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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第二章 「悪役」と「ヒロイン」の物語

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神隠し

 夢見が悪かった。


 「前世」の夢でも「ゲーム」の夢でも無く、かと言ってどんな夢だったのか思い出そうとしても真っ暗だったとしか残っていない。心臓がバクバクと打ち寝汗なのか冷や汗なのかじっとりとベタつく肌が気持ち悪かった。


 「いつも」なら、いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を取り、いつも通りに登校する。

 キャラスティは毎日同じことを繰り返す。

 それを不服に思った事はないしこれからも「いつもと同じ」であれば良いと思っている。


 今日は汗の気持ち悪さに朝一で湯を浴びさせてもらった。簡単なトーストと珈琲を取り、「いつもと違う」違和感に苛立ちなのか不安なのか分からないものを燻らせたまま支度を整えた。


 遅刻にはならないが寮を出たのは最後だった。

どうしても気乗りのがしない足取りで学園へと向かいロータリーに差し掛かって「いつもと違う」光景にも違和感を感じ、溜息が漏れた。

 いつもなら送迎の馬車が並んでいるロータリーには黒い人集り。一人一人が鋭い視線を周囲に向け、訓練された体躯からはピリピリとした雰囲気が立ち上っている。

 明らかに異様だった。


──騎士団?


 学園と騎士団のアンバランスさは何かあったのだと想像に難くないが、自分には関係ないと気配を消し、邪魔にならないよう人集りを避け一人歩く生徒を青藍の瞳が見つけるのは簡単だった。


「キャラスティ?」

「⋯⋯? ──っ、あ、エミール様おはようございます」

「おはよう、今日は遅いのですね。一人? ⋯⋯良くないな。入り口まで送りましょう」


 誰が誰を呼んだのか一瞬戸惑った。キャラスティは自分で相手はエミール・シラバート。親し気な笑顔を知っている。


「いえ、直ぐそこですから」

「つれないですねえ。騎士団がいる事、気になりませんか?」


 騎士団が集まっている。それも学園に。気にならないわけではないが何故かキャラスティはそれを聞くことがとてつもなく億劫に感じていた。

 体調が悪いのでは無く、「何か」に違和感を感じ、違和感がどんどん頭を支配する。


「⋯⋯ご機嫌を損ねてしまいましたか?」

「少し黙っててくれる?」


 キャラスティは口から出た言葉に驚き、弾けるようにエミールを見ると彼も同じように驚いた顔をしていた。


 一体今、自分は何を言ったのか。


 ぼんやりしていた訳でも無いし、気遣いを常に向けてくれるエミールに負の感情を持ってもいない。

 「黙っていろ」とは一体誰が言ったのか。


「も、うしわけありません」

「驚いた⋯⋯うん。いや、今日のキャラスティは「いつも」のキャラスティじゃないね」


 いつもと違う。


 見えている世界は現実、手に触れるのはこの世界の物、隣にいるのはこの世界の人。


──私は⋯⋯サクラギ。


 違和感の正体は「いつもと違う」だ。キャラスティの意識を維持したサクラギだからだ。

 目覚めたのはマンションではなく寮。

 蛇口を捻れば出るシャワーではなく湯はわざわざ沸かして溜める。

 仕事に行くのではなく学園へ行く。


 キャラスティのいつも通りがサクラギには「いつも」とは違う。


 こんな事は初めてだ。キャラスティなのにサクラギなのは。


「エミール様、本当に申し訳ありません。えっと、エミール様は伯爵だから子爵より上で、シナリオには出てこなくって⋯⋯あっ! キャラスティとはどんなご関係で? あれ? 婚約者だっけ。いや、婚約まではしてなかったか」

「シナリオ? ご関係⋯⋯。大丈夫ですか?」


 まずい。まずい。まずい。

 大丈夫ではない。

 確かに「前世」はサクラギだが、感覚的に近いのは「記憶を共有した別の人格」。今は「身体を別の人格と共有している」状態だ。

 何故こんな事になったのか。


──夢。ああ、そうだ、夢だ。


 パチンとシャボン玉が弾け夢が蘇った。



 周りに人が居るのに誰もキャラスティを気にしない。誰も見てくれない。誰も名前を呼んでくれない。

 レトニスもリリックもキャラスティを置いて去って行く。真っ暗な空間に取り残され永遠に一人だと恐怖した。怖くて寂しくてこのまま消えるのだと諦めた時、サクラギが現れ手を差し伸べて来た。その手を掴んだ瞬間、サクラギがキャラスティの中に入り込んだ。



 怖い夢だった。


「ええと、エミール様、改めて先程の失言をお詫びします。お許しくださいとは願いません。出来る事であれば、償いをさせてください」

「良いって、そんなに改まらないで。いつものキャラスティは庇護欲を感じるけれど今日のキャラスティも悪く無い。アレクス様達の事も知識も引き出しがとても多いね。益々興味が深まったよ」


 「悪役」に「庇護欲」とはなんとバランスの悪い。調整を間違えたか⋯⋯と考え始めていやいやそんなものは無いと心の中で頭を激しく振った。

 憑依したサクラギが強く出過ぎている。

 まずい。キャラスティの当たり前を違和感に感じるままでは性格が変わってしまうし、迂闊な事を口走ってしまいそうだ。


──性格⋯⋯。


 落ち着け自分。と、今までのキャラスティはどんな性格だったか思い出す。

 貴族社会に息苦しさと生き辛さを持ち、控えめだと言われがちだが決して控えめなのでは無く自信が無いだけ。

 与えられた環境はなんの不自由もなく、家族は暖かく、虐げられた事など一切ない。

 友人にも恵まれた何処にでもいる少女。


──平凡。


 キャラスティの幸せは「平凡」。面白くない人生だと誰に言われようとそれが幸せ。

 「無個性」。それがキャラスティの個性。


 「キャラスティ」を認めるとサクラギの欠片と無理矢理繋ぎ合わされ歪な形を成していた器が壊れた。

 散らばった欠片からサクラギの欠片が取り除かれ、キャラスティの欠片だけが再び集まり「キャラスティ・ラサーク」の器を形成して行く。


 同時にこみ上げた恐怖があった。

 もしもだ「前世」の人格が侵食を広げたらこの世界のキャラスティはどこに行ってしまうのだろうか。誰にも気付かれず夢のように暗闇に飲み込まれるのだろうか。


──そんなのは嫌だ。


 落ちる意識にカランカランと一限目の講義開始が響き、我に返ったキャラスティの表情が落胆の色に変わった。


「鳴って、しまいましたね」

「うう⋯⋯遅刻です⋯⋯」


 急に雰囲気が変わったキャラスティにエミールは目を丸くし「もしかして」と意地悪な視線を向けた。「まさかサクラギを知られたのか」とキャラスティは身構えた。


「キャラスティは寝起きが悪いのですね? どおりで不機嫌だったわけだ。

なるほど⋯⋯先程、償うと言いましたよね? そうですね⋯⋯では、私の奥さんになってもらいましょうか?」

「おくっひゃん!? ⋯⋯それ、は、償いでなるものではないと思います⋯⋯」

「どんなに寝起きが悪くても私は良いですよ?」


 残念だと笑うエミールは優良株だと思う。優しくて包容力がある。質問型の会話が多いのは相手の要求や気持ちを引き出す努力をしてくれている現れ。爵位を持ち、国王陛下直轄の仕事に就いている。

 それなのに未だ結婚をしていない。

 実は二面性があるとか、釣った魚に餌をあげないとか⋯⋯結婚に向かない瑕疵が有るのだろうか。

 キャラスティはエミールの事を何も知らない。

 それでもエミールを見上げれば青藍の瞳で見返してくれる。その色は信じても良いように思えた。


「ああ、遅刻を心配する必要はありませんよ。大丈夫。まあ、大丈夫では無いのですけど一限目だけで無く、今日の講義は中止になりますから」


 「ほら」とエミールの向いた方向を見ると騎士に守られながらロータリーへ向かって来る生徒たちが見えた。

 それは学園内なのに物々しい景色だった。


「今更ですけど、どうして騎士団とエミール様がいらっしゃるんですか」


 漸く興味を持ってくれたかとエミールが笑みを消した。


「⋯⋯失踪事件が起きたんです。この学園の生徒が、貴族が居なくなりました」

「失踪⋯⋯っ誰ですか! まさか⋯⋯ラ」

「彼女ではありませんよ。マルタ子爵家とタール男爵家のご令嬢です」

「アメリアとフレイ⋯⋯」


「キャラ! 遅いから心配したでしょ!」


 リリックとベヨネッタが走り寄ってくる。その顔は青ざめ、エミールに聞かされた事と同じ内容を捲し立てた。生徒は全員騎士団に守られながら帰宅を促されたと言う。


「ご友人がいらしたので私は仕事に戻りますね。キャラスティ、後でマルタ嬢とタール嬢の交友関係と普段の様子をお聞きに伺います。お二方も、決してお一人にならない様に」


 「また後で」とスーツを翻すエミールは引き際もさっぱりしている。

 わざわざ仕事を抜けて付いて来たのは「一人」にさせない為だったのかとこれまた今更にキャラスティは感心した。

 三人に手を振りながら人の流れに逆らって学園へと向かっていくエミールの背中に感嘆の溜息が漏れた。


「エミール様は大人ね。私達まで気遣って」

「素敵よねえ⋯⋯良いと思うわ」

「リリーは怪しいって言ってたじゃない⋯⋯」

「おほほほ、そんな事言ったかしら」


 くるくるとエミールの評価を変えたリリックに相変わらずだとベヨネッタと二人、肩を竦めた。


 「あ、レト」リリックがエミールとすれ違いに一言交わし、険しい表情で一直線に向かって来るレトニスに我慢できないと吹き出した。


「あれ、絶対何か言われて焦ってるのよ」


「キャラっ! エミールさんと何をしていたの!? いつから一緒だったの!? まさか⋯⋯っ」

「ちょっと! 変な事考えないで! さっき会ったばかりよ」

「嘘吐いてない? 隠してない? だって「キャラは寝起きが悪い」って、そんなの⋯⋯一緒にいたからじゃないの!? 寝起きの場にいなきゃ分からない──」

「レト、や、め、て。アメリアとフレイの事、聞いただけ。後で話を聞きたいって言われたの」


 レトニスは妄想の暴走が日に日に激しくなっていないか。それに自分よりも綺麗な顔で小動物の様に瞳を潤ませるのはズルイ。うっかり色々な事を許してしまう。

 エミールもエミールだ。変な所だけをレトニスに伝えないでもらいたい。伝えるべきなのは「話を聞きに来る」事ではないか。わざわざ煽る様な物の言い方をするエミールはやはり「ただの良い人」と思うのは危険だ。


「アメリアとフレイはいつから居なくなったの?」

「昨晩から帰ってないって。それで、昨日一緒に居たシリルとユルゲンが話を聞かれてる」

「ランゼさんは⋯⋯?」


 一瞬表情を強張らせたレトニスが溜息を吐いた。


「親しかった友人が居なくなって落ち込んでいる様だった」


 キャラスティを敵視し、強引で自信家のランゼに嫌悪感はあれど、弱っている姿は気の毒でもある。 

 キャラスティ達が言う「好感度」がランゼに対しても上がっているのかとレトニスは複雑な心境に表情を曇らせた。


「後からレイヤー嬢とテラードとブラントが話がしたいから寮に行くって。多分アレクス達も。⋯⋯俺も行く。断られても、行くから」

「断わらないわよ。でも、何で私の寮なのよ⋯⋯」


 「そりゃ集まりやすいからよ」とリリックが他人事のように呟き「キャラの周りって本当に賑やかになったわね」とベヨネッタまでもが零したのを恨めし気に見るが悪戯な笑みを返されるだけだった。

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もし、感想欄に書くのは恥ずかしいけど「応援してるで」 と言ってくださる方がいらっしゃいましたらお気軽にどぞ
マシュマロ置いておきます_(:3 」∠) _

マシュマロは此方
──────────(=゜ω゜)──────────
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