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転生令嬢は平凡なので悪役に向いていないようです ──前世を思い出した令嬢は幼馴染からの断罪を回避して「いつもの一杯」を所望する──  作者: 京泉
第二章 「悪役」と「ヒロイン」の物語

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「悪役」なのに

 休暇二日目の昼過ぎ、キャラスティ達はムードン家に到着した。

 出迎えてくれたベヨネッタの父親、ロナウドは口髭を蓄え、大きくて恰幅が良く「熊の様でしょう」とベヨネッタは紹介してくれた。

 隣で微笑んでいる母親のナタリアはベヨネッタと同じ金色の髪を結い上げた小さくて可愛らしい人。ベヨネッタ曰く「兎」だと言う。

 六歳になる弟のカザリは父親に似たコロコロとした子熊。八歳の妹のセーラは母親に似たモコモコとした子兎だ。


「私は背丈がお父様、金色の髪がお母様に似たけど顔はお祖母様似なのよ⋯⋯馬なの」


 ベヨネッタはレイヤーのような迫力がある美人では無いが白い肌とシャープな目元と小さな唇の美人だ。馬と表現されれば品のある美人な馬。リリックは言い得て妙だと笑う。


「お姉ちゃんは狸さん! こっちのお姉ちゃんは狐さん!」


 大麦を炒った芳ばしいお茶を出され移動の疲れを癒していたリリックとキャラスティをカザリがニコニコと動物に当てはめる。

 狸と狐。上手い事を言うと感心した顔をベヨネッタに向けると慌ててカザリを窘めるがどうしてダメなのかと頬を膨らませた。


「ごめんなさい。ムードンは家族で動物の例えをしているの」


 恥ずかしそうに言うがベヨネッタはどこか嬉しそうに「でも、合ってると思わない?」と二人を揶揄った。


「可愛い狸さんと、綺麗な狐さんよ」

「セーラまで! もうっ家族以外は動物に例えちゃダメよ」


 頬を赤くしたベヨネッタに部屋へと案内され午後はムードンの町を回り夕方には一家と夕食を取った。

 終始ロナウドは最近ムードン領地内に「温泉」が出て領民に運営を任せていると嬉しそうに笑って上機嫌だった。


「温泉⋯⋯入りたいな」

「温泉いいわねえ⋯⋯」

「滞在中に行ってみましょう」



 休暇三日目。ムードン家は騒がしい朝を迎えていた。

 どの使用人も顔色が悪いのが気になったが、忙しい所に邪魔になっては申し訳ないと三人は早々に麦畑の見学へと出掛けた。



「ああっ、最高⋯⋯ありがとうベネ」

「なんだかんだと楽しかったわ。良いところね」

「ふふっ麦畑と牧場ばかりのムードンを褒めてくれてありがとう」


 見学の帰り道。

 醸造所、麦の収穫を回りキャラスティには最高の時間だった。


 仕込みをしている職人に上面発酵と下面発酵を教えられ真剣にメモを取る姿をベヨネッタとリリックは苦笑しながら見守った。帰りにはロナウドにお土産だと出来たばかりのビールを貰った。


 次に向かった麦畑ではベヨネッタから説明を受けて見学していると、突然キャラスティは収穫をやってみたいと刈り取りの中に入って行き、藁まみれになりながら楽しそうな姿にリリックも参加していた。

 麦の袋入れ作業で麦まみれになり、粉挽き作業で粉まみれになり帰り際に挽いた粉でクッキーを焼き、帰路に付いたのは日が傾き始めた頃。


 充実した一日に満足したキャラスティがどれだけ嬉しかったのかどんなに楽しかったのかを語るのをリリックとベヨネッタは「良かった」と目を細める。

 普段はあまり喜怒哀楽を表情に出さず、これと言った愚痴もなく、淡々と過ごしている友人。

 レトニスの付き纏いから始まってレイヤーやテラードと知り合い、気がつけばいつの間にかアレクスを始めとした生徒会と付き合いが出来て何かと周りが騒がしくなっていた。


 そして、先日のパーティーで「守る」と言われていた意味を知る。

 レイヤーと「艶を出す!」と言うおかしな特訓をしていると笑っていたが「艶然と笑う」キャラスティに守られた。

 何故三人に「冤罪」をかけられる事を知っていたのかまだ教えてもらっていない。何かを背負っているのであれば一緒に背負うのに、キャラスティは「隣に居てくれれば良い」と言う。


 先を歩くキャラスティにリリックは意を決して声を掛けた。


「⋯⋯ねえ、キャラ。今、三人だから正直に答えて。⋯⋯何を隠してるの? 何を背負っているの?」


 刈り取られた麦畑が薄い橙色に染まる中歩みを止めたキャラスティが振り向く。

 その表情はパーティーで披露した「艶然」とした笑顔だ。


「⋯⋯背負っているのは私だけじゃないの。リリーもベネもよ」

「だ、から。それって何なの?」

「⋯⋯悪役⋯⋯」


「えっ?」


 リリックとベヨネッタが息を飲んだ。聞いておきながら返ってきた言葉にいきなり何を言い出すのか。


「この旅行で話そうって考えてたの。リリーとベネからしたら馬鹿げた話だって、私がおかしくなったって⋯⋯それで二人が離れるかも知れない、最後の旅行になるのかも知れないって」

「何それ。話さない内から信用してないって事じゃない」

「そうよ、最後って嫌な事言わないで。最近キャラの雰囲気が変わったの私にだってわかるわよ」

「さあ、話してもらおうじゃない?」


 ニヤリとした笑みのリリックにキャラスティは吹き出した。怒っているのか笑っているのか。これは両方だ。信用されていない事に怒り、悲観的な考えを笑っている。


「長くなるのよ。今夜起きていられる?」

「勿論っ。それが旅行の醍醐味じゃない。夜通し話してもらうわよ」

「ふふっ。それなら私も聞きたいことあるわ。レトニス様と何かあったでしょう?」

「はっえぇっ!」

「そうそう、それも外せないわね。洗いざらい話してもらうからね」


 「やっぱり話したくない」とそっぽを向いたキャラスティにリリックとベヨネッタが抱きついて歩き出す。

 「特別」ではない平坦で平凡な日々を「幸せ」と感じている。「悪役」なのに恵まれている。「悪役」なのに「幸せ」だ。

 笑う二人を見てキャラスティは「幸せ」を心に刻んだ。



 戯れ合いながら帰ってくる三人を見つけてカザリとセーラが走り出した。

 エントランスの扉前でナタリアは大きく手を振り「早く早く!」と叫んでいる。


「お姉様っ! 凄いの!」

「お姉ちゃん! 孔雀!」


 孔雀とは何だろうかと首を傾げる三人の手を引き、急かす弟妹にベヨネッタが落ち着きなさいと宥めるが興奮が収まらない。


「虎と狼と豹と鷲と梟だよ! あとね、獅子!」

「全部、肉食動物ね⋯⋯」


「ああ、ようやく帰ったのねっ。さあ早く応接室へ。貴女達にお客様がいらしてるの。ええ、私、どうしたら良いのか分からないの」


 オロオロとナタリアが応接室の扉を開くといきなりキャラスティの視界は塞がれ後退りしてしまった。


「ベネ、リリー、キャラっ! お帰りなさい。来ちゃった」

「レイ!?」


 孔雀とはレイヤーの事かと三人が戯れ合う。

 確かに華やかさは孔雀だ。ただ、華やかなのは雄の孔雀だが。


「どうやって? まさか公爵令嬢が辻馬車なんて使わないわよね」


 外にセレイス家の馬車は停まっていなかった。


「乗せて来てもらったの。彼らに」

「彼ら? ⋯⋯⋯⋯⋯⋯っ!!??」


「アーーッッ」


 応接室を覗き三人は絶句の後、絶叫し扉を閉めた。閉まる瞬間にロナウドの泣きそうな顔が見えた。

 恐る恐る再び扉を開くと「もうっ急に閉めないで」と怒るレイヤーの奥にカザリの言っていた肉食動物が寛いでいるのが視界に入る。見間違いではない。何故ここに居るのだろうか。


「⋯⋯そんなに警戒するな」

「お、お前達、ごあ、ご挨拶しなさいっ」


 アレクス達は少しも打ち解けてくれない三人に苦笑する。

 朝の慌ただしさは先駆けが訪れ、アレクス達の来訪が伝えられたからかと合点がいった。

 ムードン家とすれば王子と次期四大侯爵、公爵令嬢が我が家に来る。光栄な事だが一大事だ。

冷や汗をかいたロナウドの慌てぶりが気の毒になった。


「い、やあ、た、大変こ、こここ光栄です。さあ、あの、家は子爵位でして、ええ、あ、の、大した物はご用意出来ませんが娘達もかえ、帰りましたし夕食のご、ご用意をさせていただ、だきます」


 カタカタと震えながらロナウドが退出する背中を申し訳無く思いながら見送り、ベヨネッタが呆れながらも父親の怯えっぷりを陳謝するのを「急に来た此方が悪い」とアレクスが制した。


「温泉が有るらしいな」


 キャラスティ達はムードンに来てから教えられたがアレクス達は各地の状況を把握している。

 視察と休養の為にやって来たとアレクスは言う。


「知っての通り俺達は「疲れて」いるんだよね」


 テラードが暗にランゼに付き合った半月が思った以上に堪えていると訴えて来る。影響が解けた後の負荷が思った以上にかかるらしい。

 テラードは休養がしたかった。ただ休みたいと言った。


「止めたんだが、俺もソレントに帰る予定だったから」


 自分だけ休もうとしていた後ろめたさから友人達のムードン行きを止められなかったとソレントの途中で休養でムードンに寄るつもりだったシリルは苦笑する。


「三人が来てるなら楽しいと思ったんだ」


 興味がある場所に、興味がある人がいるのだから絶対楽しい。

 休養先に楽しみがある。それなら楽しく無い訳がないとユルゲンは笑う。


「リリーとキャラが心配で、居ないのも寂しくて」


 レトニスは休暇中キャラスティとリリックをトレイル邸に泊まりに来させたかった。来ないのならと行く事にした。

 レトニスはキャラスティが居ないと気が休まらない。


「⋯⋯俺だって疲れてるんだ」


 テラードの為、キャラスティ達の為とは言えランゼに一番長く付き合っているブラントの笑顔は目に見えて疲労している。

 休養はブラントが一番必要だ。


「私は作戦会議! ⋯⋯てのは半分冗談。仲間外れは嫌だもの」


 レイヤーが居てくれれば心強い。リリックとベヨネッタに話をしようと決めても心細かった。ぎゅうっと抱き付いて来るレイヤーを抱き返す。


「⋯⋯魂胆が分かりやすくてビックリだわ。生徒会ってこんな人達だったっけ?」

「お父様には申し訳ないけれど、退屈はしなそうよ? やっぱりキャラの周りは騒がしくなるのね」


 呆れた二人は笑うが、キャラスティは複雑だった。


 これでは「ゲーム」が成り立たない。

 「ゲーム」では休暇中に王都のあちこちで「イベント」が起きるのに攻略対象者の彼らがそれを放棄して良いのだろうか。もちろん「ゲーム」を進行させたい訳では無いのだが。


 それに、キャラスティは先日のパーティーから気付いてしまっていた。「悪役」を演じた時に「自分の役割」が分かってしまったのだ。悪役は物語を彩り進めさせる為に「悪役」をしなくてはならないのだと。

 違う。悪役にはならない。そんな事は望んでいない。

 キャラスティに「ゲーム」の結末を否定する気持ちと「ゲーム」の通りに進めなくてはならないと思う気持ちの矛盾が芽生えていた。


「お姉様。夕食のご用意出来ましたって」

「獅子のお兄ちゃん達も早くっ!」

「いやーーぁっ!! カザリ! セーラ! ダメだって言ったでしょう!」

「ねえねえ、ベネちゃん、さっきもこの子達言ってたよ。何の事?」

「⋯⋯申し訳ありません⋯⋯私の家族はその、動物にお互いを例えておりまして⋯⋯両親が熊と兎、セーラが子兎、私は馬で⋯⋯」


 ベヨネッタの腕の中でカザリが胸を張りながら「僕は小熊!」と答えた。成る程と納得した空気の中、カザリはアレクス達を順にまわる。

 アレクスが獅子、テラードが虎、シリルが狼、ユルゲンが豹、レトニスが鷲、ブラントが梟。


 ベヨネッタの顔色がどんどん白くなって行く。


「狼⋯⋯凄いな、何となく合っている気がするのは気のせいか?」

「子供の観察眼は侮れないと言うからなあ」

「カザリ君、リリーとキャラは?」

「狸と狐だよ」


 向けられた視線が「分かる」と言っている。それは何となく納得して欲しくなかった。


「凄いですね、分かる気がします」

「狸と狐⋯⋯確かにな」


 笑いながらアレクスがカザリを抱き上げるとベヨネッタが「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げてふらついた。シリルがそれを支えるとまたも「ヒィィ」と硬直する。


「お父様の事言えないわ⋯⋯心臓に悪い」


 緊張に力なく零したベヨネッタと対照的に、夕食の席ではムードン夫婦はアレクス達と領地や産業の話をするまでに落ち着きを取り戻していた。



「さて、話してもらいましょうか」


 アレクス達の登場で有耶無耶になりそうだったがリリックは忘れていない。

 ベヨネッタの部屋にベッドを入れてもらい女子会の様相だ。


「うん。「夢」の話からするね」


 その夜、キャラスティはレイヤーの助けも借りながら「夢」の話、「前世」の話、「ゲーム」の話、「ヒロイン」と「攻略対象者」の話そして「悪役」の話をリリックとベヨネッタに語った。

 時折り訝し気にしたり納得したりしながらも二人は真剣に聞いてくれた。

 日付をとうに過ぎて話終わると二人は予想した通りの信じたい気持ちと信じられない気持ちの葛藤を素直に表した。


「それでレトを避けていたりパーティーであんな事したのね」

「レイとも「ゲーム」? がきっかけで知り合ったのね」


 何を言えば良いのか悩んだ二人は顔を見合わせるとキャラスティとレイヤーに両手を差し出して来た。その手を取るとギュッと握られ微笑みを向けられる。


「信じて欲しければキャラもレイも私とベネを信じなさいっ」

「キャラとレイは私の友達よね? その「悪役」が私とリリーもなら二人だけで頑張らないで欲しいわ」


 二人の言葉に嬉しさが込み上げる。


「だって、リリーとベネに辛い思いさせたく、ない、から」

「馬鹿ね、そんなの私達だってそう思うってなんで思わないのよ。キャラにもレイにも「断罪」だっけ? そんな目に合せたく無いわ」


 キャラスティとレイヤーの目に涙が溜まる。「前世」を思い出してから本当は怖かった。「ゲーム」の様になるのではと常に不安だった。

 しゃくり上げながら泣き出したレイヤーに寄り添うとバサリとシーツをかけられその上からリリックとベヨネッタに抱きしめられた。


「大丈夫だから、ね」


 リリックとベヨネッタの優しい声。

 キャラスティはその暖かさに安心してそのまま眠りについた。

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マシュマロは此方
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