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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第二章 「悪役」と「ヒロイン」の物語

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「ヒロイン」だから 叶う

 おかしい。


 休暇に入ってから四日。表通り、中通り、貴族街。「イベント」が起きる場所に通ったが誰一人「攻略対象者」に出会わなかった。

 

 今日こそはと王宮にも行ったがアレクスには会えないと門前払いされた。

 「ゲーム」では王宮に行けば「好感度」に関わらず必ずアレクスが居て話位は出来るのにこの世界はどうなっているのか「ゲーム」とは違い過ぎる。


「ランゼ様お身体は如何ですか?」

「災難でしたものね」


 上手く行かない「ゲーム」に苛立ったランゼがガチャっと乱暴にカップを下ろすと学園での「偽りの友人」、男爵令嬢のフレイ・タールと子爵令嬢のアメリア・マルタが気の毒そうに眉を顰めた。

 この二人は「ゲーム」には出て来ない所謂モブだ。寮に入っておらず貴族街に邸を持っているモブだからこそランゼは選んだ。


「ありがとうございます。私は大丈夫です。ただ⋯⋯キャラスティ様達に失礼をしてしまったのが気掛かりで⋯⋯」

「勘違いは誰でもありますわ」

「私、キャラスティ様が⋯⋯レトニス様に付き纏っていると言う噂を聞いて⋯⋯ほら、私は学園に入ってからレトニス様に良くしていただいてるでしょう? それで⋯⋯嫉妬されたと勘違いしてしまったの」


 「噂」では無い。ランゼは「知っている」。レトニスはキャラスティの付き纏いに迷惑しているのだと。

 レトニスに傾慕しているキャラスティが一緒に居るランゼに嫉妬して当然。ランゼはそう印象付ける為、出来るだけ同情を買うように俯きほくそ笑んだ。


 しかし、二人から返ってきた反応はランゼが期待したものではなかった。


「ランゼ様、どちらでそのお話を?」

「え? 皆様そう言ってらしてよ」


 「あら?」と二人は顔を見合わせて眉を寄せた。


 一時期確かに付き纏いはあったがキャラスティがではなくレトニスが、だ。

 上位爵位の令嬢はランゼの言った「噂」を流したが、信じたのは取り巻きや新興貴族の一部。

 殆どの者はキャラスティがトレイル家の系譜に並び、幼馴染で仲が良いのも知っている。

 先日のパーティーでは揃いのドレスとモーニングを着ていたのだ。


「そう言えば、レトニス様が教室にいらしてもキャラスティが居ない事が多いわね」

「お気の毒よね。残念そうな表情も麗しいけれど」


 コロコロと上品に笑うフレイとアメリアが語る「知らない話」にランゼは舌打ちする。キャラスティがトレイル家の系列だとは知らなかった。「ゲーム」ではただの幼馴染としか出てこないのだから知らなくて当然だろう。

 それに、キャラスティに悪い印象を持っていない二人の口振りにランゼは苛立ちを覚えた。


「ま、まあ⋯⋯そう。私ったら噂を鵜呑みにしてしまったのね」


 失敗した。

 これ以上余計な事を言えばこちらの印象が悪くなってしまう。


 ランゼが反省した振りをして俯けば簡単に二人は騙される。弱々しく上目遣いを送れば案の定、穏やかに微笑み返して来た。

 ランゼはその微笑みにウンザリする。

 モブはモブだ。特徴は無く容姿は地味で目立たない。爵位も低く「攻略対象者」が参加する茶会も夜会も呼ばれない。そんな二人に友人と呼ばれるのはランゼには納得がいかない。利用するにも限界がある。


──この二人じゃ貴族街に出入りする程度しか使えないわね。


「アメリア様、フレイ様、残りのお休みはどうなさるの?」

「刺繍をしたり本を読もうと思ってますの」

「私はガーデンの手入れをしますの。花の種類が増える季節ですもの」


──つまらない人達。外見も地味なら趣味も地味だわ。


 刺繍、花の世話。ランゼは「前世」の同級生を思い出す。

 教室の隅に居た地味な人種。化粧をする事もなく流行を取り入れる事もなくいつも本を読んでいたり小物を作っていたり。

 一体何が楽しいのか理解出来ないと馬鹿にしていた彼女達とこの二人が重なる。


──私には華やかで綺麗な友達が相応しいのよ。


 アメリアとフレイはどんな本を読んでいるのか、どんな絵柄の刺繍をしているのか楽し気に話しているがランゼには全く興味が湧かない。

 美しい宝石、可愛いドレス、綺麗な友人、カッコイイ男性に囲まれた中心こそランゼがいるべき場所だ。誰もが羨み、誰もが愛し、羨望の視線を受けなければ「幸せ」とは言えない。


──上級貴族が集まる茶会と夜会に行かないと。


 必ず「攻略対象者」の誰かは茶会と夜会に参加している。「ゲーム」でもそうだったのだから。



──茶会イベント──

条件:好感度「好き」状態。

イベント発生:茶会に参加したヒロインは「攻略対象者」と親しい事を理由にモブ令嬢から嫌がらせを受けるが「攻略対象者」が現場を目撃する。

嫌がらせの指示を出していたのは対象者のライバル令嬢だと知った「攻略対象者」がライバル令嬢を叱責する。


──夜会イベント──

条件:好感度「好き」状態。

イベント発生:夜会に参加したヒロインが「攻略対象者」とダンスを踊る。

ダンスルールを知らないヒロインは続けて踊り、対象者のライバル令嬢から連続で踊るのは婚約者か夫婦でないとルール違反だと叱責されるが「攻略対象者」に庇われる。


 

 茶会も夜会も「好感度」が「好き」状態で「イベント」は発生する。

 これまでの「攻略対象者」の様子ではまだ「好き」にはなっていないがランゼには「ブローチ」がある。早くどちらかを発生させなくては。


 ランゼはアメリアとフレイが帰るとすぐにエルトラの元へ行き茶会と夜会に行きたいと訴えた。

 セプター家は男爵位だが、商会の顧客には上級貴族が居る。伝手を作る事なんて簡単だ。

 理性と立場を弁えた真面目な上級貴族は無闇矢鱈に「場にそぐわない」人物を伴わないがランゼには「祝福」の力がある。「攻略対象者」程ではないが対象者が男性であれば効果がある。見つめて「お願い」をすればランゼの為に何でもしてくれるようになるのだ。


「そうだね。そろそろこちらの社交会にも顔を売りに行かないととは思っていたよ」


 エルトラは顧客リストを捲りながら何人かにエスコートを頼んでみると笑った。


──ほら、私は「ヒロイン」だもの何でも叶う。


「お父様大好き! 早速ドレスを用意しなくちゃっ」


 エルトラはランゼが上機嫌に部屋を出るのを眺め、扉が閉まるのを待って書棚の一部を動かした。 

 壁に埋め込まれた金庫を開け取り出した一枚のリスト。

 エルトラの「もう一つ」の仕事の関係者が並び、その中の一人の名前にエルトラの指が止まった。


──バルド・ディクス公爵──


  セプター商会のお得意様にしてハリアード王国の金庫番的存在。ハリアード王国でセレイス公爵と並ぶ有力者だ。

 セレイス家が血筋と権威の公爵家ならディクス家は富と出世の公爵家。ようは成り上がり公爵。

 バルドは元は男爵家の三男。その自由な身で大きな商会を運営していた商人だったが潤沢な資金を生み出しその手腕が買われ公爵位に上りつめた人物だ。


 バルドと取り引きをしているが自分は「ただの駒」だとエルトラは忌々し気に溜息を吐く。


──バルドのお陰で稼がせてもらってはいるが裏切らないように手を打つ頃か。


 エルトラは何となく察している。

 容姿は良いが我儘で思慮が浅いランゼに入れ込む男を何人も見てきた。ランゼには不思議な力がある。それも男性のみが影響される力。


──ランゼの力、バルドに通用するのか。


 上手く行けば儲け物。

 そんな力が無いとしても少なくとも身内、娘を会わせる事でこちら側を信用させる事はできる。


 ランゼの願いを叶える為、自分の保身の為、エルトラはディクス家に向けて「商談」の書簡をしたためた。


────────────────────


「⋯⋯はー⋯⋯気持ち良い⋯⋯」


 湯に浸かりながらキャラスティは空を仰いだ。

 ここは男湯女湯と分けられているが、目隠しと仕切りが有るだけの露天風呂。

 最高の解放感だ。


 この短い間に小さな事から突拍子もない事まで色々あった。

 レトニスの付き纏いと噂話。テラードとレイヤーから語られた「前世」。ランゼの登場と仕掛けられる「ゲーム」⋯⋯本当に色々あってキャラスティは凝り固まっていたのだ。

 

 この温泉の泉質はさらりとした単純泉。温度は熱すぎずじっくりと温まり疲れを癒やして行く。

 パシャリと湯をかけてキャラスティは大きく伸びた。

 

「いい湯⋯⋯独占しちゃって申し訳ない気がするけど」

「大丈夫よ。この時間はみんなはまだ来ないから」


 隣でベヨネッタが笑う。

 温泉に入る際、王族と身分の高い貴族が無防備になるのは良くないとムードン家の使用人とアレクスの護衛が外に控えて人が入って来ないようにしているが、領民達は仕事終わりに利用しているらしく午前中は貸し切りし放題なのだそうだ。


「日本の温泉みたい⋯⋯休める部屋もあるしどの世界も人は似たような考えをするのね」

「その「日本」て世界、良く聞きたいわ」

「ベネ、ありがとう⋯⋯うわぁっ」

「きゃあっ」


 ほんのり上気したベヨネッタとしみじみと湯に浸かるキャラスティにレイヤーとリリックがあられもない姿でにじり寄り湯が跳ねた。


「レイが「日本」の温泉に行ったらこうするんだって」

「ふふふ。温泉と言ったらこれよ。どれだけ成長したかお姉さんに見せなさい」

「やだ、ちょっとレイ! リリー! やめてっ」

「レイ! 間違った事教えないで! そんな事しないっ! いやだって、くすぐったいっ!」


「やめてーっ!!」



 パシャりと湯が波打った。

 この温泉、仕切りの下部は柵状で隣の湯と繋がっている。露天は当然、開放的で話し声は筒抜けだ。


 湯の心地良さに如何に自分が疲れていたのかを実感し、疲労が解れていくのを各々が満喫している男湯に幾重にも波が打ち、悲鳴と笑い声が響いた。


「隣は賑やかだな⋯⋯」


 朝食時、遅くまで話していたと言うキャラスティ達四人は眠そうにしていたのに温泉に着くなり目を輝かせ、元気になっていたが元気が良すぎるのではないか。


「⋯⋯何が成長す⋯⋯っ!?」


 シリルが自分で口にした言葉の意味を理解して息を飲んだ。見る見る赤面していく様に他の五人もつられて理解し赤面する。


「やめろ、シリル⋯⋯それ以上言うな⋯⋯」

「そうだよ、僕までつられちゃったじゃない」

「シリル様、隠れ⋯⋯なんですね」

「俺達も確認、する? ⋯⋯か?」

「やめろ、テラード⋯⋯品がない」


 彼らの間に気恥ずかしい微妙な空気が流れ「誰が先に上がるか」の読み合いが始まった。

 結果、全員が湯当たり寸前まで行き、彼らはぐったりと休憩スペースで項垂れる事になってしまった。


 キャラスティはそんな彼らに冷えたソーダ水を渡しながら首を傾げた。何故こんなになるまで湯に浸かっていたのか。

 それに、ソーダ水を受け取ってはくれるが妙に目を逸らされるのは気のせいなのだろうかと。


「こんなになるまで何をしていたのですか?」

「あー、うん。キャラ嬢達も俺達も、年頃なんだよなあってな」


 テラードが妙な言い回しで曖昧に笑いながら答えにならない返答をする。

 「余計な事を言うな」と訴えたレトニスに矛先を変えたキャラスティとリリックは詰め寄るが、レトニスは真っ赤になりながら「何でもない」と繰り返すだけで要領を得なかった。

 ブラントに至っては目すら合わせてくれないし、アレクスは俯いたままでその表情が見られない。シリルとユルゲンに聞こうとするも湯当たりしたのか赤くなりながら目を逸らされた。


「何があったの、一体」

「あー⋯⋯私、分かった気がする」


 苦笑いのリリックが冷えた視線をレトニス達に向けて一言、言い放った。


「レトの破廉恥」

「は、はれん⋯⋯っ、ちがっ違う、リリー俺じゃないって、シリルがっ」

「まて、俺は何も言ってないっ勝手に想像したのはお前らだろっ」

「シリル。俺を含めるな⋯⋯威厳が他に落ちそうだ」

「そうだよー僕を巻き込まないで欲しいな」


「破廉恥⋯⋯」


 リリーの言葉で漸く察したキャラスティがポツリと呟いた。その言葉にレトニス達は再び項垂れ、ベヨネッタとレイヤーは笑い出した。

 

「まあまあそう蔑まないであげてよ。年頃なんだし」

「⋯⋯テッド兄、少しオヤジっぽい」

「二人とも無関係を装っていますけど⋯⋯同罪です」


 しれっと「自分は関係ない」と言う立場に逃げようとするテラードとブラントにキャラスティが冷ややかな視線を向けると二人は「すいません」と項垂れる彼らの仲間に入って行った。

 

 そんな姿にキャラスティは笑う。少し前までは話をするどころか、すれ違う事も名前も知られることも無い雲の上の人達だった。

 そんな彼らとこうして笑い合っている。

 それがとても嬉しかった。


 ムードンの滞在の最後の夜、キャラスティは藤が描かれた小さな手帳を開き、メモでは無く日記を書いた。

 身分と肩書きを忘れ、友人達と過ごした大切な思い出になるとキャラスティは幸せな気持ちで眠りについた。


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マシュマロは此方
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