集まりが早めに終わり、気紛れに生徒会室が入る建物の裏側に出てみると、見知った女の子が膝を抱えていたのだからユルゲンは驚いた。
気分が悪いのだろうか顔を上げずに首を振られ「大丈夫」と大丈夫では無い声で答えられれば、いつもと違う雰囲気にユルゲンは放って置けなくなった。
拉致るような形で取り敢えず建物の中の空き部屋に入り、目元の赤みを冷やすにも喉を潤すにも何か冷たい物を持って来たいが手を離せば逃げられるのは予想できる。
ユルゲンがどうしたものかと考えているとキャラスティは「もう、大丈夫です」とやっぱり逃げ出そうとするのだ。
「大丈夫じゃないよ。気分悪そうだし。それに、ここは生徒会室のある棟だからレトニスに会ったら心配かけるんじゃない?」
キャラスティがレトニスに「遠慮」しているのは察している。仲が良さそうに見えて一線を引いているのだから名前を出せば素直に従ってくれるだろう。案の定、キャラスティはストンと座り直して俯いた。
「ちゃんとここにいてね」と一度部屋を出たユルゲンは直ぐに水を入れたボウルと水出しの紅茶を手に戻ってきた。
「この棟は給仕所が付いてるんだ。専属の給仕や執事も付いてるよ。生徒会の特権なんだって。
それにしても、ダメじゃない「一人にならないで」って言ったのにあんな所で一人で居たら」
ユルゲンがハンカチーフを水に浸してキャラスティに渡しながら零す。
「お手を煩わせて、申し訳ありません。ハンカチーフは新しい物をお返しします」
「良いよ気にしなくても。落ち着いた? 話したい事があるなら聞くし、話したくなければ僕のお茶に付き合ってくれるだけでいいから」
キャラスティは驚いた表情をしてユルゲンを見返した。
予想通りの反応だとユルゲンは笑顔を返す。
暫く無言で向かい合い漸くポツリとキャラスティから話しかけた。
「あの⋯⋯ユルゲン様は、自分が決めた事なのに物事が上手くいかないと、思った事はありますか?」
「ん?」
「⋯⋯申し訳ありません。つまらない事を聞いて」
「つまらない、なんてないよ」
ユルゲンはキャラスティからレトニスは例外として、苦手意識を持たれているのは何となく感じ取っていた。勿論、アレクス達に対しても苦手意識はあるようだがそれは身分的な意味合いで、だ。
ユルゲンに対しては表面の派手さが苦手なように見えた。ユルゲンは多くの人が自分を表面だけで判断していると寂しく思うが「自分がそう振る舞うと決めたのだから」と望まれたユルゲン像を演じている。
「上手く行かないのはいつもだよ。僕達は「特別」に扱われる分、縛られる事が多いから。
そうだね、少し話を聞いてもらおうかな⋯⋯僕にはね、姉様がいるんだ」
ユルゲンには姉がいる。物静かで優しく美しい姉だったが、美形揃いのベクトラ家の血筋にしては地味だと笑われ姉が好きだった針仕事は下賤の者がやる者だと禁止され、周りの心無い視線と言葉に笑顔を無くしていった。
姉は誰よりも綺麗だとユルゲンが何度も伝えても弱々しく笑うだけで「特別」な侯爵家の令嬢として好きな物、楽しい物を手放した姉はとうとう我慢の限界を迎え心を病ませた。
姉は張り付いた笑顔のまま貴族の務めだと三年前に嫁がされ滅多に会えなくなった。
──多分キャラちゃんは僕達、姉弟と同じだ。
ユルゲンと姉が感じる貴族社会の息苦しさや生き辛さを同じようにキャラスティも持っている。以前、一緒に街へ出た時から確信していた。
「姉様の影響もあって僕は服飾の仕事がしたいって夢が子供の頃からあってね。でも、ベクトラ侯爵家の後継者でもあるから夢は叶えられない。本当は南の侯爵になるのが嫌なのに個人的な夢は諦めなきゃいけないんだ」
「侯爵になるのが嫌⋯⋯ですか?」
「恵まれているのにって思うよね。それに、僕の為に働いてくれてる人達を思えば言ってはいけない事だから。キャラちゃんもそうなんじゃ無い? 自分が我慢すれば良いって」
今日は何度驚く顔を見せてくれるのだろうかとユルゲンは嬉しそうに目を細める。
「僕は、どうせ我慢するなら楽しく我慢しようって思ってるよ。キャラちゃんもそうしろとは言わないけど⋯⋯うん。これから我慢して上手く行かない事があったら僕とお話をしよう」
「は⋯⋯い?」
「面白い事、楽しい事話そう」
「私はユルゲン様の好まれるような者では──」
「僕はキャラちゃんと友達になりたいな。友達の話につまらない話なんてないよね?」
ニコリと微笑む橙色の瞳に光が増えた。
キャラスティは再び目を見開いた後、漸く笑顔を見せたが、その笑顔はぎこちなく、ユルゲンは吹き出した。
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華やかなユルゲンは自分とは真逆の性質だと思っていたが意外な本性を知り、ユルゲンに対して「イベント」は起きないと気を抜いていたのも重なり驚きの連続だった。
ユルゲンで起きたのは「お友達イベント」だ。
──お友達?イベント──
条件:好感度「友好」状態。攻略対象者の中で好感度が低い順に発生。
イベント発生:「ヒロイン」が落ち込んでいるところに攻略中の対象者が現れ、励まされる。
(ランダムで攻略対象者の「夢」か「家族の事」が聞ける。聞けた場合「好感度」は二〜三上昇)
ユルゲンの変化は瞳に出るようで光が増え、ユルゲンの「好感度」が上がったのだ。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。ねえ! 今度またアルバートさんの所へ連れて行ってよ。僕、アルバートさんの仕事を見たいんだ」
「そう言って頂けると叔父も喜びます」
楽しそうに話すユルゲンに、キャラスティは今まで彼らとの交流を「イベント」として見てきた事を反省する。
──「キャラクター」だと見ていた私もランゼさんと同じね。
ランゼに対して恐怖心が消えた訳では無いが、今日ユルゲンと話し、物事は表面だけでは測れない事を教わった。
キャラスティは同じ「前世」を持つランゼを知らな過ぎる。
逃げてばかりではランゼに飲まれ続けるだけだ。
キャラスティはユルゲンの笑顔にもう一度「ありがとうございます」と小さく零した。




