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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第二章 「悪役」と「ヒロイン」の物語

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『閑話』執事と侍女

 学園から失踪者が出た事で休講になったと聞いたのは寮生達を送ってきた騎士からだった。

 その失踪した生徒は自分達の寮生ではないが二学年のクラスメイトと言うのだからそのショックはいかほどか。

 青ざめ、恐怖した様子で帰寮した担当寮生の世話に執事達と侍女達は慌ただしくなった。


 そんな中、ベルトルとユノはエントランスでまだ来ぬ担当のお嬢様を待っていた。


「ベヨネッタ様、リリック様、キャラスティ様はまだお帰りになりませんね」

「⋯⋯「また」何かある気がするな」


 特にキャラスティはこの数ヶ月で予想外の人脈が発覚している。

 寮執事のベルトルと侍女のユノは顔を見合わせ「あり得る」と苦笑し合った。


 まず、トレイル侯爵家のレトニスはリリックとキャラスティの幼馴染みで頻繁に訪れる。

 次に、王家の血統セレイス公爵家のレイヤーは友人だと言う。レイヤーはキャラスティがいない時でもリリックとベヨネッタに会いにくる様にもなっている。

 続いて、グリフィス侯爵家のテラードとソレント侯爵家のシリルは送られてきたり、ダンスを練習していた。

 お次は、ベクトラ侯爵家のユルゲンとシラバート伯爵家のエミールは見舞いに来ていた。

 満を持して、王族のアレクス王子だ。伴って街へ出たり送られたり手紙が来たり見舞いに来られたりと一番驚いた。


 ベルトルが開いた訪問者名簿には錚々たる名前が並んでいる。実家への定期連絡に全て書いたが今頃ラサーク家では泡を食っているだろうか。


「あれ? 二人ともお嬢様方のお世話は良いの?」

「まだお帰りじゃないのよ」

「あー。また高貴な方々と一緒に帰ってくるんじゃない?」

「ベルトルとユノのお嬢様は意外性で言えば寮一番だな」


 同僚からも揶揄われる程にキャラスティの客人達は「この寮」では異色だった。


 この寮は子爵位と男爵位の令嬢を預かっている。言ってしまえば下級貴族の寮。

 この寮に配属された執事達と侍女達は気位の高い上級貴族の相手をするよりも気楽だと高を括っていた。

 案の定、寮生は学年問わず仲が良くこれと言った諍いも無く、執事と侍女に対しても横柄な態度も取っては来ない。皆、穏やかに仕事をする事が出来ている。

 その中でも比較的大人しく言ってはなんだが、貴族としては地味な三人の担当になったベルトルとユノは運が良いとすら思っていた。


 なのに、王族やら侯爵家やらと、上級貴族の出入りが増えたのだ。

 これまでのように気楽ではいられない。

 もし、失敗をしたら、もし、不敬を働いたら、もし、ご機嫌を損ねさせたら⋯⋯ 。

 それはそれは緊張する。かなりストレスの負荷がある。


「頑張ってー。この間みたいになったら手伝うからね」

「他人事だと思って⋯⋯」

「いつでも頼れ。ま、頑張れよベルトル」

「はいはい。お前らもお嬢様の所へ戻れ。不安がっているだろうから」


 パタパタと担当お嬢様の元へ小走りする二人に「走るな」と声を掛けたが「はーい」と軽く答えられ、やれやれと再び顔を合わせたベルトルとユノはクスリと笑いを交わした。

 この職場は寮生にも同僚にも恵まれている。


「ただいまあっ」「ただいま戻りました」

「⋯⋯ただいま」


「お帰りなさいま⋯⋯⋯⋯せ」


 出来れば大人しく帰ってきて欲しいと願う二人に明るい帰寮の声が掛かり、早速願いが叶ったと笑顔のまま振り返ったベルトルとユノはその笑顔を貼り付けた。


「二人とも楽しそうね。何か良い事あった?」

「い、いえ。大変な事になりましたね」

「でも、ここに帰ってくると安心します」


 リリックとベヨネッタは何も気にしていなさそうだが何故気にならないのかとユノは心底疑問だった。ベルトルに至っては考える事を止めたらしい。 

 ニコニコと立っているだけだ。


「ベルトルさん? ユノ?」

「はっ、あ、はい。トレイル様いらっしゃいませ」

「お邪魔します⋯⋯? あの、名簿の記入は」

「あっ失礼致しました。こ⋯⋯ちらへお願いします」


 当たり前の様にそこに存在し、当たり前のようにキャラスティの隣に立つレトニスに何故リリックとベヨネッタは疑問に思わないのかと思わず「寄っていくんだ⋯⋯」とユノの心の声が漏れた。


 はっとして口を押さえたが時すでに遅し。

 ギョッとしたベルトルに見下ろされ、ペンを止めたレトニスはキョトンとした表情でユノを見ていた。


「申し訳ありませんっ!」


 ユノは全身から冷や汗が噴き出す勢いで恐縮する。

 やってしまった。いつかは失敗するだろうと思っていたがとうとうやってしまった。


「私達は何も思わなくなってるけど、当然の様に通う事を不思議に思うのは当たり前よね。女子寮だし」

「そうね、私も最初は戸惑ったわ。慣れって怖いわね」


 「気にしなくて良いの」とリリックは言うが言ってしまった相手は次期侯爵様。ただの侯爵ではなくこの国では「特別」な、東の次期侯爵様。

 機嫌を損ねさせたなら処刑まではされないだろうが何らかの罰は覚悟しなければならないだろう。仕事もクビだ。

 いい職場だった⋯⋯次の仕事を捜さねばとユノは肩を落とした。


「トレイル様、私からもお詫び致します。キツく言い聞かせますので、どうかお情けを」

「えっ? あ、いや、そんな気にする事じゃ⋯⋯」

「レトは来すぎなのよ⋯⋯」

「だって来ないとキャラに会えないじゃないか。トレイル邸に入って欲しいって何度言っても首を縦に振ってはくれないし」

「また人前でそういう事言わないで!」


 何てこったい。益々ユノは青ざめる。

 今度は痴話喧嘩が始まりそうだ。


「本当に、本当に申し訳ありません」

「ユノ、大丈夫だから。レト、どうしたら許してくれる?」

「⋯⋯許すとか許さないとかの問題にする程じゃないよ⋯⋯」

「トレイル様、我々にとって貴族に楯突く行為、不敬を買う行為は命取りなのです。貴族が「許す」と言わなければ簡単に罰せられてしまう立場なんです」


 ベルトルの言葉に思うところがある様な表情を見せたレトニスが暫し考えて口角を上げた。長めのショートから覗く深緑の瞳の色気に身構えたユノは「死ななければ何でも良い」と背筋を伸ばした。


「じゃあ、許します⋯⋯その代わり、俺⋯⋯私がこの寮に来た時は歓迎してください」


 「何を許すのか全く分からないけど」と良い事言った気に笑うレトニスに見惚れてしまったが「クビが繋がった」とユノは安堵の息をつく。


「ありがとうございますっ。心からのおもてなしをお約束致します。それから⋯⋯トレイル様を全力で応援致します。何なりと申し付けください」

「本当? それは有難いな⋯⋯早速だけど、キャラの今朝の寝起きって⋯⋯悪かった?」

「⋯⋯まだ気にしていたの」

「キモチワルイっ! レト、それはかなりキモチワルイ!」

「⋯⋯引きますわね」


 リリックとベヨネッタに押さえつけられたレトニスが引き摺られるように寮内に連れて行かれるのを見送ったキャラスティはユノに向き直ると複雑な笑いを浮かべた。


「ユノ、今のだけど⋯⋯」

「お任せ下さいっ! 私はお二人を応援しております。ねっベルトル」


 レトニスが頻繁に訪れるのは「そういう事」だからなのだろう。

 何を恥ずかしがっているのか。後はキャラスティが素直になれば良いだけだとユノはベルトルに同意を求めたが、ベルトルはキャラスティと同じ複雑な笑いを浮かべ小さく頭を振った。


「時期が来れば落ち着くと思う。だから応援、とかはしなくていいから」

「あの、キャラスティ様はトレイル様がお嫌いですか?」


 何の時期が来るのか。訳の分からない事を言うとユノはもどかしく思う。

 レトニスは明らかに好意を持っていると一介の侍女でさえ分かると言うのに。

 地位と権力の将来を約束され、容姿も性格も申し分ないレトニスから一途に想われているのに何が嫌なのか。


「好きだから⋯⋯、好きにならないようにしてるの」


 リリックが「何してるの? 早く」と急かす声の方向へ向いてポツリと零された。

 「好だから好きにならない」とはいよいよもって訳が分からない。

 ユノがどんな意味だと聞こうとするのをベルトルに制された。


「それから、後から来客があるので部屋にお通しして下さい」

「畏まりました。どなたかいらっしゃる予定⋯⋯」


 ベルトルの予想通りなら「彼ら」だ。

 緊張気味に息を飲んだベルトルに「当たりです」と笑いキャラスティは学園の制服を翻してパタパタとリリック達の後について行った。

 

 今度は「走るな」とは言えずそのまま見送った。


「ユノ」


 呆れた声での呼び掛けはその後に小言が来る。


「必要以上にお嬢様方に立ち入らない事」

「だって、幸せになってもらいたいじゃない」

「もどかしい気持ちは分かるけどね。まあキャラスティ様は表情になかなか出ないけど心の中は色々お喋りなタイプだから、必要な時に力になって差し上げればいい」


 所詮、自分達は学園に雇われた使用人。

 貴族達が寮での生活を円滑に潤滑に営めるようにお世話するだけの使用人。

 貴族達の事情に入り込むものではない。


 不服だと言わんばかりに頬を膨らませたユノにベルトルは「余計な事はしないように」と名簿で頭を小突いた。


 先程の出来事はベルトルも肝が冷えた。

 同じ職場で同じお嬢様に付いて同じ時間を過ごせているのにユノがクビになるかとヒヤヒヤした。


「折角一緒にいられるんだから今後は気を付けてくれよ」

「分かったわよ⋯⋯ごめんね」

「素直でよろしい」


 ベルトルの笑顔が好きだと実感する。

 ユノは尚更「好きだから好きにならない」意味が分からない。好きなら好き。それで良いのではないか。

 ユノはベルトルの名簿を奪い錚々たる名前の羅列をなぞった。


「トレイル様も恋敵が多いわね。お二人には気合を入れた応援が必要ね。うん」

「コラっ! 全然分かってないじゃないか⋯⋯」


 ベルトルはユノの前向きで素直な所に惹かれたが「良い方向」に捉え過ぎる。ユノとキャラスティの「好きだから好きにならない」は捉え方が違う。


 「好き」だからこそ相手の「幸せ」を願う。


 自分と相手が共に「幸せ」になると考える者、自分が相手を「幸せ」にすると考える者、相手の「幸せ」の為に身を引く者。

 どれも相手を「幸せ」にしたいのは同じだ。


 ユノは前者、キャラスティは後者。


 ユノはベルトルと共に「幸せ」になり、互いを「幸せ」にすると信じている。

 キャラスティはレトニスの「幸せ」の為に距離を置こうとしている。


 ベルトルは気合を入れてキャラスティに「好き」だと認めさせると決意し、目を輝かせるユノに頭を抱えた。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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