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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第二章 「悪役」と「ヒロイン」の物語

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「ヒロイン」だから 「ゲーム」の通り⋯⋯?

──気分が良いわ。


 ランゼは「攻略対象者」の腕を取って学園を歩く。今朝はユルゲンとテラード。昨日の朝はレトニスとシリルだった。

 道を開ける生徒からの嫉妬と羨望の視線が気持ち良い。


──朝の登校イベントも毎日起こしてるんだものそろそろ「好感度」が上がってもいいのに。


 攻略を始めて分かった事がある。

 「祝福」の持続時間は数時間。連続で力を使う事は出来ない。

 「祝福」の力は「瞳」だけでは不完全。


 「瞳」の力は誰にも効果はあるが「好感度」のコントロールは出来ない。それでも見つめれば簡単なお願いはすんなりと通る。ランゼが離れると効果は切れる。

 「ブローチ」は「瞳」と同時に使って力が発揮される。完全な「好感度」コントロールが出来るが「攻略対象者」だけにしか効果は無い。


「テラード様、ユルゲン様、ありがとうございます」


 教室の前でニッコリと微笑み、名残惜しそうに手を取る二人からするりと離れたランゼが教室に入ると今日はユルゲンとテラードなのかと羨望の視線を受け優越感が満たされて行く。


「皆様、おはよう」


 一番の笑顔で挨拶をする。注目される快感。

 人とは違う、人より優遇される、人から憧れられる。

 ランゼの基準はいつでも「人と比べて自分が優位である事」だ。


 結局、一週間の休暇は「攻略対象者」に街で会う事なく過ぎてしまい、次の休暇に持ち越しとなってしまった。

 なかなか上がらない「好感度」は本来されるべき「嫌がらせ」がない所為も有るのだろうか。


──ムカツクわ。嫌がらせが無いと「好感度」が上がり難いのかも。

まあ⋯⋯「ブローチ」で上げられるのだから簡単に攻略出来るのよね。どうせ「ゲーム」なんだし、イベントだけ楽しめば良いんだけど⋯⋯キャラスティだけは追い詰めたいわね。


 学園に入る前から気に入らない。「攻略対象者」に付き纏うキャラスティ。

 「ヒロイン」と「悪役」の立場を分かっていない邪魔な存在。キャラスティがいる場所は本来はランゼの物だ。奪われた場所は取り返さなくてはランゼの射幸心は満足しない。

 

 苛立ちを抑えながらキャラスティを盗み見ると机に突っ伏しぐったりとしている。側でリリックとベヨネッタが笑いながら揶揄い、そこに何人かが混ざり一緒に揶揄っているようだった。


──呑気な人達。


 見回してみると子爵、男爵クラスの人間関係は比較的穏やかに見えてもこの世界にもグループが存在するらしく基本仲の良い者同士が一緒にいる。

 いくつかのグループの中でもキャラスティ、リリック、ベヨネッタの三人はランゼに劣るが「悪役」の役割を持っている分、華やかな分類になる。

 他は所詮モブだ。背景キャラクター。

 その中でもフレイとアメリアは二人で本を広げたり刺繍をしていたりと地味過ぎてランゼにとっては反対に目立っていた。貴族街に家を持ち二人の家はそこそこ裕福だ。「利用」出来るとランゼから話しかけ「偽りの友人」となっただけ。


「ランゼ様、放課後にテストのお勉強一緒にいたしません?」

「ごめんなさい。アレクス様達が教えてくれると仰って⋯⋯」

「まあっ! 素敵ですわね。生徒会の皆様は文武両道ですから。羨ましいですわ」


──声を掛けて欲しいのかしら。ただのモブのくせに。


 申し訳なさ気を演じるが身の程知らずだとランゼは心の中で呆れる。

 テスト期間中は「攻略対象者」と「好感度」を上げられるイベントが起きる。ただでさえ上手く上げられていない「好感度」だ。邪魔をされては堪らない。

 それに、今回のテストは編入者だと言うハンディキャップが与えられたランゼに成績は関係ない。テスト期間中の「ダンスレッスン」と「お勉強」イベントの為の物だ。


 ランゼはこの世界に選ばれた「特別」な存在。「貴女達とは違うのよ」と笑顔の下でランゼは毒吐いた。



 この日の昼。「ある意味」学園に語り継がれる出来事が起きた。


 退屈な午前の授業が終わり食堂に向かうランゼ、フレイ、アメリアの三人が学園の中央にある中庭に差し掛かると、噴水近くのベンチで話をしていた令嬢達から声を掛けられた。

 赤い髪の令嬢を中心に対峙され、フレイとアメリアが恐縮して一歩下がるのを見ると上位爵位なのだろう。


「失礼しますわ。ランゼ・セプター様でよろしいかしら」


──来たわ!


 「悪役令嬢」が嫌がらせをしない事でシナリオが別の「悪役」を用意したのだとランゼはほくそ笑む。


──嫌がらせ(批難)──

イベント発生:中庭。「攻略対象者」との交流が進むと学園内で攻略中の対象者のライバル令嬢から行動を批難される。

責められ、突き飛ばされた所を「攻略対象者」に庇われる。

(突き飛ばした反動でライバル令嬢は噴水に落ちる)

攻略中の対象者の好感度が上がる。


「そうです⋯⋯私が何か⋯⋯」

──赤髪、黄髪、青髪⋯⋯信号機ね。


 配色も、並びも信号機だと笑いを堪えているお陰で身体が震え、顔が困り顔になったランゼは出来るだけ、か弱く見える様に俯いた。


「私、ハンナ・カドラーと申します。学園に来て間もない貴女に一言、教えて差し上げようと思っておりましたの。⋯⋯生徒会の皆様を勘違いなさっておられるご様子なので」


──これよ! 待っていたわ!


 ドキドキする。「ゲーム」のワンシーンを体験していると気分が高揚しているのが分かる。必死に嬉しさを抑え込むが収まらないランゼは喜びに身体を震わせた。


「でも、良くしていただい──」

「ええ、お優しい方達ですもの。ですが、貴女が無作法に近付いて良い方達ではありませんわ。身分を弁えたら如何かしら?」

「学園では身分は関係ないはずでしょうっ!? それに⋯⋯それにっ! 身分を持ち出して見下し、安心しているのは、自分に力も慈しみも無い、身分しかないと言っているのと同じでは無いですか! 人は生まれと身分で差別されて良い訳がありませんっ!」


 言う場所と相手は違うが「ゲーム」の通りだ。

 ハンナとランゼ。「悪役」と「ヒロイン」の対峙する光景にギャラリーが増えて来た。構図だけ見ればランゼが責められていると見える最高の舞台だ。


 「悪役」三人が「まあっ」と顔を顰める背後にアレクスの姿を確かめたランゼはタイミングを計る。絶好のタイミングで「悪役」に突き飛ばされたい。


「ええ、そうですわね」

「えっ⋯⋯」


 予想していなかったハンナの同意にランゼの覇気が削がれる。


「基本的人権の定義は、貴女の言う通りですわ。ですが、ハリアード学園は貴族の学校。身分には相応の立場が、立場には相応の責任が伴う。と、学び自覚する場です。最近の貴女と生徒会の皆様の振る舞いは目に余ります。お立場が悪くなる前にと思ったのです⋯⋯良くお考えになって下さい」


 「よろしいですわね。会長?」とハンナが振り向く。ハンナも気が付いていた。中庭で大声を上げれば嫌でも注目される。そして、昼にアレクスはこの中庭を通る。

 ハンナは賭けに出た。

 騒ぎになった時、普段のアレクスなら場を収めようとするだろう。

──違った場合──

 生徒の間で噂になっている「正気でない」アレクスだった場合、残念だが王の後継者の一人でしかないアレクスに王の器を持っていないと判断を下す。


 眉間を寄せたアレクスがバツが悪そうに頷くとランゼが崩れ落ちた。アメリアとフレイは震えながらもランゼを支えるが二人の足元も今にも崩れそうだ。


──モブが偉そうにっ! こんなの「ゲーム」に無いっ無い無い無いっ! アレクス様も何で庇ってくれないの!?


 「ゲーム」はランゼが突き飛ばされ「攻略対象者」に庇われる。ランゼを責めた「悪役」は噴水に落ちる。落ちなくてはならない。

 何故「ゲーム」の通りにならないのか。


「僭越ながら、この国の法務大臣を務める父カドラー侯爵の娘として、風紀委員として、苦言を呈させていただきました」


 派手な赤い髪だが国の法を守る父親譲りに規律を重んじるハンナは学園の風紀委員を務めている。

 生徒会とランゼの苦情が少なくない生徒から上がり始め、風紀が乱れている事をハンナは良く思っていなかった。それでもただの「嫉妬」だろうと静観していたが、ハンナも観察してみると、普段の彼らとランゼと居る彼らとの違和感が日に日に濃くなるだけだった。


──この王子様は「正気」の王子様ね。


 今、見据えている王子様は威圧的でもあり、近寄り難くもあり、どこか不安定なハンナの良く知る普段の王子様だ。


「肝に銘じよう⋯⋯しかし、生徒の面前で──」

「大声をお上げになるからです。結果論ですわ」


 「失礼いたします」と踵を返すハンナに、ランゼはこのままでは「好感度」が上がらない。突き飛ばされないとイベントが成立しないと焦り、「待って!」とフレイとアメリアを突き飛ばすように振り解いた。


 フレイとアメリアが勢いに弾かれ、眺めていた生徒の中に倒れ込むとそれから後方に向かってドミノ倒しが始まった。


「きゃあっ」「きゃっ」「うわっ」「やだっ」


 どれだけ詰まって眺めていたのか。あちこちから悲鳴が上がり噴水を回り込むように見ていた生徒がぶつかり合い、次々と後ろへ押され、ふらつき、倒れそうになって行く。

 

 ランゼ達の居る側から噴水の影になった反対側に人の波が到達すると「いっひあぁっ!」と情けない悲鳴とバシャンッと水音が上がった。


────────────────────


「その⋯⋯何と言うか⋯⋯何て言えば⋯⋯」

「会長、ここは私がおりますのでどうぞ、ご退出下さい」

「あっ、おいっ、ハンナ嬢っ」


 追い出されるアレクスを見送ったキャラスティは頭から毛布を被りお腹からの「腹減った」との文句を必死に抑えていた。


──お腹空いた⋯⋯。


 キャラスティは昼に出るのが遅くなったと急いで食堂に向かう途中、中庭を通る際に人集りが出来ているとは思ったが、それよりも白パンのサーモンとアボカドクリームチーズサンドが売り切れてしまう方が心配で人をかき分けるように進み、噴水の脇が空いているのを見つけそこを通ろうと踏み込んだと同時に人の波に弾かれ、噴水の縁に膝を強打しながら水の中へと落ちたのだった。


 キャラスティが噴水に落ちた事でランゼ達の騒ぎは有耶無耶となり、収拾がつかなくなりそうな事態が免れ、アレクスとハンナはキャラスティには悪いが心の内では「助かった」と胸を撫で下ろした。


「痛むところはありませんか?」

「膝が少し⋯⋯あの、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。ありがとうございます」

「気になさらないで。原因は私どもにありますから⋯⋯」


 ぐうー⋯⋯


 とうとうキャラスティのお腹が「腹減った」と叫んだ。ハンナにクスクスと笑われ恥ずかしくて毛布を深く被り直すが空腹で限界だ。寮に着替えを取りに行ってくれた学園の執事に服と一緒に食べ物を頼めば良かったと後悔する。


「キャラっ! 大丈夫!? 怪我は!? お腹空いていない? 空いてるよね」

「お前は静かに入れないのか! 付いて来なくても良いと言っただろうっ⋯⋯あっ⋯⋯ハンナ嬢、いや、コレは⋯⋯」


 テイクアウトしたサンドウィッチと菓子を手に騒がしく医務室に入ってきたレトニスとアレクスに目を丸くしたハンナは、キャラスティの苦虫を潰したような表情に心底引いていると分かり、いくら身分と立場を弁えろと言ってもここまで心配を露わにする二人に対して弁え過ぎだと吹き出した。


「カドラー様⋯⋯申し訳ありません」

「ハンナでいいわ。キャラスティ、仮にもお二人は王子様と次期東の侯爵様ですよ。そんなに迷惑がらないであげて下さい⋯⋯ふふっ」


「ハンナ嬢も昼がとれなかっただろう? 二人にコレをだな⋯⋯」

「会長、一言よろしいで──」


ぐうー⋯⋯


 キャラスティのお腹の「腹減った」との文句が響き、ハンナは耐えられないと笑い出した。


「ふふっそうですね。先にお昼をいただきましょう。ありがとうございます会長、レトニス様」


 ハンナから渡されたサンドウィッチ。キャラスティは齧り付きたい衝動を抑えて一口づつ堪能する。

 なんと美味しい事か。なんと幸せな事か。空腹を満たしてくれるサンドウィッチ。

 この世界のサンドウィッチは昔、サンドウィッチ男爵が手軽に食べられるようにとパンに具材を挟んだのが広まったと言われている。キャラスティはこの食べ方を広げてくれたサンドウィッチ男爵に想いを馳せて夢中で頬張った。

 

──ありがとうサンドウィッチ男爵。


 キャラスティがよく分からない感謝をしながら幸せそうに食べる姿をアレクスとレトニスが微笑ましく見守るその眼差しにハンナは目を細めた。


 正気ではない二人がランゼに向ける眼差しとは全く違う。この「平凡」なキャラスティの何が彼らを惹きつけるのかハンナに興味が湧いた。


「キャラスティ、これから何かあれば私に相談なさってね」

「えっあ、はい。ありがとうございます」

「邪な事を考える輩も居ますからね」


「クッ⋯⋯ケホッケホ⋯⋯」


 ハンナの言葉にアレクスとレトニスが目を逸らし咳き込んだ。

 

 「そう言えば」とキャラスティは視線を毛布へと落とす。今の自分は着替えを待つ間、毛布の下はあられもない姿なのだ。

 クスクスと笑うハンナと目を合わせたキャラスティは恥ずかしさのあまりサンドウィッチを口へ押し込み毛布に隠れた。

 

「今日は私も会長もキャラスティに助けられました⋯⋯。貴女も「彼女」には気を付けて⋯⋯」


 キャラスティが噴水に落ちたのはランゼとハンナの対立が原因。ハンナは騒動の最中怯えながらもどこか嬉しそうでもあったランゼに不気味なものを感じていた。


「ごめん、なさい」

「何故、謝るの?」


 キャラスティは毛布から青ざめた顔を出してハンナに謝罪する。

 本来ならキャラスティが「悪役」をすべきところをハンナに担わせてしまった。

 キャラスティは申し訳なさに目を伏せた。


 突然元気を無くしたキャラスティと、彼女以上に苦しそうな表情をしたアレクスとレトニスを交互に見たハンナは理解した。

 彼らはランゼによって自分が正気ではなくなる事を知っている。キャラスティは彼らのその事情を知っている。

 

──この方達は互いに何らかの繋がりをもっているのね。「絆」とも言うのかしら。


「私は大丈夫よ。でも、必要になった時は遠慮なく私を頼ってください」


 これから学園で何かが起きる予感がする。

 彼らの繋がりが「絆」ならばその何かに打ち勝てるだろう。


 そうハンナは確信し、キャラスティの手を強く握った。


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